嫌われて当然
舞台はいよいよクライマックスを迎えていた。
眠り姫が目覚める場面。
照明が少しだけ落とされ、客席は静まり返っている。
私は寝台の上で目を閉じ、眠る姫を演じていた。
すぐ傍に、彼女の気配がある。
澪ちゃん。
台本には「額へ疑似キス」と書かれていた。
けれど私は予想している。
きっと澪ちゃんは寸止めを選ぶ。
あんなに照れ屋なんだもの。
ギリギリまで近付いて、「キスしたように見せる」だけ。
それでも私は構わなかった。
そんな不器用さも、彼女らしいと思うから。
……ただ。
少しだけ。
ほんの少しだけ。
見てみたくなった。
今、どんな顔をして私へ近付いているんだろう。
私は、リハーサルでは絶対にしなかったことをしてしまう。
ほんの少しだけ。
薄く目を開けた。
その瞬間。
彼女と目が合った。
思っていたよりずっと近い。
ほんの数センチ先。
真剣な顔。
少し震える睫毛。
そして。
私の額へ口づけようとする澪ちゃん。
(……え)
心臓が止まりそうになった。
思わず声が出そうになったけど、それだけは必死に堪えた。
額へ、柔らかな感触が触れる。
すぐに離れる気配。
口に貼られていた透明なテープが剥がされる音。
……あれ。
どうしてテープなんて貼ってたんだっけ。
頭の中が真っ白だった。
私は。
何をしていたっけ?
そうだ。
演劇。
今は本番。
眠り姫。
目を覚まして。
台詞を言わないと。
口を開く。
何も出てこない。
一文字も。
一音も。
出てこない。
思わず澪ちゃんを見る。
彼女も困ったように私を見つめ返していた。
駄目。
その顔を見たら。
余計に言葉が出なくなった。
沈黙が流れる。
一秒。
二秒。
三秒。
客席がざわつき始める。
まずい。
このままじゃ。
舞台が失敗する。
焦るほど頭が回らない。
失敗したら。
皆に。
澪ちゃんに嫌われちゃう。
は?
思考が停止した。
なにそれ?
この期に及んで誰かに嫌われるのが嫌だから失敗したくないって言うの?
何も変わってないよね私は。
澪ちゃんに見つけてらう前と同じ。
そんなだからこんな失敗を引き当てるのよ。
そんな私は嫌われて当然なんじゃない。
今度こそ彼女だって受け入れてくれないわよ。
そんな自問自答に応えるかのように。
「あっは!」
誰かが笑った。
それは、明らかに朝倉澪の声だった。




