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アンケート-選ばないという選択-  作者: 菊池まりな


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第25話 問いを作るという発想

 彩音から送られてきたURLを、美佳は三日間、開かなかった。




 開かない、と決めたわけではなかった。スマートフォンを手に取るたびに、通知の一覧の中にそのメッセージがあった。見えていた。でも指が動かなかった。




 三日目の夜、美佳はURLを開いた。




 フォームだった。




 入力欄が一つ。ラベルはなかった。ただ白い枠があって、カーソルが点滅していた。




 上部に一行だけテキストがあった。




「あなたの問いを、ここに置いていってください」




 置いていく、という言葉を選んでいた。書く、でも送る、でも答える、でもなく。




 美佳は入力欄には触れずに、ページを閉じた。




 翌日、朝倉に連絡した。




「フォームを見ました。集まった問いも、少し読みました」




「どうだった」




「読めた。三千件のうち、百件くらい」美佳は少し間を置いた。「責める気持ちにはなれなかった」




「そうか」




「書いた人たちは、本当にそれを抱えていた。それは分かった。でも──」




「でも」




「問いが似ていた。百件読んで、十種類くらいに分類できる気がした。言葉は違うけど、根っこにある不安が、どれも同じ方向を向いていた」




 朝倉は少し黙った。




「それは美佳が気づいたこと? それとも読みながら、誰かに言われた感じがした?」




 美佳は電話口で止まった。




 鋭い問いだった。朝倉らしかった。




「自分で気づいた、と思う。でも──気づいてしまったことで、次に何かを考え始めている自分がいる」




「次、というのは」




「似た問いを持つ人たちに、どんな問いを返せばいいか、ということ」




 言葉にしてから、美佳は静かに息を吐いた。




 問いを作る側の発想だった。




 その夜、美佳はノートを開いた。




 新しいページに、思っていることを書き出した。整理するためではなく、確認するために。




「フォームの問いを読んで、分類できると思った」




「分類できるということは、構造が見えているということ」




「構造が見えるということは、次の問いが作れるということ」




「それは──設計者の発想だ」




 ペンを置いた。




 有栖川が第18話で言っていた言葉が戻ってきた。「才能があることと、使わなければならないことは別だ」。あのとき美佳はその言葉を聞いて、どこかで安堵した。才能があっても、使わなくていい。そう言ってもらえた気がした。




 でも今夜、自分の中にその発想が生まれていた。




 誰かに言われたからではなく、フォームを読んで、自分の中から出てきた。




 それが、余計に怖かった。




 二日後、翔から連絡が来た。




「有栖川さんと三人で話したいことがあります。明日、時間ありますか」




 美佳は「あります」と返した。




 翌日、三人は駅前の喫茶店に集まった。朝倉は呼ばれていなかった。翔が「今日は三人で」と指定していた。その理由を、美佳はまだ知らなかった。




 翔はコーヒーが来る前に話し始めた。




「フォームのデータを、外部から解析しました」




「解析できたんですか」美佳は聞いた。


「公開フォームなので、送信されたデータの一部がキャッシュに残っていました。全件ではないですが、二百件ほど取得できました」




 美佳は「百件読みました」と言いかけて、止めた。翔はまだ美佳がフォームを開いたことを知らない。




「結果として」翔は続けた。「問いは大きく九つのカテゴリに分類できます。そして、カテゴリごとに回答者の属性が偏っている」




 九つ。




 美佳は昨夜ノートに書いた「十種類くらい」という数字を思い出した。




「属性が偏っているというのは」有栖川が聞いた。




「年齢、投稿時間帯、語彙の複雑さから推測した学歴層。これらが、カテゴリごとに一定のパターンを示しています」翔は画面を二人に向けた。「例えばこのカテゴリ──『自分が何者か分からない』という問いを持つ層は、深夜投稿が多く、語彙が感情的です。一方でこのカテゴリ──『正しい選択をしたか分からない』という問いを持つ層は、昼間投稿が多く、語彙が論理的です」




 美佳は画面を見た。




 グラフと数字。でも数字の向こうに、人がいた。深夜に一人で書いた人。昼間の休憩中に書いた人。それぞれの不安が、カテゴリに整理されている。




「この分類が何を意味するか」翔は言った。




「カテゴリごとに最適化された問いを作れば、それぞれの層に刺さる問いが設計できます」




 沈黙があった。




「それを」有栖川が静かに言った。「彩音さんは意図していると思いますか」




「分かりません」翔は正直に答えた。「ただ、このデータを持っている誰かが、次のステップを考えているとすれば──カテゴリ別に問いを届けることは、技術的には難しくない」




 美佳は窓の外を見た。




 駅前の広場に、人が行き交っていた。昼間。それぞれの用事で動いている。問いを持っているかどうかは、顔を見ても分からない。




「一つ、聞いてもいいですか」美佳は翔に言った。




「はい」




「フォームの問いを読んで、分類できると気づいた人間が──次に何を考えるか、翔さんはどう思いますか」




 翔は少し考えた。




「カテゴリに対応する問いを作ろうとするか」翔は答えた。「あるいは、そこで止まるか」




「止まる人は、どこで止まりますか」




「作れる、ということと、作るべきかどうか、が別の問いだと気づいたとき」




 美佳は「そうですか」と言った。




 有栖川が美佳を見ていた。何かに気づいた顔だったが、何も言わなかった。




 喫茶店を出て、三人は別れた。




 美佳は一人で駅のホームに立った。電車を待ちながら、スマートフォンを出した。




 彩音のメッセージを開いた。URLの一つ上に、送信時のメッセージがあった。




「見てもらえたら、それだけで十分です」




 美佳はそのメッセージを、今日初めてちゃんと読んだ気がした。




 見てもらえたら、それだけで十分。




 でも美佳はフォームを読んで、分類して、次の問いを考えていた。「それだけ」では終われなかった。




 電車が来た。




 乗り込んで、ドアが閉まった。




 窓の外が流れていく。美佳は吊り革を握ったまま、目を閉じた。




 作れる、ということと、作るべきかどうか、は別の問いだ。




 翔の言葉が、暗闇の中でゆっくり繰り返された。




問いを作れると気づいた瞬間、美佳の中で何かが変わった。それが怖かった。



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