外伝 エディ編―光と闇を廻す創世の歯車―
評価、ブクマ、リアクションありがとうございます!
励みになっております!
感想もぜひぜひお待ちしております<(_ _)>
僕はエディ。人間かと聞かれたら、自分でもまだよく分からない。
かつて「脚本」に縛られ、感情を持たない器として生きてきた僕にとって、このヴォルフラム王国の学園は、あまりにも眩しすぎる情報に溢れている。
今日の最後の選択授業は、剣術にした。
訓練場の端に、鋭い踏み込みで上級生を圧倒するアルスの姿が見える。
「……ふふ、やっぱり彼は、本物のヒーローだね」
もちろん、剣なんてまともに握ったことのない僕は、練習試合ですぐに負けてしまった。アルスが心配そうな顔をしてこちらを見ている。僕はヒラヒラと手を振って、「なんでもないよ」といつもの顔を作って見せた。アルスが更衣室に行った直後、僕を負かした対戦相手が、勝ち誇った顔で近付いてきた。
「おい、アステリアの『拾い子』くん。そんなおキレイな顔してんだから、剣術なんてやめて俳優科にでも行けよ」
向けられたのは、悪意に満ちた悪態。僕は無表情のまま、地に落ちた訓練用の剣をゆっくりと拾い上げた。
「ねぇ。さっきの動き、もう一回やってみてよ」
「はぁ? 舐めてんのか? いいぜ、もう一度ボコボコにしてやるよ」
まだ残っていたギャラリーが、不穏な空気を感じてザワつき始める。男が鼻で笑い、勢いよく剣を振り下ろす。だが次の瞬間、鋭い金属音が響き、彼の剣が夕空を舞った。
「なっ……!?」
一瞬。本当の一瞬だった。僕が剣の腹を彼の急所に滑り込ませ、手首を軽く返しただけで、剣は乾いた音を立てて地に落ちた。
「なん……で、さっきは……」
「ありがとね。君の重心の移動、すごく参考になったよ」
僕は床に転がる剣を一瞥もせず、呆然と立ち尽くす彼とギャラリーに背を向けて歩き出した。
僕にとって、この場所は「勝つための場」ではない。すべては、僕の知らない「人間の動き」を知るための、サンプル採取の場に過ぎないんだ。
そんな僕が、この学園で唯一、自分の心が微かに動くのを感じた授業がある。それが、魔道具と機械工学だった。
「……ふむ。この術式回路のバイパス、もう少し短縮できるんじゃないかな」
放課後の実習室。一人で図面を引いていると、背後から猛烈な勢いで風が吹いた。
「ちょっと! 今の計算、もう一度見せて!!」
振り返る間もなく、作業台に身を乗り出してきたのはマキナ先生だった。
彼女はこの学園の講師でもあるが、僕にとっては「義理の姉」だ。
「エディ、君は……天才じゃないか! これならアステリアの旧式機械も最新の魔導機並みに動かせるよ!」
「……マキナ先生。近いです」
学園内では先生と呼ぶ決まりだが、彼女の距離感はいつも変わらない。振り回されるのは疲れるけれど、彼女と機械をいじっている時だけは、自分が「操り人形」だったことを忘れられる。カチリ、カチリと歯車が噛み合う音は、僕にとっての新しい心音だった。
――そんなある日の午後、訓練場の隅で休憩していた僕らに、ふとした疑問が浮かんだ。
「……なぁ、エディには『属性魔法』の適性ってあるのかな?」
アルスが首を傾げ、エルナも目を輝かせて身を乗り出す。すると、一緒にいたルーナ様が、少し困ったように笑いながら口を開いた。
「属性魔法ねぇ。ちなみに一応秘匿とされてるんだけど、私は『なし』なんだよね。6歳の時に教会で調べてもらった時にそう言われた記憶があるわ。事実、何度も魔法を出そうとしても出なかったしね」
「そうなの? ルーナ様、性格的には『火』って感じなのに」
僕が率直な感想を漏らすと、アルスが「はは! 確かに!」と爆笑した。
ルーナ様が「ちょっとエディ、それは明るい意味ってことであってるよね?」と詰め寄るので、「あってますあってます」と慌てて頷く。
――この世界では属性魔法を調べる方法は二通りある。一つは6歳になると王都の教会で調べる方法。もう一つは、属性魔法を持っている人達に魔力を流してもらい、適正を調べていく方法だ。例えば5属性全員を連れてきて魔力を流してもらう。手間がかかるため通常は教会で調べるのが通例だ。アルスとエルナは、ルーナがエルバイン王国に連れて行かれた際、教会へ行く前に属性魔法が発覚した特例だ。
「よし、手っ取り早く父上と俺がいれば、基本属性はだいたい分かるな!」
ちょうど訓練場に顔を出したギルバート様が、僕の両手を包み込むように取った。ちなみに、5属性の基本は火、水、風、雷、土だが、稀に氷属性を持つ人間が現れる。ギルバート様と、その姉であるエルヴィラ様がその例だ。
土以外の五適性を持つ彼の、冷たくも澄んだ魔力が僕の中に流れ込む。
「……む。適性がないようだ」
「ま、まだ土の可能性も……!」
アルスが交代して僕の手を握り、魔力を流す。だが、いくら待っても僕の体は反応を示さない。
「適正魔法が……ない?」
アルスの顔に焦りが浮かび、その場の空気がいたたまれないものになった。僕は慌てて首を振る。
「別に問題ないよ。皇后陛下も『なし』だって聞いたし、僕が興味があるのは魔道具だ」
「……あ、じゃあ私が魔力を流してみる!」
エルナが僕の前に立った。「光魔法は聖女だけだろ?」とアルスは嗜めたが、エルナは引かなかった。
「だってエディは、あの時『光の巨人』になったんだよ? 可能性があるかもしれないじゃない!」
僕はされるがままに両手を差し出した。エルナの手は小さく、驚くほど温かかった。体の中に、綿菓子が溶けるような優しい魔力が流れてくる。その瞬間、僕の指先が柔らかな白銀に染まった。
「え……光……? 私と同じ光だわ! やっぱり光だよ!」
「聖女しか使えないという逸話をひっくり返したな……」
ギルバート様が驚きの声を上げる。
「でも、なにか……同じ光魔法でもちょっと違う気もするし、他の魔力も感じるの。光の中に、もっと別の何かが……」
「まさか……あ、ちょうどいいところに!ネレイス〜〜!!!! ちょっと来てーー!!」
ルーナ様が、晩餐に向かおうとしていたネレイス様を捕まえた。
「なんだいなんだい、どうしたんだい」
「なるほどねぇ……確かに、脚本の『管理者』だったなら、どっちの適性もありそうだねぇ。坊主、両手を貸してみな」
彼女が僕の手を握った瞬間、心臓を直接掴まれるような強烈な熱が走った。
「やっぱり、思った通りだね。光と闇……両方の適性だ。それも、ただの魔法じゃないよ」
「光と闇……! すげぇよエディ!」
「ネレイスさんも感じた……? エディの光はもっと、こう……無機質で、強固な光っていうか」
「あぁ、同じ闇魔法でも『中身』は違うようだ。お前さん独自の力だね」
魔法が使えないと思っていた僕の中に、こんな力が眠っていたなんて。驚きが冷めやらぬまま、みんなは晩餐へと向かう。僕も続こうとすると、ふと、ルーナ様が僕の頭を撫でた。
「エディ、どう? 学校は楽しい?」
「はい。とても楽しいです。学ぶべきことが多すぎて、時間が足りないくらいです」
僕の答えに、「そっか」と、ルーナ様はいつもの太陽のような笑顔を浮かべた。
「良かった。……そうそう、まだエディには言ってなかったね。私、赤ちゃんができたんだ〜!」
「赤ちゃん……?」
その言葉が、僕の胸の奥にすとんと落ちた。ギルバート様は隣でルーナ様の肩を抱いて微笑んでいる。
「ふふ、お腹触ってみる? っていってもまだ4ヶ月だし全然分からないと思うけど」
そう言いながら、彼女は僕の手をそっと取り、自分のお腹の上へと導いてくれた。掌から伝わってくる、微かな、けれど確かな熱。――トクン……トクン……。機械の歯車とは違う、不規則で、それでいて力強い生命の鼓動が。
その音に触れた瞬間、僕の視界が急に滲んだ。頬を熱いものが伝い、地面にポロリと雫が落ちる。
「エ、エディ!? どうしたの!?」
「大丈夫か!?」
「あれ……おかしいですね。なんで涙なんか……」
自分で自分の感情が分からず、戸惑いながら涙を拭う僕に、ルーナ様は優しく微笑んで僕の頭を撫でた。
「アステリアに帰っても、ここもエディの『第2のおうち』だからね。生まれてくるこの子の、頼りになるお兄さんになってあげてね」
「……はい。精一杯、務めさせていただきます」
「家族」という歯車が、僕の中で新しく組み上がった音がした。僕はもう、操り人形じゃない。守るべき弟か妹のために、この知識と技術を振るう一人の人間なんだ。
進路調査の日、僕は迷うことなく「経済学」と「機械工学」の複合専攻を選択した。
「あぁ。アステリアで侯爵家を継ぐんだもんな。……お前なら、あの国でうまくやっていけそうだ」
アルスが少しだけ寂しげに、けれど誇らしそうに笑う。
「期待に応えられるように頑張るよ。……そういえば、皇后陛下、赤ちゃんができたんだってね。おめでとう、アルス」
その言葉が出た瞬間、さっきまで「鉄の王子」のような冷たさを纏っていたアルスの表情が一変した。
「そうなんだよ! 男かな? 女かな?」
鼻息荒く語るアルス。普段は周囲にツンツンしている彼が、僕ら身内の前だけでいとも簡単に表情を崩す様を見るのが、僕は好きだった。
――そんな大好きな二人に、不穏な噂話が聞こえてきたのは、それから間もなくのことだった。
廊下の角から漏れ聞こえる、根拠のない中傷。
その瞬間、僕の胸の奥で、今まで感じたことのないほど冷たく、鋭い何かが跳ね上がった。
これが、「怒り」か。
僕は音もなく彼らの背後に立ち、その影を飲み込むように言葉を落とした。
「――面白い冗談だね」
「ひっ……!?」
振り返った彼らの顔が、恐怖に引きつる。
「今の話、僕もアステリアの侯爵次期当主として、陛下に報告したほうがいいかな? ヴォルフラム王国の建国の功労者であり、陛下が何よりも大切にしている家族を侮辱したとなれば……君たちの家がどうなるか、想像できるよね?」
僕の瞳には、かつての「管理者」としての冷徹な光が宿っていたはずだ。
アルスが『騎士』の道を選んだのは、決して血筋なんかじゃない。自分の大切なものを守りたいという、アルス自身の真っ直ぐな『正義』からくるものだ。僕はそれを、誰よりも近くで見てきたつもりだった。
(……けれど、僕の出る幕はなかったかもしれないね)
「……あんな雑音、俺の剣で黙らせてやる」
低い声でそう吐き捨てたアルスは強い。きっと、後でとんでもない『仕返し』をすることだろう。
それから数ヶ月。僕はマキナ先生から特訓を受け、学園の技術発表会では、並み居る生徒を差し置いて最優秀賞を掻っさらってしまった。その成果が認められ、アルスやエルナと共に「特進クラスへの飛び級」が正式に決まった日のこと。
放課後、校門では二人が僕を待っていた。
「エディ、すごかったな! あの魔道具の義手、騎士団でも導入したいって父上が言ってたぞ」
「エディくんの作った機械、キラキラしててとっても綺麗だった!」
二人の屈託のない笑顔に、僕の胸の奥が少しだけ、静かに熱くなる。……ああ、僕はもう、一人じゃないんだ。
「二人とも。……僕がいつかアステリアに帰っても、僕のこと、忘れないでね」
僕の言葉に、二人が「えっ?」と顔を見合わせる。
「当たり前だろ! どこにいたって親友だ!」
「そうよ、お手紙いっぱい書くんだから! 遊びにも行くわ!」
夕日に照らされた三人の影が、長く伸びて重なる。
僕はいつか、自分の作った魔道具と、この手に宿った二つの光で、アステリアとヴォルフラムを繋ぐ架け橋になりたい。
脚本がなくても。
自分の手で組み立てた「未来」という名の機械を、僕は今、力強く動かし始めた。
エディの魔法は巨人になれるようなそういうもので考えてます。39話あたりに実家に帰る話と人物紹介が増えてます!




