67. 白い髪の男の子「エディ」
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「な、なんでウチまた女にならなあかんねん……!」
豪華絢爛だが、どこか血の通わない静寂に包まれた王宮の廊下。メイド服に身を包んだカイエンが、裾を気にしながら小声で毒づいていた。ネレイスの闇魔法によって、再び「絶世の美女(ただし中身は守銭奴)」へと姿を変えられた彼は、潜入調査という名のババを引かされていた。
「しかもなんか薄暗いし怖いし、ホンマにこんなところに『光の脚本』か知らんけど、お宝があるんかいな。……あー、割に合わん。これ後でカイルはんに倍速で請求したるからな」
ブツブツと文句を垂れながら歩いていたカイエンが、ふと顔を上げた瞬間――通路に飾られていた甲冑の、磨き抜かれた胴丸に自分の姿が映り込んだ。
「わぁぁぁあああああ!? 出たぁ! 誰やこのベッピンさん! 幽霊!?」
「お前っ! 自分の顔見て自分で驚くな!」
背後にいたネレイスが、慌ててカイエンの口を両手で塞ぐ。
「んんんーっ! だって自分じゃないですもん! なんでこんなところに鎧なんて置いてあるんですか、心臓止まるわ!」
「静かにしろ! 潜入中だと言っただろう。……ははは! だが、いいじゃないか。今までは『書く側』、あるいは『観る側』だったが、こうして配役に抗うのも楽しいもんだねぇ」
「ネレイス様……だいぶ楽しんではりますな……ウチは命がけなんですけど!」
「当たり前だろう? さあ、もっと奥へ行こう。面白い『脚本』の匂いがするよ」
その頃、一行は王室への謁見、そしてそれに続く舞踏会の会場にいた。
広間に足を踏み入れた瞬間、ルーナは息を呑む。
(「普通」だ…え、これ「どっち」なの?)
会場を見渡せば、着飾った貴婦人たちはギルバートやゼクスの凛々しさに頬を染め、若き貴族たちはルーナの美しさに目を奪われ、今にもダンスに誘おうと手ぐすねを引いている。アルスとエルナは、初めてのおめかしにはしゃぎ、飾り付けられた王宮のホールを見上げ「わあぁ、キラキラだね!」と言い合い気分は最高潮だ。
「……マキナが足を踏み入れれば、実家(エーデルシュタイン邸)の時のように何かしら反応があると思ったんだがな」
ギルバートが低く囁くと、隣に立つゼクスも鋭い視線を周囲に走らせ、硬い声で言葉を継いだ。
「これでは、ただの平和な夜会だ。毒もなければ、裏もない。あまりに整いすぎている……。剣を交えるより、付け入る隙すら見当たらないというのは不気味なものだな」
マキナも周囲を警戒しているが、今のところ街で見たような「ノイズ」は見られない。玉座に座る国王と王妃も、いたって慈愛に満ちた表情で一行を迎えた。マキナの父が、震える声でリュシアンの暴挙を抗議し、現状を伝えると、王は深く首を垂れた。
「……そうか、リュシアンがそんなことを。……エーデルシュタイン公、そしてマキナ嬢。本当に済まなかった。我が息子の犯した罪、到底許されるものではない。賠償の準備、そして君の名誉回復をすぐに進めさせよう」
あまりにも、話ができすぎている。
あまりにも、王としての対応が「正解」すぎるのだ。
(……報告を聞いていないの? 聞いていて、その態度なの?)
ルーナは、玉座に座る王の穏やかすぎる表情を凝視した。
自分の息子が――この国の第一王子が、禁忌を犯して魔獣へと成り果て、あえなく討伐されたのだ。親ならば、王ならば、もっと激昂するか、あるいは絶望に打ちひしがれるはずではないか。
だが、目の前の王は、まるで「出来の悪い部下が書類を汚した」程度の不祥事を謝罪するかのような、事務的で完璧な慈悲を演じている。
(息子が魔獣になって死んだっていうのに……悲しみも、怒りも、驚きすらないの? まるで最初から、この結末が『決まっていた』みたいに……)
本物の悲しみなのか、それともこれも「脚本」が用意した完璧な謝罪シーンなのか。
判断がつきにくいどころか、その「隙のなさ」こそが、何よりも恐ろしい狂気に思えた。
謝罪を受けた後、マキナの父は国王と王妃に促されるようにして、今後の協議のために別室へと向かった。
一方、王宮の華やかなダンスホールの隅で、マキナはかつての研究仲間だった二人の男女を見つけた。
「おーい、久しぶり!」
声をかけると、二人はゆっくりと振り返った。だが、その瞳には旧友を見つけた喜びはなく、まるで見知らぬ来客をもてなすような、貼り付いた微笑みが浮かんでいる。
「あ、あぁ……。ええと、失礼ですが、どなた……あ、マキナ様、でしたね。お帰りなさい」
「(……ここを出てから数年経ってる。でもこの二人が私を忘れるはずがない……)」
マキナの胸に冷たい予感が走る。二人の反応は、実家で出迎えた両親のあの「正解すぎる態度」を模索しているようだった。
「なぁ、積もる話もあるし……少し、研究棟まで行かないか?」
「研究棟……? あ、あぁ。そうですね。予定にはありませんが……ええ、行きましょう」
(……やっぱり、少し抵抗してる? 言動と行動が噛み合っていない……)
二人の表情は微笑んでいるが、その指先はわずかに震え、足はまるで重い枷でも嵌められているかのように一歩が遅い。それはまるで、この場に留まるように、あるいは「決められた役割」から外れないように、見えない鎖で命令されているかのようだった。
マキナは背後にいるルーナとギルバートに鋭いアイコンタクトを送った。
(――ちょっと行ってくる。ここは任せたよ)
ルーナが小さく頷くのを確認すると、マキナは戸惑う二人の手を掴んだ。半ば無理やり二人を連れ出し、王宮の中庭に待たせていた馬車へと押し込む。行き先は、王都の端にある、かつて自分たちが寝食を忘れて没頭した「魔導研究棟」。
馬車が到着し、静まり返った研究室に足を踏み入れた瞬間――パリン、と。
あの、世界の膜が弾けるような音がした。
「マ……キナ……? マキナ!! マキナじゃないか!!!」
一瞬前まで虚ろだった同僚の男、セドリックが、急に目を見開き、マキナの肩を掴んだ。
「無事だったのか! どれだけ心配したと思ってるんだ!」
彼は急に言葉を詰まらせ、自分の頭を押さえた。ここ数年の記憶が、まるで他人の日記を読んでいるみたいに実感が持てないのだという。
隣にいた女性の同僚、リィンも、ふらりとよろけて椅子に手をつく。
「私も……。マキナが死んだって聞かされて、すごく悲しかったはずなのに……気づいたら、笑顔でリュシアン殿下の研究を手伝っていた気がするの。……私、どうしちゃったの……?」
泣き出しそうな二人を見て、マキナは深く息を吐き、確信を持って呟いた。
「……良かった。どうやらボクを『キー』にするのはもちろん、王宮から距離を置くことも関係がありそうだな」
混乱する同僚たちに対し、マキナは真っ直ぐに彼らの瞳を見据えた。
「セドリック、リィン。……ただいま」
マキナのその言葉に、二人はこらえきれず、子供のように泣き崩れた。
大人たちが張り詰めた交渉を続ける中、飽きてしまったアルスとエルナは、テラスの方へとトコトコと歩き出した。
「二人とも。あまり遠くに行ってはいけませんよ。ここはよその国のお城なんですから」
後ろから、乳母のマーサが心配そうに声をかける。慣れない豪華なドレスや礼服の裾を汚さないか、迷子にならないかと、彼女の視線は常に双子を追っていた。
「わかってるよ、マーサ! ちょっとあそこを見るだけ!」
アルスが元気よく振り返って手を振ると、マーサは「やれやれ」と肩をすくめつつ、少し離れた位置で見守ることにした。
そのテラスの近く、月明かりが差し込む影の中に、一人でポツンと佇む小さな白い髪の男の子がいた。自分たちと同じくらいの歳だろうか。透き通るような白い髪に、どこか虚無感を湛えた黄金の瞳。
「だぁれ?」
エルナが屈託なく声をかける。男の子は、ゆっくりと二人を振り返った。
エディは二人をじっと見つめた。
まるで、本を読むように。
「僕は……エディ」
「エディ? 迷子か?」
アルスの問いかけに、エディと呼ばれた少年は小さく首を振った。
「迷子じゃないよ。……僕は、ずっとここにいるんだ。ここが、僕の家だから」
エルナが歩み寄り、エディの手をそっと握ろうとする。
「エディ……おともだちになろうよ! エルナたちと一緒に遊ぼ!」
エディは、エルナの手を拒むこともせず、ただ不思議そうに自分の手元を見つめた。
「お友達……? ……いいよ。君たちが『新しい登場人物』なら、僕と遊んでよ」
エディの言葉に、アルスが首を傾げる。
「登場人物……? ヒーローごっこか!」
「ひーろーごっこ……?」
エディが初めて、表情に微かな戸惑いを浮かべた。
「は? 知ってて言ったんじゃないのか? 登場人物って。じゃあさ、エディは何のヒーローなんだ?」
「いや……面白いね。教えてよ、ヒーローごっこ。僕に、役割をくれるの?」
エディは静かに、しかし深い興味を湛えた瞳でアルスを見つめた。その時、会場の空気が一瞬だけ、ノイズのように激しく歪んだ。




