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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第61話 あなたのもの

朝が来るたびに、少しずつ違う。


美佳はそのことに気づいていた。同じエプロンを棚から取り出して、同じ紐を後ろで結ぶ。老夫婦が「いらっしゃい」と言われる前に扉を開ける。コーヒーミルの音が店の奥から聞こえてくる。それなのに、同じ一日が一日もない。


前章が終わってから、美佳はあまり自分の内側を言語化しようとしなくなっていた。


意識的にそうしているわけではなかった。ただ、コーヒーカップを置くときに「この選択に意味はあるか」と問わなくなっていた。左の棚と右の棚、どちらにミルクピッチャーを戻すか、五秒考えることがなくなっていた。

それが回復なのかどうかも、確かめなくなっていた。


昼過ぎ、窓際の席に中学生くらいの女の子が一人で座った。制服ではなく、くたびれた白いパーカーを着ていた。注文はホットチョコレート。受け取るときに「ありがとうございます」と言ったが、美佳の顔を見なかった。

テーブルの上にノートを広げて、何かを書いて、また消して、また書いていた。


美佳はカウンターから時々その様子を見た。


二時間近く、女の子はそこにいた。ホットチョコレートが冷めても、特に気にしていないようだった。


閉店の三十分前、美佳は水を持っていった。


「よければ」と言って置くと、女の子は初めて顔を上げた。


「書き直してばかりで、すみません」


「ゆっくりどうぞ」


美佳がカウンターに戻りかけると、女の子が小さな声で言った。


「同じ問いを、一年くらい書いてるんです」

美佳は振り返らなかった。少し止まって、それからゆっくり戻った。


「同じ問い?」


「なんで自分がいるのか、っていう。答えが出なくて。でも消せなくて」


美佳は向かいの椅子を引かずに、カウンターとテーブルの間の空間に立ったまま女の子を見た。


「消さなくていいと思います」と、すぐには言わなかった。


少し間があった。


「一年書き続けてきたなら、その問いはあなたのものですね」


女の子は首を傾けた。「答えが出ないのに?」


「答えが出ないから、一年続いてるんじゃないですか」


女の子は何も言わなかった。ノートの上に視線を落として、また少し考えているようだった。


美佳もそれ以上何も言わなかった。カウンターに戻って、グラスを拭いた。


閉店五分前、女の子は帰り際にもう一度「ありがとうございました」と言った。今度は美佳の顔を見ていた。


夜、美佳はスマートフォンを開いた。


翔から「今日も静かです」。


有栖川から「ミオが図書館に行きたいと言っています。来週、行ってみようと思う」。


朝倉からは何もなかった。何もないのが朝倉の近況報告だと、美佳は知っていた。


美佳は少し考えて、朝倉に一行送った。


「今日、同じ問いを一年書いてる子に会いました」


すぐに既読がついた。


しばらくして、朝倉から返信が来た。


「その子は、どうなりましたか」


美佳は「帰りました。また来るかもしれない」と返した。


来ないかもしれない、とも思った。でも送らなかった。どちらでも、それはその子が決めることだった。


エプロンを棚に置く前に、美佳は今日のことを少しだけ振り返った。


あの女の子に「消さなくていい」と言いかけて、言わなかった。代わりに「あなたのものですね」と言った。


どちらが正しかったのかは分からなかった。


でも「分からない」は、以前のように美佳を止めなかった。


明日もエプロンはここにある。それだけが、今夜確かなことだった。


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