誰がコマドリを殺したか
疑似キスを終え、私はゆっくりと身を起こした。
眠り姫――更紗さんも、台本通り目を覚ます。
ここから先は、再会の台詞。
それを交わせば劇は終幕へ向かう。
……はずだった。
更紗さんが、何も喋らない。
その瞳が私を見つめる。
困ったように。
不安そうに。
助けを求めるように。
(まさか)
台詞、忘れちゃったの?
心臓が跳ねる。
何とかしなきゃ。
でも、どうやって?
ここで下手なアドリブなんて入れたら、余計に混乱する。
私だって、自分の台詞を覚えるだけで精一杯だったんだ。
どうすれば。
どうすればいい。
視界の端に、巨大な影が映る。
デウス・エクス・マキナ。
劇場そのものを身体とした、歯車仕掛けの巨人。
照明を瞳に。
幕を外套に。
無数の歯車を軋ませながら、高みから私たちを見下ろしている。
その右手には、一振りの剣。
切っ先は、今にも更紗さんへ振り下ろされそうだ。
……いや。
別に、どうする必要もないのかもしれない。
前にも考えてた事だけど。
これは、お金を取る舞台じゃない。
クラスの出し物だ。
最後の最後で失敗したって。
笑い話になるだけかもしれない。
ここまで、更紗さんが誰より努力してきたことは、みんな知っている。
責める人なんて、きっといない。
もし、いたとしても。
その時は私が、更紗さんを庇う。
だから。
仕方ないよ。
そう思って、更紗さんを見る。
けれど、彼女は諦めていなかった。
震える唇が、何とか声を出そうとしている。
一文字でも。
一音でも。
台詞を絞り出そうと、必死にもがいている。
……そっか。
諦められないんだ。
けどもうどうする事も出来ない。
この劇が壊れるのはもう確定事項だ。
あと10秒も経てば観客たちは更にざわめき始める。
更に10秒経てば担任が舞台裏に駆け込んでくる。
更に10秒経てば幕は強制的に降ろされる。
それでおしまい。
「そう」
声が聞こえた。
「劇は壊れる」
私は顔を上げる。
巨人の肩に、足をぶらぶらさせながら座っている人影。
黒いコート。
長い前髪。
見慣れた横顔。
――架空の私。
「それは決まってる」
彼女は退屈そうに巨人の頭を小突いた。
「もう止められない」
そして、こちらを見る。
「あとは、誰が壊すかだ」
架空の私の言葉を聞いて。
本物の私はポカンとなった。
ああ、そっか。
そんな簡単な話だったんだ。
思わず笑いがこみ上げてくる。
いや、もう声に出して笑ってしまおう。
「あっは!」
想定外のセリフを聞いて、空想上の巨人が私に目を向ける。
何だそんな目全然怖くないぞ。
こっちは最初から覚悟して舞台に立ってたんだ。
まあ、後ろ向きな覚悟ではあるんだけど。




