第二十八話 「三週連続」
「三週連続一位って……意味分かんねぇんだけど……」
「現実だろ」
「いや現実味がねぇんだよ!」
「売れたってだけだ」
「“だけ”で済ませるな!」
週刊誌という戦場。
毎週、首を刎ねられる世界で。
新人が三週――頂点。
「……で?」
「で、じゃない」
「絶対続きある顔してるぞお前」
「当然だ」
「やっぱりな!!」
置かれた一枚の企画書。
大きく刻まれた文字。
ドラマCD決定。
「早すぎだろ……」
「人気が早すぎたんだよ」
夢は加速する。
だが速度が上がるほど――
地面は遠ざかる。
第二十八話、続幕。
ドリーム館・編集部。
異変はもはや日常になりつつあった。
「……まただ……」
誰かの呟き。
黒瀬真一の机の周囲だけ、異様に空気が張り詰めている。
「おい……」
篤が近づく。
雄大はすでに嫌な予感に支配されていた。
「……やめてくれよ……」
半ば祈り。
黒瀬が無言で紙を差し出す。
週刊『夢乃奏多』
読者アンケート結果
順位。
一位
「……」
「……」
沈黙。
だが問題はそこではない。
黒瀬がもう一枚めくる。
前々週 一位
前週 一位
今週 一位
三週連続一位
「………………」
雄大、完全停止。
「は?」
声が出ない。
「いや」
「ちょっと待て」
「三週?」
「え?」
編集部の空気が爆発する。
「バケモンかよ……」
「新人だぞ……?」
「三週固定って何……」
「看板陣全部押さえてるぞ……」
篤は紙を見たまま動かない。
そして――
ニヤリ。
「いい感じじゃねぇか」
完全適応済み。
雄大が叫ぶ。
「いやよくねぇよ!!」
「三週って異常だからな!?」
「週刊で固定一位とか意味分からんからな!?」
黒瀬は静かだった。
だが――
異様に静かすぎた。
「……予想はしていた」
低い声。
「けど」
口元が引きつる。
「ここまでとは思ってない」
珍しく本音。
「で」
その一言で空気が変わる。
雄大が顔を引きつらせる。
「……まだ何かあるんですか……」
黒瀬は笑った。
最悪の笑顔。
「あるに決まってるだろ」
机に新しい資料を置く。
大きく印字された文字。
ドラマCD企画書
「………………は?」
今日何回目か分からない停止。
「え?」
「ちょっと待って」
「早くない???」
黒瀬は当然の顔。
「三週連続一位だぞ?」
「編集部が何もしないわけないだろ」
資料を指で叩く。
「ドラマCD決定」
断言だった。
篤が固まる。
珍しく言葉を失う。
「……マジで言ってんのか……?」
「マジだ」
黒瀬は即答。
「もう企画会議通ってる」
雄大の頭が追いつかない。
「いやいやいやいや……」
「アニメじゃないんですよね……?」
「まだ連載始まったばっかですよね……?」
「関係ない」
黒瀬は淡々と切り捨てる。
「人気が全てだ」
編集部の別の編集者が笑う。
「異例どころの話じゃないぞこれ……」
「新人でドラマCDとか聞いたことねぇ……」
篤がゆっくり笑い出す。
「はは……」
どこか呆れた笑い。
「漫画描いてたら声つくのかよ……」
黒瀬がニヤリと笑う。
「売れたら何でも起きる」
雄大が頭を抱える。
「展開がジェットコースターすぎるだろ……」
黒瀬は容赦なく続ける。
「監修」
「脚本チェック」
「キャラ設定提出」
「全部やれ」
「は?」
「当然だろ」
黒瀬は真顔。
「原作者だぞ君たち」
夢乃奏多。
三週連続一位。
ドラマCD決定。
異常事態。
だが業界は冷酷だった。
人気が出た瞬間――
休む暇など存在しない。
篤が笑う。
覚悟の笑み。
「面白ぇじゃねぇか」
雄大は天を仰ぐ。
「……過労死コースまっしぐらだろこれ……」
黒瀬が静かに言う。
「安心しろ」
「売れてから倒れるのは名誉だ」
「ブラックすぎるだろこの業界!!!」
三週連続一位。
それは栄光ではない。
さらなる地獄への招待状だった。
数日後。
ドリーム館・会議室。
机の上にはドラマCD企画書。
キャスト候補表。
脚本第一稿。
雄大は資料の量に絶望していた。
「……多すぎるだろ……」
「なんだよこの枚数……」
篤は意外にも真面目に読んでいる。
ページをめくる速度が早い。
「へぇ……」
「こうなるのか」
黒瀬が腕を組む。
「ドラマCDはな」
「漫画と全く別物だ」
脚本を指で叩く。
「セリフで全部伝える世界」
「絵の逃げ場なし」
雄大がハッとする。
「……あ……」
「モノローグ使えない……」
「その通り」
黒瀬は満足そうに頷く。
「説明臭くなった瞬間に終わり」
「不自然なセリフも即死」
篤が脚本をめくりながら笑う。
「難易度高ぇな」
「当たり前だ」
黒瀬は即答。
「プロの声優が読むんだぞ」
「違和感は全部バレる」
その時。
会議室の扉がノックされる。
「失礼します」
入ってきたのは女性スタッフ。
「キャスト候補、先方の意向届きました」
紙が置かれる。
篤と雄大の視線が落ちる。
そして――固まる。
「……え?」
「ちょっと待て」
「この名前……」
そこに並ぶのは。
今まさに第一線の声優陣。
主役級。
看板級。
新人漫画のドラマCDとは思えない布陣。
雄大が完全に混乱する。
「いやいやいやいや!!」
「豪華すぎるだろ!!」
「なんで!?」
スタッフが苦笑する。
「三週連続一位ですから……」
業界の現実。
黒瀬は平然としている。
「当然の反応だな」
篤が半笑いで言う。
「いやいやいや」
「プレッシャーえぐいだろこれ」
黒瀬がニヤリと笑う。
「今さら?」
脚本第一稿。
篤がページを止める。
「……ここ」
指差す。
「違うな」
「ん?」
黒瀬が視線を向ける。
「こいつ」
主人公のセリフ。
「こんな言い方しねぇ」
空気が変わる。
篤の目が完全に作家の目になっていた。
「もっと雑でいい」
「綺麗すぎる」
雄大も資料を覗き込む。
「……あ……」
「確かに……」
「理屈っぽい……」
黒瀬が笑う。
「いいね」
「その感覚」
「キャラを理解してる証拠だ」
作業はすぐに始まった。
セリフ修正。
言い回し変更。
ニュアンス調整。
漫画では数秒のコマ。
だが音声では致命的な差になる。
雄大が頭を抱える。
「……難しすぎるだろ……」
篤は楽しそうだった。
「面白ぇじゃん」
「言葉だけでキャラ立てるとか」
「燃えるわ」
黒瀬が呆れたように笑う。
「本当に適応力おかしいな君……」
ふと。
雄大が呟く。
「……なんかさ……」
「漫画描いてるっていうより……」
「作品作ってるって感じになってきたな……」
篤が少しだけ笑う。
「最初からそうだろ」
黒瀬が静かに言う。
「ヒット作ってのはな」
「媒体を越え始めた瞬間に本物になる」
週刊三週連続一位。
ドラマCD決定。
だが――
それはゴールではない。
物語は、さらに広がっていく。
休息など、まだ存在しなかった。
「……なあ」
「なんだよ」
「漫画ってさ」
「うん」
「描いてれば終わりじゃないんだな……」
「今さらか」
声がつく。
音になる。
演技になる。
同じキャラクター。
同じ物語。
だが表現が変われば――全てが変わる。
「セリフ一つで人格が変わる……」
「だから面白ぇんだろ」
創作は拡張する。
成功すればするほど、責任も増える。
「嬉しいはずなのに胃が痛い……」
「それが売れるってことだ」
三週連続一位。
それは称号ではない。
次の地獄への通行証。
物語はまだ途中。
むしろ――ここからが本番。




