前向きな努力と後ろ向きな覚悟
翌日、脚本が微調整された。
最大の変更点は、眠り姫が目覚めるクライマックス。
王子である私が、更紗さんの額に疑似キスをする演出になったことだった。
……うん。
この段階で私はある「覚悟」を決めた。
その後の私は毎日欠かさず練習に参加した。
発声練習も真面目にやった。
肺活量を鍛えるという名目で、家の近所をランニングまで始めた。
打ち合わせにも可能な限り参加し、「この場面はこうした方が自然なんじゃないかな」なんて、自分でも驚くくらい意見を出した。
我ながら、結構頑張っていると思う。
ちなみに。
「擬似とはいえキスするのは、ちょっと恥ずかしいかな。うん、ちょっとね。ちょっとだけね」
という私のささやかな意見は、
「ちょっとなら大丈夫だよね!」
というクラスメイトたちの謎理論によって流されてしまった。
そんなある日の休憩時間。
更紗さんがスポーツドリンクを手渡しながら、小さな声で言った。
「澪ちゃん」
「ん?」
「私は、寸止めでもいいと思うよ」
思わず彼女を見る。
「本番でも、もしそうなったとしても……私は澪ちゃんの味方だからね」
その笑顔は、思っていた以上に胸へ響いた。
私の「覚悟」は、ものすごい勢いで揺らいでいく。
……何のことはない。
私の覚悟は「本番は絶対寸止めにする、もしそれで劇が失敗したら即座に全力逃亡する」という後ろ向きな覚悟だったのだ。
ランニングもそのためだ。
逃走経路を確保するための体力づくりである。
決して王子らしい立ち振る舞いを身につけよう、などという崇高な理由ではない。
前向きに努力していたのは、この後ろ向きな覚悟を正当化するためだ。
だって、所詮はクラスの出し物なのだ。
お金を取る公演じゃない。
一か所くらい失敗したっていいじゃないか。
ここまで頑張ったんだから。
毎日練習して。
発声もして。
ランニングまでして。
それで最後に一回だけ失敗したとしても。
「いやぁ、青春だったね」で済ませてもいいんじゃない?
思い出にもなるし。
むしろ、ちょっと失敗したくらいの方が後から笑い話になるまである。
……うん。
完璧な理論武装だ。
誰が何と言おうと、私は悪くない。
そう、自分に言い聞かせる。
もちろん、劇を失敗させたいわけじゃない。
できることなら成功してほしい。
そのための努力だって、できる限り続けるつもりだ。
うん、可能な限り。
……本当に、可能な限りだけど。




