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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原りんご
第1章 ヴォルフラム編

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54. 愛の証明と逆転スカウト

その日の朝。ヴォルフラム邸のホールは、かつてないほど「甘く、そして気まずい」空気に包まれていた。

ルーナマリアとギルバートは、愛娘エルナと愛息子アルスの目の前で、互いの体温を感じるほど至近距離で抱きしめ合っている。


「おとうさまと、おかあさまが、ちゃんとらぶらぶだってこと……証明できるまで、エルナ、ここを動きません!」


腰に手を当て、ぷりぷりと怒ったように頬を膨らませるエルナ。その背後では、教育係のマーサが申し訳なさそうに身を縮めていた。


「お二人ともすみません。私とメイドの話を、アルス様とエルナ様がこっそり聞いていたようで…」


(なんの拷問なの、これ……!)


ルーナが顔を真っ赤にして固まっていると、耳元でギルバートの低い声が囁いた。


「ほら、もっとくっつかないと。エルナに信用してもらえないぞ、ルーナ」


(……ぜっっっったい楽しんでるわ、この人!)


一方、隣でその様子をじっと観察していたアルスが、眉間に皺を寄せて謎の結論を導き出した。


「父上……本当は、男の人が好きなんですか?」


「「ぶっ……!?」」


アルスの脳内では、先日まで「綺麗なお姉さん」だと信じていたカイエが、実は「カイエン」という名の男だったという衝撃が、今もなお尾を引いているらしい。ルーナとギルバートが絶句する中、マーサが慌ててフォローに入る。


「ほ、ほら、エルナ様。お二人ともこんなに仲がよろしいのですから、そろそろお許しになられては?」


「んーーー、じゃあ、キスしてくれたらゆるす!」


「へ!?!?!?」


ルーナの叫びがホールにこだまする。さらに追い打ちをかけるように、アルスがどこで覚えたのか「知識」を披露した。


「仲の良い夫婦なら、毎日するって本に書いてあったぞ!」

(ただただ純粋なその瞳が、今は怖い……!!)


「ギ、ギルちょっとま……っ」


ルーナが何かを言う前に、ギルバートの大きな手が彼女の頬を包み込んだ。


「……悪いな、ルーナ。子供たちの教育のためだ」


そんなもっともらしい言い訳を口にしながら、ギルバートは迷うことなくルーナの唇を奪った。エルナは「わーい!」と手を叩いて喜び、アルスは「……本物だ」と感心したように頷いている。

ようやく解放されたルーナは、まだ申し訳なさそうにしているマーサに「子供たちのことを頼みます」と視線で伝え、茹で上がったタコのように赤くなりながら、膝から崩れ落ちそうになった。




季節はすっかり秋が深まり、厳しい領地の冬が

始まろうとしていた。


「気になることがある。少し席を外す。カイル、ルーナの傍を離れるなよ」


執務室の窓から庭を見つめていたギルバートが、先程の甘い雰囲気とは一変した、鋭く重い声で命じた。


「はい? 了解いたしました」

影のように控えていたカイルが静かに一礼した。




「さあカイエン! 今からあなたの眠れる才能を叩き起こしてあげるわ!」


訓練場の特等席。ルーナマリアは、朝の照れ隠しを振り払うように鼻息荒く宣言した。目の前では、アレンたちが迫力満点のヒーローショー稽古を繰り広げている。


(これを見れば、男の子なら誰だって血が騒ぐはず……!)


ルーナは現代にいた頃の「プロデューサーの勘」で、カイエンをグリーン候補に据える気満々だった。だが、隣に座るカイエンは、感動するどころかあくびを噛み殺し、どこか遠い目をして座っているだけだ。


「……うーん、確かに見たことも聞いたこともない催しですけど、ウチは別に……。あんな派手に動くのは、ちょっと性分に合いまへんわ」


「ええぇぇ!? 嘘でしょ、あんなにカッコいいのに!?」


ルーナはガックリと肩を落とした。これまでアレンたちや、セレスティア、マリーナといった面々を次々と口説き落としてきただけに、自分の「勧誘」には絶対の自信があったのだ。まさかの人生初となるスカウト失敗に、ルーナは珍しく打ちひしがれていた。


「まぁ、みんながみんな特撮好きになるわけじゃないし……オーディションで採用した子たちも育ってるけど、本人がやる気になってくれないとねぇ……」


「個人の適性を見極めるのもプロデューサーの仕事では?」


後から飛んできたカイルの冷静な指摘に、ルーナは「ぐぬぬ」と言葉を詰まらせる。その時、青い顔をしたスタッフが血相を変えて駆け込んできた。


「奥様! 大変です! 領都にある『碧の癒やしルノアール』のスタッフが急病で倒れまして……! 代わりの者がおらず、お店がパニックになりそうです!」


「えっ、急病!? その人は大丈夫そうなの!?」

「は、はい。何やら昨日食べたものにあたったみたいで。命に別状はありませんが、今日はとても店には立てそうにありません」


「……管理不足ですね。この忙しい時期に食あたりとは。代わりの人員も確保できていないとは、店長の教育が行き届いていない証拠です」


カイルが冷徹な声で吐き捨て、手帳に何かを書き留める。その隣で、ルーナは別の心配をしていた。


(この領地って現代と違って薬関係も弱いんだよね……。エルナの光魔法はあくまで魔物関係の浄化だし、マリーナの回復魔法は外傷の回復に特化してるから。……花だった頃は保育士であって薬剤師じゃないからなぁ)


ルーナは腕を組み、うーんと唸った。


「困ったな…。ちょっと対策考えるから戻っててくれる?」


スタッフが慌てて走り去るのを見送りながら、隣で話を聞いていたカイエンが不思議そうに首を傾げた。


「るのあーる? なんですかそれ」


「領にある青汁専門店のことだよ。飲んでみる?」


厨房に向かった三人は、石造りのカウンター越しに忙しく立ち働く料理長に声をかけた。


「料理長、アレ出してくれる?」

「アレですな!」


料理長が差し出したのは、深い森のような色をしたドロリとした液体だった。


「見た目えっぐ……ネレイス様の作る怪しい薬とええ勝負ですやん」

「まぁまぁ、飲んでみなって」


恐る恐る口をつけたカイエンの目が、丸く見開かれる。


「あれ、見た目より美味しいし、なんか……後味もスッキリしとる。力が湧いてきそうっていうか」

「これはただの粉じゃないんだよ。辺境の冬を支える栄養の結晶、特製『青汁スティック』! 今やわが領の輸出を支える大人気商品なんだから。美容用のベリー味は、王都の2号店でも完売続きなんだからね」


ルーナが胸を張って解説するが、すぐに店長の不在を思い出して眉を寄せた。


「それにしても急病かぁ。私が代わりに行こうかな?」

「ダメですよ、奥様」


即座に制止したのは、カイルだった。


「なんでよ。私、現代……じゃなくて、前は接客とか得意だったんだから!」

「忘れないでください。貴女はこれから一国の王妃になる身。領主夫人が店頭で青汁を売るなど、ギルバート様が許すはずもありません。……分かっているなら、無茶は言わないでください」

「うぐっ……。でも、じゃあどうするのよ。誰か適任者はいないの?」


ルーナが困り果てていると、カイルがメガネをクイと押し上げ、獲物を狙う鷹のような鋭い視線を隣の男に向けた。


「いい人材が、ちょうどここにいるじゃないですか」

「え、ウチですか!?」


カイエンが裏返った声を上げる。カイルは冷徹な笑みを浮かべ、彼の手元に青汁の束を叩きつけた。


「働かざる者、食うべからず。貴方はまだ『余罪』の清算が終わっていませんからね。……まずは、基本から叩き込んであげましょう」


数時間後。店舗の裏でカイルによる「超高速教育」が始まった。

接客の基礎、売上の計算、在庫の管理方法。並の人間なら三日はかかる内容を、カイルは容赦なく一時間で詰め込む。しかし――。


「……あ、ここの帳簿、こっちの在庫数と合ってまへんな。あと、この陳列やと客の動線が死んでますわ。もっと奥にベリー味を置かな」


表の通りを歩く老婦人に気づくと、カイエンは営業スマイルで声をかけた。


「あ、いらっしゃいませー! お孫さんですか? 可愛いなぁ、お肌ツヤツヤや。おばあちゃんもこれ飲んだらもっと若返りまっせ!」


「……ほう。物覚えが良いどころではありませんね」


カイルが驚きに目を見開く。カイエンは手際よく伝票を整理しながら、力なく吐き捨てた。


「帳簿とかなんでそんなこと知ってるの? って顔してはりますな……。そんなん、ネレイス様に仕込まれたに決まってますやん。毎日毎日、馬車馬のように働かされてましたわ……。怪しい薬の路上販売から経理、在庫管理、おまけに刺客まで。休み? 何それ美味しいの? って感じですわ」


(……いや、ブラック企業かよ。)


ルーナは思わず心の中で全力の突っ込みを入れた。魔女ネレイス、脚本を書くだけでなく経営管理まで社畜のごとく部下に叩き込んでいたらしい。


一方、カイルは淡々と仕事をこなすカイエンの背中を眺めながら、密かに眼鏡の奥の目を細めていた。


(……美女(あの姿)の時はあれだけポンコツだったのに……。まさか、こちらの方が本分だったとは)


刺客として潜入してきた際の、あの詰めが甘くどこか抜けた誘惑を思い出し、カイルは心の中で深い溜息をついた。だが、その過酷な環境で培われた実務能力は、まさに「即戦力」だった。


(……これは……良い拾いものをしたかも……!)


ルーナの口元に、獲物を見つけたプロデューサー特有の不敵な笑みが浮かぶ。


「カイエン、尚更あなたは青汁を毎日飲むべきね! 今度オープンするおもちゃ屋さんの店長候補として頑張ってくれるなら青汁毎日タダであげる!」


近日オープン予定の、マキナが心血を注いで製作している「おもちゃ専門店」。あそこのスタッフに求められるのは、ただの販売員ではない。子供の心を掴む演技力、そして親の財布を開かせるプレゼン力。さらに店長ともなれば、シフト管理から売上予測、在庫の回転率まで計算できなければならない。販売経験者を中心に面接はしたが、なかなか適任が現れなかった。

そんな「数字に強い、計算高い男」を、まさにルーナは求めていたのだ。


「ええっ!? おもちゃ!? おもちゃってなんですかぁ! 勘弁してやぁ……!」


秋の夕暮れ、オレンジ色に染まった領都の空に、ルーナの楽しげな高笑いと、新米店長(仮)の悲鳴が響き渡った。


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