外伝 エルナ編―純白の誓いと光の剣―
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わたしは緊張している。
今日の目標は「はじめての同級生の女友達」をつくることだ。
でも、初日からみんなわたしと距離をとって遠巻きに見ている。この学園では身分は関係ないはずだけど、一応「王女」だから当然なのかもしれない。
「はぁ……」
思わずため息をつく。
最後の1時間は魔法を選んだ。ペアを組んでの実習があるから気が進まないけど。…予想していた通り、わたしに声をかけてくる子はいない。それどころか、
「あの子って魔法使えるの? もともと体が弱かったんでしょう?」
「双子のアルス様は五属性使える天才だって話だけど、エルナ様は?」
「さあ……公の場でも使ってるところ見たことないし」
ヒソヒソと聞こえてくる心ない噂話。
「こんな時、アルスがいたらな……」
弱気になりかけた心を振り払うように、自分の頬を両手でパチンと叩いた。
「ダメダメ! もう一人で大丈夫なんだから!」
先生にペアをお願いしようとしたその時。
「あ、……あの!!!!」
くるくるの薄い緑の髪に、濃い茶色の瞳をした女の子が駆け寄ってきた。
「わわわ、わたしと、あの、ペアを組んでいただけませんか!?」
「い、いいの?」
「う、うん! 私はクロエ。風魔法使いなの。エルナ様は何魔法を使うの?」
「(風魔法…カイルさんと同じだ)エルナでいいよ! 私は光魔法なんだ!」
その瞬間、周囲がザワついた。
「ひ、光魔法……? 聖女様しか使えないっていう伝説の……」
「あはは……あんまり知られてないよね」
先生の合図で、一人ずつ標的に向かって攻撃魔法を放つ実習が始まった。
が、エルナは困り果てていた。
(攻撃魔法……そういえば、光魔法で攻撃なんて考えたこともなかったかも……)
「な、なんでもいいから出て!」
意を決して放った光は、標的に当たる前にキラキラと霧散して消えてしまった。
「あはは! なんだ、光魔法ってたいして役に立たないんだな」
「確か、魔物から守る壁を作ったり、浄化したりするだけだろ? 俺の火魔法の方がよっぽど強いじゃん」
先生は「こら! 人の魔法をバカにしてはいけません」と嗜めてくれたけれど、「守るための魔法だって立派な魔法です。無理をしなくてもいいのですよ」という言葉が、逆に胸に突き刺さった。
悔しかった。隣でクロエが心配そうに私を見ている。
放課後。夕暮れ時の淡い光が差し込む、校舎裏の静かなベンチ。
いつもなら生徒たちの笑い声が遠くに聞こえる時間だが、今のエルナの耳には、先ほど魔法実習で浴びせられた心ない嘲笑が、呪文のようにリピートされていた。
「エルナ! 一緒に昼飯――」
「おにい様! お話がございます!」
アルスを捕まえて、事の経緯を一気にぶちまけた。
「光魔法をバカにされたのです。悔しくて……」
「はは! エルナはこの光が大好きなんだろう?」
「はい、大好きです!でも、私はもっと光魔法の可能性を広げてみたい。これじゃみんなを守れない」
「母上はいつも言ってるだろ。『想像力が大事だ』って。その想像力がこの国を豊かにし、不可能を可能にしたんだってな。エルナならできるさ」
「想像力……」
その日から、わたしは寝る間を惜しんで光魔法を研究した。
練習相手を買って出てくれたのはクロエだった。
「エルナちゃんの光魔法、暖かくて大好きだから!」
その言葉が、何よりの力になった。
そんなある日、練習風景を眺めていたセレスティアお姉様が、優雅に微笑んで言った。
「あら、熱心ねエルナ。でも……あなたの得意としているものって、光魔法『だけ』だったかしら?」
「えっ?」
「ふふ、きっとすぐにわかる日がきますわ」
憧れの「お姫様」は、意味深な言葉を残して去っていった。その後ろ姿を見送りながら、わたしはふっと口角を上げた。
(おにい様、セレスティアおねえ様にチクったわね……)
きっとアルスは、わたしが一番尊敬しているお姉様に、さりげなく助言を頼んだに違いない。
昔から、そんなアルスの回りくどくて不器用な優しさが、大好きだった。
茜色に染まり始めた空を見上げる。
「……とうさま、かあさま。エルナに力を貸してください。」
そして迎えた、対戦授業の日。
相手はあの日、光魔法をバカにした男子生徒。
「はは! 守るだけじゃ勝負にならないぞ!」
彼は一際大きな炎の弾を放ってきた。
迫りくる炎。視界が真っ赤に染まる。
(無理……!)
咄嗟に光を展開しようとする。けれど、あの日と同じように、淡い光は形を成す前にほどけて消えた。
「やっぱり私には――」
その瞬間、熱風が頬をかすめた。
「っ……!」
あと一歩遅れていたら、直撃していた。
心臓が嫌な音を立てる。足がすくみそうになる。
あまりの威力に、審判を務めていた教師が「そこまでだ!」と制止の声を上げようとしたその時――。
(違う……!)
脳裏に、おにい様の声が蘇る。
『エルナならできるさ』
クロエの笑顔が浮かぶ。
『その光、大好きだから!』
そして――セレスティアお姉様の言葉。
『あなたの得意としているものって、光魔法「だけ」だったかしら?』
(……そうだ)
(得意なもの……光魔法『だけ』じゃない……!)
迫りくる炎。わたしは逃げる代わりに、思いっきり空中でバク転をした。
「なっ!!!!」
体が軽い。
(そうだ。毎日お母様が考えた特撮筋トレ特別メニューをこなしてきたんだ。それに、いつもお姉様と殺陣の練習をしてたじゃない!)
炎を紙一重でかわし、側転から流れるような動きで相手の懐に飛び込む。見える、あの子の動きが全部見える。
わたしは手に光を収束させ、それを一本の剣のように形作った。
「もうバカになんてさせないんだから!」
「いくよ――シャイニング・ブレード!!」
光の斬撃が、相手の魔力を霧散させ、衝撃波で彼を後方へ吹き飛ばした。
光がふわりとほどけて、静寂が落ちた。
「……ハァ、ハァ、ハァ……」
「す、すげーーーーー!!!!」
地響きのような歓声。クラスメイトたちが次々に駆け寄ってくる。
「なんだあの身のこなし! 忍びか!? 」
「エルナ様かっこよすぎ! 舞台を見てるみたいだった!」
「クロエちゃん!!!!」
駆け寄ったわたしに、クロエはボロボロと涙をこぼして抱きついた。
「エルナちゃーーーん! かっこよかったよぉおおおお!」
「クロエちゃん……あのね、私と……お友達になってくれる?」
クロエはぽかんとした後、吹き出した。
「え、もうとっくにお友達だよぅ!」
二人で顔を見合わせて笑い合った。
次の日、アルスが心配してやってきたけれど、わたしはあえて突き放した。
「もう体も弱くないし、一人で大丈夫だもん! おにい様は過保護すぎるのよ!」
少し罪悪感はあったけれど、おにい様は、そんなわたしを見て、一瞬だけ鳩が豆鉄砲を食ったような顔をした。けれど、すぐにその端正な顔をくしゃりと歪めて、困ったように笑った。
「……あぁ、そうだな。悪かったよ」
その声は、寂しそうでもあり、どこか誇らしげでもあった。
その後、修行と学業に明け暮れたわたしは、実力を認められて順調に飛び級を果たした。
同じく飛び級した兄が、王位を継ぐ道ではなく「騎士科」へ進むことを決めたと聞いた時も、驚きはなかった。
……なんとなく、分かっていたのだ。兄はずっと、誰よりも強く気高い「騎士」であろうとしていたから。
相変わらず難癖をつけてくる子たちもいたけれど、もう、わたしの心にさざ波が立つことはない。
そんなわたしの姿を見たおにい様は、わたしの頭をいつものように乱暴に撫でることはせず、ただ優しくその肩に手を置いた。
「強くなったな、エルナ。……もう、俺の後ろに隠れて震えていた小さな妹じゃないんだ」
夕暮れの光に透けるおにい様の灰色の瞳が、真っ直ぐにわたしを見つめる。
その視線は、守るべき「弱者」を見るものではなく、共に背中を預け合う「戦友」を認めるものへと変わっていた。
「……でもな、たまには頼れよ。俺は世界一の騎士になる男なんだから」
「ふふ、考えとくわ!」
わたしはわざと意地悪く笑って、駆け出した。
おにい様の大きな背中を追いかけるだけの日々は、もう終わったのだ。
そして、わたしは魔法科に行くことに決めた。
「エルナはてっきり、マリーナたちと一緒に演劇の方に行くと思ってたよ」
放課後の廊下、アルスが少し意外そうにわたしを見た。
「悩んだけどね! でもやっぱり、この力でできることをもっと探していきたいの。……ただ祈るだけじゃなくて、自ら道を切り拓く『戦える聖女』として!」
胸を張って答えると、アルスは眩しいものを見るように目を細めて笑った。
「そっか。エルナらしいな。妹か弟もできるしこれからもっと楽しくなりそうだな」
「赤ちゃん、楽しみだね!!」
頭の中で幸せな鐘の音が鳴り響いた。
新しい家族。守るべき、小さくて尊い命。
「……絶対、わたしが守ってみせるわ!」
拳をぎゅっと握りしめるわたしの姿に、アルスは「気が早いな」と笑いつつも、自分も同じ決意を固めているような、強くて優しい目をしていた。
たとえ血の繋がりがなくても、この絆は本物だ。
お母様が教えてくれた「愛」と「勇気」、そして「想像力」。
それがあれば、これから生まれてくる子にも、この国のすべての人にも、最高の「物語」を届けてあげられる。
夕暮れに染まる学園の校舎をバックに、わたしたちは未来への希望を胸に、家へと急いだ。
そこには、大好きなお父様と、新しい命を宿した最高にパワフルなお母様が待っているのだから。




