57. 最凶の魔女 vs 最狂のオタク
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爆音を察知し、騎士団が訓練場へと雪崩れ込んでくる。だが、そこで彼らが見たのは、恐ろしい死闘ではなく――。
「はぁっ、はぁっ……ぜぇ、……っ!!」
胸を押さえ、膝をついて激しく肩で息をするルーナの姿だった。
あまりの「リアル変身」の尊さと衝撃に、脳内の処理が追いついていない。
彼女の頭の中では、久しぶりに登場したミニルーナが、真っ白な降伏旗を振りながら泡を吹いて倒れていた。
「ルーナ!!!!! どうした、しっかりしろ!!!」
「おい……おい小娘。戦う前に力尽きるんじゃないよ」
漆黒の装甲に身を包んだネレイスが、毒気を抜かれたように声を上げる。だが、ギルバートは彼女をキッと睨み据えた。
「戦うだと!? それどころじゃないだろう!!!」
「!?(この状況を『それどころじゃない』って言い切りましたよ、この人……)」
カイルが戦慄しながら心の中で呟く。目の前には「未知の変身を遂げた魔女」がいるというのに、主君の優先順位は微塵も揺らがなかった。
「ハッ! まさか貴様、いち早くルーナに精神的な攻撃を仕掛けたのか……!?」
「なにもしとらんわ!」
(くっ……ついついカイエンの喋り方とツッコミがうつって……!)
ネレイスは自らの口調の乱れに眉をひそめ、盛大なため息をついて腰に手を当てた。
「あー……その嬢ちゃん、心臓になにか持病でもあるのかい?」
「(あ、いま絶対『苦労してるんだな』っていう同情の目を向けられてますね、旦那様)」
背後では、駆けつけた騎士団たちがカイエンの時と同様、目の前で何が起きているのかわからず唖然としていた。
「いったん、はぁ、はぁ……みなさま……いったん、落ち着いてください……」
「いや、奥様が落ち着いて!?」
カイエンの必死のツッコミも虚しく、ギルバートの怒りは沸点に達していた。
「……ルーナ、安心しろ。今、お前の仇をとる!」
カイルは額に手を当て、絶望したように天を見上げた。
「(あーーーーー、話聞いてない……)」
主君の暴走を止められない己の無力さを噛み締めるカイルの横で、戦いを望むネレイスが不敵に笑う。
「そうこなくてはね!」
ギルバートの手元で、ソードルクシアが共鳴するように鳴った。彼は懐から取り出したメダルを迷いなく剣の溝へ滑り込ませる。
「装填!」
カチン、と硬質な音が響く。、自分の魔力をメダルへと流し込んだ瞬間、ソードルクシアが青白い光を放った。ギルバートが剣を振るうと、その軌跡を追うように地面を鋭い氷の結晶が走り、一瞬で訓練場を極寒の世界へと変えていく。
「ふん……面白い魔法だねえ!」
ネレイスが漆黒の拳を突き出し、迫りくる氷の刃を粉砕する。激しい火花と氷の飛礫が散り、空気を切り裂く衝撃波が訓練場を揺らした。
「カ、カイル様、俺たちも参戦した方がいいのでしょうか……」
「なんか入り込めない雰囲気……」
鬼気迫る戦いに騎士団の人たちは見るからに動揺しているが、カイルは冷めた目で戦況を見つめたまま、
「いえ、なんかもうどうでもよくなってきました」
と吐き捨てた。
ギルバートとネレイスが再び激突しようとしたその時、訓練場の入り口から予期せぬ声が響いた。
「母上!? なんだかすごい音がして……」
「おかあさまーーー!」
乳母の手を振り切って駆け込んできたのは、アルスとエルナだった。幼い二人は砂埃の舞う訓練場に目を丸くしている。
さらに反対側の通路からは、公演を終えたばかりのセレスティアとマリーナ、そして守護獣のシェロンが躍り出た。
「敵ですわね!? ルーナ、お下がりになって!」
「シェロン、行きますわよ!」
『おうよ! ひっさびさに腕が鳴るぜぇ!』
戦力過剰な助っ人たちの登場に、訓練場のボルテージは一気に跳ね上がる。さらに、カイルの背後に身を潜めていたカイエンの姿を見た瞬間、マリーナが指を差して叫んだ。
「あーーーーーー!!! お前はあの時の!!!」
「あーーーーーー!!!! 秘薬盗んでった、あのアホな姫さんや!!!」
思わぬ再会に怒鳴り合う二人。騎士団の困惑、子供たちの乱入、夫婦の温度差、そして元泥棒と被害者の再会――。
(……地獄か。……いや、ここにマキナがいないことだけが、唯一の救いですね)
カイルは遠い目をしながら、まだここに来ていない発明狂の女を思い出し、深い安堵と諦めを同時に覚えた。
訓練場はまさに特撮映画のクライマックスのような大立ち回り――だが、それを見ているルーナの心境は極限まで複雑だった。
(カッコいい! 凄すぎる! あの装甲はどんな素材でできてるの!? 触りたい! デザインに改良の余地はありそ……じゃなくて! このままだとネレイス様が全方位からボコボコにされる! 待って、私の大事な『変身ヒロイン(ヴィラン)』が! 興奮していいのか、心配するべきなのか、もうどっち!?)
「ストップストップ! まってまって! ギルバート様! みんなもお願いだからまってー! 鎮まれーーーっ!!!!」
叫ぶが、激闘の音にかき消されて届かない。
ルーナの脳内はカオスと化し、ついに臨界点を突破した。
「もぉぉおおおお、いい加減にして!!!」
ルーナは猛然と走り出した。火花が散り、氷の礫が舞う危険な戦場へと迷いなく突っ込み、二人の至近距離まで詰め寄る。そして、手に持っていた専用ルクシライザーを空高く突き上げ――引き金を引いた。
パァン!!!!!
魔導具から放たれた強烈な閃光と乾いた破裂音が、訓練場の空気を強引に引き裂く。その異様な音に、剣を交えていた二人がピタッと動きを止めた。
「ルーナ!?」
「ギルバート様! これ以上ネレイス様に攻撃したら、私、ギルバート様のこと嫌いになっちゃいますよ!!」
「!?」
世界が滅びるよりも恐ろしい宣告を受けたギルバートが、彫像のように固まる。あまりの空気の急変に、やる気満々だったセレスティアとシェロンも顔を見合わせ、そろーっと音を立てないように後ろへ下がっていった。
その様子を見て、ネレイスは仮面の下で喉を鳴らして笑った。
「ふ、ふはははははは! この土地で『死神』と呼ばれる男が……面白いじゃないか、この嬢ちゃん!」
「ネレイス様ぁぁああ!!!! 私の女神……っ!」
変身が解け、漆黒の装甲を消して老婆の姿に戻ったネレイスに、ルーナが猛然とダッシュする。
「ネレイス様ぁぁああ!!!!」
(め、目が! 目が怖い!!!)
ネレイスは生まれて初めて、自分より恐ろしい気迫を纏った存在を見て思わず固まった。
ルーナはそのまま勢いよく抱きつく。
「!? な、なんだ、離れろ! 離せと言っているだろう!」
「いやですううぅぅ! 私の推しいいぃぃぃ!」
ネレイスは激しく抵抗するが、ルーナの腕の力は驚くほど強かった。老婆の姿に戻ったネレイスの瞳に、不意に暗い影が差す。
「…何をわけのわからんことを!あんた達のような光り輝く側にいる人間に、私の何がわかる。私は闇の中でしか生きられない魔女だ。誰からも必要とされず、疎まれ、生きてきたんだよ!」
ネレイスの声は、怒りよりも深い孤独に震えていた。
「だから、私もお前など必要ない! 誰も必要じゃないんだ!」
突き放そうとする冷たい言葉。だが、ルーナはその言葉ごと、彼女をさらに強く抱きしめた。
「いいえ、必要です! 私には、あなたが必要です、ネレイス様!」
「なっ……何を……。何を言っている。私のような闇に魅入られた女が、お前たちのような光の中に何が必要だというんだ!」
突き放そうとする冷たい言葉。だが、ルーナはその言葉ごと、彼女をさらに強く抱きしめて顔を上げた。その瞳は、ネレイスさえも射すくめるような、純粋で熱烈な光を宿している。
「私がどれだけネレイス様を必要としているか、聞いてください!語らせてください!お願いします!」
「な、なんなんだ……」
「ネレイス様、あなたがこれまで誰にも理解されず、たった一人で闇を抱え、孤独に研鑽を積んできたその『生き様』! それこそが、どれほど美しく、気高く、そして――最高に『カッコいい』か、お分かりですか!?」
「……は? カッコ、いい……?」
「そうです! その漆黒の装甲を纏った姿! あれは単なる闇の魔法じゃない、あなたの魂が形になった『変身』です! 孤独な世界で、自分を守るために作り上げた最強の鎧! その重みが、悲しみが、私にはビンビン伝わってきます! その闇があるからこそ、あなたの変身はこれほどまでに尊く、輝いているんです!!」
ルーナの言葉は止まらない。一拍置く暇さえ与えず、ネレイスの「存在意義」をオタク特有の解釈で定義していく。
「ネレイス様! あなたのその力も、積み重ねてきた経験も、絶望を知るその瞳も! 全部私が生かしてみせます! 私が、ネレイス様を幸せにします! だから、うちに来てください!!」
目をキラキラと輝かせ、愛の告白のようなセリフを吐くルーナ。
最恐の魔女ネレイスは、生まれて初めて「理解不能な巨大な愛」という名の恐怖に直面し、その場で硬直したのだった。




