白雪姫と眠り姫
図書館の静かな閲覧室で、私たちは向かい合って座る。
目的は一つ。
『眠れる森の美女』の勉強会。
王子役と姫役を演じる以上、原作くらいは知っておいた方がいいだろう……という、更紗さんの提案だった。
「せっかく演じるんだもん。本物のお姫様と王子様をもっと知りたいなって」
そう笑う彼女は、前向きでとても眩しい。
机の上には既に図書館中から集めてきた童話集や絵本が積み重なっていた。
「こんなに種類あるんだ……」
私が一冊開くと、更紗さんも「こっちにもあったよ」と別の本を持ってくる。
同じ『眠れる森の美女』でも、出版社によって挿絵も文章も少しずつ違う。
王子が茨を剣で切り開くもの。
茨が王子を歓迎するように自然と道を開けるもの。
百年眠る姫もいれば、数日しか眠らない姫もいる。
読めば読むほど「原作」と呼ばれるものが実は一つではないことに気付かされる。
「童話って面白いね」
更紗さんが楽しそうにページをめくる。
「長い年月をかけて語り継がれてるからね。少しずつ変化していったんだと思う」
「なるほどぉ」
素直に感心する更紗さんを見ていると、こちらまで少し嬉しくなる。
そんな時だった。
「あっ、これも眠りの森の姫だよね?」
彼女が一冊の絵本を差し出してきた。
表紙には、ガラスの棺で眠る少女。
私は思わず固まる。
「……更紗さん」
「うん?」
「それ、『白雪姫』」
更紗さんはぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「え?」
「え?」
二人で顔を見合わせる。
数秒後、更紗さんは困ったように笑った。
「眠りの森の姫って、白雪姫でしょ?」
なるほど。
確かに混同してしまう気持ちは分かる。
どちらも姫が眠り、王子のキスで目覚める物語という印象が強い。
知らなければ同じ話だと思ってしまっても不思議ではない。
私は絵本を受け取り、机の上に『眠れる森の美女』と並べた。
「似てるけど、実は全然違う話なんだ」
「そうなの?」
「まず、『眠れる森の美女』は、生まれたばかりの姫が魔法をかけられるところから始まる。十三人目の妖精……出版社によっては魔女だけど、その人に『十五歳で糸車の針に指を刺して死ぬ』って呪われるんだ」
「それで眠っちゃうんだよね?」
「うん。別の妖精が呪いを少しだけ弱めて、『死ぬ』を『百年眠る』に変える。それで姫だけじゃなく、お城のみんなも一緒に眠るんだ」
「お城のみんなも?」
「そう。だから目覚めた時、料理人も兵士も王様も、百年前の続きを始める」
「へぇ……!」
更紗さんは目を丸くした。
「一方、『白雪姫』は魔法じゃなくて嫉妬の話。継母である女王が白雪姫の美しさに嫉妬して命を狙う。毒リンゴを食べた白雪姫は仮死状態になって、七人の小人たちがガラスの棺に安置する」
「それで王子様が来るの?」
「うん。でも実は、昔の版ではキスじゃないものもある」
「えっ?」
「王子が棺を運ばせた拍子に毒リンゴが喉から出て助かった、っていう版もあるんだ」
「そうだったの!?」
更紗さんは本当に驚いたように私を見る。
「だから『王子のキスで目覚める』っていうイメージは、映画なんかの影響も結構大きいんだよ」
「澪ちゃん、ものしり……」
尊敬するような眼差しを向けられ、私は少しだけ照れくさくなった。
「……本当に似てる作品だから、間違える人は結構いると思う」
「えへへ、安心した」
更紗さんはそう笑うと、『白雪姫』をそっと元の棚へ戻しに行った。
その背中を見送りながら私は思う。
役柄の勉強会のはずなのに、なんだか今日は、いつもよりずっと楽しい読書になりそうだった。




