2.重すぎる代償
「影に伝えます!私の望みは、この2人が貴族のまま、未来永劫別れることが叶わぬ婚約です!」
『承知した』
くぐもった返事がなされた直後、クラリスは皆の目の前でその胸を何かで貫かれ倒れこんだ。
白い肌にまとったブルーのドレスに赤い色がじわじわと広がっていく。
「クラリス様!!」
周りにいた若者が駆け寄るもすでに遅い。
クラリスは既に絶命していた。
「な…んで…」
オーランドが信じられない…という目でクラリスを凝視していた。
その腕にしがみつくアザリーも、その全身を震わせていた。
「お前がここまで愚かだとは思わなかった」
静まり返っていた会場に怒りのこもった声が響く。
「レイン…?」
コツコツと足音を響かせながら、クラリスのそばまでやってきたのは王弟殿下の嫡男であるレインだった。
漆黒のような髪に、切れ長の目をした端正な顔立ちには、明らかに苛立ちが浮かんでいる。
「お前は知っていたはずだ。王子妃教育が終わったという意味を」
「王子妃教育が…終わっ…!!」
反復し、初めてその意味に思い当たる。
「王子妃教育の最後には王家の闇の情報を伝えられる。婚姻後であればたとえ離縁しても、離宮か王家所有の領地にで幽閉で済む。だが婚約段階であれば別…その情報を外部に漏らさぬ為に取られる策は死のみ」
その静かに響いた言葉に令嬢達から悲鳴が上がる。
理解していた者も悔し気に顔をゆがめてうつむくしかできない。
「お前は真実の愛というたわごとで、婚約してから16年間王家に入るためにと個を犠牲にして、努力してきたクラリスのすべてを踏みにじったんだよ」
「違う…俺はそんなつもりでは…」
「だったらなんでもっと早くに切り出さなかった?そのあばずれと関係を持ったのは3年も前だろう?その頃から何度もクラリスは確認したはずだ。『王子妃教育を完了させても大丈夫でしょうか?』とな!」
「あ…」
「記憶にはあるようだな?そのたびお前は何と答えた?」
「…もちろんだ、と…俺は…」
「最後に尋ねられた時にこう言われたはずだ。『王妃教育を完了させます。この先愛する方と結ばれたければご自由に妾になさってください』と…」
「そうだ!俺はそれに腹が立ったんだ!アザリーのことに気づいていながら勝ち誇ったようにそう言ったクラリスに…だから!」
「婚約破棄が死を意味するなら当然だろう?それでも自由に妾を取れといったのは、お前の意思を尊重した最大限の言葉だろうが!」
「そうじゃない。側妃の座もあるのに妾だと決めつけたことに腹が立ったんだ!」
オーランドが叫んだ瞬間わずかの間沈黙が広がった。
「何を言ってるんだ?」
「は?何をって…」
「側妃になる条件は侯爵家以上だろうが。さらに議会の承認が必要になる。そいつは伯爵家だからそもそもの条件に当てはまらない。でも妾なら正妃に子が生まれた後、正妃が許可さえすれば取ることができる。そんなことも忘れてたのか?」
「そう…いえば…」
「何でお前の…こんな愚者のためにクラリスが犠牲にならなきゃならないんだ!?俺はもう二度と王家に忠誠を誓わないからな」
この時初めてオーランドはレインが普段ではあり得ない、公爵令息に似合わぬ振る舞いをしていることに気づいた。
「レイン…お前は…」
「ああ、そうだよ。俺はクラリスを愛していた。当然だろう?クラリスは俺の番なんだから」
番
その言葉に会場内が静まり返った。
理屈ではなく本能で互いを求めあう存在。
どれだけ抑えようとしてもその想いを抑えることができず、叶わぬ時は身を引き裂かれるような苦痛を伴うといわれている。
遥か昔、獣人の血を受け継いでいたこの国では、その血が濃く出る者が少なくない。
そのため、平民なら番至上主義ともいうべく風潮があり、婚約していようと、婚姻していようと、気づいた以上は番と過ごすのが当たり前となっている。
でも王侯貴族は違う。
守るべき民がいる。
発展させるべき領地がある。
そのために身を粉にして働く民を守るのが使命だ。
民とはけた違いの利益や生活を享受している以上、民と領地に報いる選択をしなければならない。
そこには恋愛感情も番の存在も関係ないのである。
「認識したときにはすでに、お前たちの婚約は結ばれていた。クラリスは身を引き裂かれるような苦痛に耐えることができずに、思いを封じるために魔女の秘薬を飲んだ。己の身勝手な思いを封じる、それが民たちからあらゆる利益を得ている王侯貴族の定めだからだ」
殺気のこもった声だった。
魔女の秘薬はそれを口にしたが最後、番を認識できなくなるものである。
それでもその番を前にした時、心が軋み悲しくなるのだとこぼしていたのを、レインはクラリスの父から聞いていた。
片や秘薬まで使い思いを封じ込めて、貴族として享受してきた恩恵に報いるべく努力してきた令嬢。
その相手が、誰よりも恩恵を享受しながらその責務を放棄したのだ。
オーランドは自身の犯した罪の重さに声にならぬ悲鳴を上げた。




