55. 沈む王都、眠れる魔女の帰還
評価、ブクマ、リアクションありがとうございます~!感想などもぜひぜひ、お待ちしておりますm(_ _)m
ヴォルフラム領・地下深く。
湿った冷気が肌を刺す地下牢の奥底で、かつて聖女と呼ばれた女、リリアは鉄格子の向こうで蹲っていた。その目の前には、灯火に照らされた「死神」ギルバートが立っている。
「元聖女リリア、貴様のあのブレスレットはどこで手に入れた」
氷のような声が地下室に響く。リリアは忌々しげに顔を上げ、鼻で笑った。
「は? なんでそんなこと教えなきゃいけないのよ」
「はぁ……。貴様の罪状を考えれば斬首刑が妥当だが、証言次第では北の修道院へ送り、刑を軽くしてやることも考えたのだがな」
「北の修道院」という単語に、リリアの顔が引き攣った。
「北の修道院って……あのゲームのバッドエンドに出てくる、終身刑みたいな場所じゃない! 」
「死ぬよりはマシだと思うが。……選べ」
ギルバートの瞳に宿る殺気に、リリアはついに折れた。
「……っ……。あれは、光魔法を反転させて『闇魔法』にしてから作られる幻のアイテムよ。それぐらいしか知らないわ」
「闇魔法か……」
ギルバートは顎に手を当て、深い思考に沈んだ。
――一方、その頃。エルバイン王国の王都。
かつて、そこには「聖女の光」があった。だが今、王都を支配しているのは、出口のない焦燥と淀んだ空気だけである。豪華絢爛なはずの王城の回廊は、暖炉の火が絶えたかのように冷え切っていた。
留学から帰国した第一王子、ゼクス・エルバインは、回廊を歩きながら己の耳を疑っていた。
留学前、彼の記憶にあるルーナマリア・公爵令嬢は、傲慢で冷酷、何に対しても興味を示さず、ただ金を使うことにのみ執着する女性だった。婚約者であるルディウスにさえ関心を持たず、平民を見下し、身近なメイドにすら心の壁を作る――。「魔力など欠片もない」とリリアからも聞いていた。
一方、ルディウスが選んだ聖女リリアは、当初は慈愛に満ちた聖女そのものの女性だったはずだ。
「……信じられん。留学先で聞いた話では、ルディウスと結婚した途端にあのリリアが豹変したというではないか」
「左様でございます、ゼクス様」
傍らを歩く執事が沈痛な面持ちで答える。
「リリア様は結婚式の直後、ルディウス殿下が留学へ発たれた瞬間に本性を現されました。金遣いは荒くなり、態度は横柄に。……民の間では、どちらが王子妃になっても批判は免れなかっただろう、とまで囁かれていたほどでございます。そして――今やそのリリア様は、魔物との共謀を疑われ、ヴォルフラムの牢に幽閉。殿下も帰国後すぐに廃嫡・幽閉の身となりました」
「……何という皮肉だ。人を見る目がこれほどまでになかったとは。現れたルーナマリアは、ルディウスから聞いた話だと見たこともない武器で魔物と戦っていたというし……あまりに別人だ。」
ゼクスが玉座の間の扉を開けると、そこには窓からの光を遮り、薄暗がりの中で憔悴し、恨みがましく書類を睨む国王と、扇をギリリと握りしめる王妃がいた。
「おお、ゼクス! 帰ったか! 聞け、ヴォルフラムのあの『死神』め。ルーナマリアとかいうあの豚を担ぎ上げ、独立を盾に法外な賠償金を要求してきたのだ!」
「父上、落ち着いてください。そもそもは、身勝手な理由で彼女を断罪し、辺境へ追いやったことが発端です。報告によれば、ギルバート卿の指揮のもと、見たこともない兵装……魔道具が魔物の群れを圧倒したとか。その技術力を見誤った我々の落ち度ではありませんか」
「黙りなさい、ゼクス!」
王妃が顔を真っ赤にして叫んだ。その美貌は、嫉妬と憎悪で般若のように歪んでいる。
「あの女は、守護獣持ちのセレスティアまでたぶらかして連れ去り、王家のプライドに泥を塗ったのよ。このまま黙って見過ごせるわけがないわ。……ゼクス、隣国から内密に『協力』の申し出が届いているの。彼らと手を組み、兵を送り込めばさすがのヴォルフラムも一溜りもないでしょう。そうすれば、またあの領は我が国のものとなるわ」
「隣国を巻き込むだと!? 正気ですか母上! あちらには守護獣も聖女も、回復魔法の使い手もいるというのに!隣国は辺境領の技術力と戦力が欲しいだけでは!?裏切られるのが目に見えています!」
「裏切られる前にあなたが奪い取るのよ。あなたはこの国の第一王子、自分のすべきことをしなさい。」
ゼクスが絶句する中、王都の闇はさらに深く、歪に広がっていく。王家は「自分たちが捨てた女」への逆恨みのために、国を売るという最悪の選択をしようとしていた。
そんな不穏な空気とは無縁の場所で、辺境領最大の「夢の城」がついに完成した。
「ほぁ〜!!!! お、おもちゃ屋すご~~~!!!」
カイエンの絶叫が、真新しい建物の前で響いた。鮮やかな看板、窓越しに見える色とりどりの装飾。ルーナがこだわった外観は、秋の柔らかな陽光を浴びて宝石箱のように輝いている。
中に入ると、さらにカイエンの目が輝いた。広々とした店内には、子供たちが実際に触って遊べるサンプルスペースや、保護者が一息つける休憩エリアが完備されている。棚には、今大人気の『スターレンジャー』のヒーロー達が使う「スターブレード」や『覆面の騎士ルクシア』が使う「ソードルクシア」「ルクシライザー」、さらに『ミラクル☆ドリーム』のヒロイン達が使う「ミラクル・プリンセスロッド」など、安全な「魔道具」仕様の玩具がずらりと並んでいた。その隣には、守護獣を愛らしくデフォルメした「シェロンのぬいぐるみ」まで鎮座している。
「な、なんですかこれ、これがおもちゃ……! あの稽古で使ってたようなのって、子供が扱えるもんなんですか!」
「そう! 出力を極限まで抑えたマキナ特製。それにこれを見て」
ルーナが指し示したのは、美麗な絵が描かれたカードの束だった。
「なんや、炎とか水とか……こっちは〜雷か? 数字や、なんかようわからん文字も書いてあるな……」
「初めましてカイエンくん! ボクはこの領地の技術開発を一手に引き受けている天才、マキナだよ」
不意に背後から声をかけられ、カイエンが肩を跳ねさせた。いつの間にか隣に立っていたマキナが、自慢げに鼻を鳴らしてカードを指さす。
「それはトレーディングカードゲームという名前でね、属性や数字を組み合わせて戦うんだって! これは私もハマったね! カードを集めるのが楽しくてさ〜!」
マキナの解説に、カイエンの目がさらに輝く。
「へー! めっちゃおもろいですやん! こっちは色とりどりの馬車に、本もなんか見たことない本ばっかりや!お人形さんもカラフルやなぁ……菓子も売るんですか!」
カイエンは夢中で店内を駆け回っていたが、ふと立ち止まり、震える声で尋ねた。
「ウチ……こんなお店の店長さん、やらせてもらえるんですか?」
「どう? やる気出た?」
「いや、もう……正直泣きそうですわ」
「オープンは一週間後! おもちゃの勉強と引き続きスタッフの教育、よろしくね!」
「は、はいぃぃ!」
意気込むカイエンだったが、ふとした瞬間にその表情に少しだけ影が落ちる。ルーナはその微かな変化を見逃さなかった。
その夜。
城の裏手、深い闇に紛れてカイエンはこっそりと抜け出そうとしていた。
「カイエン」
「ひっ! 奥様と……旦那様」
月明かりの下、行く手を阻むようにギルバートとルーナが立っていた。
「逃げられるとでも思ったか」
「ち、違います! 決して逃げようとした訳じゃないんです! ……ただ、ネレイス様が、どうしても気になって」
カイエンは俯き、絞り出すように言った。
「あの人、根は悪い人じゃないんですわ。はぐれ者のウチを助けてくれて……毎日くたくたになるまで働かされて大変やったんですけど……」
カイエンの脳裏に、かつての記憶が蘇る。厳しい修行の合間、疲れ果てて眠る自分の頭を、あのしわくちゃの手が不器用に、けれど優しく撫でてくれた温もり。
「ウチ、やっぱりネレイス様を裏切ることはできませんのや!」
「魔女が目覚めるまであと一週間ほどか……」
ギルバートが深く考え込む。そこへ、ルーナがパンと手を叩いた。
「よし、迎えに行きましょ!」
「「は?」」
ギルバートとカイエンの声が見事に重なった。二人の困惑を余所に、ルーナの瞳は名案を思いついたキラキラとした輝きに満ちている。
「カイエン、その姿でも海の中、入れるでしょ? 魔女さんを抱っこして連れてきて! そうと決まれば海へゴーゴー!」
「何を言うてはるんですかこの奥様は……! 敵を自ら陣地に招き入れるなんて、正気の沙汰やありまへんわ!」
カイエンが必死に袖を振って抗議するが、ギルバートは深く、重いため息をついて天を仰いだ。
「……無駄だ、カイエン。こうなったルーナはもう、誰にも止められない」
「旦那様まで諦めんといてください!?」
翌朝。知らせを聞いて飛んできたカイルに、酸欠の魚のような顔で猛反対されたが、最終的には「あくまで重要参考人として牢に監禁する」という条件で無理やり押し切り、一行は潮風の吹く港へと向かった。
船の上で海パン姿になったカイエンが、秋の冷たい海へと勢いよく飛び込む。数十分が経過し、波間に静寂が訪れる。
「……まさか、逃げたんじゃないだろうな」
カイルが眉を寄せるが、ルーナは一点を見つめて微笑んだ。
「いいえ、絶対に戻ってくる。あのおもちゃ屋さんを見た時のあの目を、私は信じてるから」
その数分後、バシャリと水柱が上がった。
カイエンが、大きなフードを深く被った小柄な老婆を抱き抱え、水面に浮かび上がってきたのだ。
「カイエン!」
「なんやなんや、そんな顔して。無事、連れてきましたわ」
船上に引き上げられた老婆――魔女ネレイスを見下ろし、カイルが呆然と呟いた。
「この方が……あの、魔女……」
秋の冷たい潮風が吹き抜ける甲板の上。眠れる魔女を抱え、海パン姿で震える元刺客。それを複雑な表情で見守るギルバートとカイル、そして一人満足げに微笑むルーナ。
前途多難な嵐の予感を孕みながら、物語は新たな局面へと動き出した。




