つい♡
翌日の放課後。
こっそり帰ろうかとも思ったが、更紗さんから「めっ!」と人差し指を立てられてしまった。
小さな怒りのジェスチャーなのに、何故か全然怖くない。
どころか、妙に可愛くて逆らえない。
仕方なく教室に残ることにした。
その日は、小道具や衣装のために様々なサイズを測る作業があった。
スリーサイズに腕の長さ、肩幅、スカート丈まで。
測ってくれるのは先生や保健医ではなく、同級生たち。
慣れないことで、ちょっと、いや、かなり気恥ずかしい。
「ちょっと胸囲、もう一度お願いしまーす」
「え、う、うん……」
なんだこれ、羞恥の公開処刑か?
なぜ演劇に出るだけでこんなに個人情報をさらされるのだ。
その後、劇で使われる脚本が配られた。
……早くなぁい?
一晩で書いたの?
軽い用紙をパラパラとめくりながら、自分の出番を確認する。
……なんか、増えてね?
最初の話では、王子の出番なんて後半にちょこっとだったはずだけと。
けど、この脚本、前半にもやたら登場してるんですけど?
それに……あれ、この設定、どこかで聞いたような……。
視線をゆっくりと黒板前へ向けると、ニコニコ顔の更紗さんと目が合った。
その表情は、「ふふん♪」という音が聞こえてきそうなほど得意げだ。
「更紗さん、脚本の人に昨日の話、した?」
「ごめん、つい♡」
手を合わせて謝る仕草もかわいい。
だからって、許されると思わないでよね。
……いや、少しだけ許すけど。
彼女がこの劇を本当に楽しみにしていることは伝わってくる。
きっと、今回のことも悪気はなかったのだろう。
むしろ、私の空想を真剣に受け止めてくれたからこそ。
でもその余波に巻き込まれているのは、私なんだけど。
「演技なんてやったことないのに、王子役なんて無理だと思います」
思わず敬語になってしまった。
すると彼女は、優しくも鋭いひとことを刺してくる。
「けど、澪ちゃんって私を助ける時に演技してたよね?」
――ぐさっ。
心に剣が刺さった。
その話は禁句だ。できれば永久凍結しておきたい黒歴史なのに。
けれど、奴のインパクトが強すぎて、未だに心の中に居座っている。
勝手に居座るな。
「もし本当に嫌なら、みんなに言ってみるけど?」
更紗さんは心配そうな顔で言ってくれる。
本当は、目立つのは好きじゃない。
注目されるよりも、静かにしていたい。
けどさっきまでの、きらきらと楽しそうだった更紗さんの顔を思い出す。
あれに水を差すのは……やっぱり気が引けた。
この私がそんなことを思うなんて。
彼女の存在が、もうこんなにも大きくなってしまっていたのか。
「……まあ、出来る限り頑張ってみる。出来る限り、ね?」
そう伝えると、更紗さんは花のように笑った。




