第22話 何事? 親友の秘密!!
前回のあらすじ:夏休みを利用し、父の友人である先生とその娘さんを伴って故郷に帰ったフィアルこと翔。帰って早々故郷の友人二人に襲撃されたり、妹に突撃されたりしましたが、彼は元気です。
夏休みも本番。彼らは一体どのように過ごすのか!? そして、しばらく離れていた故郷に生じた変化とは?
*今回もかなり長いので、お時間のある時に読まれて下さい。
久しぶりに帰ってきた我が家は、数ヶ月前よりちょっと汚くなっていました。
「スーさんが居ないと、やっぱりどうしても手が回らなくてねぇ……」
僕の視線から察したのか、エレナ母さんが微妙な表情でそう溢した。
一般的な家庭の水準で言えば十分以上に綺麗なんだが、家事スキルが神の領域に達していたスーさんが居ない為か、部屋の隅や窓の桟に僅かな埃が残っている。
ネミッサさんは僕とエレナ母さんのやり取りに目を丸くしていた。
「え、これより綺麗な時があったの!? ……うちを大掃除した時よりもよっぽど片付いてるんだけど……」
「エレナさん、良ければこいつに家事を仕込んでやってくれ。嫁入りするにはちと乱暴過ぎるんだ、こいつは」
「ムキー!? 余計なお世話よ、お父さん!!」
トリスタン先生とネミッサさんの親子喧嘩にエレナ母さんはコロコロ笑っていた。
その後、僕はネミッサさんと一緒にエレナ母さんを手伝い、豪勢な夕飯を作る事に成功した。
何故かサラとリーザもお相伴に預かっていたが、ネージュの相手をしてくれていたので手間賃的には問題無し。
ネミッサさんを警戒して僕に近づけなかったのが相当残念だったらしく、調理中ずっと犬の唸り声みたいな音を喉から出しながら不機嫌そうにこっちを見ていた。
その内ロイ父さんも帰って来て、トリスタン先生と軽口の応酬で旧交を温めていた。
「……少し、背が伸びたか?」
眩しそうに僕を見ながら頭を撫でてくれたのが、とても心にジーンときて泣きそうだったのは秘密です。
◆
「やーー! やぁーーーー!? にーちゃ、にーちゃーー!!」
「ふっふっふ……ネージュちゃん、お姉ちゃんとお風呂入りましょうねー」
涙目になって髪を振り乱して抵抗するネージュを脇に抱え、意気揚々とお風呂場へ向かうネミッサさんを僕は見送った。
最後の最後まで懇願の眼差しでこっちを見ていたネージュには悪いが、ロイ父さんとエレナ母さん、そしてトリスタン先生を交えた三者面談ならぬ家庭訪問もどきが今から行われるので、許して欲しい。
ちなみに、サラとリーザも部屋に居る。あっちでの生活とかは、偶に勇を通して教えてた筈なんだが……。
テーブルの片側にトリスタン先生が座り、それに対面するようにロイ父さんが座っている。その横に僕が座り、エレナ母さんは晩餐の片づけをしながら話を聞くようだ。
まずトリスタン先生が口火を切る。
「フィアルの事だが……座学は問題無い。学年でも五番以内に入っているし、他の生徒を指導して学力の向上に一役買っている。このままこれを維持出来るよう頑張れ」
「ほお、偉いじゃ無いかフィアル。ルリィ先生の授業を真面目に受けて、しっかり勉強していたんだな」
ロイ父さんはとても嬉しそうに僕の頭を撫でてくれる。……前世からの積み重ねもあるんです、とは言えないので、はにかむ表情で誤魔化すのが精一杯だ。
だがトリスタン先生の顔は段々と険しくなっていく。
「基礎体力もまあいい方だが………。ロイ、フィアルには全く剣を教えていないだろう?」
ロイ父さんの笑顔が固まり、目が泳ぎ始める。トリスタン先生は渋い顔のまま追求する。
「大方、フィアルには農場を継がせるつもりで農作業を主に覚えさせていたんだろうが……。元騎士として基本の型くらい教えてやってても良かったんじゃないか? 相当酷いぞ、フィアルの剣は」
「やっぱりそうか……?」
ロイ父さんは、申し訳無さそうな視線でチラリと僕を見る。僕としては、まあ仕方ない事だとは諦めている。トリスタン先生は難しい表情でテーブルに肘を付き、頭を支えながら続ける。
「毎日残って剣の型を練習してはいるが……上達の速度は決して早くない。才能もあるかも知れんが、どうも妙な体の癖がある」
も、元々素手での格闘戦が主だったし……その時の足運びとか体捌きが自然と出ちゃってるのかも。
「む……。そう言えばタイマンさん家のレオン君と組み手をしてたな。あれが癖の原因かも知れん」
「え、見てたの!?」
「ああ、偶然見つけてな。遠目だからしっかりとは分からないが、中々本格的でいい動きをしていたと思うぞ」
あいちゃー。さすがは歴戦の元騎士。気配を消して観察するのもお手の物ですか。熱中してて注意力散漫だった僕のせいもあるだろうが。
「まあ、騎士になるなら実技が本業だからな。騎士団の事務方に進むならば今のままでも問題無かろうが、自由騎士になるための最低限の実力を得るには、更に過酷な修練が必要だぞ」
トリスタン先生の厳しい眼差しが突き刺さる。でもその中に込められた優しさと心配りもまた分かっている。
ふと、僕らの会話に横合いから割って入る者が居た。
「フィアルは……剣が得意じゃないの?」
近付いてきたサラが、小首を傾げて質問してくる。サラに顔を向けたトリスタン先生は首肯する。
「ああ。動きはともかく、君の方がフィアルよりはまともに剣をふれそうだな」
ぐはっ。そ、そりゃあサラはルリィ先生から剣の稽古を付けて貰ってたらしいし……。
ちょっと落ち込んでいると、じっとこっちを見ていたサラの視線が、何だかねっとりしたものに変わった気がした。
「……そうなんだ~。じゃあ…夏休みの間、僕がフィアルに剣を教えてあげるね~~」
嬉しそうに僕の手を握り締め、満面の笑みを浮かべるサラ。だけど、細まった目の奥に見える瞳が猛禽類のそれに似ていたのは……きっと僕の気のせいだと信じたい。
「……それなら、あたしも見てあげるわ。あたしの方がサラより腕はいいし」
ずずいと寄って来たのは僕らのガキ大将役、リーザ御大だった。
一瞬ではあったが、あからさまにサラの顔が歪む。しかし実力差は知っているのか、唇を尖らせつつも何も言わなかった。
「じゃあ、明日から早速訓練開始よ。朝から迎えに行くから準備してなさい」
「え゛っ!? せめて、実家に着いた次の日位朝寝坊を……」
「ほう、俺の前でそんな腑抜けた事を言い出すとはな。この際だ、俺もその訓練に付き合ってやろう。その緩んだ精神を叩きなおしてやる」
ひぃっ!? 別の所にも飛び火したぁ!? トリスタン先生が腕を組んで不敵な笑みを浮かべながらこっちを見てるっ!
僕の絶望的な表情と、サラとリーザが物凄く渋い表情を浮かべた事を察したのか、ロイ父さんが間に入ってくれた。
「まあ待てよ、トーリ。お前も折角の休暇なんだから羽を伸ばせ。そんなんじゃ娘さんもまたむくれてしまうぞ?」
「っ………ネミッサの事を引き合いに出すな。……まあいい、偶には鋭気を養うのも良かろう」
これまた渋い表情を浮かべたトリスタン先生だったが、ネミッサさんのお怒りは買いたくないのか恩赦を出してくれた。すいません、王都に帰ったらまた真面目に頑張りますんで。
「てなわけで、長旅の疲れもあるんで訓練は明日の昼頃からどうかな?」
「……仕方無いわね」
リーザもこれ以上の口出しを避けるためか、僕の提案に素直に乗ってくれた。ふう、これで今夜はぐっすり眠れそうだ。
この時、黙っていたサラがどんな表情を浮かべていたのか、まるで気付いていませんでした。
◆◆
夜も更けてきたのでサラとリーザは家に帰り、僕は疲れもあって寝る事にした。
ロイ父さんとトリスタン先生は夜はこれからが本番と酒瓶をテーブルに並べていたので、まだまだ寝る気は無いんだろう。ロイ父さんはそこまで酒癖悪くないし、エレナ母さんが適当なところで止めるだろうから然程心配せず僕は自室に戻った。
僕の部屋は前のまま……と思いきや、ベッドが一つ増えていた。そして元僕の机には課題のプリントらしきものやテスト用紙らしきものが散乱している。
汚い字だが、名前欄に「ネージュ」と書かれているのが読み取れた。
「ネージュ……。結構頑張ってるんだな」
ルリィ先生から出された課題のプリントやテスト用紙には、正答が比較的多かった。頑張って勉強しているんだなぁと、感慨に浸っていたら階段を駆け上がってくる足音が聞こえてきた。
そして大きな音を立てて開く扉。そこに居たのは、湿った金髪を振り乱したネージュだった。一応下着は着ている。
「…! にーちゃ、助けてーー!!」
ネージュは僕を視認すると、突っ込んでくるような速度で駆け寄ってきた。僕が思わず抱きとめたのとほぼ同時に、部屋の出口にまた新たな人影が現れる。
「ネージュちゃん! まだ髪の水分がしっかり取れてないよ! さあ、もう一度お姉ちゃんの腕の中においで~~」
シャツとズボンを着たネミッサさんだった。しかし胸元のボタンは少し開いてるし、そう言いながら当人の髪もまだ湿っていた。お湯で上気した頬が艶っぽい。
「やーー!? もう、やーーーー!!!」
「ふっふっふ、大丈夫よ~~。とびっきり優しくしてあげるから~~」
蕩けた笑顔でタオルを片手に部屋に入って来るネミッサさん。そんな彼女に恐怖したのか、ネージュは必死になって僕に縋り付いて来る。
もうそろそろ妹の味方をしないと愛想付かされそうなので、ネージュの前に立ってネミッサさんを止めようとする。するとお、ネミッサさんの背後に大きな影が浮かび上がった。
その影はむんずとネミッサさんの襟首を掴むと、そのままずるずると引き摺り始めた。
「人様の家ではしゃぎ過ぎるな。バカ娘が」
「!? おとーさん! は、離して……まだネージュちゃんの髪が……」
「……ほらっ。フィアル、これで妹の頭を拭いてやれ」
「いやああああっ!? ネージュちゃあああぁぁぁん………」
ネミッサさんを拘束したトリスタン先生は、彼女が持っていたタオルを奪い取ると僕に放り投げる。そして抵抗するネミッサさんを問答無用の勢いで引っ張って行った。
扉が閉まる直前に見たネミッサさんの表情は、風呂に連れて行かれた時のネージュの表情そっくりだった。
静かになった部屋の中で呆然と立っていると、背中に震える気配を感じた。
僕はネージュに向き合うと、涙目になっている彼女の頭にタオルを被せ、優しく拭き始めた。
「じっとして……ネージュも髪伸びたね」
「う~~……にーちゃのバカー」
二回程見捨てたのを恨みに思ってるのか、大人しく髪を拭かれながらも罵倒してくる。ごめんよネージュ、不甲斐無い兄で。
「ごめん、兄ちゃんもネミッサさんには強く出れないんだ。許してくれ」
「う~~~………。じゃあ、今日一緒に寝よー」
「……それで許してくれる?」
ネージュは首を一回縦に振る。ほっとした表情で僕も了解の首肯を返す。
それに、ネージュは大層嬉しそうに笑った。
髪を拭き終わり、寝巻きを着せ、一緒に歯を磨き(特殊な木の皮の歯ブラシで)、一緒のベッドに入った。
枕元のランプを消すと、ネージュはごそごそと僕に近づいて、ぎゅっと胸の辺りに顔を押し付けてきた。
「へへっ……にーちゃの臭い~~」
「ネージュ、熱いからあんまり近付かないで……口を押し付けて息を吐かない!!」
田舎の涼しい気候とは言え、熱い吐息を直接吹き込まれては暑っ苦しい事この上ない。なるべく優しくネージュを引き剥がそうとするが、ネージュはするするとそれをかわして僕にしがみ付く。
「あはははは! にーちゃ、にーちゃ!!」
「んもーー! 一気に元気になったな、こいつめっ!?」
いつもの笑い顔が戻ったネージュはとても元気になってしまい、しばらくベッドの上で格闘(健全)する事になってしまった。
そして、二人ともいつの間にか眠ってしまった。少し疲れたが、久しぶりにとても穏やかな気分で熟睡できた気がする。
◆◆◆
朝、裏の林に住む小鳥達の歌声で僕の意識は重い瞼を開けた。
夏の朝日がほんの少し早く起きていたようで、窓の隙間から淡い光の帯が伸びている。
朝の空気はひんやりとしているが、体の両脇から感じる温かさが、まどろむのに丁度いい快感を与えてくれる。
僕は横に伸ばしていた右手に触れるサラサラとした心地良い髪の感触を感じ、無意識に妹の髪を梳く。
「んっ……」
艶かしさすら感じるその声は本当にネージュのものか? お兄ちゃんの知らない内に妹も成長したものだ……。
待て。
左手にも髪の毛の感触を感じる。こっちもサラサラだが、ちょっと癖があるか? 昨日の夜、髪を拭いた時に感じた感触はこっちの方が近い気がする。
左を向けば、そこには大きく口を開けて涎を垂らしながら寝ているネージュ。
恐怖すら感じながら顔を右に向けていくと、そこには眠れる森の美女が居た。
サラやん。
美しい寝顔を見せているのは、親友のサラ……なんだけど、いつの間に入って来たんだ!?
「……サラ……。…サラッ!」
声を潜めながらぺしぺしと背中を叩くと、一瞬眉根を寄せた後に、少しずつサラの目が開いていく。吸い込まれそうな瞳をこちらに向けたサラは、晴れやかな笑みを僕に見せた。
「あ、フィアル……おはよう…」
「おはよう……じゃなくって! なんでここに……!?」
「だって、昔は互いの家にお泊りした事もあったじゃない? その時だって一緒に寝たでしょ?」
「そうだけど、そうじゃなくて、いつの間に!?」
混乱する僕の唇に、サラの人差し指がとまる。
「しーーっ……。ネージュちゃんが起きちゃうよ?」
うん。親子三人川の字で寝てて、先に起きた嫁さんにされたらドキドキしそうなシチュエーションだけど! 今はそんな事言ってる状態じゃなくて……。
「……久しぶりにフィアルと一緒に寝たくて、今朝の暗い内からこっそり入らせて貰ったの。まあ、ネージュちゃんは一緒に寝てもいいけど、ネミッサさんと寝てなくて良かったぁ……」
神様、僕の親友が少し怖いです。ネミッサさんに言及した時の仄暗い雰囲気は何だったのだろう。でも深く追求するのはあれなんで、とりあえずそっと身を起こす。
「ま、まあいいや。でも本当にいつ来たの? サラが帰った時点で、結構夜も更けてたと思うけど」
てかよく母さんここに通したな。でもそのまま帰らせるよりはここに泊めた方が安心だろうけど。
サラは、んーっ、とちょっと悩ましげな表情をしていたが、不意に含みのある笑顔を見せると、僕の耳元に囁いてきた。
「ナ・イ・ショ♪」
一言一言区切って、そう言った。僕は一層困惑の表情でサラを眺め、サラはそれがまた愉快なのかクスクスと笑う。
「いつか話すよ。いつか、ね」
そう言って、サラはするりとベッドから降りたのだった。
◆◆◆◆
寝起きドッキリを受けて完全に目が覚めた僕は、まだ爆睡しているネージュを残して、サラと一緒に階下に下りた。
台所の方では既に母さんが朝餉の準備をしているようだった。
「おはよー。母さん」
「おはようございます、エレナさん」
「おはよう……あら? サラ君、今日は早いわねぇ」
エレナ母さんが意外そうな顔で問いかけてくると、サラは恥ずかしそうに微笑む。
「フィアルと、早く遊びたかったから……起しに来ちゃいました」
「あらあら、サラ君ってば。よかったねーフィアル。こんな可愛い子に朝起こして貰えて、ドキドキしたろう?」
「ええ、まあ」
心臓に悪かったです。てか本当にどうやって母さんにも気付かず入って来たんだ?
もう一回聞いてみるかとも思ったが、サラの瞳が悪戯っぽく瞬いているので、きっとはぐらかされて終わりだろう。最近親友の素直さが小悪魔度とトレードされている気がしてならない。
「エレナさん、手伝います」
「あらいいの? じゃあ手を洗ってから、お皿を並べて頂戴。フィアル、あんたも顔を洗ってさっさと手伝いなさい」
「はいはい、分かってます。ちょっと目を覚ましたいから、井戸に行って来るね」
僕はそう言い残して玄関を出ると、庭の井戸に向かった。外は家の中よりもっと冷えていたが、眠気を払うのに丁度いい。
僕は井戸まで辿り着くと、かじかむ手で桶を落とし、水を入れてえっちらおっちら引き上げる。
引き上げた桶の水を横の手桶に移し、冷たい水で顔を洗う。
冷水が目を覚まして感覚を鋭敏化させたのか、背後に忍び寄る何者かの存在に気付いた。
顔を洗うフリを続けて、そっと手桶の水を手に掬う。
そして背後の気配が射程距離まで近付いたのを見計らい、後ろに水を放る。
「何奴!?」
バシャッ!
「ちべたーーーーーい!!?? お、お兄様……? 久しぶりに直接対面するヒーロー仲間に対して、あんまりな仕打ちじゃねぇ?」
顔に水を浴びた勇が、奇声を発して抗議してきた。
「謝罪するかどうかは、その手に持ってる蛙の用途次第かな。足音も忍ばせていたしねぇ……」
僕はジト目で勇が右手に握っていた蛙を見つめる。蛙は迷惑そうにじたばた暴れていた。
「いやその……このケロちゃんは最近俺が飼い出したペットなんだ。いつも一緒に居ないと寂しがってな~~……」
蛙は勇が明後日の方向を見ながら弁解している間も暴れ続け、遂に勇の手から逃れてぴょんぴょん逃げていく。
「ああっ!? ケロちゃん、かむばーーーっく!!」
「朝から大声出すな」
蛙に向かって手を伸ばして叫ぶ勇の後頭部をはたく。勇ははたかれた頭を搔きながら平然とこっちに向き直ってきた。
「まあいいや。おかえり、翔。おみやげは?」
「ねえよ。そんなもの買う金も暇も無かったんだってば」
手を差し出して催促する勇の手を叩き落として拒否する。勇はわざとらしい不満顔を浮かべて唇を尖らせる。
「友達甲斐の無い奴だなー。そんなんじゃ上手く世渡りできないぞ?」
「悪かったよ。でも本当に暇無かったんだってば。ところで、ここ数日何か無かった?」
旅の途中は勘のいいトリスタン先生やネミッサさんにばれないように、余程の緊急事態意外は通信しないよう、勇と乱にはお願いしていた。そのため、二人との情報交換が出来ていなかったのだ。
「あー別になんもないよ。平和なもんさ」
「平和ねぇ。こっちは朝からサラに突撃されてびっくり仰天だよ。一体どうやって入ったんだか……」
僕が愚痴を洩らすと、勇の顔色が変わった。鋭い表情に変化して勇に僕が訝しんでいると、勇は僕を引っ張って井戸の陰に連れ込む。
勇は井戸から顔を半分だけ出して家の方を観察し、誰かに見られていないか見回す。
「おい、どうしたんだよ?」
勇の様子に困惑した僕が声をかけると、やっとこっちを向いてくれた。
「……実は、フィアルが王都に着いてしばらくしてから、サラの様子が変な時が何度かあったんだ」
「様子が変?」
「何とも言えないんだが、何かを隠しているか、密かに飼っているんじゃないかと思う」
「それで何でそんな警戒してるんだ? サラがこっそり犬とか飼ってるだけかも知れないんだろ?」
勇は腕を組んで酷く難しい表情を浮かべる。そして額を押さえながら少しずつ話し始めた。
「……最初に違和感を感じたのは、剣の稽古の時間にサラとリーザが模擬戦した時だったんだ。いつもはリーザが終始優勢で終わるんだが、その時だけはサラがリーザの剣をひらりひらりと紙一重で交わしていた……」
そこで勇は言葉を区切ると、一部文章を訂正する。
「いや、ぬるりぬるりだな。当たってる筈なのに、リーザの剣がまるで滑ってるみたいにサラから逸れるんだ。リーザもかなり躍起になってたし、サラも何つーか困惑した表情だった」
「うーん、確かに変な話だけどそれだけでは……まだ何かある?」
「さっきも言ったが、どうも家の納屋あたりに何か飼ってるみたいなんだよ。実はこっそりその納屋に侵入して中を探ってみたんだが、てか男臭い以外は普通の納屋だった」
勇ははっとした表情を浮かべると、ぺしぺしと僕の肩を叩いてくる。
「男臭いって言っても、イカ臭い臭いじゃないぜ? もー何サラの痴態を想像してるんだ兄弟、この変態さんめ! キャーー!」
「きゃー」
メコォッ!
勝手に変態扱いしやがった変態の顔面に鉄拳制裁を加えて沈黙させる。しかし、サラの今朝の潜入と言い、過去の不審な行動と言い、確かに違和感はあるな。
「うーん、ちょっと調べた方がいいかな?」
「……そっすね。あと、良ければハンカチかティッシュ貸して……」
ボタボタと鼻血を出しながら、鼻声で勇は同意した。
◆◆◆◆◆
「今日はトリスタンに村の中を案内するから、フィアルはネミッサさんを持て成しなさい」
朝食の場でロイ父さんはそう僕に言ってきた。何故にトリスタン先生を案内するのか? 見る所なんて無い鄙びた村なのに。
「ここら辺は王国の端の方だからな、地形や情勢変化は王都でも情報が少ない。旅行のついでにこの辺りの情報収集も命じられている。人員を派遣する手間が省けたと騎士団の上役が喜んでいた」
トリスタン先生はやや憮然とした表情でそう説明してくれた。なるほど、一ヶ月もの休暇が認められた背景にはそんな事情が……。
「じゃあ、お父さんの目も無いし……ふふっ、フィアル君にネージュちゃんにサラ君にリーザちゃんか……。これは体が持つかなぁ?」
「犯罪行為はするんじゃないぞ。嫌がる相手に無理に抱きついたり可愛がったりしないように」
陶酔した目をしているネミッサさんに、トリスタン先生はより苦味を増した表情で厳命していた。ネミッサさんの顔を見たネージュは脅えていた。
「ほう……お美しい方ですね。お名前を拝聴しても? ああ、名乗るのが遅れました。僕はレオン・タイマンと申します。武神『バセム』の司祭の息子で、将来は僕も王都の神殿に奉公したいと思っています」
「あ、そうなんだー。よろしくね、私はネミッサ・シャオルよー」
ネミッサさんはニコニコ笑いながら勇に自己紹介を返す。勇は「脈アリか?」という表情をしているが、多分無い。
それにネミッサさんはもっと子どもらしい子どもが好きっぽいから、抱き締められてあわよくば胸の感触を……なんて思いは諦めた方がいいぞ。
僕は鼻の下が伸びている勇を見つめ、心の中で忠告した。気の多すぎる友人に直接忠告する気力はもう無かった。
ちょっと不満そうな顔で、サラが聞いてくる。
「フィアルはお仕事が出来ちゃったね……。僕も付いていっていい?」
「勿論! じゃあ、朝御飯の後にネミッサさんに村を案内しますかー。僕らなりに」
「うん、期待してるよ!!」
ネミッサさんは晴れやかな笑顔を返してくれた。
ちなみに、勇は何も言わなくても付いてくる気だったようだった。
その後、サラと勇と僕の三人でネミッサさんを観光案内する事になった。ネージュは付いて来たそうだったが、ネミッサさんに尻込みして結局家に残った。ネミッサさんも期待してただけに相当残念そうだったが、気を取り直して僕らに付いてきた。
「ここが川です」
「おお~~! これが川か~~~! って、川くらい知ってるよフィアル君」
その昔僕が死に掛けた川岸に案内した。そのエピソードまで語ってみせたところ、ネミッサさんは涙目になって僕を抱きしめ、「大変だったね……」と泣いてくれた。
ネミッサさんの愛情がこそばゆかったが、「いやぁ、その時の僕の活躍も見せたかったなぁ」とアピールに必死な勇と、目だけ笑ってない笑顔を形成するサラが怖くて感傷もどこかに吹き飛んでしまった。
「ここが花畑です」
「うはぁ、綺麗だねぇ…!!」
サラが野犬に襲われ、狂気のゴーレムマスターのドワーフと戦った花畑に案内してみた。季節ごとに違った花を咲かせるこの一帯は、結構見応えのある我が村の数少ない観光名所だと思う。
感嘆しているネミッサさんは花畑に足を踏み入れて、じっくりと花を観察しておられる。
「………なに勝手に出歩いてんのよーーー!!?」
僕らが花を眺めていると、林の中から猛スピードでリーザが現れ、僕に飛び蹴りをかまして来た。とっさに避けてしまったのが災いし、怒り心頭に発したリーザにしばらくの間木刀を持って追い掛け回された。
その後、合流したリーザと共に村の中心部に行ってみたり、悪ガキ大将とその子分に遭遇したりした。
尚、悪ガキ大将達は僕でなくリーザを見て「ウッス! リーザさん、お疲れ様です!!」と頭を下げてきた。……かなり恐怖に濁った目をしていたが、僕の居ない間にどんな教育を施したんだか……。
他にもネミッサさんも交えて剣の稽古をし(サラもリーザも全く歯が立たなかった)、お昼ご飯を皆で食べた後は、朝に案内した川に水遊びに出向いた。
夕方になる前に家に帰り、裏手の雑木林に麻布を敷いて、涼しい風と木漏れ日に包まれながらお昼寝したりして、充実した一日を過ごすことが出来た。
夜にはトリスタン先生も帰って来て、近くの街まで行ってきたからと言ってお菓子や高そうなお酒なんかをお土産に持って来てくれた。
ここら辺の調査って、どこら辺までなんすかねぇ(震え声)。近くの町までは結構距離があったと思うんですが。
兎にも角にも、その夜もそれなりに豪勢な食事が出され、友人達も交えて舌鼓を打ったのでした。
◆◆◆◆◆ ◆
……皆が寝静まったその夜、サラの家の裏手に僕と勇が集合していた。地に伏せた状態で件の納屋を観察する。
「昼寝して良かった……おかげでそこまで眠くねぇや」
「静かに。今から納屋の辺りを調べるから」
僕はヒーロースーツのヘルメットの機能を使い、納屋の中の熱源を調べる。結果は……反応無し。
「少なくとも生物は居なさそうだな……。よし、直接乗り込むか」
「あいよ相棒」
僕と勇は家の柵を音を立てないように乗り越えると、そっと納屋の入り口に近づく。納屋の扉は古い錠前で閉じられていた。
「あちゃぁ……。どうするよ、翔? 俺ヒーローだからピッキング能力なんて無いぞ」
「……まあやってみるよ」
ヒーロースーツの機能を使えば出来なくはないだろう。錠前の構造をヘルメットのサーチモードで解析し、『次元念動』の出力を思いっきり下げて、少しずつ解錠していく。
二分後、カチリと音を立てて錠前が解けた。
「お、流石フィアル。泥棒でも食っていけそうだな」
「ヒーロー仲間に何て事言ってんだ。……入るぞ」
僕は立て付けの悪い扉を出来る限り静かに開けていく。意外な事に、音も立てずに扉が開いた。
僕が勇に視線を送ると、勇は任せろとばかりに頷く。勇にバックアップを任せて僕は納屋の中に入る。
光量増幅装置で納屋の中を上下左右余すところ無く調べていく。
鍬や鋤などの農具、一まとめにされたロープの束、荷車の車輪らしきものなどが壁際に複数立てかけられている。扉横の棚にはトンカチや釘などの工具、汚い布などが置かれている。棚の横にはドラム缶があり、その奥には干草が詰まれている。
一見した限りでは特に不審なところなど無い、普通の農家の納屋って感じだ。
「何かあったか?」
「いや、とりあえず勇も入ってくれ。それと扉閉めて」
勇も静かに納屋に入ると、扉を閉める。空気の流動が阻止された事で、何だかかび臭い臭いがより鼻に付くようになった気がする。それに、何だか油臭いような……?
「てかよ、翔。暗くて何も見えん」
「あ、悪い。えーと、光量を最低にして……」
指先からマッチの明り程度の光りを出す。改めて勇と一緒に納屋を見渡す。しかし、特段不審な物は見つからなかった。
「うーん? 納屋から別の場所に移したのかな? 危険な物じゃなければいいけど」
「わかんねぇ。まあ、サラが変な物飼ってるかもってのも俺の想像なだけだしな。こっちに転生する前の日本で、友達がこっそり動物を飼っていた時の様子に似ていたからそう思っただけだし」
「どんな様子だよ」
「納屋に入る時の警戒の仕方とか、目配りかな……。何も無いなら、早いとこずらかるか」
その案には賛成だ。余り長居して見つかっても困る。
僕らは踵を返して扉へ向かい、扉の前に立ち塞がるドラム缶に戸惑った。
「あれ、このドラム缶ってここにあったっけ?」
「いや、棚の横にあったはずだけど……」
待て。普通にスルーしてたが、何で『ドラム缶』が納屋にあるんだ? この工業技術が中世並みの世界に……いや、あってもおかしく無いのか?
「……あーあ、もう気付かれちゃった。フィアルってせっかちさんだね」
突然後ろから声が聞こえ、僕と勇は強烈にびびりながら後ろを振り向く。仄かな明かりに照らされて影を浮かび上がらせたのは、サラだった。
「サラ…!? いつの間に!」
「もう、本当はフィアルだけにこっそり教えるつもりだったのに……。レオン君も一緒なんて…僕、少し怒ってるんだよ?」
ぷりぷりと頬を膨らませて可愛らしく憤る親友。盗人同然に忍び込んだばつの悪さから、僕も勇も言葉を濁して何も言い返せずにいる。
「まあまあ、そこら辺で許してあげて欲しいっス。彼らもサラさんを心配して探りに来ただけみたいッスから」
僕と勇の肩にそっと硬い輪っかのような物が乗せられる。びくりと震えた僕らは、同じタイミングで声がした後ろの方を振り返る。。
「どうも初めまして、日本人の少年さん達。サラさんに匿って貰ってる、『TYPE-D型 万能護衛ロボット』の『玄衛門』ッス。よろしくお願いします」
うねうね動く金属の蝕腕を生やし上方に二つほど光る点があるドラム缶が、丁寧に自己紹介をしてきた。
チカチカと点滅する部分は目なのだろうか? 薄暗い納屋の中で不気味に明滅していた。
僕ら二人が悲鳴を上げなかったのは奇跡だと思う。
◆◆◆◆◆ ◆◆
納屋の隅で改めて話し合いの場が設けられた。干草の上にはサラが座り、その横に玄衛門さんが立つ。玄衛門さんの内部からブリキのおもちゃみたいな足が伸びていた。
サラの正面には、何となく正座している僕と勇が居る。
「足、崩してもいいのに」
「いえお構いなく。………それより、えーっと………」
僕はチラリと玄衛門さんの方に目をやる。玄衛門さんは僕の視線に気付くと、またチカチカと目の部分を点滅させる。瞬きなのだろうか? いや、それよりももっと聞かなければいけない事がある。僕はサラに向き直ると、意を決して問いかけた。
「サラ。その、玄衛門さんって……何?」
「うーんと、実は僕も良く知らなくて……」
「それなら、アッシが説明いたしやしょう」
ビシッとキレのいい動作で手(蝕腕の先に手錠みたいな切れ目のある輪がある)を上げた玄衛門さんが説明役を買って出てくれた。玄衛門さんはカチカチと手の先端を打ち鳴らしながら訥々と話始める。
「まずアッシの正体っすが……。貴方達と同じ日本生まれのロボットっス」
「あんたみたいな存在、俺の世界には居なかったんだが?」
勇が早速ツッコミを入れる。玄衛門さんは目のいくらか下の方に手を当てて、うんうんと頷く。顎を支えるポーズ?
「でしょうッスね。何しろ、アッシが製造されたのは、遠い未来の日本っスから」
「おい待てやめろ」
「製造されたのは、二十三世紀頃っスね」
「ニアピンっ!!」
勇が狂乱したようにツッコミを入れている。勇が入れなければ、僕も入れたくなるような話だが。
サラが不思議そうに首を捻っている。
「レオン……どうしたの?」
「いやぁ、これはちょっと僕らにとって混乱する事態でして……」
まさか、某cat型ロボットを魔改造したような存在が現れるとは思わなかったからな。これ位の混乱はあってしかるべきだろう。ああ、子ども時代の思い出が……。
「それと、『ニホン』って何?」
「……それも後で説明するよ。……サラだけにね。秘密にしてくれるかい?」
僕がそう言うと、サラは一瞬キョトンとした表情をして、はっと何かに気付くと満面の笑みを浮かべた。
「うん、僕らだけの秘密だね……。絶対誰にも言わないよ♪」
花が綻ぶように、満面の笑みで了承してくれた。こちらの会話の終わりを見計らって、玄衛門さんが話を続ける。
「アッシは未来の日本からタイムスリップして現代のある少年を護衛及び教育しに来たロボットなんっス。『TYPE-D型 潜入護衛ロボット』の名に恥じぬ、崇高な使命を授かっていたんス」
「え、貧弱虚弱無知無能な少年を更正に来たんじゃないのか?」
某漫画の設定から離れろよ、勇。
「いえ、アッシが教育しなくても別段普通の人生を送れる程度の能力は持ってましたっス。でも、それだけじゃ駄目だったんス」
その後玄衛門さんが語った内容は驚くべきものだった。未来の世界では国際関係が今よりかなり拗れており、第三次大戦の勃発まで待ったなしの状況であったらしい。
しかし当時の日本の首相が驚異的な外交力を持つ人物であり、戦争回避の為に東西奔走し、何とか各国間の融和を可能にした。
だが一連の国際政治の変化は、ある軍事企業主導で行われた壮大な計画だったらしい。戦争で儲けようとしていたその軍事企業は、肝心の戦争が起こらなければ丸損になってしまう。そこで、過去に遡って子ども時代の首相を殺害し、未来の世界で戦争抑止行動を起こさせないようにしようとした。
「それを阻止する為に送り込まれたのが、この『TYPE-D型 万能護衛ロボット』の『玄衛門』、って事っス」
「それターミ○ーターの方じゃねぇか!?」
叫びかけた勇の口を大慌てで塞ぐ。うん、言いたい事は非常に良く分かるが、ちょっと落ち着こう。
つまるところ、玄衛門さんは『ロボット型ヒーロー』の区分でいいのかな? 体型的に考えて、名前はドラム缶から取った方が自然では? そう、ドラえ……いかん、丸パクリになる。
怖い妄想に至りそうに成ったのを払拭すべく質問に移る。
「で、なんでまたその万能護衛ロボットさんがこの世界に?」
「ええ、アッシは一応課せられた使命は果たしたんッス。子ども時代の首相に出会い、色々と衝突もしましたが何とか馴染んで貰い、先に送り込まれた殺人ロボットを未来の秘密道具で撃退しつつ、首相との絆を深めていきました……」
遠い目、というか目の光をハイビーム化して遠くを照らす玄衛門さん。
「最期の時は、首相と一緒に溶鉱炉の施設に誘い込まれやして……そこで複数の機械を取り込んで巨大化した殺人ロボットと対峙したんス。秘密道具は今までの戦いで故障したり、そもそも効かなかったりで役に立たず、最期の手段は、自分を武器にしやした……」
「まさか……自爆を……?」
ごくりと唾を飲み込む僕と勇。だが玄衛門さんは頭部を横に振り(三段になっている節の一番上の部分が左右に回転した)、僕らの勘違いを訂正する。
「いえ、アッシの体を転がして相手の足元に滑りこんだんス。アッシを踏みつけた殺人ロボットはツルッと滑って後ろの溶鉱炉にドボンしやした」
うん、もういいや。
白けた雰囲気の僕らは特に気にせず、玄衛門さんは続ける。
「まあ踏まれた時の勢いでアッシも資材の山に突っ込みやして、重みに耐え切れず圧壊しやした。泣き崩れる子ども時代の首相に早く逃げるように促し、崩壊する施設から首相が脱出したのを確認して、ああアッシの使命も漸く果たせた、と思いやした。その時に、データ不明の何かに出会ったんス」
「……神、か」
「神様?」
サラが不思議そうに首を捻る。これもまた今度説明しなきゃな。
「神……でいいんスかね? まあとにかく超常の存在なのは確かっス。その神様はアッシに、『その力を別世界の子どもの為にも使ってくれないか?』とお願いしてきたんす」
「この世界に来たって事は、了承した、って事だよね」
「いえ、アッシは『新規ユーザー登録を行って下さい』って返したんスけど。神様はしばらく黙ったままでして。んで気付いたら、森の中に新品同様の格好で佇むアッシがいやした」
面倒くさくなったな、神様……。
「で、登録ユーザーが消去された状態だったんで動けなかったアッシの所に、サラ坊ちゃんが現れたんス」
「びっくりしたよ。森の中に金属の柱が立ってて、近付いたら訳分からない事を喋り出すんだもん」
サラは玄衛門さんの方を見ながら、しみじみと呟いた。玄衛門さんはお腹(三段の節の真ん中)を叩くと、一部がスライドして、液晶ディスプレイが現れる。
「まあ、ユーザー登録は画面タッチ式で、誘導ガイドも充実してやしたから、機械に不慣れなサラ坊ちゃんでもあっという間に登録してくれたっす」
「なんか、長い説明の後に『宜しければ、ココを押してください』としか言わないから、適当に押してただけなんだけど……。あ、名前だけ聞かれたかな」
あかん、この子は振り込め詐欺とかに一番騙され易い子や。守ってあげないと(使命感)。
僕が親友の将来に不安を抱いてる横で、黙っていた勇が手を上げた。
「以前、サラが剣の稽古をした時に相手の剣がぬるりって滑る事があったんだが……。もしかして玄衛門さんの秘密道具のせいか?」
「あ、そうっス。お見せしやすね」
玄衛門さんは頭の上の部分手を伸ばすと、ウィーンと音がして頭の上にスプレー缶が現れた。玄衛門さんはスプレーを掴むと高く掲げる。そうやって取り出すのか……。
「パンパカパーン! 『ぬるり濃厚・すべ~るスプレー』!! 多分、勉強してない受験生より滑りが良くなるっス」
「そのブラックジョークやめい。あとネーミングセンスだせぇな!?」
僕はむしろ擬音表現に物申したいよ。
玄衛門さんは勇のツッコミには反応せず、スプレーの効果を説明し始める。
「まあ平たく言えば、スプレーした所の滑りが良くなるッス。剣で斬り付けられても表面を滑るだけで切れやせん。ただ殴られた衝撃は伝わるので、打撃武器には弱いっす。また剣でも無茶苦茶強く当てられたらダメージがありやス」
微妙だが、それなりに有効かも知れない。細身の剣相手なら大して痛みも無かろうし。勇も僕と同じ何とも言えない顔をしていた。おっと、僕も一つ聞いておかなければいけない事があった。
「玄衛門さん、貴方は、これからどうしたいんですか?」
玄衛門さんはスプレーを頭部に収納すると、サラに寄り添って応える。
「アッシは、この世界に来た意味ってのがまだ本当には分かっていやせん。しかし、今はサラ坊ちゃんの傍に居て、この人を守りたいのが本音っス。何せ、アッシの機能は『人を守る事』っスから」
「……ありがとう玄衛門さん。これからも、色々と宜しくね」
サラはそっと玄衛門さんを抱き締め、玄衛門さんもそれに応えてサラの背中に腕を回す。心温まる光景に、知らず僕と勇も顔が緩んでいた。
「……ヒーローギルドへの勧誘は、また今度にしようか?」
「ま、玄衛門さんもヒーローとして呼ばれたっぽいけど、今は任務中みたいだしね」
こっそり囁き合う僕らの方を、サラと玄衛門さんは不思議そうに見ていた。
◆◆◆◆◆ ◆◆◆
その後、翔と勇は納屋を後にした。夜も遅い事だし、また詳しい話は別の機会に、となったのだ。家路に着く二人をサラと玄衛門はにこやかに見送る。
二人の姿が見えなくなった頃、目を細めて笑っていたサラの目が僅かに開く。
その奥の目は、得物を狙う鷹のそれだった。
「ふふっ……。どうやらフィアルとレオン、それに王都の……ラン? だっけ。彼らの活動に僕らが気付いている事は、ばれていないみたいだね」
玄衛門の目が怪しく瞬く。
「へっへっへ……レオンさんの部屋に仕掛けた高感度盗聴器『壁にミミアリー君』がずっと前から彼らの会話を聞いていたとは、お釈迦様でも気付きませんぜ」
「オシャカサマって誰?」
「アッシの世界の神様みたいな方です。まあともかく、ここから上手い事、坊ちゃんの目的に沿うように慎重に動いていきやしょう……」
サラは軽く頷く。
サラは気付いていたのだ。翔と勇が、特別な存在であり、互いに協力して活動している事を。サラは除け者にして。
知っていたのだ。楽しそうに『ヒーローギルド』の構想を話し合い、どんな会にしようか真剣に話し合っていた事を。サラには内緒にして。
三人で王都の町を守る為に奔走し、翔が悪党を逃したことを悔やんでいるのを他の二人が励ましていた事も。サラには一言も教えてくれずに。
「……フィアルの浮気者……」
仄暗い嫉妬の炎がサラの目に宿っていた。
いじわるな親友。ずっと前から彼の横に立つのは自分だと思ってたのに、密かに二人も侍らせていたなんて……。
サラの笑みが冷たい色を帯び、酷薄なそれに変化する。それに合わせて玄衛門の雰囲気も悪代官の放つ下卑たものに変わる。
「フィアルの隣に居るのは、僕だけでいい……」
「ええ。フィアルの旦那に纏わりつく悪い虫を排除する為には、まず『ヒーローギルド』とやらに入り込みやせんとね……。坊ちゃん、アッシの秘密道具を如何様にもお使い下せぇ」
玄衛門の手に魔法のように四角い枠や透明な素材で出来た目の道具が現れる。
『通り抜けスクウェア』
『障子のメアリー』
それぞれ、壁をすり抜ける道具と、対象を監視する盗撮道具だった。
「頼りにしてるよ、玄衛門さん」
「げっへっへ……坊ちゃんの恋路は、この玄衛門が守りやス……」
ヒーローはヒーローでも、ダークなヒーローが夜空に下に生まれ出でた。ヒーローギルドの明日はどっちだ!?
◆◆◆◆◆ ◆◆◆◆
王都の夜は深い。
特に新月の夜ならば尚更に。月の恩恵を受ける者も、今宵だけは闇の深さに飲まれてしまうだろう。
「……くっ!?」
暗い路地の奥で、少女の悲鳴が上がる。いつもは元気の良いその声も、今は切羽詰っている。震える体を壁に押し付け、月の紋章が付いた杖を握り締めるので精一杯だ。
「中々手こずらせてくれたわね。でも、これで終わりよ」
「ふんっ、お前だけの手柄だけでは無いのに偉そうに語りおって」
壁に背を預ける少女の前に、闇のように暗い肌を軽装鎧で包んだ艶やかなダークエルフと、闇より尚深い死の影を纏った襤褸のローブを着た骸骨が立つ。
「魔法使いよ、貴様の魔法は確かに強い。だが我が呪法に対抗するには少々未熟であったな。抵抗せず、このまま捕えられるがよい」
「……ちょっと、それこそ私のお陰じゃない。何手柄を独り占めしようとしてるのよ」
「ええいっ! 貴様が呪具を幾つ持って来ようと、それを上手く使える私が居てこそだろうが! だから私の手柄でいいんですー!!」
「ふざけんじゃ無いわよ、人から物借りてる癖に……!? 骨粉にして川に流してやるわよ!!」
「やややややれるもんならやってみろ!? ここここ怖くなんかないぞ!!」
ガタガタ震える骸骨に食って掛かるダークエルフの女性。放って置かれた少女は、しかし体に纏わり付く呪詛によって上手く動けず、隙をつけない。
すると、一羽の白い梟が彼女達の間に舞い降りた。
カッ!!
「ぬ!?」「なにっ!?」
梟は突如閃光を発すると、喧嘩していた二人の目を晦ます。光が消えた後には、壁に追い詰められた少女の姿は無かった。
残された二人は苦々しげに唸る。
「……協力者が居たか……。しかもこの気配……覚えがある」
「ふうん、面白いじゃないの。英雄気取りがもう一人居たってわけね」
ダークエルフの女性はもう用は無いとばかりに踵を返す。骸骨もそれに続いて歩き始める。
「まだ我の呪いは効いている筈だ。しばらくはルナティスは動けんだろう」
「そう。じゃあこっちもしばらくは情報収集に専念ね。ルナティクスに、赤い戦士……」
ダークエルフが指折り数えている横で、骸骨は溜息を洩らす。
「ルナティクスを捕まえられなかったから、ボーグダインが残念がるだろうな……」
「全く……生け捕りじゃなければ協力しないなんて駄々を捏ねるのには呆れたわ」
「オークの慰み者になる、って事でスポンサーから許可が出たのに調子づいていたからなー。実際はあの古代のマジックアイテムで撮影するだけみたいだが……」
ダークエルフの女性はもう聞きたく無いとばかりに腕を振る。骸骨改め、不死者ハセウムは話題を変える。
「で、カーラよ。赤い戦士に関してはどうする?」
カーラと呼ばれたダークエルフは、少し思案した後、にんまりと冷たい笑みを浮かべた。
「ふふっ、英雄気取りのおびき寄せ方なんて簡単な話よ。何か事件を起こせばいいの。それも、凄惨な方がいいわね……」
カーラの腰に挿した剣の柄、そこに刻まれた『トリカブト』の意匠が、怪しい輝きを放った気がした。
夏休み編は次回で終わり、フィアルは王都に帰る予定です。
今回ロボット型ヒーローを登場させましたが、元々マッチョキャラの予定だったんです。しかし、『レイモンド』という漫画と設定が思いっきり被っている事を思い出し、急遽ドラム缶に変更しました。
突発的な思い付きが実は既に中古だった事は良くある事。この書き直しのせいで投稿が遅れました。
後、『アウトキャスト』の後書きで書いたホラー小説は暗礁に乗り上げかけているので、今回は取り下げるかも知れません。『アウトキャスト』も書かなきゃ……。
2015年8月13日 文章修正
玄衛門の設定を『万能護衛ロボ』に統一。一部『潜入護衛ロボ』に成っていた部分を修正しました。




