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とあるアノニマスの選択

クラスにいるどこにでもいる少女。

名前を語るまでもない少女。

匿名(アノニマス)の少女。

彼女は、悩んでいた。

王子様役に、誰へ一票を投じるか。


この一票で、クラスの出し物の成否が決まる――と、言っても過言ではない。

なにせ、姫役はあの更紗ちゃん。

妥協など許されるはずもない。


ふと脳裏に浮かんだのは、クラスで一番背が高く、存在感のある久保田さん。

少しぼんやりしているのが難点だが、見栄えもするし、舞台映えは間違いない。


――けれど。


別の記憶がよぎった。

あの日、学園の廊下で。

「すまないね、お嬢さんたち」

そう言って更紗ちゃんを颯爽と連れ去った少女――朝倉澪さん。


本ばかり読んでいて、物静かで、誰かと積極的に関わっている様子は少ない。

だけど、あの時の姿は、まるで物語の中から抜け出した王子様のようだった。


……いやいや。

彼女はきっと目立ちたくない性格なのだろう。

あまりに無理をさせるのも良くない。

そっと澪さんの様子を見やると、彼女は遠くの窓の外を見つめていた。

その姿さえ、妙に絵になってしまうから困る。


話を戻そう。

暫しの逡巡の末、結論は決まった。

ここはやはり久保田さんに投票を、と筆を取ろうとしたその瞬間。

脳裏に、突如として鮮烈な映像が閃く。


――眠れる姫、更紗ちゃん。

その額にキスを落とす澪さん。


「これだあああ!」


気がつけば、勢いのまま朝倉澪の名を用紙に書き殴っていた。


それは自分だけではなかった。

同じような葛藤を抱え、同じ結論に至った少女たちが数人、静かに、しかし確信をもって、朝倉澪に一票を投じていた。


この時、まだ誰も知らない。

その選択が、後にクラスの伝説となる舞台の幕開けであったことを――。

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