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第21話 来訪! 夏休みに故郷へのご招待!!

前回のあらすじ:ヒーロー三人衆はそれぞれの特技を持ち寄り、密かにヒーロー活動を行える状態を作り出した。そしてヒーローギルドとしての初任務は、木材問屋を襲ったスケルトン退治だった。途中ボーグダインの乱入もあったが、ディメンジョンマンとなった翔が隙を突き、拳の一撃を股間にお見舞いし撃退した。だが油断した隙に、仲間にボーグダインを連れ去られてしまう。後味の悪い結果になってしまったが、とにかく王都の平穏は守られた。……ヒーロー達の戦いは続く!!

 王都『デュスターヴ』の夜は深い。


 繁華街では眩いほどの明りが灯っているが、その光によってより色濃く影が差す場所もある。

 繁華街ならば酔客同士の喧嘩など日常茶飯事で、大抵の場合衛兵はそちらの取り締まりに掛かりっきりになる。その分だけ他の場所には目を向けられず、運の悪い人間が性質タチの悪い人間に目を付けられる事もあった。


 下町の片隅の路地、そんな場所ほど暗さが際立つ。



 今日も哀れな犠牲者が悪人の餌食になろうとしていた……。



「や、止めて下さい!!」


「すまないが、君の要望には応えられないね」



 今、一人の女性が路地の奥で男に迫られていた。それも色っぽい様子は無く、女性は怯えきった表情で震えながら路地の壁に背中を預けている。


 出口を塞いで立つ男は黒いマントを羽織ってフードを目深に被り、その右手には月光を反射する短剣を持っていた。



「……私の知り合いがね、君みたいな若い女性を必要としているんだ。何、少しばかり嫌な思いを我慢すれば、一時ではあるが極上の生活が味わえるだろう」


「そんなの要りません! お願いですから、そこをどいて下さい!?」



 女性は頭を何度も横に振って拒否するが、男にその意思を尊重する気は毛頭無い。

 ただ雇い主の放蕩の為に掛かる自らの苦労に愚痴るだけだ。


「全く、市井の娘のが良いだの……あの方にも困ったものだ。後処理は、まあ楽な方だがね……」


 男は短剣を掲げて女性に近寄る。女性はその短剣に目を奪われて顔を上げ、



 ドスッ



「かはっ…!?」


 素早く突き出された左拳に鳩尾を突かれ、意識を手放す。男は左腕で女性の体を受け止め、短剣を仕舞うとマントから折り畳まれた大きめの袋を取り出す。



「やれやれ……ここから合流地点まで抱えるのがまた面倒………むっ!?」



 愚痴を溢しながら女性を袋に入れようとしたところで、男は何者かの気配を感じて短剣を抜きながら後ろを向く。


 男は素早く上下左右に視線を巡らせ、ついに近くの建物の屋根停まる一羽の梟を見つけた。少し拍子抜けした思いで、最近街中に見知らぬ鳥が増えたと感じていたがこれもまたその一羽か、とぼんやりした状態で男は梟を見る。


 だがその梟から微かに感じる敵意は如何な理由か?



 その時、マントの男ははっと上に顔を向ける。



「『マジカル・ルナ・バインド』!!」



 少女の可憐な声が響くのと同時に、頭上の月から一条の光が男に向かって差し込み、その光に包まれた瞬間、男は強烈な締め付けられる感覚を覚えた。


「ぐう!?」


 光から逃れるため、横に跳ぼうと足に力を入れるがその動きさえも封じられている。

 罠にかかったと焦る男は、自分に近づく風の音を聞いた。



 男の意識が消える寸前、真っ赤な衣装と兜に身を包んだ少年を見た気がした。



 ◆



「お疲れー。で、こいつの雇い主って誰だろうね?」


「尋問するわけにもいかねぇし、乱の魔法で何とかならねぇ?」


「そこまで都合良い魔法は無いわよ。それと、今の姿の時は『ルナティクス』って言ってね☆」


 静まり返った路地裏に、少年少女の声が乱舞する。


 皆様ご存知、王都のヒーローギルド(自称)の三人です。解説役は今回も、翔ことフィアル・ノールポールが御送りします。


 三人の中で唯一映像で参加している勇は、乱のぶりっ子っぷりに頭痛を催したのか眉間を揉んでいたが、溜息一つ吐いて顔を上げる。


「まあしょうがねぇ。親玉を放置していたらまた似たような事件が起こるだろうが、しばらくは時間が稼げるだろ。とりあえず、何か情報になりそうな物漁ったら、ふん縛って帰ろうぜ」


「ま、それしか無いか……。三人だけじゃ手が足りないなぁ」


 眠さに目を瞬かせながら、僕は手早く気絶した男の懐を探り、怪しげな薬の入った小瓶やら、手紙、メモ帳、帽子のような花弁を持つ花が描かれたコインなんかを物置代わりの次元の狭間に放り込んでいく。


 それが終わると、逆に次元の狭間からロープを取り出して、男を縛り付けていく。


 男にロープを巻き付けながら、ふと思った。



「………なあ、これって犯罪かな?」


「何言ってんだ翔……」



 画面の勇は呆れた様子で僕を見る。







「紛う事無き犯罪だろ」


「そうそう、今更じゃん」







「だよねぇ……」


 ルナティクスも肩を竦め、出来の悪い冗句に苦笑するように僕を見下している。ヘルメットの奥で渋い顔をしながら、僕は下らない事を言ったと後悔していた。


 勇は欠伸を漏らしながら言葉を連ねる。


「そもそも、今の俺達には法の保証の下の捜査権も逮捕権も無いわけだし、どれだけ善行やっても、それが法的に許されて無いなら犯罪だよ。それを合法的にやる為に、翔は今『自由騎士』を目指してるんだろ」


「一応、『凶祓い』になって依頼形式で事件に対応する手もあるけど、大抵が事件が起こった後の話なのよねぇ……」


 ルナティクスもそのジレンマは感じているのか悩ましい表情をしている。『凶祓い』も、依頼を受けてはこう言う事件の捜査を行う事もあるそうだが、十分な証拠も無しに、或いは勘違いから街の人とトラブルを起こす事も間々あるらしい。


 まあ勇に言われて目が覚めた。



「そうだよな。頑張って、自由騎士になってみせるよ」


「そう言えば、翔は自由騎士に成りたいんだったわね。大変だと思うわよ~~」



 ちょっと困った顔で頬を人差し指で支えながら、ルナティクスは揺れる瞳で僕を見る。どう言う事かと聞き返す前に、勇が警告を発した。



「やべ、さっきのルナティクスの魔法の光が町人に見られてたみたいだ。衛兵数人連れてこっちに向かってる!」


「マジか。逃げようルナティクス。あ、それと一筆頼む」


「分かったわ。……エイッ!」



 ルナティクスが杖を振るうと、路地の壁に可愛らしい字で『この男は婦女暴行犯につき、月光の罰を下した。 マジカル★ルナティクス』、との文章が大きく描かれた。


 これで、少なくともこの男が犯罪者だとは向こうも分かるだろう。一応実績あるヒーローの言葉だしな。ただ、この男の持ち物に関してはどうしよう…?



かける君、コピーは取っておいたから、ここに置いていっても大丈夫よ!』



 一瞬悩んだ僕に先んじて、『レッドプラズマ』のAIの朱美さんがフォローしてくれた。ナイスです、朱美さん!


 僕はルナティクスがワープ用の穴を開けている間に、手早く証拠品を男の胸元に置いた。


 そして慌しくルナティクスと共にワープ穴に逃げ込んだのだった。



 ◆◆



「現在、キルディス王国に本来の意味での自由騎士は居ない」



 先日の事件の後、定例会議の場で乱に改めてこの国の自由騎士について質問してみた。その回答がこれである。


 何でも、僕らがこっちに転生してくる少し前の年までは、大規模な魔獣や魔物との戦があってたらしい。その頃は国内も不安定で、自由騎士の様な即応人材も必要とされていた。

 しかし近年は比較的平和な時期が続いており、自由騎士が居なくてもある程度治安維持が可能になった。また当時の自由騎士達も長年の戦いによって疲弊し、引退を望んだ事から自由騎士は居なくなったそうな。それに続いて、乱はこうも言った。


「でも、非公式的な自由騎士は存在する。どっちかと言うと、非合法かな」


 今居る自由騎士は主に他国への諜報活動を行うスパイが主らしい。

 国内で魔獣や魔物、悪人を自由に取り締まるので無く、他国で自由騎士の名前を盾に上流階級に潜り込み、貴族のゴシップやら醜聞やらを集めては本国に送っているらしい。



 まあ、どっちも遊歴の騎士と言えばそうだけどさぁ……。



 何か僕らを転生させるタイミング、ミスってないですか神様?


 ちなみに、これらの話は乱の実家で盗み聞いた話らしい。やっぱり貴族の情報網が欠片でもあるのは有り難いな。



 世の世知辛さを痛感しながら、僕は難しい顔をしつつ校舎の廊下を歩いていた。今日は休日前日のため、授業は昼前までで終了である。

 最近めっきり暑くなってきて、日差しもきつくなってきたし、鍛錬は程々に切り上げて寮でゆっくりしようかな……。



 などと考えていると、廊下の先に見える曲がり角からトリスタン先生が姿を現したのに気付いた。



「あ、こんにちわトリスタン先生!」


「ん…? フィアルか。今日も居残りで剣の稽古か?」



 トリスタン先生は僕に気付くと、いつもの厳しい顔をほんの僅かに緩めて話しかけてくれた。

 ただ普段の鬼教官っぷりを体が勝手に思い出し、僕の意思とは無関係に直立不動の姿勢に成っている。


 そんな僕の状態を見かねて、トリスタン先生は手を振って一言。


「楽にしていい」


「はいっ!」


 ザッ! と音を立てて『休め』の姿勢になる。

 ……軍隊教育ってすぐ身に付くよね! 身に付くまで叩き込まれるから。


「そうじゃない……お前は公私の切り替えが下手糞だな。まあいい、校舎の出口まで一緒に行くか」


「分かりました!」


 元気に返事をして、歩き出したトリスタン先生の少し後ろを付いて歩く。

 しばらく歩いていると、トリスタン先生が唐突に話しかけて来た。



「そうだ、フィアルは実家に帰るのか?」


「え……? いいえ! これくらいの授業で音を上げたりしません!!」



 さ、最近ヒーロー稼業も兼務し始めたせいで、ちょっと授業への集中力が落ちていたのを見抜かれたか!?


 慌てて否定する僕に、トリスタン先生は面食らった様子で黙っていたが、これまた唐突に吹き出した。



「くっ……ふはははは!! いや、そうじゃ無い。もうすぐ夏季休暇の季節だからな、実家に帰るのか聞いただけだ」




 ………OH………。


 そっちですか……。そういや、こっちに来てから数ヶ月が過ぎていた。月日の流れが早く感じるほど、色々あったなぁ。


「一応帰るつもりですが……、まだ『早歩』の魔法も覚えてませんし、どうやって帰ろうか困ってます」


 て言うか、魔法講義はあったけど基礎しかまだ習ってないし。もっと上の学年になってからしか魔法って覚えられないのね……。



 期待を持たせたニコルには腹パンをお見舞いしておいた。「理不尽だ!?」とか騒いでたが、お前も覚えてなかったんじゃねぇか、したり顔で語りやがって。



 話を戻そう。レッドプラズマを使えば対して時間も掛からずに実家に帰れるが、乗合馬車を使うと、行って帰るだけで休みが終わってしまう。

 今年は帰れないかもな、と半ば諦めていた。



「ふむ、確かにロイの家は結構遠かったな……。ならば、俺が連れて行ってやろうか?」


「はい?」



 突然の申し出に、体の緊張も解けて間抜けな声が出てしまった。


「何、久しぶりにロイの顔を見るのも悪くないと思ってな。ここ数年ネミッサを放ったらかしにしていたし……少し長めに休みを取って、ネミッサとお前と俺の三人で、ロイの家に厄介になろうかと考えたんだが」


「それは……凄く有り難いです……」


 トリスタン先生は当たり前だが『早歩』の魔法を覚えているし、無茶苦茶強いから道中も安心。それに騎士権限とかで軍馬や荷馬も借りられるそうだし、移動手段もばっちりだ。


 ただ、道中ネミッサさんと一緒と言うのが………体持つかな、僕?


 その僅かな逡巡を見抜かれたのか、トリスタン先生はじっと僕の顔を見つめた後にふっと笑った。



「騎士になる前に親や妹の顔を見たら覚悟が鈍るかも……そんな事を考えていないか?」


「え……いいえ全然!!」


「安心しろ。普段のお前の精進は知っているが、その程度で揺らぐとは思えん。むしろ、適度に休んで英気を養うよう心しておけ。お前は少し真面目過ぎる」



 妙にトリスタン先生からの評価が高いので背筋のあたりがもぞもぞする。

 でも確かに最近根を詰め過ぎな気はしている。ヒーロー稼業と授業の二足の草鞋に、知らない内に疲れが溜まっている可能性は否定出来ない。



 その後、僕はトリスタン先生の申し出を有り難く受け、夏休みは三人揃って故郷のライコット村に帰る事になった。



 ◆◆◆



 日常は駆け足のように過ぎて行き、遂に夏休みの開始日になった。


 校舎の一角にある全校集会用の会場で一学期の終了式が終わると生徒達も浮き足立ち、実家に帰ったら何をしようとか、ゆっくり朝寝坊出来る日々が来るとか言って、これからの二ヶ月近いお休みの日々に胸を躍らせていた。



 なお、休み明けに学科試験と体力試験があるから、休み中も宿題と鍛錬を怠らないようトリスタン先生が睨みを効かせつつ注意したら、この世の終わりを目前にした様に項垂れていました。



「フィアルー……実家に帰るって言ってたよな~~? ………いつ頃帰ってくる?」


 我が友ニコルは、卑屈な笑みを浮かべながら探るように質問してきた。

 決して一緒に遊ぼうとか実家に案内しようとか考えているわけでなく、山のような宿題の処理を手伝わせようという魂胆が透けて見えていた。



「さー? 遅くなるかもねー、それこそ休みの終わるその日に帰ってくるかも」


「そんな!? 悲しい事言うなよフィアル! お前が居なかったら、俺はどうやってあの馬鹿げた量の宿題を解けばいいんだ!?」


「ちったぁ歯に衣着せろよ!!」



 正直過ぎる友人に『宿題は一人でやれ』と死の宣告を下し、縋り付くニコルを無理矢理引き剥がして寮の部屋に戻った。……まあ、本気で間に合わないようなら手伝ってやるさ。二学期の始まる二、三週間前には帰って来る予定だし。


 その間は乱と勇の式神で王都を見回ってくれるそうなので、まあ問題は無いだろう。


 部屋に戻った僕は、明日の実家への帰省に向けて急いで荷造りを始める。予めトリスタン先生と一緒に戻る旨は手紙で知らせておいたし、後は本当に帰るだけだ。


 王都に来た時に使った大きなリュックに着替えやら勉強道具やら宿題やらを詰め込んでいると、同室のアンドレイさんが声をかけて来た。


「フィアルは……帰省するんだったね。いつ頃帰ってくるのかい?」


「一応、二学期の始まる二週間前までには帰ってくる予定です。トリスタン先生の休暇の期限もありますし、もっと早まる可能性はありますが」


 トリスタン先生に寄ると大体一週間前後でライコット村まで辿り着けるそうだから、向こうに滞在するのは二週間くらいになるかな? 先生は一月の休暇を貰ったそうだから、それ位が妥当だろう。


 アンドレイさんはいつもの少し固い表情で、そうか、と呟き、しばしの沈黙を経て柔らかく笑う。



「……楽しんでくるといい……」


「……はい……」



 どこぞの悪友に見習わせたい、お気遣いの言葉を賜りました。やっぱり貴族の血筋は伊達じゃ無いね。






「……夜中にトイレに行く時も、きっとご実家でなら気兼ね無く行えるだろうしね……」



「…………は、はぃ……」






 気付かれていたのか。

 アンドレイさんの顔色を探ってみるが、にこやかな笑みからは含むものを感じない。多分、本当にトイレに行ってるだけと思ってるんじゃなかろうか。


 ……今度から一層注意しよう……。


 こうして僕の夏休みは変な緊張を感じながらスタートしたのだった。



 ◆◆◆◆



 翌日早朝、リュックを背負って寮の管理人さんに挨拶を済ませ、僕は学校の裏門へやって来た。


 そこには、トリスタン先生とネミッサさんが既に待っていた。




 んで、内一名が突撃してきた。




「フィーーーアーーーールーーー君!! 久しぶりーーーー!!」



 ネミッサさんは盗塁王の全力疾走にも匹敵する速度で僕に駆け寄ると、背負ったリュックごと僕を抱え上げて胸に掻き抱く。



「むぐむごっ…!?」


「やーーーーん!! 会いたかったよーーーフィアル君。ここ最近休みの日も全然来てくれなくて寂しかったんだからーー!!」



「ネミッサ、騒がしいから少し静かにしろ」


 トリスタン先生は頭痛を堪えるように額を撫でながら、生徒達にするそれよりかなり控え目にネミッサさんを嗜める。だがネミッサさんはキッと鋭い視線をトリスタン先生に返す。



「そんな事言って……お父さんがフィアル君をシゴキ過ぎるから、休みの日は疲れ果てて外に出れなかったんじゃないの? つまり全部お父さんが悪い」


「そいつの自己鍛錬の代償まで責任を負えん。休みは疲れて伏せって居たのは事実だろうが、俺のせいにするな」


「そ、そうです。ここ最近、確かに休みの日は外に出る気力が無かったですけど、それは僕のせいです。会いに行けなくてごめんなさい」



 平日の授業とヒーロー稼業の疲れを癒す為に、休日はほぼ丸一日爆睡してたからなぁ。ネミッサさんには悪いことをした。

 まだ不満そうだったネミッサさんだったが、僕が謝罪すると優しく微笑んで頭を撫でてくれた。


「いいのよー。そうかー、フィアル君は頑張り屋さんなんだねー。偉い偉い」


 上機嫌になったネミッサさんにほっとする僕とトリスタン先生。また問答が始まらない内にと、先生は裏口から外に向かって歩き出した。


「付いて来い。少し離れた所に馬車と馬を止めてある。中々質のいい馬車だからな、五日くらいでフィアルの実家に着けると思うぞ」


「そうなんですか。それは嬉しいです」


 ライコット村に着いたら羽を伸ばしたいから、出来る限り移動中に宿題を終わらせないとな。



「よーーし、じゃあ行こうかフィアル君! 安心して、日持ちするお菓子を沢山作っておいたから、一緒に食べながらお話しようね!!」




 ……どうしよう、眩いばかりのネミッサさんの笑顔が辛い。……もう夜中にこっそりやるしか無いか……。


 兎にも角にも、故郷への帰省はこうして始まった。






 道中に特筆すべき事件は特に無かった。


 むしろ、毎日朝に見るトリスタン先生の魔法こそが一番の見所であっただろう。

 先生は毎日馬車を引く二頭の馬に『早歩』の魔法を施していたのだが、その効果たるや凄まじいものだった。


 まず、走る早さが上がる。時速六十キロは出ていたのでは無かろうか? 

 次に休憩が殆どいらない。馬は疲れた様子も見せず馬車を引いて駆け続け、昼ご飯休憩の時と野営の時に止まる以外はほぼ走り続けていた。トイレ休憩の為に停まった時も、息を乱した様子も無く呑気に草を食んでいた。さすがに水分補給は必要だったが、それも五分ほどの停車を数回しただけだった。


 魔法一つでここまで速くなるとは思わなかった。これが一般人にも使えればいいのにと思ったが、一応軍事技術だから無理だろうなぁ。


 てかこの魔法あれば、あの地獄の徒競走必要ないんじゃ……とも思ったが、基礎体力作りはどの道必要だから、あれは必要なことだったんだと自分に言い聞かせた。


 実際、魔法の凄さを目の当たりにしたが、その魔法の助け無しでトリスタン先生はずっと御者をしていたんだから、やっぱり日頃の鍛錬は重要なんだなぁ。



 改めてこの世界の凄さを実感した旅程だった。



 ちなみに、懸念だった宿題はネミッサさんが積極的に教えて手伝ってくれたので半分以上終わってしまいました。ありがてぇ、ありがてぇ……。



 ◆◆◆◆◆



 王都で感じていた夏の暑さも大分和らぐ森の田舎道、その先に、なつかしのライコット村の入り口が見えてきた。ほんの数ヶ月前に出たばかりなのに、随分懐かしさを感じるなぁ。


「着いたか。天候に恵まれたのもあったが、六日で着けたのは幸運だったな」


「これも、先生の御尽力のお陰です」


 御者台に座るトリスタン先生に、僕は深々と頭を下げた。ネミッサさんは馬車の窓を開け、顔を半分くらい出して村の様子を見ている。



「わーーー! いいなぁ、こういう所初めて来たから凄い興奮する!! フィアル君、お勧めの観光場所とか教えてね!!」



 わぁ期待が重い。辺鄙な田舎に観光地なんて無いっすよ……。


 どっかいい場所なかったかな、と僕が頭を悩ませていると、馬車の速度が徐々に遅くなり、遂には止まってしまった。

 まだ村の入り口まで距離があるのにどうしたのかと不思議に思っていると、トリスタン先生の雰囲気が少し変化していた。



「……誰か見ているな。気配は分かるが、俺の目を誤魔化すとは……手練た輩が居たものだ」


「……あ、本当だ。誰か居るね」



 ネミッサさんも何かを感じ取ったのか、目を細めて周りの木々を見渡している。やっぱりトリスタン先生の娘さんなだけはある。


 僕もじっと息を殺して周囲に意識を向ける。しかし、しばらく気配を探っても、どうにも分からなかった。



「動物じゃ無いんですか?」


「違うな。敵意も殺気も無いが、こっちを探るように見ている。こんな人里近くまで近づく動物なら、とっとと逃げるか襲い掛かって来てもいい筈だ」



 ふむ。トリスタン先生の言う事だし、ちょっと調べてみるか。村の異変だったら勇から連絡あるだろうから、多分危険は無いと思う。


「ちょっと出ますね」


「あっ! フィアル君!!」


 ネミッサさんに引き止められる前に、僕は馬車の戸を開けて外に躍り出た。


 馬車から降りた途端、濃密な緑の匂いが鼻腔に充満し、懐かしき故郷の香りに少々陶酔してしまう。


 僕が一瞬我を忘れて森の木々を見ていると、ふと確かな気配を感じた。



 そして最初に気付かなかった理由が分かった。慣れ過ぎていて、違和感を感じなかったんだ。




「やあああああああっ!!」




 突然、草むらから飛び出した影が僕に向かって飛び掛ってくる。


 僕は忘我の境地に居たためか無意識に体だけが反応し、自分の脳天目掛けて振り下ろされる木剣を僅かに体をずらして避けると、その木剣を掴んでいる手を掴んで引き寄せる。



「わきゃっ!?」



 襲い掛かって来た影を抱き留めると、その影は可愛らしい悲鳴を挙げて身を固くする。漸く戻ってきた意識が顔を動かし、その影の顔を見つめる。




「……おかえりの挨拶にしては、物騒過ぎない? サラ」


「……だって、フィアルが女の人連れてたから……」




 視線の先では、拗ねた表情のサラが唇を尖らせていた。てか、僕が女性と同伴してたら切りかかって来るんかい。

 偶に連絡は取り合っていたが、体が引き締まっている割に前より髪も伸びていて、上気した頬が色っぽく感じるほどに美貌に磨きがかかってる気がする。



「……シュッ!!」



 サラの容姿に見蕩れた気の緩みを狙われたか、別の草むらから鋭く呼気を吐き出して誰かが飛び出してくる。


 しかしそのコースだとサラごと切られかねない。僕はサラを半ば押し倒すように身を屈めて横薙ぎの斬撃をかわして、空いてる片手でまた相手の手を押さえようとする。


 だが予想以上の速度で身を引かれて、僕の手は空を切る。


 本能が次の一撃を避けるように警告を発し、サラを抱えたまま後ろに跳躍する。しかしそれすら予測の範囲内と、目の前の恐竜モドキも大地を蹴って追い縋って来る…!!



「こらーっ!? フィアル君に何するの!!」



 ガシッ スポッ ゴンッ



 擬音表現を現実に置き換えると、馬車から目にも止まらぬ速度で降りて来たネミッサさんが、僕に向かって振るわれた木剣をあっさり奪い取って、返す刀で木剣を振るっていた少女の頭を軽く叩いた、……そんな光景であった。



「ぐうううう……っ!!?? このっ何するのよ!?」



 まずお前が回答しろよ、と言い返したい所業をしていたのは、二人目の幼馴染リーザだった。こっちも髪が少し伸びていたが、一本のおさげにまとめて後ろに垂らしている。サラよりなお一層引き締まった身体つきになってる気がするが、乙女としてそれでいいのか。




「それはこっちの台詞です!! フィアル君に向かってあんな勢いで木剣を振るうなんて……きっと村のいじめっ子ね! 私が居る限り、フィアル君は絶対にいじめさせないから!!」




 リーザの文句が恐竜の吼え声なら、ネミッサさんの怒気が混じったそれはドラゴンの咆哮だった。あまりの声量に、リーザも一瞬身を竦ませるほどであった。


 そんなお冠のネミッサさんを宥めるように、トリスタン先生が近寄ってきた。



「落ち着けネミッサ。村に入る前から村民と軋轢を生むんじゃない。多分だが、フィアルの友達じゃないのか?」


「あ、はい。二人とも幼馴染です」



 しかし怒りに我を忘れてるネミッサさんの剣幕は収まらない。



「本当に!? いじめられるからって嘘吐いてない? いいんだよ、悪童の矯正なら昔取った杵柄があるから……」


「止めろ。もうご近所さんに頭下げに行くのは沢山だ。………止めろ」



 トリスタン先生が念押しするほどとは……ネミッサさんの子ども時代は一体どんな修羅の国だったのやら。


 悪童どもを世紀末覇者のようにバッタバタと薙ぎ倒すネミッサさんの妄想に耽っていると、リーザが無理矢理割り込んできて僕とサラを引き離す。



「やんっ! う~~何するのさ?」


「いつまでも男同士で抱き合ってるんじゃないわ。不潔よ」



 可愛らしく抗議するサラに対して一刀両断のリーザ。ああ、懐かしい光景だなぁ……。



 ◆◆◆◆◆ ◆



 しばらく後、僕はサラとリーザと共にトリスタン先生達を先導していた。ネミッサさんはこっちの輪に入りたそうにしていたが、友人との再会を邪魔しないようにとの配慮なのか、人差し指を咥えて目を潤ませながらも黙ってこっちを見るに留めてくれている。



「フィアル、騎士学校で頑張ってるみたいだね。なんだか筋肉がしっかりと付いて格好良いよ」


「……ふんっ、まあサボってはいないみたいね」



 目をキラキラさせながら賞賛してくれるサラに対して、漸う及第点は与えたという程度のリーザだった。

 彼女にしては素直な対応だな、と考えていると、リーザは僕の腰辺りに視線を巡らせて、眉間の皺を深める。


「……アンタ、あたしがあげたあの……」


「ああ、銀の短剣? 無くさないように、ちゃんとリュックに入れてるよ」


 不機嫌の原因が何となく読めていた僕は、素早くリュックから誕生日にリーザから貰った銀の短剣を取り出す。

 リーザはじっとそれを見つめていたが、不意に視線を外すとそっぽを向く。ちらりと見えた横顔に、一瞬だけ満足そうな微笑が見えた気がした。



「ね~~フィアルー、僕のプレゼントは~~?」



 しな垂れかかる様に身を寄せてきたサラは甘い声音でにこやかに聞いてくるが、……目が笑っていなかった。

 僕は素早く短剣を収納し、手を出すときには小さな麻袋を握っていた。



「ハハッ、勿論持っているよ親友。君のくれた持ち物を忘れたりするはず無いじゃ無いか」



 実はリュックに入れっぱなしだったなんて言えない。でもこのポプリのお陰か、虫が全然寄って来なかったんだよね。魔除けじゃなくて虫除けに使ってごめん。


 裏事情を知らないサラは満面の笑みを見せてくれる。



「えへへ……嬉しいなー……」



 心が痛いです。


 友人達の機嫌を取るついでに自分を傷心させていた僕でしたが、道の向こうに見えて来たなつかしの我が家に、胸を高鳴らせてしまった。



「先生、見えてきました!!」


「ん……? ああ、あれか。なんだ、随分いい家に住んでるんだな、ロイの奴は」



 馬車の馬を引いていたトリスタン先生は遠目に見える僕の生家を目に収め、薄く笑みを浮かべる。先生も友達との邂逅に心踊っているのかも知れない。

 お喜びのところ申し訳ないが、今の時間帯だと……。


「えーと、すいません。父さんはもしかしたら今は畑に居るかも知れません」


「うん、ロイおじさんはまだ畑に居るよ。エレナおばさんなら、おうちに居ると思うけど」


 サラが僕の懸念を肯定してくれた。トリスタン先生は別段残念そうな素振りもせずに肩を竦める。


「だろうな。むしろこの日中に家に居るような怠け者に農業が出来るとは思えん。もし居たら即刻たたき出してやる」


 トリスタン先生とロイ父さんの友情関係って、割りとハードだな。


 そんな事を思っていたら、もう一つの懸念事項を思い出した。



 我が家には同居人が二名居た。

 一名はエルフの自由騎士にして僕らの家庭教師のルリィ先生。

 そしてもう一名は、聖女の遺骨から成るスケルトン、スーさんだ。



 内面は聖女そのもののスーさんだが、その外面は紛うこと無き動く白骨死体。もし事前情報無しにトリスタン先生を家に招き入れたら、出会い頭にスーさんが両断されかねない…!!


 僕はまだくっ付いているサラに、こっそりと耳打ちする。


「サラ…、スーさんって今家に居る?」


「やだっ、くすぐったいよフィアル……。えっと、スーさんは今家に居ないよ」


 艶っぽい声を上げて身を捩るサラは頬を染めながらも求めていた答えを出しくれた。ほっとする僕に対して、サラはしばし逡巡した後に、真面目な顔になって耳元に口を寄せてくる。



「ええと……フィアルには言ってなかったけど、スーさんは今ルリィ先生と一緒に旅に出てるんだ。何でも、スーさんに元の肉体を戻す為にルリィ先生の故郷の司祭様に会いに行く、って聞いたよ」


「そうなの!?」



 意外な展開だ。スケルトン聖女のスーさんが、遂に肉体を得て復活するのか……。次回、『帰ってきたスーさん』をお楽しみに、ってやつだな。



「……ルリィと言う名はエルフの自由騎士だと分かるが、『スーさん』とやらは誰のことだ?」



 そして地獄耳のトリスタン先生には僕らの会話はばっちり聞こえていたみたいだった。


「ええと、あの……説明が難しいんですが、実家に同居していた方の名前です」


「元の肉体を取り戻すとか言ってたけど、ご病気だったの?」


 ネミッサさんにも丸聞こえだったらしい。この二人の前では内緒話意味無いな。


「……それも含めて、家に着いたらお話します」


 とりあえず、今は保留にしておこう。歩きながら出上手く説明できる気がしない。丁度良く家の目の前にも着いたので、サラを丁寧に引き剥がし、小走りで玄関へ向かう。




「ただいまーー! エレナ母さん、フィアルが今帰りましたよー!!」




 扉を叩いて大きな声で帰還を告げてみる。きっとしばらくすればエレナ母さんが扉を開けてくれるはず。涙ながらに見送ってくれた母さんに、少しでも成長した姿を見せられれば、きっと今度は笑顔で褒めてくれるだろう。



 何だか面映い想いを感じながら扉の前で待っていると、地響きのような音が近づいて来た。



 多分二階から駆け下りているのだろう。今踊り場を曲がった、跳躍して一階に降り立った音が聞こえる、そして床板を踏み抜きそうな勢いで走り出し……。


 ヒーローの勘が危険を知らせる。僕はさっと身を引いて扉からはなれる。



 バガンッ!!



 破裂するような音を立てて扉が開き、僕の鼻先を扉の先端が掠める。





「にーちゃ!! おかえりなさいーーーー!!!!」




 ドズンッ


「はうっ!?」



 金の髪を振り乱しながら飛びかかって来た少女を受け止める。強烈な頭突きが僕の腹に決まり、思い出したくなかった懐かしさがこみ上げる。



「……ネージュ……。久しぶりだからって、フライングヘッドバットは止めなさい……。お兄ちゃん、気が遠くなりかけたよ……」


「あはははははは!! にーちゃ顔が面白ーい!」



 花が綻ぶどころか満開の向日葵にも似た笑顔で、愛しの妹ネージュは僕の腰にしがみ付いて笑い声を上げていた。

 しかもそのまま僕の体によじ登ってくる。無理矢理おんぶをさせるつもりだろうが、危ないから手で押さえつけて、隙を見て抱きかかえる。



「にーちゃ、おんぶしてー」


「こらこら。お客様の前なんだから甘えるのは後にしなさい。ご挨拶ご挨拶!」



 僕はネージュを抱えたまま踵を返し、トリスタン先生とネミッサさんの前で妹を下ろした。

 一連の流れに面食らっていた先生方だが、トリスタン先生はネージュに父さんの面影を見出したのか、説明前に納得された。



「ロイの娘か……。そうか、子どもが出来たんだったな……」


「はい。妹のネージュ・ノースポールです。ほら、お客様に挨拶しなさい」


「ネージュです! 好きな物はにーちゃとお握りです!!」


「僕の作った握り飯を好物と言ってくれるのは嬉しいが、それは自己紹介の時は言わなくていいからね」


「あはははははは!!」



 何が可笑しいのか、屈託無くネージュは笑う。うん、こりゃ礼儀作法の教育が必要だわ。

 珍しく優しく微笑んでいるトリスタン先生とは対称的に、ネミッサさんは呆然と目と口を開けてネージュを見ている。



「ネミッサさん……?」



「か、可愛いいいいいいい!!??」



 心配して声をかけたのが引き金だったか、ネミッサさんはいきなり叫び声を発すると、ネージュにむしゃぶりついた。



「みゃーーー!?」


「やーーーん、ほっぺぷにぷにーー! すべすべーー! くぁわいいいいい!! この子フィアル君の妹!? きゃーー弟の次は妹ができちゃったーーー!!」


「やーーー!? あーーーっ!! にーちゃ、にーちゃーー!!??」 


「落ち着かんか、莫迦娘が……」



 悲鳴を上げるネージュの顔に頬を擦り付けながら、ネミッサさんはこの世の春が来たとばかりに大興奮で叫んでいた。

 ネージュは涙目で僕を呼ぶが、興奮状態のネミッサさんに割って入るのは兄の愛を持ってしても難しい。多分僕ごと抱き締められるのがオチだろう。

 トリスタン先生は顔を掌で押さえながら、空いてる手でネミッサさんの頭を叩くがまるで効果が無い。


 てかナチュラルに僕は弟扱いなんですね。お前の物は俺の物理論の新説、『弟扱いしている子の妹は自分の妹』理論、が爆誕した瞬間だった。


 ネミッサさんの興奮が収まるまでネージュを可愛がり倒した頃には、いつも元気なネージュがぐったりしていた。


 恐るべしネミッサさんの可愛がり。角界も真っ青だ。サラとリーザが呆然として動けないほどインパクトがあったね。



「ふう……やっぱりこっちに来て良かったわ。ネージュちゃんだっけ? 私はネミッサって言うの。これから仲良くしましょうねー♪」


「……にーちゃぁん……」



 ネージュが縋るような眼差しで弱々しくこっちに手を伸ばして来たので、流石に四の五の言ってる場合じゃ無いと覚悟を決める。

 ほくほく顔のネミッサさんがネージュを眺めている死角から、すっと近づいてネージュを胸に手を回し、少し強引に引きずり出した。



「ああんっ!? もっと抱っこさせてぇ!!」


「いえ、お客様を玄関先でお待たせするわけには参りませんので……」


「そうだな。馬も休ませてやりたいから、厩舎があれば案内してくれ」



 トリスタン先生もこっちの話に乗ってくれた。ネミッサさんは残念そうだったが、「また後で抱っこすればいいか……」とか呟いていて、ネージュがビクッと反応していた。


 ネージュを抱えて玄関へ振り返るとと、玄関からエレナ母さんが出てきたところだった。



「あら、思ったより早く着いたわね。おかえりなさいフィアル、それとお久しぶりですね、トリスタンさん」


「エレナさん、久しぶりだな。遅くなったが、母親に成れておめでとう」



 トリスタン先生のぶっきら棒にも聞こえる祝福にエレナ母さんは苦笑していたが、喜んでいる事は確かだった。



「ええ、二人も子どもに恵まれて幸せですわ。それと、貴方が、私に子どもが出来なかった事を案じてくれていた事にも」


「…………」



 トリスタン先生はやや表情を固くして、黙ってそっぽを向いてしまう。照れ隠しは苦手な様子だった。



「三人とも長旅お疲れ様でした。今冷たい飲み物を持ってきますね。……後ろの二人も、おやつ食べて行きなさい」


「「はーーい!!」」



 サラとリーザは先を争うように家の中に入って行った。僕はエレナ母さんにネージュを預け、ネミッサさんの案内も頼む。そして僕はトリスタン先生を家の横の広場に馬車を留めるよう案内した。



 これからしばらくの間、この村で過ごせる事を嬉しく思いつつ、僕の夏休みは本番を迎えたのだった。



 ◆◆◆◆◆ ◆◆



 ……その頃、王都の闇が潜む地下水道で異変が起きていた。



 ピシィッ!!



「ブヒイイイイィィィ!!」



 鞭の翻る音に続き、豚の絶叫が響く。



「ああっ! ボーグダイン!?」


「止めるんじゃ! それ以上はいかん!!」



 地下水道に複数ある小部屋、その中の一つに、四つの気配があった。

 その内二つは簀巻きにされて壁の端に転がされ、内一つは縄で縛られ天井から吊るされている。そしてその前に、尋常で無い殺気を漲らせる気配があった。


 ……どんな気配って、そんな気配なんです!!



「ブヒッ……ブヒッ……。くっ、殺すブヒッ! あたし・・・はこんな責め苦には絶対に屈しないブヒッ!!」


「ああっ、またボーグダインが性別の境界を彷徨い始めた!? これは気持ち悪い!!」


「この外道! ボーグどんは金的の一件からこっち、精神的衝撃を受けたりすると自分の性別が曖昧になってしまうんじゃぞ!? しなを作るガチムチオークを見せられるこっちの身にも成れ!!」


「あんたら、後で絶対ぶちのめしてやるブヒよ!!」



 酷い内輪揉めを呈する三人組に、しかしもう一人の闇を体現したかのような存在は無言で腰の剣に手を掛ける。


 それだけで、三人の言い争いはピタリと止まった。

 三人とも分かっているのだ。あの剣が抜かれた瞬間、自分達の内誰かの首が飛ぶと。



「……結構。これ以上の折檻の必要が無くなって助かったわ。こんな事なら、初めからこっちで脅せば良かったわね」



 ハスキーな声が物憂げに手間の減少を喜ぶ。

 しかし拘束された三人の心中は『絶対嘘だ』と揃って思っていた。口が裂けても言わないが、こいつは拷問したかっただけだと感じていたのだ。


暗殺者が普段持ち歩く物とは思えない鞭を携帯しているのが、その証拠だ。


 フードを目深に被っていたその人物は、剣の柄から離した手でそのフードを取り去る。


 黒い覆い布の下からは、黒い肌をした長耳の美女の相貌が現れた。


 ダークエルフ。見目麗しき妖精の一族は、氷の殺気を漂わせながら言葉を紡ぐ。



「安心しなさい、今日の私はメッセンジャーよ。貴方達の借金についてはチャラにしてもいいわ。その代わり、私の雇い主の命令に従って働いてもらう。ちなみに、この条件が飲めなければ私は暗殺者に戻るからね」


「……要は借金を体で払えって事だな。内容は?」



 思ったより悪い状況で無いと考えた死霊術師ハセウムが代表して質問する。





「……英雄気取りの愚か者どもを始末する事。出来るだけ悲惨な形でね」





 ダークエルフの剣の柄には、『帽子のような花弁を持つ花』すなわち『トリカブト』が描かれていた。




夏休み編です。後一話で一応夏休みは終了して王都に戻る予定。


新しく出した悪役も活躍? させないといけないからアイデアを練るのが大変です。一月一話の連載だと、どうにも内容が薄くなってる気がしていけない。その分キャラを濃くしなきゃ(使命感)。


次回は二ヶ月後になると思います。六月は修羅場なので……。


2015/8/11 誤記修正


フィアルの故郷の村 『ロットン村』 →『ライコット村』 に訂正。


20話で既に名前出していたのを完全に忘れてまた名前出してました。

確認不足で申し訳ないです。 Shion様、ご指摘ありがとうございました。


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