第三十話 「高校三年生」
「高校三年生、か」
「受験生だな」
「漫画家やってる場合じゃねぇって言われそうだな」
「今さらだろ」
同じ教室。
同じ制服。
同じ夢。
でも――隣の席は、もう空いている。
「コンビ解消したんだよな、俺ら」
「したな」
「なのに、なんでこんなに意識してんだろ」
「知らねぇよ」
三週連続一位。
ドラマCD決定。
絶頂のはずだった。
なのに、手元には空白のネーム。
「一人って、こんなに広かったっけ」
「広いな」
「……うるせぇ」
高校三年生。
人生の分岐点。
進学か。
就職か。
それとも――夢か。
半身を失ったまま、春は始まる。
四月。
春。
桜は、やけに静かだった。
教室の窓際。
雄大はぼんやりと校庭を見ていた。
「……三年、か」
黒板には大きく書かれている。
3年A組
担任が言う。
「いよいよ受験生だぞー」
クラスがざわめく。
大学。進路。将来。
その言葉が、今の雄大にはやけに遠い。
机の中。
週刊『夢乃奏多』最新号。
そこに載っているのは――
篤一人の名前。
コンビ解消から一ヶ月。
連載は、続いている。
しかも――
順位はまだ上位。
「……くそ……」
胸がざわつく。
放課後。
屋上。
雄大は一人でノートを開く。
ネーム。
だが、ペンが進まない。
「……なんでだよ……」
一人で描くと決めたはずだ。
守るために。
壊さないために。
なのに――
空白が増えていく。
一方。
別の場所。
篤もまた、机に向かっていた。
原稿。
ペン入れ。
トーン。
だが手が止まる。
「……ちっ」
思い出すのは、隣にいた影。
構成を組む声。
理屈っぽいツッコミ。
「ここ破綻してるぞ」
「感情の流れおかしい」
うるさかった。
だが――必要だった。
篤は机を殴る。
「なんでいねぇんだよ……」
翌日。
学校の廊下。
「おい」
声。
振り向くと、篤だった。
制服姿。
同じ高校三年生。
一瞬、時間が止まる。
「……何」
「今週読んだ」
雄大の胸が跳ねる。
「……で」
篤は一瞬だけ視線を逸らす。
「……悪くねぇ」
「でも」
雄大が眉を上げる。
「お前の構成、甘い」
空気が張り詰める。
「は?」
「盛り上がり前に説明多すぎ」
「テンポ死んでる」
雄大の顔が赤くなる。
「お前こそ」
「感情先行しすぎ」
「理屈崩壊してる」
火花。
だが以前とは違う。
そこには――
少しだけ、懐かしさがあった。
篤が言う。
「……なあ」
「三年だな、俺ら」
雄大が小さく笑う。
「受験生だぞ」
「漫画家志望が何言ってんだ」
「両立だよ」
沈黙。
風が吹く。
篤がぽつりと言う。
「……まだ描いてんだろ」
「描いてるよ」
「俺も」
視線が合う。
言葉にしない何かが交差する。
コンビは解消した。
だが――
二人はまだ同じ高校三年生。
同じ夢を見ている。
「次のドリームマッチ、出るか?」
篤が軽く言う。
雄大は少しだけ考えてから、
「……一位取るならな」
と返す。
小さな笑み。
決裂はした。
だが物語は終わらない。
高校三年生。
将来の選択。
夢の選択。
そして――
もう一度、並び立つ日は来るのか。
春の風が、静かに二人の間を通り抜けた。
「なあ」
「なんだよ」
「俺らさ、喧嘩した理由って覚えてるか?」
「守るか、攻めるか、だろ」
順位を守りたい雄大。
面白さを貫きたい篤。
どちらも正しい。
だから壊れた。
「でもさ」
「うん」
「高校三年生なんだよな、俺ら」
子供でもなく、大人でもない。
夢を語るには若すぎると言われ、
現実を背負うには早すぎると言われる年齢。
「まだ終わってねぇよな」
「終わらせてたまるか」
コンビは解消した。
だが――
物語は解消していない。
同じ学校。
同じ空の下。
交わらない道を歩きながら、
二人はまだ、同じ未来を見ている。
春は、残酷だ。
でも同時に――
何度でも始められる季節でもある。




