第十九話 代償と覚悟
‥
編集長室を出た瞬間。
張り詰めていた糸が切れた。
「……はぁ……」
雄大が壁にもたれかかる。
全身の力が抜けていた。
「寿命縮んだ……」
本気の声だった。
篤は笑っている。
いつもの不敵な笑み。
「面白ぇじゃん」
「面白くねぇよ!」
即座のツッコミ。
だが声に安堵が混じっている。
少し離れた場所。
歩が静かに立っていた。
「……八島さん……」
雄大が恐る恐る声をかける。
歩は無表情。
だが、いつもと違う。
「あなた達」
低い声。
「本当に問題児ですね」
「褒め言葉だな」
篤が即答する。
「褒めてません」
間髪入れない返し。
だが――
怒っているようには見えなかった。
「編集長室で喧嘩」
「引退宣言寸前」
「外部の人間が乱入」
「前代未聞です」
雄大が顔を覆う。
完全に黒歴史だ。
「でも……」
歩の声がわずかに柔らかくなる。
「助けられましたね」
視線の先。
奈那峰亜紀が立っていた。
「……あのさ」
篤が気まずそうに頭を掻く。
珍しい態度。
「なんで来たんだよ」
亜紀は即答しない。
少しだけ視線を逸らす。
「……ムカついたから」
「は?」
「勝手に終わりそうな空気だったし」
不満げな顔。
だが目は真剣だった。
「まだ何も始まってないじゃないですか」
雄大が思わず言葉を失う。
「……」
篤も黙る。
「それに」
亜紀は少し笑う。
「あなた達の漫画、好きですし」
時間が止まる。
篤が固まる。
雄大の脳が処理を拒否する。
「……え?」
「何その反応」
亜紀が呆れる。
「読者代表みたいなもんですよ私は」
歩が小さく吹き出す。
珍しい光景だった。
「頼もしい読者ですね」
亜紀は胸を張る。
「当然です」
篤が視線を逸らす。
ほんの少しだけ照れていた。
「……ま、サンキュ」
ぶっきらぼうな礼。
だが本心だった。
歩が手帳を閉じる。
「さて」
空気が引き締まる。
「猶予はできました」
「ですが」
編集者の顔。
完全な仕事モード。
「次で全てが決まります」
雄大の背筋が伸びる。
「連載会議」
重い言葉。
「甘えは許されません」
篤がニヤリと笑う。
「最初から甘える気ねぇよ」
歩が真っ直ぐ二人を見る。
「なら――」
静かな宣告。
「勝ちに行きましょう」
夢ではない。
理想でもない。
戦い。
プロの世界。
二人の目の色が変わる。
ここから先は。
本当の地獄。
そして――
本当のスタートだった。
‥




