73. 私たちの物語
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黄金の巨人・アステリオンと、銀色の巨人・エディ。
二大巨人は地響きを立てて突撃を開始した。アステリオンが重厚な装甲で巨獣の猛攻を受け止め、その隙をエディが超高速の銀光となって突き抜ける。
マキナは操縦席から、隣で戦う銀色の巨体を見上げた。
「アルスが言っていたけど……君はエディくん……なのかい?」
銀色の巨人が、慈しむような、しかし力強い動作でゆっくりと頷いた。
「……よし。ボクも腹は決まったよ。一緒に、この腐ったシナリオを書き換えよう!」
マキナの叫びと共に、アステリオンが巨獣の首を強引に抑え込む。そこへ、エディが全身の光を拳に集め、魂を込めた一撃を放った。一体の巨獣が、結晶となって粉々に砕け散る。
「よっし!」
マキナが喜んだのも束の間、 残る二体は執拗だった。一体がアステリオンを拘束し、もう一体が死角からエディの背後を強襲した。
「エディ!!」
「……っ……!」
背後から雷撃を受け、銀色の巨人が膝をつく。マキナのアステリオンもまた、過負荷で機体各所から火花を散らし、ピンチに陥った。
絶望が王都を覆おうとした、その時――。
「がんばれ! がんばれエディ! マキナ!」
アルスが声を限りに叫んだ。
「がんばれーーー!!! 負けないでーー!!!」
エルナがステッキを掲げ、小さな光を天に送る。
「がんばれ!!!!!!」
ルーナの叫びに呼応するように、避難していた人たちが一人、また一人と窓から、崩れた壁の向こうから声を上げた。
「がんばれ!!!」「負けるなーーー!!!」
王都中を包み込む、何万もの祈りの声。
(そう……これよ。ヒーローはここから逆転する。みんなの応援が力に変わる……これが、物語の黄金律!)
ルーナが目頭を熱くして見守る中、アステリオンのコクピットに変化が起きた。
『……まったく、見ていられませんね。マキナ、これを使いなさい』
「しゃべっ……!」
マキナが驚愕する間もなく、黄金の台座が更なる変形を遂げ、機体の右腕に眩い輝きを放つ黄金の剣が実体化した。
「やっぱり喋るタイプのロボットだった! きたーーーーー!!!! これぞ王道!!」
興奮するルーナの期待に応えるように、アステリオンは黄金の剣を一閃。拘束を断ち切り、エディの手を引いて立ち上がらせた。
銀の巨人はその手を取り、全身から銀河のような光を放出する。アステリオンの黄金の剣がその光を吸い込み、巨大な光の刃へと膨れ上がった。
かつて、アステリアの王子、リュシアンに魔獣の群れに放り込まれ、命からがらヴォルフラムまで逃げてきたあの日。
戦争になったあの戦いでは、自分が行けば足手まといになると思って、ボクの作った魔道具に全てを託した。……いや、それは体裁のいい言い訳だ。本当は、単にもう二度と、アイツに会いたくなかった。アイツに屈した惨めな自分を、思い出したくなかったんだ。
「……でも、神様はボクにチャンスをくれたんだね」
操縦桿を握る手に、力がこもる。
この燻った気持ちも、逃げ出した弱さも、アイツへの恐怖も、全部この一発に込めて――!
「ボクはもう、逃げない……! アステリオン、ボクの魂(魔力)を全部持っていけ!!」
「これで、終わりだぁぁぁ!!!」
黄金の斬撃と、銀の破壊光線が同時に放たれる。
残る二体の巨獣は、その圧倒的な輝きの中に飲み込まれ、世界のバグを消去するように跡形もなく消滅した。
静寂が訪れる。
王宮を包んでいた禍々しい光が霧散し、戦場には柔らかな朝日が差し込み始めていた。光の柱がゆっくりと収束し、そこから小さな人影が姿を現す。
「エディ!!!!! 」
アルスを先頭に、みんなが土煙を上げて駆け寄った。
「お、終わった……?」
誰かが呟いたその声が、合図だった。
「わーーーー!!!!!!」
地を震わせるような、凄まじい歓声が上がった。屋敷に身を潜めていた人々、遠巻きに戦いを見守っていた住人たちが、一斉に広場へと駆け出してくる。抱き合い、涙を流し、空に拳を突き上げる人々。その中心で、アルスとエディは互いの無事を確認するように、力強く腕をぶつけ合った。
「かっっっっこよかった、エディ!」
「エディくん、カッコよかったよ!」
「あ、ありがとう……」
人間らしく、少し照れながら笑うエディ。その姿を、ギルバートやゼクスたち大人たちが、温かく、そして誇らしげに見守っていた。
『……素晴らしい戦いでした。君たちはこの国を、いえ、世界を救ってくれた。心から感謝を』
アステリオンの重厚で知的な声が、周囲に響き渡る。
「あなたは……一体?」
ルーナが尋ねると、黄金の巨人は静かに視線を落とした。
『私は、管理者のこの子と共に、あの台座へ封印されていた守護プログラムのようなもの。永きに渡り、アステリアの安寧を見守ってきました』
その時、王宮から馬を飛ばしてきた騎士が、戦慄の表情で転がり込んできた。
「……王と、王妃が消えた……?」
屋敷に戻り伝えられたのは、信じがたい報告だった。王族の二人は、巨獣が倒された瞬間に塵となって消滅したというのだ。
「虚像だったのか……」
ゼクスが呟く。アステリオンは静かに首を振った。
『元からこの国には、管理者のこの子と共に、「光の脚本」と「闇の脚本」が眠っていました。アステリア王家はそれを代々守ってきたのです。……しかし、代替わりするにつれ、彼らはその力を我がものにしようとし、禁忌の封印を解いた』
『神にでもなろうとしたのでしょう。光の脚本と闇の脚本を統合すれば世界を書き換えられる。この世界の何もかもを自分のものにしようとした代償――自らをも脚本の一部に変え、物語の消滅と共に存在そのものが消えてしまった。自業自得の末路です』
「でも、エディはなんであんな巨人になったの?」
ルーナが不思議そうに首を傾げると、エディがフィギュアを握りしめて答えた。
「イメージしたんだ。僕の中のヒーローを。最初はアルスに貰ったこのスターレンジャーだったんだけど……。なぜか、もっと強く浮かんできたのが、あの銀色の巨人だったんだ」
『君が思い浮かべたヒーローが、それだったんじゃないか? ……ルーナマリア』
「え、私!?」
指を差されたルーナが、漫画のように飛び上がる。アステリオンの青い瞳が、彼女を真っ直ぐに見つめた。
『「光の脚本」は――君の中にある。この世界を救いたいと願った君の魂が、最も正しい形でエディに力を貸したのだよ』
「え、えええええええええええぇぇぇぇ!!! 私が脚本!? 私が世界を救う設定なのーー!?」
絶叫し、頭を抱えてその場にしゃがみ込むルーナ。
「……私の前に『闇の脚本』が現れたのはなぜなんだい?」
ネレイスが、苦い記憶を噛み締めるように問う。
『脚本は、求められた者の前に現れる。……あなたは、何かを強く求めていた。そうではありませんか?』
「…………。っ、そうだね」
ネレイスは自嘲気味に笑い、空を見上げた。奪われた誇りか、あるいは失った過去か。闇は彼女の心の隙間を突いたのだ。
ルーナは頭を抱えたまま顔が青ざめていく。
何か恐ろしいことに気づいたように、震える指先で自分を指差す。
「……ってことは、私が、みんなを危険に晒してたってこと!? 私がこの世界に来たから、こんな大事件が起きて、みんなが死にそうになって……」
もし、自分が「物語の起点」だとしたら。
今まで一緒に笑い、戦ってきたギルバートやアルスたちの苦難さえも、自分の存在のせいだったのではないか。その考えがルーナの胸を締め付ける。
耐えきれず、ルーナの瞳から一粒の涙がこぼれ落ちそうになったその時。
「……何を馬鹿なことを考えている」
低く、落ち着いた声と共に、温かな温もりがルーナを包み込んだ。
ギルバートが、震える彼女の肩をそっと抱きしめたのだ。
「ギル……」
「お前がいたから、俺は過去と向き合うことができた。アルスもエルナも、お前がいるから笑っていられる。お前がこの世界に、俺の元に来てくれたことを、俺は一度だって呪ったことはない」
ギルバートは、ルーナを安心させるようにその背中を大きく、優しい手つきでさすった。
「苦難など、生きていればいくらでもある。だが、それを希望に変えてくれたのは脚本じゃない。お前だ、ルーナ」
その腕の強さと、胸に伝わる確かな鼓動に、ルーナの強張っていた心がゆっくりと解けていく。
アステリオンの瞳は、どこまでも穏やかに彼女を見つめていた。
『ルーナマリア。……光の脚本があなたに惹かれたように、あなたはただ、出会いを引き寄せていただけだ』
「引き寄せた……?」
『ええ。物語がどう動くか、結末がどのようなものになるのか。それは文字に刻まれた運命ではなく、この世界に生きているあなた達が、その時々に悩み、選び、作り上げたものなのです』
「ネレイスの前には、ちゃんと『闇の脚本』が本として現れたんだよね? なのに、なんで私の場合は体の中にあるの? 食べた記憶もないし、そもそも本なんて見てないよ?」
ネレイスも、かつて自分の前に現れた禍々しい「本」の感触を思い出し、アステリオンを見上げる。
『脚本とは、意志の器。ネレイスは力を「手段(道具)」として求めた。だがルーナマリア、あなたは異質な魂の持ち主だ。身に覚えがあるだろう?脚本にとって、あなたは読み書きする対象ではなく、書き記すべき「白紙の原稿」そのものだった。だから脚本はあなたの鼓動と一つになったのです』
アステリオンは黄金の指先を、戦場に立つ一同へと向けた。
『脚本はただ、舞台を用意したに過ぎません。そこでエディを救いたいと願い、盾となり、拳を振るったのは、脚本の文字ではなく彼ら自身の意志だ。あなたはきっかけを与えたかもしれませんが、この「希望ある結末」を書き上げたのは、紛れもなくあなた達全員なのですよ』
「…………」
ルーナは、隣で自分の手を握りしめているギルバートの大きな手と、自分を見上げるアルスの真っ直ぐな瞳を見た。
脚本が用意した結末ではなく、自分たちが選び取った今。
「……そっか。私のせいじゃなくて、私たちの『成果』なんだね」
ようやく顔を上げたルーナの唇に、いつもの不敵で明るい笑みが戻った。
「ルーナ……君が。……ふふ、道理で。君の周りではいつも面白い『物語』が動き出すわけだね」
マキナが納得したように頷く。しかし、ルーナはまだ混乱と不安の中にいた。
「王族がいなくなっちゃったってことだよね。これからアステリアはどうなるの?」
その問いに、一歩前へ出たのは研究棟にいたはずのセドリックだった。
「それは問題ありません」
「セドリック?」
マキナが問いかけると、彼は身に纏っていた魔道具のブローチを外した。
「俺、実は王の隠し子なんです。ほら」
ブローチの魔法が解けると、そこにはアステリア王家にしか現れないという、鮮やかなオレンジの髪と碧眼の瞳を持った青年が立っていた。
「えええぇ!?」
マキナが驚きで声を裏返すと、セドリックは少しだけ申し訳なさそうに、だが王族としての気品を感じさせる笑みを浮かべた。
「マキナ、黙ってて悪かった。今まで王妃に狙われるのを恐れ、物心つく前から男爵家に預けられて、容姿を魔道具で変えて潜伏していたんだよ。……これからは、リィンと共にこの国を支えていく」
セドリックはリィンと視線を交わし、それからマキナを真っ直ぐに見つめた。
「マキナも……と言いたいところだけど、君は帰る場所がありそうだ」
マキナは一瞬、ヴォルフラム領での日々を思い出し、柔らかく微笑んだ。
「あぁ」
「……君になら、君たちになら、この国を任せることができそうだね」
「マキナ、この国を救ってくれてありがとうな。……元気でな」
セドリックが差し出した手を、マキナは迷わず握り返した。
「あぁ。アステリオンのこと、よろしく頼むよ」
二人は、共に研究に没頭した日々を惜しむように、そして新しい門出を祝うように、力強く握手を交わした。
一件落着の空気が流れる中、アステリオンの巨体が静かに発光を始めた。
『私の役割もここまでです。私はまた、脚本たちと共に、永き眠りにつくとしましょう……』
「ちょっとまったーーーー!!!!」
ルーナの鋭い制止に、アステリオンの動きが止まる。
『!? ……どうしました、ルーナマリア』
「眠らなくていいよ! また代替わりで利用されるかもしれないし、そもそももう『脚本』なんていらなくない!? これ、消せないの!?」
ルーナは全員を見回し、力強く言い放った。
「これからも、私たちの物語は、私たちで紡いでいきたいから!」
その言葉に、ギルバートも、ゼクスも、そしてネレイスも、深く頷いた。誰かに書かれた台本ではなく、自分たちの足で歩く未来。アステリオンの瞳に宿る青い火が、どこか満足げに揺れた。
「……ふむ。あぁ、だから脚本は、あなたを選んだのでしょうね。定められた結末を拒む、その強い意志を」
「あ、最後に脚本に書きたいことある!」
急に目を輝かせたルーナに、みんなが怪訝そうな顔で注目した。
「合体できるロボット、あと4体ぐらい増やしたいな!」
「なんで!?」
全員の声が揃う。マキナも呆れ顔だ。
「だって、アステリオンさん1人じゃ寂しいじゃん! それに、やっぱり5人揃ってこそでしょ!?」
「戦隊の理論をここに持ち出すな!」というツッコミを華麗にスルーし、ルーナはアステリオンを見上げた。
『はははは! 実に面白い。管理者の縛りを解き、ただの『命』としてこの国を見守るのも悪くない。ルーナマリア、あなたが描くこれからの物語、楽しみにしているぞ』
「まっかせて! 超カッコいい合体シーン、考えておくから!」
アステリオンの巨体は消えることなく、この国の守護神としてその場に留まった。
これからアステリアは、いつか現れるであろう「5体の守護ロボット」と共に、新しい歴史を刻んでいく。
誰にも書き換えられない、彼ら自身の物語を。




