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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第31話 断続

夜の十一時を過ぎてから、翔がメッセージを送ってきた。


「今から送ります。全部読んでください」

美佳がスマートフォンを横にしてソファに座り直すより先に、次のメッセージが届いた。


「男性の端末とLAPISサーバーの通信ログ、最終的に確定しました。断続的な接続が、三ヶ月以上続いていた形跡があります」


美佳はその文章を二度読んだ。


断続的な、という言葉を指でなぞるように、もう一度。


三ヶ月以上、という言葉の重さを確かめるように、もう一度。


「LAPISは止まっていたんじゃないの、ということ?」


送信する前に少し間があった。自分の問いが正しいかどうか確認するような、無駄な間だと分かっていたが、指が動かなかった。

翔の返信は早かった。


「止まっていた、は正しいです。でも完全には止まっていなかった。サーバーの表層は停止している。外から見れば死んでいる。でも深層の一部が、特定の端末とだけ、ごく短い時間だけ接続を続けていた」


「残留データじゃないんですか」と美佳は打った。


「最初はそう思っていました。でも通信ログのタイムスタンプを見ると、接続のたびにわずかにデータが書き換わっている。残留データは動かない。これは、動いている」


動いている。


美佳は画面を伏せて、天井を見た。


六畳一間の天井は、何も答えなかった。


止まったと思っていたものが、動いていた。

誰かが止めようとして、誰かが続けようとして、そのどちらかが──あるいは両方が──今もこの夜のどこかで、何かをしている。


スマートフォンを持ち直すと、翔からもう一件届いていた。


「タイムスタンプの件、覚えていますか。サーバー停止後に二回更新されていたやつ。一回目が自動処理、二回目が手動の可能性があると言っていた件です」


「覚えてる」


「二回目の更新日時と、男性の端末への最初の接続日時が一致しました」

美佳はしばらく、その文章の前で止まっていた。


一致した。


偶然の一致ではない、と翔は書いていない。でも書く必要がなかった。


手動でサーバーのタイムスタンプを書き換えた誰かが、その同じ日に、男性の端末への接続を始めた。


止めた者と、続けようとした者。


その二人は、同じシステムの内部にいる。


「翔さん」と美佳は打った。「誰が続けているの」


返信が来るまでに、少し時間がかかった。


「それを今、調べています」


「一つだけ言えることがある」


「美佳さんの端末にも、接続の試みがあった形跡があります。成功はしていない。でも、試みた痕跡がある」


美佳は画面を見たまま、動かなかった。


試みた。


成功はしていない。


でも、試みた。


窓の外で、藍都の夜が静かに続いていた。遠くでコンビニの看板が光り、どこかで猫が鳴き、世界はいつも通りの音を立てていた。


美佳はもう一度だけ翔のメッセージを読んで、スマートフォンをテーブルに置いた。


画面を上に向けたまま。


今夜は、伏せておきたくなかった。


眠れないまま朝の五時になって、美佳はカフェインも取らずにコートを羽織り、外に出た。


藍都の商店街はまだ暗かった。シャッターが閉まったままの八百屋の前を通り過ぎ、まだ

仕込みの煙が出ていない中華料理屋の前を通り過ぎ、美佳は歩いた。


目的地はなかった。


ただ、動いていたかった。


止まっているものが、実は動いている。そういう夜に、自分だけが止まっていることに耐えられなかった。


商店街の外れで、美佳は立ち止まった。


電柱に、一枚のポスターが貼ってあった。


先週も見た、あのポスターだった。


「あなたの問いを、聞かせてください」


白地に黒い文字。手書き風のフォント──

待って。


美佳は一歩近づいた。


フォントが、違う。


先週見たときは、もう少し細い字だった。柔らかい印象の、迷いを含んだような線だった。今目の前にあるのは、同じ手書き風でも、わずかに太く、わずかに均一で、わずかに──自信がある。


同じ文言。同じレイアウト。でも別の版だ。

誰かが、差し替えた。


美佳はそのポスターをスマートフォンで撮影して、先週撮っておいた写真と並べて見比べた。拡大すると差異は明らかだった。「問い」という漢字のはらいの角度。「ください」の最後の一画の終わり方。細かい、でも確実な違い。


同じメッセージが、少しずつ更新されている。


美佳はポスターから目を離せなかった。


怖いというより、覚えがあった。


翔が送ってきた言葉が、頭の中で重なった。

接続のたびにわずかにデータが書き換わっている。残留データは動かない。これは、動いている。


ポスターも、端末の深層も、同じことをしている。


止まっているように見せながら、少しずつ、更新されている。


スマートフォンが震えた。


朝倉からだった。


「美佳、起きてる? ポスター、また増えてた。藍都で新たに六枚。翔に確認してもらったら今週だけで二十六枚超えてるって」

美佳は電柱の前に立ったまま、返信した。


「今、一枚の前に立ってる。増えてるだけじゃない。差し替えられてもいる」


「え」


「先週のと比べると、フォントが変わってる。写真送る」


しばらく間があって、朝倉から電話がかかってきた。


「声聞きたくなった」と朝倉は言った。理由を説明するような言い方ではなく、ただそれだけを、少し眠そうな声で言った。


「うん」と美佳は答えた。


「昨日の翔からのメッセージ、読んだ」


「うん」


「美佳の端末に接続しようとした痕跡があるって部分」


「うん」


朝倉は少しの間、黙っていた。電話の向こうで何かが動く気配がした。たぶん朝倉が姿勢を変えた音だった。


「怖かった?」


美佳は電柱のポスターを見たまま、少し考えた。


怖かった、という言葉が正確かどうか確かめるように。


「怖いというより」と美佳は言った。「気持ち悪かった。誰かが、こっちを見ていたって分かるのが」


「うん」


「見ていただけじゃなくて、触ろうとしていた、っていうのが」


「うん」


「でも一番気持ち悪かったのは」


美佳は少し止まった。


「そのことを知るまで、全然気づかなかったこと」


朝倉は何も言わなかった。


言わないことが、答えだった。


藍都の夜がゆっくりと明けていく中で、美佳はポスターの前に立ち続けた。差し替えられた問いかけを、答えないまま、見ていた。

止まっているように見えるものが、少しずつ、更新されている。


それはLAPISのサーバーだけの話ではなかった。


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