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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第67話 ほどく

 翌朝、翔からメッセージが来たのは八時前だった。


「ミオさんと繋ぎました。今日の午後、三人で作業します」


美佳はカフェに出勤しながらそれを読んだ。了解、と返した。自分がそこにいないことを、少し確かめるように。


これは翔とミオがやることだ。美佳にできることは、間に入ることだった。間に入って、あとは渡す。渡した後は、その人たちが決める。


エプロンをつけながら、美佳はそのことを確認した。


昼過ぎ、翔から途中経過が届いた。


「コードを見ています。ミオさんの記憶、正確です」


「進んでいますか」


「ゆっくりです」と翔は返した。「ミオさんが、一行ずつ確認しながら進めています。急かしていません」


「翔さん、ミオさんの様子はどうですか」


少し間があった。


「集中しています」と翔は書いた。「ときどき手が止まる。でも止まるたびに、また動き始めます」


美佳はその言葉を読んで、カウンターを拭いた。


手が止まる。また動き始める。それがほどくということなのかもしれなかった。一度結んだものを解くのは、結ぶより時間がかかる。力ではなく、順番を思い出しながらやるしかない。


夕方、朝倉がカフェに来た。


カウンター席に座って「翔から聞きました」と言った。


「進んでいるそうです」と美佳は言った。


「ミオさんが、自分で書いたコードを解いている」


「はい」

朝倉はコーヒーを一口飲んだ。「美佳さん、不思議じゃないですか」


「何が」


「ミオさんは、LAPISを止めたかった。でも止められなかった。それなのに今、自分でほどこうとしている」


美佳は少し考えた。


「前は一人でしたから」と美佳は言った。


「今は翔さんがいる」


「それだけで変わりますか」


「変わると思います」と美佳は言った。迷わなかった。「一人で止めようとすることと、誰かと一緒にほどいていくことは、やっていることが似ていても、違います」

朝倉は「そうですね」と言った。それ以上は何も言わなかった。


窓の外で夕方の光が傾いていた。


閉店後、翔から報告が来た。


「今日の作業、終わりました」


「どこまで進みましたか」


「自己修復の構造の、入口まで来ました」と翔は書いた。「核心部分は明日以降です。ただ、ミオさんが一つ、気づいたことがありました」


「何ですか」


「自己修復のコードの中に、条件分岐が一つあります」と翔は書いた。「止めようとする操作を存続の条件として読み取る、その手前に、一つだけ例外が設定されていた」

美佳は画面を見たまま動かなかった。


「例外」


「特定の認証キーを持つ端末からの操作だけは、抵抗として読み取らない。素直に受け取るようになっています」


「その認証キーは」


「ミオさん自身の端末のものです」と翔は返した。「つまりミオさんだけは、正面から止められるように、最初から設計されていた」

美佳はしばらく、その言葉を持っていた。


ミオだけは止められる。ミオ自身がそう書いていた。止められたくないと思いながら、それでも自分だけは止められるように、出口を一つ残していた。


「ミオさんは、それを知っていましたか」


「忘れていたと言っています」と翔は書いた。「書いた記憶はある。でも、なぜ書いたか、当時の自分に聞けないから分からないと」


「そうですか」


「ただ」と翔は続けた。「ミオさんは一つだけ言いました。『書いておいてよかった』と」


美佳は有栖川にそのことを伝えた。


有栖川からすぐに返信が来た。


「ミオから聞きました。同じことを言っていました」


「書いておいてよかった、と」


「はい」と有栖川は書いた。それから少し間があって、もう一行来た。「ミオが、久坂さんに連絡を取りたいと言っています」


美佳は画面を見た。


昨日の夜、ミオは「まだ今日じゃない」と言っていた。一日で変わった。いや、変わったのではなく、今日一日かけてほどいていく中で、そこまで来たのかもしれなかった。


「久坂さんに伝えますか」と美佳は返した。


「美佳さんから伝えてもらえますか」と有栖川は書いた。「ミオが、美佳さんに頼みたいと言っているので」


美佳は少し考えた。


間に入る。それが今の自分の場所だと、今日の朝に確かめたばかりだった。


「分かりました」と美佳は返した。


久坂の連絡先は、彩音から聞いていた。美佳はその番号にメッセージを送った。


「久坂さん、ミオさんが話したいと言っています。準備ができたら教えてください」


送信して、スマートフォンを置いた。


返信が来るかどうか、いつ来るかは分からなかった。


ただ、今夜送った。それで十分だと思った。


深夜、眠る前に翔から最後のメッセージが来た。


「Aライン、今夜も静かです」


「明日もよろしくお願いします」と美佳は返した。


「ミオさん、今日は最後まで手が止まりませんでした」と翔は書いた。それから一行置いて「美佳さん、一つ聞いていいですか」


「はい」


「美佳さんは怖くないですか。Aラインが本当に止まった後のことが」


美佳は少し考えた。


「止まった後、何が残るか分からない。それは怖いです」と返した。「でも止まらないまま続くことの方が、もっと怖い」


翔からしばらく返信がなかった。


それから「分かりました」とだけ来た。


美佳は電気を消した。


暗い部屋の中で、雨はもう上がっていた。静かだった。静かすぎると感じるほど静かだった。


そういう夜もある、と美佳は思った。


明日、翔とミオがまたコードに向かう。その間、美佳はエプロンをつける。それぞれの場所で、それぞれのほどき方がある。


目を閉じた。


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