棺桶の中身
更紗さんは、新たに手にした『白雪姫』の絵本をぱらぱらとめくりながら、小さく首を傾げた。
「ねえ、澪ちゃん」
「ん?」
「白雪姫の継母って、どうして仮死状態にしたんだろう?」
私は顔を上げる。
「流石に殺すのは可哀想って思ったとか?」
「うーん……」
少しだけ考える。
「実際は、本当に死んじゃってたんじゃないかな」
「え?」
「それで、王子様がやったのもキスじゃなくて人工呼吸だった、とか」
そう考えると、色々と辻褄が合う気がした。
継母に殺された白雪姫。
小人たちは彼女を森の広場へ運び、花で飾り立てる。
それはまるで――お葬式だ。
花に囲まれた棺。
静かに涙を流す人たち。
最後のお別れ。
私は、その光景を知っている。
幼い頃、一度だけお葬式に連れて行かれたことがあった。
祭壇いっぱいに飾られた白い花。
線香の匂い。
静まり返った空気。
お母さんが、私の肩を優しく押した。
『ほら、最後に挨拶してあげて。貴方が好きだった■■■■よ』
私は、小さく頷いて棺に近づく。
──見るな。
誰かの声がした気がした。
係の人が、棺の小さな窓を開ける。
──見るな。
白い布。
眠るように横たわる人。
──見るな。
……あれは。
あの死体は。
誰だっただろう。
「澪ちゃん?」
はっとして顔を上げる。
更紗さんが、不安そうな顔でこちらを覗き込んでいた。
「大丈夫?」
「あ……うん」
慌てて笑顔を作る。
動揺が表に出ていないことを祈りながら、私は話を続けた。
「だから、もしかしたら王子様は、小人たちが呼んだお医者さんだったのかもしれないね」
「お医者さん?」
「人工呼吸とか心臓マッサージとか。たまたま成功して、『王子様のキスで目覚めた』って後世に伝わった、とか」
一拍置いて、更紗さんは吹き出した。
「ふふっ、それ面白い!」
「童話って、語り継がれるうちに色々脚色されるから」
「じゃあ、眠れる森の美女の王子様もお医者さんだったかもしれない?」
「いや、それは……どうだろう」
思わず苦笑する。
その後もしばらく、私たちは「あの物語の本当の結末はこうだったんじゃないか」と好き勝手に空想を膨らませた。
王子は旅人だったのかもしれない。
姫は最初から目を覚ましていたのかもしれない。
魔女にも事情があったのかもしれない。
そんな答えのない話が、不思議と楽しかった。
そして私は、ひとつだけ自分の中で決める。
今回の劇では、王子は王子じゃない。
「お姫様を助けに来た、お医者さんだ」
そう思えば、気障なセリフも、きっと治療行為として受け止められる。
……うん。
これなら、なんとか演じられる気がする。
その考えを更紗さんに伝えると、彼女は少しだけ頬を膨らませた。
「私は普通に王子様がよかったなぁ」
「そ、そればっかりは勘弁してください……」
そう答えると、更紗さんは仕方ないなぁ、と笑って肩をすくめた。
図書館の窓から差し込む午後の日差しが、本のページを優しく照らしていた。




