外伝 ルーナ編―新たな命の芽生え―
私は、猛烈に「戦隊」に飢えていた。
視察に学校の設立、エルバイン王国の復興支援にアステリア王国との交易……ああもう、公務が山積みなんですもの!!
「スターレンジャーに会いたい! ミラクルステラに会いたい! マリンに会いたーーーーーい!!」
私の心の中の特撮魂が、エネルギー切れでアラートを鳴らしている。
「ぶふっ……」
隣で書類を整理していたカイルが吹き出した。笑ったわね……。私にとっては深刻な死活問題なのよ!
「はは、そもそもお前は働きすぎなんだ。明日は……久々に舞台を見に行くか」
執務机から顔を上げたギルバートが、慈しむような目で私を見た。
「いいの!? やったーーーー!!! !!」
次の日。現国王と王妃がそのまま街へ出るわけにはいかないので、私たちは念入りに変装することになった。
「国王様と王妃様のデートということで、気合を入れますよみなさん!」
「「「はいっ!!!!!!」」」
教育係のマーサの号令に、メイドたちが一斉に返動する。
(で……でぇと……。正式な夫婦になってからの、初めてのデート……)
今さらながら、鏡に映る着飾った自分を見て心臓が跳ねた。あのギルバートが私の夫だなんて、未だに信じられない時がある。いや、もうちゃんと受け入れてるし、愛してるけれど! でも、だって!
「ルーナ、可愛いな」
準備を終えたギルバートが部屋に入ってきた。少しラフな格好に変装していても、隠しきれない色気と騎士らしい体躯。そして、この私にしか見せない、とろけるような甘い眼差し。
(……本当に、好みなんだよなぁ。顔も、体つきも。性格だって……悔しいけれど、全部!)
「ルーナ?」
返事のない私を不思議そうに覗き込むギルバート。
「……悔しい」
ボソッと本音が漏れた。このまま見惚れているだけなんて癪だわ! 私は勢いよく、ギルバートの逞しい胸板に抱きついた――その瞬間。
「……ん?」
ほんの一瞬だけ、視界がふわりと揺れた。
(……あれ?)
すぐに収まったけれど、胸の奥が少しむかつくような、妙な感覚が残る。
「どうした?」
「ううん、なんでもない! ちょっと立ちくらみしただけ!」
にこっと笑って誤魔化すと、ギルバートはわずかに眉を寄せたものの、それ以上は何も言わなかった。
(最近ちょっと寝不足気味だし、そのせいかな……)
そう軽く考えて、私はすぐに意識を切り替える。
「今日も素敵です、旦那様」
「っ!? ……ルーナ、お前……」
耳まで真っ赤にして動揺するギルバートを見て、私は嬉しくなる。
(ふふ、少しは動揺しなさい!)
城の者たちは、そんな二人のやり取りを「ほぅ……」と、とろけそうな顔で見守っていた。
「私は護衛としてついて行きますが、どうか空気だと思ってください。景色です。私は景色」
少し離れた場所で、カイルが完全に気配を消しながらそう告げた。
久しぶりの舞台。学業と俳優業を両立させているアレンやセレスティアたちは、毎日目が回るほど忙しそうだ。
「楽しみだな〜! そろそろスターレンジャーも最終回なんだっけ。王妃じゃなかったら、全話リアルタイムで追いかけられたのに……!」
「おいおい、舞台を見るために王妃を辞めるなんて言わないでくれよ」
「ふふん、私ならありえると……」
「「思っている(思ってますね)」」
「ハモるなハモるな。息ぴったりか!」
ギルバートとカイルの同時ツッコミに、私は頬を膨らませた。そんな和やかな空気の中、カイルがスッと席を立つ。
「飲み物を買ってきます」
「あ、ありがとう。カイル」
カイルは飲み物をとりにカウンターへと向かった。その時、数人のスタッフがバタバタと悲壮な顔をして舞台裏へ駆け込んでいく姿を見かける。人混みの隙間から、赤い髪の演者が苦悶の表情で運ばれていくのが見えた。
「おや、あの方は……」
――舞台裏
「怪我だと!? 今から本番なんだぞ!」
ステージ責任者の男性が、青ざめた顔で声を荒らげた。
「そ、そうなんです! こっちに来る時にひったくりを助けて、足を捻挫してしまったみたいで……! ダブルキャストの方も今は別の劇場で公演中です!」
アレンが焦燥しきった様子で、立ち尽くしている。
「……あ、あの! 激しい戦闘シーンだけなんとかなれば……! あとの芝居はどうにか繋ぎますから、どなたか……!」
絶望に打ちひしがれるアレンたちの前に、変装して気配を殺していたはずの一人の男が、静かに歩み出た。
「……なるほど、緊急事態のようですね。少々お待ちいただけますか?」
* * *
「奥様、お飲み物です」
「ありがと! 今日は新しいアクションがあるって聞いてたから楽しみね! あれ? カイル、旦那様は?」
「あーーーー……えっと、少し所用ができたようで外に出たみたいです!」
なんとなく様子がおかしいカイル。冷や汗を拭う彼の様子に疑問を抱きつつも、いよいよヒーローショーの幕が上がった。
戦いのシーン。客席の子供たちが「がんばれー!」と声を枯らす中、ステージ中央に一人の戦士が現れた。
(……あれ? あのレッド……本当にアレン……?)
衣装のサイズが明らかにパツパツで、背中の筋肉で布が弾けそうなその立ち姿。名乗りを上げるまでもなく、放たれる覇気がこの国の国王陛下そのものだ。
その「怪しいレッド」は劇中、一言も発さずとも、その「剣技」だけで観客を圧倒した。怪我をした演者に代わり、激しい戦闘シーンを舞うように、かつ苛烈にこなしていく。
もはやショーの枠を超えた、本物の『騎士』の動き。
そして、トドメの必殺技を放つ直前のわずかな隙――。背景の爆発によるスモークに紛れて、本来の演者であるアレンが、何食わぬ顔で鮮やかに入れ替わった。
「見事なスイッチ……!」
私が感心していると、しばらくして、何事もなかったかのようにギルバートが席に戻ってきた。
「……待たせたな」
「おかえりなさい、旦那様。……レッド、似合ってたよ」
私がニヤリと笑いながら横目で見ると、ギルバートは一瞬だけ視線を泳がせ、バツが悪そうに顔を背けた。
「……分かっていたのか」
「そりゃぁ私の旦那様ですもの。でもよく、ぶっつけ本番であの動きができたね?」
「数回合わせたからな」
「数回で!?……ふふ、ギルの決めゼリフ、聞きたかったな」
「苦手なんだ、ああいうのは」
「でも、完璧なアクションだったよ。世界一大好きなレッド様?」
ギルバートは耳まで赤くして、黙って私の手を強く握りしめた。
戦隊ショーで愛を深める国王夫妻。その後ろで、カイルは「私もそろそろ身を固めますかね……」と、幸せに当てられた様子で小さく呟くのだった。
その後、私たちは劇場を後にし、街のレストランへと足を運んだ。
変装しているとはいえ、さすがに王都の中心部は賑やかで、どこか浮き足立った空気が心地いい。
「せっかくだし、外でご飯なんて久しぶりだよね!」
「そうだな。……お前がゆっくり食事を楽しめる機会も、最近は少なかった」
ギルバートはそう言いながら、自然な仕草で椅子を引いてくれる。
こういうところ、本当にずるいと思う。
(ほんと……好きなんだよなぁ、こういうの……)
「今日はね、ちょっと奮発しちゃおうかな! お肉もいいし、お魚もいいし……あ、デザートも外せないよね!」
「全部頼めばいいだろう」
「それは流石に食べきれないってば!」
そんな他愛のないやり取りをしながら、料理が運ばれてくる。
香ばしい肉の匂い、バターの濃厚な香り。どれもこれも美味しそうで、思わず顔が綻ぶ。
「いただきます!」
ナイフを入れた瞬間、じゅわっと肉汁が溢れた。
一口、口に運ぶ――その瞬間だった。
「……っ」
違和感。
(あれ……?)
さっきまで「美味しそう!」って思っていたはずなのに。
口に入れた瞬間、急に――
「ルーナ?」
ギルバートの声が、少しだけ低くなる。
「……ご、ごめん。ちょっと……」
喉の奥が、きゅっと締まるような感覚。
胃のあたりが、妙にざわついて――
「無理をするな」
「だ、大丈夫だから……ちょっと疲れてるだけで……」
そう言いながら、もう一口食べようとする。
けれど、フォークを持つ手が、ぴたりと止まった。
(……だめだ。なんか、おかしい)
さっきまで平気だったはずの匂いが、急に強く感じる。
油の香りが、鼻に残って――
「……っ、すみません……!」
私は慌てて席を立った。
「ルーナ!」
背後で椅子が引かれる音。
だけど振り返る余裕もなく、そのまま店の外へと出る。
夜風が、火照った体を少しだけ冷やしてくれる。
胸を押さえながら、何度か深呼吸を繰り返した。
「……はぁ……はぁ……」
「ルーナ」
すぐに追ってきたギルバートが、私の肩に手を置いた。
「顔色が悪い。……帰るぞ」
「えっ、でも……まだ料理……」
「いい。お前の体調が一番大事だ。気になるなら包んでもらえばいい」
きっぱりとした声。
有無を言わせないそれに、私は小さく息を飲んだ。
「……大丈夫。少し休めば――」
「大丈夫に見えない」
その一言に、言葉が詰まる。
ギルバートの手が、そっと私の頬に触れた。
冷たい指先が、やけに気持ちいい。
「……本当に、心当たりはないのか」
「心当たり……?」
繰り返した瞬間、ふと、頭の中に何かが引っかかった。
最近の体調。
やけに眠かった日。
食欲のムラ。
そして――さっきの、異常な違和感。
「……あれ?」
ぽつりと零れた声。
その時だった。
「……なるほど。そういうことですか」
いつの間にか後ろに立っていたカイルが、腕を組みながら静かに頷いた。
「カイル?」
「旦那様。念のため、すぐにマーサを呼びましょう」
その言葉に、ギルバートの目がわずかに細められる。
「……確信があるのか」
「ええ。経験上、ですが」
(え、なにこの流れ……?)
二人の会話についていけず、私はきょとんとする。
けれど次の瞬間――
ギルバートの手が、ゆっくりと、迷うことなく。
私のお腹へと触れた。
「……ルーナ」
低く、けれどどこか震える声。
「もしかすると……」
「え……?」
心臓が、大きく跳ねる。
「俺たちは――」
その言葉の続きを、私は聞く前に理解してしまった。
胸の奥が、じんわりと熱くなる。
さっきまでの気持ち悪さとは違う、まったく別の感覚。
「……ほんとに?」
自分でも驚くほど、小さな声だった。
ギルバートは答えなかった。
ただ、私の手を強く握り――
そして、もう一度、確かめるように。
優しく、お腹に触れた。
夜の王都。
賑やかな喧騒の中で、そこだけが静かに切り取られたようだった。
(……ああ)
新しい命が、ここにあるかもしれない。
そう思った瞬間、胸の奥で何かが、確かに芽吹いた気がした。
――それは、かつて夢中で追いかけていた“ヒーロー”とは違う。
守られる側ではなく、“守る側”へと変わっていく、新しい物語の始まりだった。




