クライマックス
前半の出番を終えた私は、ようやく周囲を見る余裕ができていた。
舞台の上では役者が演じる。
舞台袖では大道具係が静かに背景を動かす。
照明係が光を操り。
音響係が音を鳴らす。
客席では何十人もの視線が舞台へ集まる。
それら全てが噛み合って。
巨大な一つの存在になる。
それは劇場そのものを身体とする巨人のようだった。
歯車が骨となり。
照明が眼球となり。
幕が翼となり。
何百人もの意思を飲み込んで動く。
空想上の架空の巨人。
デウス・エクス・マキナ。
何となく理解してしまう。
もし私がこの劇を壊したら。
あの巨人は私へ剣を向けるのだろう。
まあ、もしそうなったら私は迷わず逃げるけど。
そんなことを考えていると、ふと、更紗さんの言葉が蘇った。
『私は、澪ちゃんの味方だからね』
たった一言。
その一言だけが、今も私の胸に残っている。
もし私が寸止めを選んで。
劇が失敗して。
クラスのみんなから責められたとしても。
更紗さんだけは、きっと私を庇ってくれる。
それはつまり、彼女を矢面に立たせるということでもあった。
あんなに優しい彼女が、私のせいで責められるのは嫌だな。
その思いだけが。
最後の最後まで、私の決断を鈍らせていた。
そんな彼女は今、舞台の上で眠っている。
まるで棺桶のような台座の上で。
そう、既に演劇はクライマックス。
あとは私が彼女へ口づけをすれば彼女は目覚め劇は終わりへと向かう。
ここが分岐点。
友達なんていなかった。
そんな私の前に現れたのが更紗さんだった。
彼女は私の空想を笑わなかった。
受け止めてくれた。
校舎裏で抱き締められた。
図書館で一緒に童話を読んだ。
「めっ」と叱られた。
「私は澪ちゃんの味方だからね」と笑ってくれた。
その笑顔を曇らせたくはなかった。
私は、小さく息を吐いた。
そして。
静かに、更紗さんの額へ口づけを落とした。
落としてしまった。
――今になって思う。
もし。
あの時、別の選択をしていたなら。
あんな結末には、ならなかったのかもしれない。




