第十六話 読み切り
夢を語るのは簡単で、続けるのは難しい。
才能を疑い、未来を疑い、それでもペンを握り続ける理由はどこにあるのか。
真逆の場所から歩いてきた二人。
恵まれすぎた重圧と、何も持たぬ空白。
交わるはずのなかった線が、漫画という一点で重なったとき――物語は、静かに熱を帯び始めます。
第十五話「抉られた過去」。
彼らが抱える傷と、覚悟の輪郭をお楽しみください。
「……これは通せません」
静まり返った会議室。
八島歩の声は冷静だった。
だが、空気は凍りついていた。
「は?」
篤の口から反射的に漏れる。
「なんでだよ」
机の上に置かれた原稿。
二人が徹夜で仕上げた読み切り。
歩は感情を乗せない。
「商業的に厳しいです」
「キャラが弱い」
「導入が地味」
「読者アンケートを考えると――」
「無理です」
言葉は鋭く、容赦がない。
篤の顔色が変わる。
「ふざけんなよ」
雄大が息を呑む。
嫌な空気だ。
「俺たちの最高傑作だぞ」
「主観ですね」
即座の切り返し。
「編集部は“売れるかどうか”で判断します」
「面白いかどうかじゃねぇのかよ!」
篤が机を叩いた。
鈍い音が響く。
歩の視線がわずかに鋭くなる。
「面白いだけでは売れません」
「売れない作品は、存在できません」
絶対的な現実。
篤が笑う。
乾いた、苛立ちを含んだ笑い。
「結局それかよ」
「数字」
「安全策」
「テンプレ」
「そんなもんばっか量産して何が漫画だ」
雄大が青ざめる。
完全に火がついた。
歩の声色が変わる。
わずかに熱を帯びる。
「理想だけで生き残れる世界じゃありません」
「新人の自己満足に誌面は割けない」
「自己満足じゃねぇ」
篤の目が据わる。
「読者に委ねろよ」
沈黙。
「……何ですか?」
「読み切りだろ」
篤は原稿を指差す。
「連載じゃねぇんだ」
「編集の理屈じゃなく」
「マーケティングじゃなく」
「読者に決めさせろ」
歩の眉がわずかに動く。
「責任放棄に聞こえますが」
「違うな」
篤は一歩も引かない。
「これが俺たちの答えだ」
「刺さらなきゃ終わりでいい」
雄大が思わず篤を見る。
狂っている。
だが――どこか正しい。
「安全な作品なんか描きたくねぇ」
「賛否上等」
「炎上上等」
「読者が拒否するならそれで納得できる」
歩の視線が変わる。
評価ではない。
観察の目。
「……あなた」
小さく呟く。
「本気で言ってます?」
篤は即答する。
「最初からずっと本気だ」
再び静寂。
重苦しい沈黙。
やがて。
歩が深く息を吐いた。
「……編集としては反対です」
雄大の心臓が跳ねる。
「ですが」
一瞬の間。
「読み切りとして提出します」
空気が揺れる。
「ただし条件があります」
篤が目を細める。
「アンケート結果が全て」
「数字が出なければ次はありません」
「文句ねぇよ」
即答。
歩はじっと篤を見つめる。
「後悔しませんね?」
篤は笑う。
今度は、確信の笑みだった。
「読者に負けたなら諦めがつく」
「編集に潰されるより百倍マシだ」
歩の口元がわずかに緩む。
ほんの一瞬だけ。
「……変な新人」
小さな呟き。
こうして。
無謀な読み切りは、静かに戦場へ送り出される。
評価者はただ一つ。
読者。
編集者と作家の対立は、創作物語の王道であり核心でもあります。
正論と理想。
数字と情熱。
どちらも間違いではなく、どちらも必要。
だからこそ衝突は避けられない。
今回、篤が選んだのは最も残酷な審判――読者。
言い訳も逃げ道も存在しない世界です。
次回、運命の掲載。
結果は容赦なく突きつけられます。




