第20話 始動! ヒーローギルドの初任務!!
前回のあらすじ:新たなヒーロー仲間、『マジカル★ルナティクス』こと月輪 乱を仲間に加えた翔と勇。彼らは勇の提案の下、ヒーローギルドの立ち上げを構想する。より効率的に仲間を集め、志を共にする仲間と共に世の平和を護るためだ。
その為に、翔は日々授業に訓練に努力を続ける毎日を過ごしていた。
そして、彼らの足元、地下深くでは、三悪人の悪の計画が開始されようとしていた。
模擬線によってヒーロー同士の親睦? も深めた僕らヒーロー三人組。でも今のところ王都は平和そのものなので、それぞれの日常に力を注ぐ日々が続いていた。
僕は学校で授業と訓練の毎日。
勇はルリィ先生からは格闘術を、親父さんからは神官としての修行を受けている。
乱は魔術師ギルドに所属し、『理の塔』の研究助手を頑張っているそうだ。
いつ何時、ヒーローとして戦う場面が出て来るか分からない。だから努力を続けて自分達の力を高めておく必要がある。
そんなわけで、今日も僕は放課後居残って、訓練場で木剣を振るっている。
「九十八……九十九……百!」
剣の素振りを終えた僕は、大きく息を吐き出して木剣を下ろし、近くのベンチに腰を下ろす。
「きっつ……。今まで殆どやってこなかったから、筋肉が出来上がって無いんだろうなぁ……」
ベンチに置いていた皮の水袋を、震える手で口元まで持ち上げて水を飲む。皮の臭いが鼻を突くのが、まだ今一慣れない。
「おえっ……。この世界、竹とか無いかなぁ。もういっそ木製の水筒とか探すか?」
水の味と臭いに不満を漏らしていると、訓練場に誰かが近づいて来る音が聞こえる。今日も訓練場には疎らに人が居て、弓の訓練や木人相手に剣を振るったりしてる。生真面目な学生がまた来たのかと、休憩がてらぼんやり出入り口を見ている。
すると、訓練場に入って来たのは同級生のレオ・ダイアモンドだった。
学年トップの彼でも居残り訓練とかするんだなぁ、と感慨深げに見ていたら、偶々彼と目が合った。
「よっ、レオっち。これから自主練?」
「!? ……ああ。フィアルは…既に終えたところかな?」
僕が声を掛けると、レオは一瞬ギョッとした表情を浮かべたが即座に平静さを取り戻し、やや固い返事を返してくる。
……フレンドリーに行き過ぎたか? この前の授業の時、トリスタン先生に一緒にボコられた仲として愛想良く接してみたんだが。
「あーうん、素振り百本を終えたとこ。もうちょっと休んでから後一セットやろうかと思ってた」
「そうか。………その、どうせなら僕が剣の相手をしようか?」
レオは木剣の柄頭を撫でながら、そう提案してきた。
ふむ。確かに素振りだけずっと続けるのも味気無くはある。そしてレオの剣術の腕にも興味はある。
噂では相当の技量を持っていると聞くが、走り込みが主だった今までの授業ではお目に掛かる機会が無かった。
ここは自分の技量を測る上でも胸を貸してもらおうかな。
「是非お願いします! あ、でもあと五分くらい待って……」
「…うん、分かったよ」
立ち上がったはいいが、腕がまだプルプルしてる僕の姿を見て、初めてレオは柔らかく笑ったのだった。
結局、レオの準備運動も含めて十分後に僕らは対峙した。
両者とも正眼の構えに近い形で剣を構え、互いに視線を交わしている。
しかし流石だ。素人目に見てもレオの構えに隙が無く、また綺麗な姿勢である事が分かる。翻って自分は、木剣の先が僅かに揺れているし、それを押さえようとして体の各所に余計な力が入ってる気がする。実力の差は明らかだった。
「……シッ!!」
そんな感想を思い描いていると、鋭い呼気を吐き出してレオが踏み込んでくる。
「うおっ!?」
予想以上の踏み込みだったが、何とか上段から振り下ろされた木剣を、自分の木剣で受け止める。
そこから鍔迫り合いになるかと思いきや、レオは半歩分引いて今度は横薙ぎに木剣を振るう。
視界の端でその木剣の動きを目に収めつつ、レオの視線を観察して次の攻撃先を読もうと試みる。
だが思ったより自分の体が動いてくれず、横手からの剣を受け止めようと木剣を動かしたものの、鋭い一撃が僕の手から木剣をもぎ取っていた。
「くっ…!」
反射的に大きく飛び退いて、格闘の構えを取る。しかしレオは追撃して来なかった。
むしろ僕と同じように警戒して後ろに下がっている。そして、とても不思議そうな顔で剣を下げた。
「やっぱり変だ……」
「え? 何が?」
怪しむようにこちらを見ながら、レオがぽつりと呟く。僕は何の事だか分からなくて頭を傾けて聞き返す。
レオはじっと値踏みするようにこちらを見つめたまま、解説してくれた。
「フィアルの剣の腕は全然未熟なのに、戦いそのものの技術が妙に高い気がする。剣先を見ずにこっちを見ながら戦うし、無手の構えは剣の構えとは比べ物にならない程安定してる。僕の師匠を思い出したよ」
「へ、へぇ……」
さすが学年トップ、よくこちらを見てらっしゃる。しかしこのまま話が続くと、また根掘り葉掘り色々聞かれるかも知れない。
ヒーロー稼業は極秘に。それが業界のモットーです、故に誤魔化し作戦を決行する。
「レオにはお師匠様が居たんだねー、だからそんなに強いんだ。どんな人だったの?」
ちょっと軽薄そうな感じにへらへら笑い、侮ってもらえるように質問してみる。レオは僕の態度の変化に戸惑った様子だったが、素直に答えてくれた。
「僕の叔父さんだよ。現役の騎士で剣兵連隊隊長をしてるんだ。御前試合で優勝した事もあるんだよ」
この国の軍には幾つかの分類が存在する。
白兵戦を行う剣兵団。
遠距離攻撃担当の弓兵団。
突撃、攪乱を行う騎兵団。
魔法による援護を行う魔法兵団。
そしてそれらを統括・指揮する集団として騎士団がある。僕がなろうとしてるのはこの騎士団にあたる。
騎士団以外が一般兵から下士官までの部隊であり、騎士団員は将校としてそれらの指揮を行うことになる。
剣兵連隊隊長って事は千人位の剣兵達の隊長であり、最前線で敵と切り結ぶ一番危険な役職ってことだ。生半可な腕だと、あっという間に死んでしまうとロイ父さんから聞かされていた。
「そうなんだ。剣兵団はとっても危険な部隊って聞くけど、そんな部隊の隊長なのは凄いね!!」
「ああ、うん……」
叔父さんを褒められた事で嬉しかったのか、レオは照れたように頭を掻く。ちょろいぜ。
「いやー今日は剣の練習に付き合ってくれて有難う! 僕は宿題があるからもう帰るね! じゃあお疲れ様ーー!!」
「えっ……あ、待って……!」
レオの引き止める声が後頭部に投げかけられるが、聞こえないフリをしてさっさと訓練場を後にした。
……これからは、組手はニコルとしよう。夕暮れ迫る空を見ながら、僕はそう心に決めた。
◆
最近、この学校内で噂になっている事がある。単なるゴシップなら可愛いものだが、件の噂はよりおどろおどろしいホラーな内容だ。
いわゆる、『学校の怪談』ってやつ。
数日に一回、正確には一週間に一回のペースで、消灯後の真夜中に寮のトイレから子どもの声が複数聞こえてくる、という話だ。
その声を聞いた見回りの先生が不審に思ってトイレの中を隈なく探すも、人っ子一人居ないし見つからない。でも気配は確かに感じる。
騎士養成学校で教職を務める先生の実力は高い。にも関わらず気配だけが存在し、姿は見えない。気づけばその気配すら感じなくなって、見回りの先生は怖気が走ったそうだ。
修羅場を潜った先生ですら見つけられないならば、本物の幽霊か? と校内はこの噂に持ち切りになった。
過酷な授業と訓練に絶望して自殺した生徒の幽霊だとか、寮の地下には古代の墳墓があって、トイレの穴がそこに通じているとか、様々な憶測が飛び交っている。
……そして、一部の学生達が肝試しにトイレに張り込もうとしているのを耳にした当事者は、遂に会議の場所を変更することにした。
「ああ、だから屋根の上に居たのか」
「そーだよ! あー畜生め……。下手に光学迷彩なんか使って隠れずに、素直に叱られてれば良かった」
寮の屋根の上で、まだ微妙に寒い夜風に身を震わる僕は、快適な室内で机に肘を付いてこっちを見ている映像の勇に毒づいた。
「お気の毒様。個室が無い人は大変だね」
乱も自室で、しかも優雅に紅茶なんぞ飲みながら、大した同情も表さずに僕を労う。軽く殺意が湧いた。
「てか、実際問題そろそろ同室のアンドレイさんにばれるかも知れない。今は丸めた毛布で誤魔化してるけど、しっかり覗き込まれたらアウトだし……。なんかいい方法無いかな?」
ほとほと困り果てた様子でそう聞いてみると、意外な事に、こういう時はからかう事しかしない勇が手を挙げてくれた。
「それなら何とか出来るかも知れないな。もうそろそろそっちに着くと思うが……」
「「着く?」」
僕と乱は謎の動詞に疑問符を浮かべる。
「着くって、何か送ったのか?」
「ああ。結構前から内緒で式神を王都に向かって放ってたんだ。そいつを媒介に身代わりの護符を作ってやんよ。その式神を通して幾つか術も使えるから、サポートも任せろ」
おう、さすがオカルト系ヒーロー。不可思議な業を多数お持ちで。勇の発言に乱も興味を示して話に加わって来る。
「あ、その護符僕も欲しいな。今までの変身時は認識改変の魔法で僕が居ない事を誤魔化してたんだけど、それもそろそろ限界だったからね」
うーん。確かに実生活とヒーロー稼業の両立は結構難しい問題だよな。
勇は乱の提案も快諾してくれたが、同時に忠告もしてくれた。
「言っとくが、この身代わりの護符はそこまで大した術じゃない。ある程度命令した通りに動かせるが、基本はパー〇ンの人形と同じだ。応答とかはかなり簡素になるし、勘のいい奴ならすぐ分かっちまう。授業中だとか走り込み中だとかならまだいいが、会話や発言の必要があるとかなり不自然になるぞ」
あらま。そうそう上手くいかないか。そしたら乱がその対策案を出してくれた。
「ならその身代わりの護符に僕の認識改変の魔法を上乗せしよう。認識改変の魔法は、『相手の中にある対象の人物像』を使って、その人がどう行動したかを思い込ませる魔法なんだ。例えば、翔の身代わりが昼ご飯は何にするかと聞かれた場合、聞いた人の中にある翔の人物像で、最も言うと思われる事を言った様に思わせるんだ。パンがいいとか、ご飯がいいとか、その人次第になるけど、後はそれに沿って身代わりが行動するよう仕向ければ、ばれ難いと思うよ」
「三行で」
「一行あたりの文字数制限は無いよね? じゃあもっと詳しく説明を……」
「悪かった悪かった! つまり、『よう、フィアル! 昼飯何にする? そーか、今日は米の飯が食いたいのか。じゃあ食堂行こうぜ!』『ウン、ソウダネ』……こんな感じってこと?」
一人寸劇をしてみたら乱から白けた眼差しを頂戴した。ちなみに勇はニヤニヤと厭らしく笑っている。
「まあそういう事……。あ、窓に雀が留まってる。これかな?」
乱とほぼ同時に僕の前にも雀が一羽降り立った。雀は怖がる素振りも見せず僕に近寄ると、ちょんちょんと腕を上って肩に留まる。
「おーそれそれ。一応王都全域を監視出来るように数百体は式神を放ったから、これで何か事件が起こったらすぐに知らせられるぜ」
「何気に司令部ポジションだね」
「俺的にはさっさと現場で戦いたいんだけどなー。ライコット村は平和だし、ヒーロー稼業をする機会が無いから、暫くはこの立場に甘んじるさ」
何気に初登場、僕の故郷の村の名前。……どこかの誰かが凄く後悔している気がする。
窓を開けて雀を呼び込んだ乱は、その雀を興味深そうに見つめながら自分の役割を提案する。
「いいね。じゃあ僕は問題が発生したら翔を迎えに行く係をするよ。今のところ転移魔法で移動した方が一番ばれ難いし、現場に急行しやすいと思うから」
「うう……情けない。皆に苦労を掛けてしまってすまん……」
何の役にも立てない自分に涙がちょちょぎれそうだ。
しかし勇と乱は互いに顔を見合わせた後、苦笑しながら僕の方を向いた。
「水臭いこと言うなよ、お義兄様。お前はヒーローギルドのリーダーだろ? 裏方仕事はこっちの役目だぜ」
「……この便利な通信装置は翔から提供されたんだし、こっちこそ役に立てる事が出来て有難い立場だよ」
「勇……。乱……」
色々意見が対立する時もあるけれど、根本的なところで優しいんだよな、このヒーロー達は……。
零れそうになる涙の感情が変化している事に、僕は嬉しさと面映ゆさを感じて思わず腕で目元を隠す。
肩の雀が慰めるようにチュンチュンと鳴く声と、友達二人の笑い声が心に沁みた。
◆◆
明後日までには、式神を通して認識改変の魔法が込められた『真・身代わりの護符』を入手できた。王都に放たれた式神は雀だけでなく、烏や鳩、さらには梟や鷹まで居るらしい。
某英国魔法使いのハ〇ーみたく、夜中に梟が完成した護符を持ってきた時はちょっとびびった。
試しに二コル相手に使ってみたが、見事に騙されてくれた。
「フィアル~~また宿題教えてくれよ~~。お、マジ? いつもは自分でやれとか言うのに今日は素直だな。……いやぁ、そんなに褒めるなよ。まぁ確かに~、本気出せば~、これ位楽勝だけど~。そこは友人との交友を深める意図もあって態々(わざわざ)会いに来てるんだ、って漸く察してくれたのか~」
二コルの脳内僕が一体どんな設定になってるのか小一時間問い詰めたかったが、とりあえず宿題を一緒にする位だったらばれない様だった。
別の護符を通して身代わり護符に指示を出せば、算数の問題も解けそうだったので、緊急時は朱美さんにでも操作して貰おう。
しかし、その時以降は使う機会が無いまま日が過ぎて行った。
そして週末前日のある日の事。午前の学科というある意味最も暇でどうとでも成る授業の日、事件が起こった。
算術の授業で、学友が当てられた問題を黒板前で必死に解いてる姿を眺めていた時の事、マナーモードにしていた通信機に知らせが入った。
発信者が勇である事を確認すると、僕は耳にこっそり付けてる小型イヤホンと喉の骨伝導マイクを起動させ、口元を手で隠しながら通信回線を開く。
「どうした? 勇」
「ようリーダー、事件だ。街中でスケルトンが二十体近く発生してる。場所は商業区内の木材問屋だ。今のところ怪我人は居るが死者は居ない。従業員に対して暴行を加えて追い出そうとしている。衛兵が向かってるが、商業区の人間が避難しようと移動してるせいで移動に手間取ってる」
「乱は?」
「既に変身済み、デーース!! すぐに迎えに行くから、そっちも準備して!」
ハイテンションなアニキャラボイスが耳に入って来る。同時に報告を受けてたとして、テンション上昇速度が半端ないな。躁鬱の気が激しすぎるぞ。
等と考えている暇も惜しい。しかし衆目の真ん中で身代わり護符の起動は難しい。ならば古典的手法だが……。
「先生!」
「ん? どうしたのかい?」
算術の先生(今日はトリスタン先生じゃない)が手を挙げた僕の方を向いて来る。クラスの皆の視線も集まっているのを感じる。若干恥ずかしいけど……。
「トイレに行かせて下さい!!」
「……あ、ああうん。いってらっしゃい」
大声で要求したのが功を奏したのか、やや気圧されした様子で先生は許可をくれた。頭を下げてお礼を言うと、早足で出口へ向かう。クスクスと同級生の笑い声が聞こえて来るが、これで懊悩するような年ではもう無い(少なくとも精神年齢は)。
急いで近場のトイレに駆け込むと、誰も居ない事を確認して身代わり護符を発動させ、乱への通信を送る。
「よし、迎えに来てくれ」
「OK!『ムーンライト・ワープ』!!」
乱が呪文を唱え終わると、トイレの壁に三日月の絵が浮かぶ。何かイラストタッチで、デフォルメされた感じの絵だ。
その三日月から光が零れ始め、『マジカル★ルナティクス』に変身した乱が、にゅっと出て来た。
「お待たせー……ってトイレじゃん! もーやだー! 待ち合わせ場所がトイレなんてサイテー!?」
顔を赤らめてキャーキャー身を捩るルナティクス。あかん、普段の彼と今のキャラの落差がきつい。本人はもっときついと分かってはいるんだが……。
「ご、ごめん。それより、急いで現場に連れて行ってくれ!!」
謝罪しつつ強い口調でお願いしたら、ルナティクスははっとした様子で我に返った。
「そうね、今は恥ずかしがってる場合じゃない。さあ、手を掴んで!」
三日月の絵から半分体を出した状態で、腕を伸ばしてくるルナティクス。僕は身代わりの自分に適当に時間潰して教室に戻るよう指示すると、ルナティクスの手を掴んだ。
「じゃあ、行くわよ!!」
ルナティクスは勢いよく僕を引っ張り上げると、僕ごと三日月の絵の中に飛び込んだ。
絵の中は星々の煌めく宇宙空間のトンネルみたいになっており、僕らは正面に見える光に向けて真っ直ぐ進んでいた。
「あの光の先が現場よ! 今の内に変身しておいて!」
「分かった!」
ルナティクスの助言に従い、僕は右手の甲に意識を集中する。手の甲から、久しぶりの出番に喜ぶように光が溢れてくる。
「『開け、次元の門!!』」
コマンドワードと同時に、トンネル内を赤色の光が埋め尽くした。
◆◆◆
木材問屋の大店、『ガーラント材木店』は混乱の極みにあった。
今日は大口の取引が予定されていた為、木材の運搬人や事務処理の担当者、店の責任者からオーナーまで、いつもより多くの人間が、商店とその隣にある倉庫に集まっていたのだ。
最初に異変に気付いたのは倉庫で木材の搬入の為に待機していた運搬人達だった。倉庫前で待っていた彼らは、ふとした時に倉庫の中から奇妙な物音を耳にし、不審に思って中を覗き込んだ。
何かが地面を擦るような音と、軽く響く足音。盗人の類でも居るのかと警戒していた運搬人達は、歩き回る白骨死体の集団を目撃して叫び声を上げた。
「ほ、ホネホネ人間だーーーー!!??」
アンデットなんて見た事無い一般人などざらにいる。それでもそんな間抜けた台詞が飛び出たのは、その数がやたらと多かったからでは無かろうか。
二十体近く居るスケルトンの群れは、一般人の精神を掻き回すに十分な数だっただろう。しかも倉庫の隅にぽっかり空いた穴からまだ這い出て来る姿を見れば、論理的思考力を吹き飛ばすに足りて余りすらある。
運搬人達は蜘蛛の子を散らすように逃げ始め、倉庫の出口に向かって殺到した。
だが間の悪いことに、丁度木材を満載した馬車の列が倉庫の出入り口に到着していた。ぶつかった両者は理性的な話など出来るはずも無く、押し合い圧し合い殴り合い、倉庫の出入り口前は暴動の様そうを呈し始める。
「何をギャーギャー騒いどるかーーー!! さっさと木材の搬入を……ぎゃーーーー!?」
その喧噪を耳にした商店からは番頭やオーナーが怒り狂って出て来たものの、倉庫から顔を出したスケルトンを見ると顔を真っ青にして踵を返した。
しかしスケルトン達は騒がしい倉庫の出口では無く、商店の方に向かって攻撃を始めた。棍棒や折れた剣を振り回し、鍵の掛けられた戸を破壊し、窓を打ち破って店内に雪崩れ込んで来る。
命の次に大事な金貨袋や商売道具を持ち出す暇も無く、商店の入口から通りへ出るしかないオーナー以下従業員達。
衛兵隊よ早く来てくれと祈りながら通りに出れば、暴動で興奮した馬が暴れて横倒しになった馬車、そこから転がり落ちた材木で封鎖された道路。さらにはそれを乗り越えて逃げようとする人々の群れで、衛兵が通るスペースなど皆無だった。
「ああ……もうだめだ……」
材木問屋の命運をかけた取引。それが絶望的になり、さらにはこの混乱の責任まで取らされるのでは無いかと絶望の余り地に膝を付くオーナーのガーラントさん。
だが、救いの手は差し伸べられた。
「待てーーーーーーい!!」
張りのある、腹の底から発せられた大声。
不思議と勇気が湧いてくるような響きに触発されたガーラントが顔を上げると、倉庫の屋根の上に二つの影があった。
「どこの墓場から迷い出たかは知らないが……人々に恐怖を与え、町に混乱を引き起こすならば、尊厳ある死者の扱いは保証できない」
「……安息と永眠を見守る月光の名の下に、貴方達をあるべき場所へと返しましょう……」
一人は真っ赤な服と兜を纏う少年らしき者。その横に佇むは、王都を賑わす月光の魔法使い。
「おおっ……まさか、『マジカル★ルナティクス』!? ……横の少年は一体……?」
ガーラントは噂の救世主の降臨に喜色を浮かべる。同時に、その隣にいる真紅の少年に疑問を覚えた。
彼女達の登場は周囲の人々の目にも止まり、呆然とした様子から一気に歓声を上げて正義の味方の登場を歓迎する。
「やった……!! 『マジカル★ルナティクス』だーー!! これで助かるぞーー!」
「ほ、本物だ…!! 俺達のピンチに颯爽と駆けつけてくれる、美少女魔法使い万歳ーー!!」
「なあ、あの横の派手で赤い奴は何だ?」
「知らねぇ。使い魔じゃね?」
口々に上る、ルナティクスへの賛辞と横の翔への疑問を発する声。集音装置でそれらを耳にしていた翔は、ちょっと凹んだ様に項垂れた。
「なんかー、ちょっと寂しいー……」
「今回がデビュー戦なんだから仕方ないでしょ! それより、早くキメ台詞言って戦うわよ」
下を向いてぼやく翔を、ルナティクスは杖で小突いて発破をかける。翔は頭を振って顔を上げると、眼下でこちらを警戒するスケルトンの群れを指差す。
「この町の平和は僕が守る! 『次元戦士・ディメンジョンマン』、参る!!」
「同じく『マジカル★ルナティクス』、行くわよ!!」
キメ台詞の後、まず翔が掛け声と共に跳躍した。
「とうっ!!」
そして空中で一回転すると、勢いを乗せた踵落としをスケルトンの一体にお見舞いする。
ガシャンッ!!
スーツの倍力機構と落下速度が合わさった蹴撃は、いとも容易くスケルトンの頭蓋骨を破砕する。そして危なげなく着地するが、そこはスケルトンの集団の真っ只中だ。
その一連の流れに、状況を見守っていた人々の間からどよめきが巻き起こる。
「何だあの少年…!? あんな高さから飛び降りたのに、怪我一つして無いのか?」
「それよりあの蹴りだよ! 空中であんなに綺麗に回転出来るなんて、サーカスの曲芸師みてぇだ!!」
驚く人々の声に、ちょっと気を良くする翔。
しかし周りを囲むスケルトン達に恐れの心など無い。手に持つ武器を振り上げ、奇妙な闖入者を排除するべく襲い掛かる。
翔は瞬間的に周りの状況を見渡すと、手近なスケルトンに滑るように近づいてその足を払う。
あっさりと転ぶスケルトンの手から棍棒を奪い取ると、手首を軽く翻してそのスケルトンの骨組みをバラバラに叩き崩す。
さらに向かってくるスケルトン達を、攻撃を避けては腰や背骨、頭部に棍棒を叩きこんで無力化していく。
それはまるで舞を踊っているようで、危なげなくスケルトンの集団を撃破していく様は、まるで良く出来た劇のようだった。
人々がその光景に瞠目している中、ルナティクスも軽く目を見開いて驚いていた。
(へぇ……。ちょっと頼りない感じがしたけど、一対多の戦いであれ程動けるのね……)
戦う翔は、まるで背中に目でもあるように死角からの攻撃も易々と避け、敵を誘導して有利な位置取りを確保し、敵の数の利点を殺すように動いている。
それも手慣れた作業をこなすように。
「さすが、僕らのリーダー。僕とはまた違った修羅場を潜り抜けて来たんだね。……私も負けてられないわね!」
翔の見事な戦いぶりに、ふと素面に戻ったルナティクスだったが、燃え上がった対抗心にまかせてテンションを上げると、大仰な動作で呪文を唱え出す。
「『マジカル・ムーンライト・バリアー』!!」
ルナティクスの魔法は、まだ太陽の光降り注ぐ日中に宵闇を生み出した。だがその闇は空に現れた月の輝きによって満ちており、殆ど暗さを感じさせない。
魔法により増した月光の輝きは、ガーラント材木店の商店と倉庫を囲むように降り注ぐ。すると、出入り口付近の逃げ遅れた人達を避けるように透明な壁が出現する。
「これでスケルトン達は封じ込めたわ。皆早く外に逃げなさい!」
「…助かる!!」
「ありがとう、ルナティクス!!」
ルナティクスの指示に従い、逃げ遅れた者達は急ぎつつも整然と通りに逃げていく。
それを満足そうに見送ったルナティクスが眼下に視線を戻すと、大半のスケルトンは翔によって倒されていた。
「弱いなー…。マデゴーグのとこの下っ端戦闘員の方が、まだ手強かったぞ」
折れた棍棒を捨てながら、まばらになったスケルトンの包囲網を見回す翔。息も切れてない様子に、ルナティクスは呆れたように話しかける。
「相当無茶な戦いを経験してきたみたいね。この短時間にこれだけ数を減らせるなんて」
「ん? そーでも無いよ。全盛期の頃ならもう全滅させてたと思うし。足のコンパスが短いのがきついなー」
自分の足を見ながら溜め息を吐く翔。その様子にルナティクスが苦笑していると……
ドゴォッ!!
轟音を響かせて、商店の壁が吹き飛んだ。吹っ飛ぶ瓦礫の破片はスケルトンを薙ぎ倒し、同時に翔にも降り注ぐ。
「!? 『バリアー』!!」
短縮されたコマンドワードによって、翔の掲げた左手から『次元念動』が球状に発生し、向かってくる破片を空中で静止させる。破片の波が通り過ぎた後、翔の周りに浮かぶ破片がパラパラと下に落ちた。
翔とルナティクスは突然開いた穴の向こう側を警戒する。
粉塵がまだ舞い踊る中、獣の唸り声に似た音を口から漏らし、重い足音をひびかせながら、何者かが姿を現した。
屈強な体格を革鎧に包み、鈍く光る長剣を携え、猪の頭に鋭い眼光を覗かせる人物。
自称『オーク族一の大戦士』。ボーグダインが姿を現した。
◆◆◆◆
新たな敵の登場に、避難していた人達は再度ざわめき始める。
僕は近づいて来るボーグダインを見据え、以前ルナティクスの追っかけとして出会った時とは比べ物にならない程の威圧感と闘志を感じ、背中に冷たい汗が流れるのを感じる。
「また貴方だったの……? 懲りないわねぇ、それよりどうやってスケルトンを操れるようになったの?」
呆れた様子のルナティクスをチラリと見上げるボーグダインだったが、その視線は寸暇の内に翔に移る。
「……ルナたんとお話したいところブヒが、今はそれどころじゃ無いブヒ。……そこのお前」
「な、何だ?」
ボーグダインに指差された翔は何事かと身構える。ボーグダインは仇を見る眼差しで翔を射抜くと、絞り出すような声で問いかけて来る。
「ルナたんとは……どんな関係だゴラァ!? 返答次第によってはドタマかち割ってやるブヒィィ!!」
「………え、友達?」
「友達だとぅ!?」
激しく勘違いしてらっしゃる。わなわなと震えだしたボーグダインをどうしたものかと眺めていると、ボーグダインはピタリと動きを止めて、地面に顔を向ける。
「ルナたんファンクラブ、会則第五条……」
何か唱え出した。
「……アイドルに恋愛はご法度。故に、ルナたんに彼氏が出来た時は人知れず排除すべし、ブヒ!!」
そんでもって極大の殺気を込めて剣を向けて来た。随分物騒な会則のファンクラブですね。
「ちょ、乱……じゃなくてルナティクス! 君からも否定してー!?」
「ボーグダイン、変な勘違いしないでよ! そいつは……別に恋人なんかじゃ無いんだからね!」
「ツンデレって貰えるほど意識されてる相手は天誅ブヒーーー!!」
「火に油だー!?」
ボーグダインのモヒカン状の鬣が、怒髪天を突く様に逆立つ。ボーグダインは片手を突き出し剣を掲げる構えを取ると、不自然な呼吸を始めた。
「……『激怒の構え』」
ボーグダインが何事か呟くと、その身に渦巻いていた怒気と闘気が吸い込まれるように収まった。
いや、違う。本当に体内に吸い込まれている……!?
ピーッ!
『高エネルギー反応確認。正面の生物に、未知の生体エネルギーが結集しています』
スーツのシステムから警告音と共に報告が上がるが、悠長に分析している暇は無い。
ゆらりと剣を翻し大上段に構え直したボーグダインは、静かな湖面を思わせる静謐な眼で僕を見据える。
そして集約した気合を一気に解き放った。
「剛剣技、其ノ一。『大地鳴動斬』!!」
ドゴォォォッ!!
「ぐううっ!?」
寸でのところで躱したつもりが、剣風の余波だけでも僕を吹き飛ばすに十分だった。もの凄い速度で吹き飛ばされた僕は倉庫の壁に衝突し、半ば以上壁を凹ませてギリギリ停止する。
『衝撃緩和装置、正常作動。損害1%を超えました。自動修復装置作動』
スーツのダメージレポートが有り得ない報告を上げて来る。車に撥ねられても1%超えないのに、余波だけでこの威力!?
まともに食らったら洒落にならない! 急いで壁から抜け出すと、悠々と立ってこちらを見下すボーグダインが居た。
その目の前、元々僕が居た場所には大きなクレーターが出来ていた。
「ほう、俺様の剣技を良く見切ったブヒね。褒めてやるブヒ。だが、二発目は外さん」
そう言ってボーグダインはもう一度剣を構える。
くっ、自称だと思ってたけど、本当にこいつオーク族一の戦士だったのか……!!
思わぬ強敵の出現に、死すら覚悟して対峙する僕。頭上からはルナティクスが固唾を飲んでこっちを見守っている雰囲気が伝わる。援護したくても、僕とボーグダインの位置が近過ぎて魔法が使い難いのかも知れない。
眼を見開いてボーグダインの一挙手一投足を観察し、次の一撃に備える。その時……
メキメキッ……
「きゃっ!?」
後ろの倉庫が、ボーグダインの剣技と僕の衝突によって建て付けがおかしくなったのか、若干傾いてしまう。
倉庫の上に居たルナティクスは突然の事態に驚きバランスを崩す。そしてその短いスカートがふわりと翻って………
「シャッターーーチャーーーンス!?」
ボーグダインは一瞬の内に剣を投げ捨てると、神速の抜き打ちでカメラ型マジックアイテムを取り出して上方に向ける。
「セイッ!!」
ドゴォッ!!
僕は反射的に踏み込んで、ボーグダインの股間に思いっ切り拳を打ち込んだ。……身長差の問題で一番打ち込み易いのがそこだったんや。
「ブゲヒッ!?」
プシュウウウゥゥゥ……
ボーグダインの股がきゅっと狭まり内股になる。体内に集中していた気合は音を立てて抜けて行った。
ボーグダインは眼を剥き出しにして、それでもカメラを手放さずに倒れ伏す。
……虚しい勝利だ。
不意打ちで倒してしまった事に何だか黄昏ていると、上からルナティクス降りて来た。
「……まあ、気持ちは分かるわ。えっと、ごめんね」
「君が謝る事じゃ無いよ。全ては、彼の業の深さの問題だからね」
泡も吹き始めたボーグダインを微妙な表情で見下ろす僕ら。あっという間に終わった戦いに、結界外の人達にも白けた空気が流れる。
いつまでもそのまま、ってわけにもいかないので、ボーグダインを簀巻きにすべく手を伸ばす。
「どっかにロープか何か……」
「『闇生』」
突如僕らの周囲を闇が覆う。スーツの暗視機能が切り替わる数瞬の間に、目の前を何かが通り過ぎる気配を感じた。目で追うのが精一杯だったが、どうやら商店の方から現れたぼろ雑巾の固まりと小男が素早くボーグダインを抱え上げ、脱兎の如く倉庫へ向かったのが見えた。
「くっ……『アンチ・ルナマジック』!!」
ルナティクスが魔法を発動させると、周囲の闇はあっという間に消え去った。ドタドタと騒がしい音が倉庫内から聞こえて来る。
急いで倉庫の中に踏み込むが、確認できたのは、スケルトンが這い出て来た穴に続く足跡だけだった。
「やられた……まだ仲間が居たのか……」
悔しさの余り唇を噛みしめる。後を追おうと足を踏み出しかけるが、僕の肩に掛かるルナティクスの手がそれを止めた。
「衛兵隊が到着したわ。後は彼らに任せましょう」
確かに、鎧が擦れ合う金属音が聞こえて来る。このままボーグダイン達を追っても、倒すのに時間がかかってしまえば衛兵隊とも戦う事になりかねない。向うからすれば、どっちも怪しい手合いに見えるだろうからな……。
ほぼ同時に勇からの通信も入る。
「翔、結構な数の衛兵隊が周りを囲んでる。魔法兵の姿も見える。結界を破られて踏み込まれるまで時間が無いぞ」
「……分かった。ルナティクス、移動を頼む」
「OK。『ムーンライト・ワープ』!!」
倉庫の壁に三日月の絵が浮かび上がる。ルナティクスが先に入ったのに続き、僕も足を踏み入れる。
最後に地下へ続く穴を一睨みして、悔しさを抑え込むように一気に絵の中に飛び込んだ。
◆◆◆◆◆
現場へ到着した衛兵隊は、ガーラント材木店の惨状に息を飲んだ。しかし、暴れていたスケルトンは既に戦いの余波で全滅しており、衛兵隊の仕事は怪我人の治療と交通整理になった。
「死者は居ません。それと目撃者の話では、指名手配犯のボーグダインらしき男が主犯の様です」
事情聴取をしていた衛兵が、隊長である騎士に報告している。
その騎士は金髪の髪を縦にロールさせた、気品ある女騎士だった。整った顔立ちだが、きりりと上がった眼には相対する者に緊張感を与え、身を引き締めさせる鋭さがあった。背は真っ直ぐに伸びており、堂々と立つ姿にも貫禄を感じさせる。
実に指揮官らしい女騎士は、報告を聞きながら無言で頷いている。その視線は戦いの痕が生々しく残る倉庫前の広場に注がれていた。
そこに新たな衛兵が現れて報告を始める。
「リーゼ隊長。スケルトン襲撃中に、例の『マジカル★ルナティクス』現れたようです」
「ほう……噂の魔法使いか。ならばスケルトンを倒したのも奴か? 格闘戦の心得もあるようだな……」
女騎士リーゼは、散らばるスケルトンの残骸から、その殆どが魔法では無く、何らかの打撃によって倒されたと推測していた。
だが報告に来た衛兵は、歯切れ悪くその想像を訂正する。
「いえ、スケルトンを倒したのは別の人物です。何でも、ルナティクスと一緒に、真紅の服に身を包んだ少年らしき人物が目撃され……」
「今何と言った?」
リーゼは衛兵に顔を向けると、発言を遮って確認する。その顔は無表情を辛うじて保っていたが、その口調からは驚愕の色が透けて見えていた。
衛兵は困惑しつつも、もう一度言い直す。
「真紅の服と兜を被った少年です。そいつがスケルトンを殆ど一人で倒したそうです。何でも『ディメンジョンマン』と名乗ったとか……」
そこで衛兵は言葉を切る。報告していた相手が、忘我の境地に居る様に見て取れたからだ。
「紅の……英雄……」
その口から漏れたのは、歓喜の呟きか。
固く締まっていたリーゼの表情は、春の雪解けを思わせる様に綻んでいた。
伏線回収って難しいです。第14話で登場させた女騎士を登場させてみましたが、微妙にキャラが固まって無くて少し扱いに困ってます。
まあ、性格:紅フェチは決まったような物ですが。
執筆を飛び飛びに行ってるせいで、文脈がおかしい部分が在るかも知れません。また時間のある時に少しずつ直していきますので、ご容赦下さい。
あ、誤字脱字等の報告は歓迎します。お読み下さりありがとうごさいました。




