表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

67/70

第66話 ミオに聞く

その日の夜、美佳は有栖川に電話をかけた。


呼び出し音が四回鳴って、有栖川が出た。


「今、話せますか」


「大丈夫です」と有栖川は言った。背景に、静かな音があった。換気扇か、遠い雨か。

美佳は今日のことを話した。カフェで久坂に会ったこと、Aラインを止める方法、根幹のコードを書き直す必要があること。話しながら、順番に整理されていく感覚があった。


有栖川は途中で一度も遮らなかった。


「ミオに話す、ということですね」と有栖川は最後に言った。


「はい。ただ、有栖川さんに先に聞きたかった。ミオさんの今の状態を」


少し間があった。


「昨日、外に出ました」と有栖川は言った。


「図書館の帰りに、コンビニに一人で寄っていました。わたしに言わずに」


「それは」


「良いことだと思っています」と有栖川は言った。静かな確信のある声だった。「一人で決めて、一人で動けた」


美佳は少し息を吐いた。


「ミオさんに、直接話してもいいですか」


「聞いてみます」と有栖川は言った。「今夜中に返事します」


返事は一時間後に来た。


有栖川からではなく、見知らぬ番号からだった。


「美佳さんですか。ミオです」


テキストではなく、電話だった。美佳は少し驚いて、でも落ち着いて「はい」と答えた。


「有栖川さんから聞きました」とミオは言った。声が、倉庫で会ったときより安定していた。「Aラインのことを、話してもらえますか」


美佳はもう一度、今日のことを話した。久坂の言葉、三分おきの送信、根幹のコードという言葉。


ミオは静かに聞いていた。


「そのコード、わたしが書きました」とミオは言った。否定も肯定も超えた、ただ事実を置くような言い方だった。「自己修復の構造です。止めようとする操作を、存続の条件として読み取るようになっています」


「意図して書きましたか」


間があった。


「半分は」とミオは言った。「システムが続いてほしかった。止められたくなかった。でももう半分は、自分でも気づいていなかった。書いているうちに、そうなっていた」


美佳は窓の外を見た。今夜は雨が降っていた。


「書き直せますか」


「書き直すというより」とミオは少し考えてから言った。「解く、という感じです。ほどいていく。時間はかかります」


「どのくらい」


「分かりません。コードは覚えています。でも今のわたしが、それと向き合えるかどうかは、やってみないと」


「無理にとは言いません」と美佳は言った。


「ミオさんが決めることです」


また間があった。今度は少し長かった。


「久坂さんは」とミオは言った。「今、どんな様子でしたか」


美佳は今日の久坂を思い返した。グレーのジャケット、白くなった爪の先、コーヒーを両手で持つ手。


「疲れていました」と美佳は言った。「でも、諦めてはいなかった」


「そうですか」


「久坂さんは、ミオさんが壊れていくのを見ていられなかったと言っていました。以前」


「知っています」とミオは言った。「久坂さんから直接聞いたわけじゃないけど、知っています」


「だから止めようとしていたと」


「久坂さんはいつも、わたしのためにやりすぎる」とミオは言った。責めているわけではなかった。ただ、長い時間をかけて理解してきたことを言葉にしているようだった。「それがわたしには怖かった。だから遠ざけた。遠ざけたまま、全部が大きくなった」


雨の音が少し強くなった。


「ミオさん」と美佳は言った。「久坂さんと話す気持ちはありますか。今すぐでなくていい」


長い沈黙があった。


美佳は待った。急かさなかった。


「あります」とミオは言った。「ただ、まだ今日じゃない」


「分かりました」


「コードの方は」とミオは続けた。「始めてみます。翔さんと一緒に見てもらえますか。一人では、たぶん途中で止まる」


「翔さんに伝えます」


「美佳さん」とミオは言った。


「はい」


「間に入ってくれて、ありがとうございます」


美佳は「間に入っただけです」と言った。


「決めたのはミオさんです」


電話が切れた。


美佳は翔に短く状況を伝えた。


翔からすぐに返信が来た。


「了解しました。明日、ミオさんと繋ぎます」それから一行置いて「Aラインの送信、さっき止まりました」


「止まった?」


「三分おきの送信が、途切れました。久坂さんの端末からの接続も、今は静かです」


美佳はその言葉を読んで、少し考えた。


「久坂さんが何かしたわけじゃないですよね」


「操作の形跡はないです」と翔は返した。


「ただ、止まっています」


「なぜ」


「分かりません」と翔は書いた。「ただ、今日、美佳さんが久坂さんに会いに行った。ミオさんが動くと決めた。その夜に止まった」


美佳はしばらく画面を見ていた。


因果なのか偶然なのか、確かめる方法はなかった。翔もそれを言いたいわけではないと分かった。ただ、そういうことが今夜起きた。それだけだった。


「明日もよろしくお願いします」と美佳は送った。


「おやすみなさい」と翔は返した。


美佳はスマートフォンを置いた。


雨がまだ降っていた。窓ガラスを伝う水の筋が、街の明かりを細く歪めていた。


止まったのか、息をひそめているのか、それ

とも別の何かに変わろうとしているのか。


美佳には分からなかった。


ただ今夜、ミオが電話をかけてきた。それは確かだった。見知らぬ番号から、自分で選んでかけてきた。


美佳はそのことを、しばらく静かに持っていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ