表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

63/66

第62話 渡さない手

図書館の話は、結局その週の土曜日になった。


有栖川からミオが「来週」と言っていたのが、気づけば三日後に変わっていた。美佳は翌朝のシフトを朝倉に頼んで、午前中だけ空けた。


待ち合わせは図書館の正面入口。十時。


ミオは有栖川より五分遅れて来た。紺色のコートを着ていた。髪が少し伸びていた。倉庫で会ったときより、立っている姿に重さがあった。地面にちゃんと足がついている、と美佳は思った。


「久しぶりです」と美佳が言うと、ミオは

「久しぶりですね」と答えた。


声が、あのときより少し低かった。


三人は館内をそれぞれのペースで歩いた。

ミオは自然科学の棚の前で少し長く止まった。有栖川が隣で何かを手に取って、背表紙を読んでいた。美佳は少し離れたところから二人を見ていた。


声をかけるタイミングを測っているわけではなかった。ただ、この距離がちょうど良かった。


しばらくして、ミオが美佳の方に歩いてきた。


「美佳さんは、何か探していますか」


「いいえ」と美佳は答えた。「来ることが目的だったので」


ミオは少し考えるような間を置いてから「そういう来方ができるんですね」と言った。否定でも肯定でもなく、ただ確認するような言い方だった。


「ミオさんは?」


「わからないものを探しています。何かは分からないけど」と、ミオは棚を見ながら言った。「来る前は、もっと怖いと思っていました。外が」


「今は?」


「怖いことは怖い。でも、怖いだけじゃなかった」


昼前に三人は一階のロビーに戻った。


ベンチに並んで座って、有栖川が鞄から三つに分けたチョコレートを取り出した。「持ってきました」と言って渡した。理由は説明しなかった。美佳は受け取って、一つ口に入れた。


しばらく誰も話さなかった。


外から光が入ってきて、ロビーの床に長い四角を作っていた。


ミオが口を開いた。


「LAPISのことを、最近また考えます」


美佳は何も言わなかった。


「悪かったと思っています。でも、あの問いを作りたかったことは、悪かったと思っていない。そこが、整理できていない」


有栖川がチョコレートの包みを丁寧に折り畳みながら「整理しなくていいんじゃないか」と言った。


「整理できないまま持っていていいですか」とミオは言った。誰かに許可を求めているわけではなく、声に出して確かめているようだった。


美佳は「持っていていいと思います」と答えた。「渡せない問いは、渡さなくていい」

ミオは美佳を見た。


「渡さない、か」


「無理に手放さなくてもいいという意味です」と美佳は言った。「あなたが持っていることで、誰かが傷つくわけじゃない」


ミオはもう一度「渡さない」と繰り返した。


今度は小さく、自分に言い聞かせるような声だった。


図書館を出ると、空が思ったより広かった。

三人はしばらく同じ方向に歩いた。途中で有栖川とミオが角を曲がった。美佳は駅の方に向かった。


改札を抜けてホームに降りたとき、美佳のスマートフォンが振動した。


翔からだった。


「美佳さん、今どこですか」


「図書館の帰りです。駅にいます」


既読がついて、すぐに返信が来た。


「端末、今手元にありますか」


「あります」


「ログを見てください。設定の深いところ。アプリ一覧の一番下」


美佳はホームのベンチに座って、言われた通りに操作した。アプリ一覧をスクロールしていくと、一番下に名前のないアイコンがあった。インストールした覚えがなかった。タップすると、パスワード入力画面が開いた。


「これは」


「今朝、美佳さんの端末に外部から生成されたものです」と翔は書いた。「削除しようとしたら、再生成されました。二回」


美佳は画面を見たまま動かなかった。


「久坂さんが止めた、はずでは」


「止めたのは彩音さんが関わっていた部分です」と翔は返した。「これは別の経路です。Aラインから来ています」


電車が入ってきた。アナウンスが流れた。美佳はベンチから立ち上がらなかった。


「Aラインは、久坂さんが管理していた」


「はい」


「久坂さんが止めた、と彩音さんは言っていた」


「彩音さんにはそう伝えた、ということだと思います」


電車のドアが開いて、閉まった。美佳の乗るはずだった電車が、ホームを離れた。


翔からもう一行届いた。


「このアプリ、パスワード画面の下に一行だけテキストがあります。気づきましたか」


美佳は画面を下にスクロールした。


小さなフォントで、一行。


あなたはまだ、観察されています。


帰り道、美佳はその一行について誰にも連絡しなかった。


翔にだけ「見ました」と送った。


翔は「了解しました。今夜、もう少し調べます」と返した。


美佳はスマートフォンをポケットにしまって、歩いた。


渡さなくていい、と今日自分で言った。

でも渡す相手がいないまま持ち続けることと、渡すことを選んで持ち続けることは、同じではない。


美佳はそのことを考えながら、駅を出た。街の明かりがいつも通りに並んでいた。どこかで誰かが今夜も画面を開いて、問いを探しているかもしれなかった。それを止める方法は、まだ誰も持っていなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ