65. 上陸、歯車仕掛けの都アステリア
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エルバイン王国の港を離れ、一行を乗せた大型船はアステリア王国を目指して波を切っていた。
高く澄み渡る空の下、白く砕ける波しぶきが甲板に降り注ぐ。そこには、相変わらず賑やかな面々が顔を揃えていた。
(……それにしても。あの時の戦い、思い返しても最高オブ最高だった……!)
ルーナは手すりに身を預け、一人ニヤニヤと頬を緩めていた。
脳裏に焼き付いているのは、あの瞬間の自分。
(ふふふ……あのまま映画化しても良かったんじゃない? 「変身!」なんて言っちゃってさ……。ああ、これまで「推しは眺めるもの」という鋼の価値観を持っていたけど、まさか自分がそっち側になるなんて!)
脳内のミニルーナは、今もハチマキを巻いてサイリウムを振り回しながら、「ついに! ついに夢だった武闘派ヒロインになっちゃったよ私ぃぃ!!」と、嬉しさのあまり大暴れしてのたうち回っている。
あまりの興奮に、城に戻ってから自室で何度も「変身ポーズ」を練習しては、部屋に入ってきたギルバートに氷のような白い目で見られたのも、今となってはいい思い出(?)である。
「ふふふ、ふふふふふふふ……」
「奥様、どないしはったんです? 妙な声漏れてまっせ」
背後から、双子と一緒にスターレンジャーとミラクルドリームのフィギュアで遊んでいたカイエンが、怪訝そうに声をかけてくる。
手元のスターレンジャー(レッド)をカチカチと動かしながら、彼はルーナを覗き込んだ。
「あ、大丈夫大丈夫。あれがルーナの通常運転だから」
隣でデバイスの調整をしていたマキナが、手慣れた様子でフォローを入れた。
「オホン。……で? なんでネレイスはともかく、カイエンまで一緒に行くことになったのよ。お店の方は大丈夫なの?」
ルーナが咳払いをして居住まいを正し、呆れたように問いかける。カイエンは商人らしい不敵な笑みを浮かべ、胸を張った。
「エルバイン王国で二店舗目を作ってる最中やろ? アステリア王国で三店舗目をつくるために決まってるやないですか〜! 今やヴォルフラム領は各国から『戦隊の聖地』やと言われとるんです。この勢いでおもちゃを普及せなあきません! もちろん、店は優秀な副店長に任せてありますさかい!」
「商魂たくましいなぁ……(副店長の嘆きが聞こえてくるようだわ。カイエンも元ブラック企業社員だから、無意識にそういう搾取に疎いんだろうな……)」
カイエンの極端な商魂を植え付けた張本人であるネレイスを、ルーナはジト目で見つめる。だが、向けられた視線などどこ吹く風で、当のネレイスは大きく腕を広げ、全身で海風を浴びていた。
「? なんだい、そんなにジロジロと。私の美しさに今さら見惚れたのかい?」
「ええ、もう。今日もお美しすぎて眩しいくらいです、ネレイス様〜」
ルーナがやけっぱち気味に(半分は本気で)褒め称えると、ネレイスは「ふん」と鼻を鳴らして満足げに口角を上げた。
「はは! 当たり前のことを言うじゃないか。……それにしても、旅行なんて生まれて初めてだよ。海の中にはない匂い、風の感触……地上ってのは、こんなにも変化に富んで楽しいところだったんだねぇ。あんな薄暗い海の底の生活には、もう二度と戻りたくないよ」
そう言って屈託なく笑う彼女の横顔には、かつて深海を統べていた頃の刺々しさは微塵もない。
「(……あの、初対面の時はあんなに威厳たっぷりだったネレイスが、誰よりも全力で観光を満喫してる……)」
そんな賑やかな空気の中、一人手すりに寄り添い、静かに遠い水平線を見つめるマキナがいた。
「ルーナ。アステリアに着いたら、まずはボクの両親のところに行こう。王家との謁見にも時間がかかるだろうし」
「ご両親は……今のマキナのこと、ご存知なの?」
「あぁ。領に来てから一度だけ手紙を送って、生きていることだけは伝えてあるんだ。足がつくと彼らにも危険が及ぶから、それ以上のやり取りはできなかったけどね」
そう語るマキナの横顔は、いつになく寂しげだった。彼女にとってアステリアは故郷であり、同時に深い傷を負った場所でもある。
「そっか。……ねぇ、マキナ。アステリアに行くの、怖くない?」
ルーナの問いに、マキナは一瞬だけ言葉を詰まらせた。だが、すぐに柔らかな、しかし強い意志の宿った瞳で振り返る。
「んー、怖くないと言ったら嘘になっちゃうけど……。でもさ、必死に戦うルーナを見てたら、ボクも向き合いたくなったんだ。過去の自分とね」
しんみりとした空気が流れかけた、その時――。
「奥様! 見なはれ! 豪華な昼飯が用意されてまっせ!」
カイエンが厨房から勝手に持ち出してきた大皿を掲げて走ってきた。
「カイエン! 勝手に持ってこないの! 行儀悪いよ!」
「ええい、お前はこんな所まで来て何をやっている! よこしな!」
「ええぇぇ! ネレイス様、自分が食べたいだけですやん! いややー!」
逃げるカイエンと、それを優雅な足取りながらも本気で追い回すネレイス。そのドタバタ劇に、アルスとエルナが声を上げて笑う。
「二人とも、あれは『悪い見本』だからね。絶対に真似しちゃいけないよ!」
「ヒドイ! 旦那様ぁ、奥様がイジメはりますわ〜!」
そんな喧騒を、離れた場所からゼクスとギルバートが眺めていた。
「なんとも……賑やかだな」
「すまないな。子供たちまで行くときかなくてな……」
ギルバートの申し訳なさそうな言葉に、ゼクスは穏やかに首を振った。
「いや、賑やかなのはいいことだ。……ところで、カイル殿は城に残っているのか?」
「あぁ。我々の戴冠式と結婚式まであと少しだからな。やる事が山積みだと言って、城を任せてある。お前のところにも、彼の息がかかった優秀な文官を何人か派遣したようだぞ」
「ありがたい。国を離れている間、内政が疎かになるのが懸念だったが……彼の采配なら安心だな」
復興を誓うゼクスと、新たな国を興すギルバート。
二人の新しき王の視線の先には、光に満ちた未来が拓けている――はずだった。
そして数日後。
ついに水平線の向こうに、巨大な歯車が回り、蒸気が立ち上る異形にして壮麗な都市が見えてきた。
「わー!!!! ここがアステリア!」
「さすが技術大国……! 建物が動いてる……!?」
上陸した一行の目に飛び込んできたのは、魔法と科学が融合した未だかつてない光景だった。
歯車の噛み合う重厚な音、街中を走る蒸気機関、そして幾何学的な魔導回路が刻まれた高層建築。
(この技術があれば、あの思い描いてた合体ロボットも作れるんじゃ……!?)
オタクとしての血が騒ぎ、ルーナが空を見上げたその時。
バチッ……。
空の一部に、一瞬だけノイズのようなものが走った気がした。
まるで、映写機のフィルムが飛んだかのような、不自然なゆらぎ。
「あれ……?」
ルーナは目を擦る。
「ルーナ、どうした」
隣に並んだギルバートが不思議そうに覗き込んできた。
「いや……なんでもない。気のせいかな」
一行は街の風景を眺めながら、用意された馬車で移動を始める。
しかし、街路を歩く人々を窓越しに眺めていたルーナの胸に、拭いきれない違和感が募っていく。
馬車の窓から街路を眺めていたルーナは、ふと気付いた。
行き交う人々の笑顔。
店主の呼び込み。
子供たちの笑い声。
どれも自然で、活気に満ちている。
――なのに。
「(……なんだろう、この感じ)」
まるで、緻密に計算された演出。
あるいは、非の打ち所がない完璧な舞台の上にいるような。
言葉にできない不気味な違和感が、
じわりとルーナの胸を支配していった。




