8. 辺境グルメ革命! ジャガムが繋ぐ新しい仲間
収穫したての泥付き野菜を抱えて厨房に乗り込むと、案の定、巨漢の料理長が立ちはだかった。
「……お嬢様、何のおままごとですか? 雑草の根っこなんて家畜の餌みたいなもんでしょうよ。お貴族様は気楽でいいですな」
料理長が鼻で笑い、大きな体を揺らしてこちらを小馬鹿にする。
私は無言で、調理台にあった大きな包丁を手に取った。厨房の空気が、一瞬で凍りつく。
「お、お嬢様……?」
料理長が息を呑む。私はそれを、まな板にドスッ!! と深く突き刺した。
震える包丁の柄から手を離し、たじろぐ料理長の目を真っ直ぐに見返して、私は慈愛と脅迫の混ざった完璧なにっこり笑顔を浮かべた。
「――ちょっと、黙って」
「…………。す……すんません」
底冷えするような笑顔と、迷いのない包丁さばき(?)に圧倒されたのか、料理長は直立不動で謝罪した。
カイルが眼鏡の位置を直し、呆れたように呟く。
「……貴族のご令嬢が、自ら厨房に立って料理をするなど、王都では考えられない光景ですが」
私は立ちのぼる湯気の中に顔を向け、少し焦りながら笑って誤魔化した。
「ま、まぁ趣味でね!(なーんて、向こうでは1回もしたことなかったけど)」
「よし! メニューはジャガムバターにカボチャコのパウンドケーキ、そしてサツマムといえば定番のスイートポテトかな」
「これが本当にお菓子になるのかよ……」
アルスが半信半疑で見つめる中、私はテキパキと調理を進めていく。皮を剥き、ふかした野菜の湯気が立ちのぼると、厨房には今までにない甘く芳醇な香りが充満し始めた。
「でも、でも……とってもいい匂いがしてきたよ!」
エルナが期待に胸を膨らませて鼻をくんくんさせている。
「はい、まずは一番簡単なやつ! 味見したい人〜!」
「はいっ!」
真っ先に元気よく手を挙げるエルナちゃん。
「ぐっ……」
アルスも、プライドと食欲の間で葛藤した末に、控えめに、けれどしっかり手を挙げた。
「私も、よろしければ……」
カイルも眼鏡を光らせて参戦する。
「……毒味は大事ですからね」
「お、おい俺も……」
料理長までちゃっかり列に並んだ。
私は、蒸したてのホクホクなジャガムに、バターをたっぷり乗せただけの「ジャガムバター」を全員に差し出した。
「なっ……なんだこれ! 噛むと甘みがじゅわって広がって……バターの塩気と合わさって、手が止まらねぇ!」
アルスは熱さにハフハフと言いながら、夢中でジャガムを口に運び、頬をリスのように膨らませている。その勢いは、先ほどまでの警戒心が嘘のようだ。
(食レポうますぎか…)
エルナも一口食べると、とろけるような笑顔を浮かべた。
「ふあぁ……。あったかくて、お口の中でとろけちゃう……!」
カイルも一口ごとに深く頷き、感心したように眼鏡の位置を直す。
「驚きました。土の下にこれほど濃厚な旨味が隠されていたとは……。辺境の食卓に革命が起きますよ、これは」
「ふふふ。そうでしょうそうでしょう!パウンドケーキとスイートポテトは時間がかかるから、もうちょっと待っててね!」
カイルは感心したように眼鏡の位置を直すと、ふと不思議そうに私を見つめた。
「ところで奥様。失礼ながら、これらの知識は一体どこから……? 王都の貴族が、土の下の雑草についてこれほど詳しいとは思いもしませんでしたが」
一瞬、心臓が跳ねた。
まさか「前世は日本で保育士やってて、お芋掘り遠足の常連だったからよ」なんて言えるはずもない。
「……あ、あぁ。ええっと、昔、古い本で読んだことがあって! ほら、私、昔は引きこもって本ばかり読んでいたでしょう?」
「左様でしたか……。それにしても、実践までこなされるとは驚きです」
カイルはまだ少し疑わしげだったが、目の前のジャガムバターの魔力には勝てなかったようで、再びホクホクの実を口に運んだ。
一方、料理長はというと、自分の拳ほどもあるジャガムを呆然と見つめていた。
料理長は無言で一口、もう一口と咀嚼した。
やがて――
「……負けた」
料理長はガックリと膝をつき、まな板を握りしめて声を震わせた。
「……このホクホク感……負けたよ。俺が今まで扱ってきたどの肉より、大地を感じるぜ……お嬢……いや、奥様。先ほどは本当に、失礼なことを……!」
料理長がこれまでの無礼を詫びるように、深々と頭を下げた。
(大地を感じるレベル…)
笑いを堪えつつ、大柄な彼が神妙にしている姿を見て、私は満足げに頷く。
(厨房のボスの胃袋と心は掴んだ!ミッション
コンプリート!)
かつての氷の令嬢なら冷たく一蹴しただろうが、今の私は中身が違う。私は笑顔で料理長の分厚い右手をガシッと握りしめた。
「分かってくれればいいんだ! こうやって少しずつ仲間を増やしていく感覚……滾る!!!!!」
突然の熱い握手と、これまでにない「滾る」という激しい言葉に、料理長だけでなくアルスたちも目を丸くしている。
「あ、握手……? へ、へぇ、分かりましたよ、奥様! これからも精進しますぜ!」
戸惑いつつも、料理長はどこか嬉しそうに私の手を握り返した。一歩ずつ、確実に。私の思い描く「理想の辺境」に向かって、味方を増やしていく。
一人暮らしで料理好きだった前世の血が騒ぎ、私は思い出せる限りのレシピをざっと紙に書いて、彼に手渡した。
「これ、参考にして。……そういえばカイルさん。このコンロとかオーブンって、魔道具でできてるんだよね?」
「はい。魔道具は生活に欠かせないものです。魔獣から採れる『核』をエネルギー源として動いていまして……」
「なるほどね。今のところ、魔道具は生活用品にしか使われていないわけか…」
(火力調節ができる魔道具のオーブン……。これ、もしかして仕組みを応用すれば、もっと面白い『仕掛け』が作れるんじゃない!?)
私の頭の中で、異世界のテクノロジーと特撮ギミックがカチリと結びついた。
「奥様……? 何か嫌な予感がするのですが」
カイルが不安そうに呟くが、私の耳には届かない。
「ふふふ……面白くなってきた」
オーブンを凝視しながら不敵に笑う私を見て、双子はジャガムを頬張ったまま顔を見合わせた。
これが、辺境を揺るがす「魔改造」の幕開けだった。




