75. 脚本のない物語を君と
アステリアから帰還して数週間。
かつてギルバートと「一年後に結婚式を」と約束したあの日から季節が巡り、今まさに現実になろうとしていた。
肌にまとわりついていた蒸し暑い夏が遠ざかり、吹き抜ける風に秋の気配が混じり始める。戴冠式と婚礼、二つの重責を背負った準備はようやく整い、いよいよ前夜の静寂が訪れた。ルーナは、月明かりの下で静謐な空気を纏い、出番を待つように佇む会場の景色を眺めて、深く、長い溜息をついた。
「アステリアに行ってた間にすごいスピードで準備がされてた……さすがカイルさん。一体いつ寝てるんだろう」
「俺の右腕だからな。あいつの過去も面白いぞ、また本人に聞いてみるといい」
隣でワイングラスを傾けるギルバートの言葉に、ルーナは身を乗り出した。
「そうなの!? あんなに頭が良くて、剣の腕も一流で、しかもあんなに――」
楽しげに語りかけたルーナの唇が、柔らかな感触によって塞がれた。
「……んっ、ギル?」
不意のキスに目を白黒させるルーナ。ギルバートは独占欲を隠そうともせず、彼女の腰をぐいと引き寄せた。
「俺の前で他の男の話をするな」
「理不尽! 自分から言い出したのに!」
ジタバタと暴れるルーナだったが、ギルバートが急に真剣な顔になったのを見て、動きを止めた。
「な、なに……?」
ギルバートが静かにその場に跪いた。彼の手には五色に瞬く美しい結婚指輪があった。
中央に氷を思わせるような大粒のダイヤ、サイドに四色の宝石。
赤、青、緑、黄、中央の白……。それはギルバートが操る強大な魔法の色でできている。
「俺と、結婚してくれるか?」
「ふふ、書類上は夫婦だし、結婚式は明日だよ? 逃がす気なんかないくせに」
ルーナが照れ隠しに茶化すと、ギルバートは彼女の瞳を真っ直ぐに見つめ返し、震える手でルーナの柔らかな右手をそっと取った。
「あぁ。ルーナは俺の、この国の光だ。俺の一生をかけてルーナマリアただ一人を愛することを誓う。もう俺はお前がいない日々には戻れそうにない。……返事をくれ」
かつて、戦うこと以外に己の価値を見出せなかった彼は、失うことを恐れるあまり、守るべきものが増えることを拒み続けていた。そんな孤高の騎士が、今、一人の女性を一生守り抜くという、何よりも重く、尊い恐怖を抱きしめて震えている。
その言葉の重みに、ルーナの視界がじわりと潤んだ。
「はい。……私と結婚してくださいギル!」
ルーナは溜まらず彼に思いっきり抱きつき、ギルバートは驚きに一瞬目を見開いた後、それを愛おしそうに、優しく受け止めた。そしてルーナの薬指に、ゆっくりと、祈るように指輪を滑らせた。二人は前夜の静寂の中で、互いの鼓動を確かめるように、深く、深く口づけを交わした。
――そして翌日。
領地はさらなる発展を遂げ、ついにヴォルフラム領は一つの「国家」として独立の時を迎えた。
新たに雇われたメイドたちが手際よく花嫁衣装を整えていく。白銀のレースが幾重にも重なり、宝石が微かな光を放つそのドレスは、鏡の中に立つ自分を、まるで物語のヒロインのように輝かせていた。
「本当に、立派になったわね、ルーナマリア」
控えめなノックと共に現れたのは、ルーナの父と母だった。かつては娘の突拍子もない言動に戸惑うこともあったが、今ではこの国を支える娘を誰よりも誇りに思っている。
「お父様、お母様……!」
「まさか一国の王妃になるとは。たまには実家に帰ってくるんだよ」
父の温かい手と、母の優しい微笑みに、ルーナは堪えていた涙が溢れそうになった。
「母上、とっても綺麗です!」
「おかあさま、お姫様みたーい!」
「奥様、本日は本当におめでとうございます」
マーサに連れられたアルスとエルナが目を輝かせ、小さな正装の裾を揺らして駆け寄ってくる。その後ろでは、少し照れくさそうに新しい正装に身を包んだエディが呟いた。
「……これが、結婚。物語よりもずっと、あったかいね」
「うわあああぁぁぁん! おめでとう、 ルーナ! 幸せになるんだよー!」
「毎年この日は国民の祝日決定やでぇぇぇええ!」
マキナとカイエンが抱き合って号泣し、それをネレイスが呆れながらも優しい目で見守っている。
「まだ始まってもいないのにそんなに泣いて……。ルーナマリア、私はお前のおかげで広い世界を知ることができた。これからも私を幸せにしておくれ」
人混みを割って現れたのは、エルバイン王国の王装に身を包んだゼクスだった。
「あはは、本当に賑やかで良い国ですね」
「ゼクス! 来てくれたんだね!」
「ええ、同盟国の王の門出を祝わないわけにはいきませんから。……ルーナマリア様、あなたの作ったこの『ヒーローの国』は、私の目標でもあります。いつかエルバインも、こんな笑顔で溢れる国にしてみせる。それまで、負けてはいられませんからね」
ゼクスは清々しい笑顔で右手を差し出し、ルーナと、そして彼女を抱き寄せるギルバートと固い握手を交わした。
さらに、遠いアステリア王国からも、沢山の祝辞を綴った電報が届いている。
マリーナ、アレンといった、これまでの物語で出会った大切な仲間たちも、次々と祝いの言葉を届けに来てくれた。
「奥様、泣きすぎですよ!」
アレンが思わず笑いながら握手してくれる。
「涙脆いんだから。化粧がとれちゃいますよ」
リオンがそっと涙を拭ってくれ、
「そこが奥様のいいところでしょう」
ガトラスさんが、かつての戦いを共にした戦友として、力強くグーを突き合わせてくれる。
「殺陣師という天職に出会わせてくれて、ありがとう」
バンダルさんらしく日本のお辞儀をしてくれた。
さらに、怪人役や戦闘員役を演じる「悪役」のみんなも次々と駆け寄ってくる。
「奥様! 俺たちに居場所をくれてありがとうよ!」
と、無骨な手を差し出してみんな握手してくれた。
「ルーナ! わたくし、この地が大好きですわ!」
「ボクも!これからも美味しい野菜食べたい!」
セレスティアが抱きしめてくれて、シェロンは初めて会った時のようにモチモチの手で「パチン!」と手を叩き合わせた。
「ルーナ、アタシ歌が大好きになったよ!」
マリーナが涙をポロポロと流すから、力いっぱい抱きしめた。
みんなの真っ直ぐな瞳を見ていたら、私の視界も一気に歪んで、堪えていたものが決壊した。
「もう! ボロ泣きしちゃうよぉぉおお!ありがとうみんな。私の夢を叶えてくれて」
私はドレスがシワになるのも構わず、大好きな仲間たちに精一杯のお辞儀をした。その姿は、高貴な王妃というよりは、共に戦ってきたチームのリーダーそのものだった。
「ルーナマリア様、この辺境の地を、そしてギルバート様を支えてくださり、心から感謝申し上げます。これからも、その天真爛漫さと、誰も予想できない発想で、この国を照らし続けてください」
「ふふ、改めてカイルからそんなこと言われるなんて照れるね」
カイルは深々と一礼し、その口元にわずかな、しかし確かな信頼の微笑を浮かべた。
その言葉を受け、隣に立つギルバートが力強い眼差しで頷く。
「ルーナ……お前が種を撒き、俺たちと共に作り上げたこの聖地を、俺は一生をかけて守り抜いてみせる。この国に生きる人々の笑顔も、お前が愛するその夢も、何一つ失わせはしない」
その誓いは王としての、そして一人の男としての揺るぎない覚悟となってルーナの胸に響いた。ギルバートは隣に立つルーナの肩を抱き寄せ、その温もりを確かめるように力を込める。
「ふふ、頼りにしてるよ、私の最強のヒーロー」
ルーナが茶目っ気たっぷりに笑いかけると、扉の向こうからカイルの厳かな、それでいてどこか誇らしげな声が響いた。
「陛下、皇后陛下、準備は宜しいでしょうか」
ギルバートは小さく息を吸い込み、王としての威厳を纏って頷いた。
「あぁ」
ルーナもまた、ドレスの裾を軽く持ち上げ、弾むような声で応える。
「えぇ!」
カイルの手によって重厚な扉が左右へと押し開かれると、眩いばかりの光が二人を包み込んだ。
バルコニーへ出ると、眼下にはかつての荒れ地ではなく、色とりどりの建物が並び、笑顔の人々が闊歩する美しい都が広がっていた。街の中心には、特撮ヒーローたちのフィギュアやなりきり魔道具が所狭しと並ぶ、巨大なおもちゃ屋『ドリームファクトリー』が建ち、その隣にはこの国のエンターテインメントの殿堂であり、数々の名舞台を生み出している巨大なドーム型劇場『マリアドーム』が、日の光を浴びて白銀に輝いていた。そこから溢れ出した子供たちの歓声が空まで届きそうに響いている。
バルコニーに立った宣誓官の声が、魔道具の拡声器を通じて国中に響き渡った。
「本日、この領地はヴォルフラム国となり、今よりギルバート王、ルーナマリア王妃がこの国を統治することを宣言する――!」
地平線を揺らすほどの凄まじい歓声が上がった。
スターレンジャーの旗を振る子供たち、劇場の派手な衣装を纏った役者たち。かつては孤独だった者も、居場所を求めていた者も、自分の物語を歩んでいる。
誰もが自分たちの新しい王と王妃を、家族のように祝福していた。
私は隣に立つギルバートの手を、そっと握った。
「ギル、あのね」
振り向いた彼が、言葉にするより早く私を抱き寄せ、耳元で愛を囁く。
「世界一綺麗だ。愛してるよ、ルーナマリア」
私の愛した特撮が、この異世界に平和と笑顔を。
そして私に、かけがえのない最高の家族をくれた。
私は今、世界で一番幸せな王妃として、この新しい物語の中に立っている。
「私も、愛しています、ギルバート」
青空には、祝福の魔力と共に五色の煙が立ち昇り、まるで戦隊ヒーローの登場シーンのような、鮮やかで最高のフィナーレを彩った。
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現代日本・某所
ふと、意識が浮上した。
重い瞼を開くと、そこは見覚えのないワンルームだった。
「……ここは?」
ベッドから体を起こすと、机の上にはあふれんばかりの特撮グッズが並んでいる。フィギュア、変身ベルト、ポスター。かつての自分なら、見向きもしなかったであろう派手な色合いのものばかり。
その瞬間、頭の中に「花」という少女の記憶が、鮮烈な濁流となって流れ込んできた。
楽しそうに保育園で子供たちと遊ぶ笑顔。そして、毎週欠かさずテレビの前で手に汗握りながら特撮を応援していた、あの熱い記憶。
(……これ、は……)
カレンダーに目をやる。今日の日付には、大きく花丸がついていた。
『〇月〇日 公園でヒーローショー!』
吸い寄せられるように、私はその場所へ向かった。
公園の特設ステージ。爆音と共に、派手なスーツに身を包んだヒーローが現れ、悪の怪人に立ち向かっている。
子供たちが喉を枯らして叫んでいる。「がんばれー!」と。
「……なにこれ、おもしろ……」
気づけば、私の頬を涙がつたっていた。
激しいアクション、分かりやすい勧善懲悪、その裏に隠された熱いメッセージ。
孤独だった私の心に、その極彩色の光が真っ直ぐに飛び込んできた。
花。あなたはこの輝きを教えてくれたのね。
入れ替わった先で、あなたもきっと、私の場所で幸せに笑っている。そう確信できた。
「私、この世界なら生きていけそうだわ。……ありがとう、花」
握りしめた拳に、新しい力が宿るのを感じた。
見上げる空は、あの日異世界で見た空と同じ、どこまでも高く、澄み渡っていた。
——世界は違っても、繋がっている。
(完)
これにてやっと完結です!
本当は5人の戦隊で出したかったんですが
色々引っかかりそうなのと
増えすぎて私が無理そうだったので断念…。
小説を書くことの大変さをしみじみと感じました。
ここまで書き続けていけたのは
読者様のおかげです。
趣味丸出しのお話でしたが読んでくれてありがとう!
もし、少しでも気に入ってくれたら
評価、感想お願いします~!!!泣いて喜びます!
これから番外編や外伝など書けたらなと思います。




