第二十九話 「半身、決裂」
…
深夜三時。
作業部屋。
机の上には週刊のネーム、月刊のプロット、ドラマCD修正案。
カップ麺の空き容器。
赤入れだらけの原稿。
「……それ違うって言ってるだろ」
篤の声が低い。
雄大がペンを止める。
「違わない」
「今の流れなら、ここは抑えるべきだ」
空気が重い。
ここ数日ずっとそうだった。
三週連続一位。
ドラマCD決定。
同時連載準備。
限界は、とっくに超えている。
「抑えたら弱くなる」
篤が机を叩く。
「毎週クライマックスなんだろ?」
「だったら振り切れよ」
雄大の目が鋭くなる。
「振り切った結果、破綻したらどうする?」
「整合性が崩れたら読者は離れる」
「理屈理屈理屈!」
篤が吐き捨てる。
「お前最近そればっかだな」
「現実見てるだけだ!」
雄大も声を荒げる。
「売れてるんだぞ今!」
「守らなきゃいけないんだよ!」
その一言で、空気が凍る。
篤の目が変わる。
「守る?」
低い声。
「何を」
「作品をだよ!」
「違うだろ」
篤は睨む。
「順位だろ」
沈黙。
雄大の表情が歪む。
「……当たり前だろ」
「落ちたら終わりなんだぞ?」
「だから丸くするのか?」
「安全運転するのか?」
「安定させるのは悪いことじゃない!」
「つまらなくなる」
篤は即答する。
「俺はそんな漫画描きたくねぇ」
雄大の手が震える。
「じゃあどうするんだよ!」
「毎回爆発して、壊れて、破綻して、それで終わったら意味ねぇだろ!」
「終わらせねぇよ」
「保証は!?」
「ねぇよ!」
静寂。
荒い呼吸だけが響く。
雄大が絞り出す。
「……俺は」
「怖いんだよ」
篤が一瞬だけ目を逸らす。
「ここまで来たのに」
「全部なくなるのが」
本音だった。
一位。
連載。
ドラマCD。
やっと掴んだ場所。
篤も静かに言う。
「俺は」
「面白くなくなるのが怖い」
「守りに入った瞬間、終わる」
二人の視線がぶつかる。
どちらも間違っていない。
だからこそ――譲れない。
雄大が立ち上がる。
「……もう無理だ」
篤の眉が動く。
「何が」
「やり方が違う」
「目指してるものも、違う」
言葉が刃になる。
「コンビ、解消しよう」
時間が止まる。
篤は笑わない。
怒らない。
ただ、じっと見ている。
「本気か」
「本気だ」
長い沈黙。
篤が椅子から立つ。
「……分かった」
あまりにもあっさり。
雄大の胸が軋む。
「今週のネーム、好きにしろ」
「お前も」
背を向ける。
「俺は俺で描く」
ドアが閉まる音。
部屋に残るのは静寂。
半身だった。
片方がいなければ、成立しなかった。
だが今――
その均衡は崩れた。
三週連続一位。
絶頂の最中。
漫画コンビ、解消。
物語は、最悪の方向へと動き出す。
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