5. 本物の輝きと、二人の天使
ギルバート様が去った後、残された私に一人の青年が歩み寄ってきた。眼鏡をかけ、整った顔立ちには「苦労人」という文字が透けて見える。眼鏡の奥に見える瞳の色はアンバーで、髪色は綺麗な薄い紫色。
整った事務服を着こなしてはいるが、その下には、一目で強者だと分かるほど鍛え上げられた肉体が隠されているのが、歩くたびに微かに上着の上からでも伝わってくる。特に、書類を持つその腕は、事務官にしてはあまりに逞しく、無数の剣戟をくぐり抜けてきたような凄みを秘めていた。
(……薄い紫の髪かぁ。自分の赤髪を棚に上げてなんだけど、天然でこの色って毛根どうなってるんだろ。根元から紫の栄養素でも出てる?)
じーっと、解析でもするかのようにカイルを上から下まで、特にアクション時の負荷がかかりそうな股関節周りを不躾に凝視していると。
「……ルーナマリア様?」
ハッ!
カイルが眉間に深いシワを寄せ、得体の知れない生物を見るような目で私を見つめていた。
「あ、はい! すみません、なんでもないです!」
「……そうですか。旦那様の側近を務めております、カイルと申します。お部屋へ案内いたします」
(……危ない、初対面で『全身、紫の毛なんですか?』なんて聞いたら、即座に変態令嬢として叩き出されるところだったわ……)
カイルの足取りは、どこか警戒心を孕んだように速くなった。案内された部屋へ向かう道すがら、私は気になっていたことを切り出した。
「カイルさん、少しだけここのこと、ギルバート様のことを教えて頂いても……?」
カイルは小さく溜息をつき、眼鏡のブリッジを押し上げながら静かに語り始めた。
「この辺境領は……雨は降りますが、土が悪く、食物は育ちません。なので一ヶ月に数度、王都まで食料の調達に行く程です。国土だけでいえばエルバイン王国より広いかもしれませんね」
想像以上の過酷な環境に、私は言葉を失う。そんな場所を一人で背負っているギルバート様は、一体どれほどの力を持っているのだろうか。
「普通、魔法の属性は一人一つと決まっていますが、閣下は火、水、風、氷、雷の五属性魔法全てを使える方。……ゆえに、戦場では『死神』として恐れられてきました」
「五属性って氷じゃなくて土じゃ…」
「はい、ですからギルバート様は特別なのです。」
五属性。この世界の常識を打ち破る圧倒的なスペック。さすが異世界。
「ところで、ルーナマリア様の属性は……?」
カイルの問いに、私は苦笑いしながら正直に答えた。
「あ、私は今のところ魔力が皆無みたいで……」
「……そうですか」
カイルはあからさまに、深く、重い溜息をついた。
(あ、今めちゃくちゃ溜息ついた。……感じ悪っ!)
「……失礼。案内を続けます」
カイルの足取りは、先ほどよりもどこか事務的で冷ややかになった。廊下を進み、一際重厚な扉の前で彼は足を止める。
「ここは執務室です。まず入ることはないでしょう。旦那様の仕事の邪魔をするようなら、即刻この屋敷から叩き出しますので、そのつもりで」
「たたき出……っ。厳しいですね……」
「我々には、無能な遊び人を養う余裕などないのです。……そして、ここがルーナマリア様のお部屋になります」
カイルが扉を開ける。
案内された部屋は、最低限の家具と、簡素な装飾があるだけの殺風景な場所だった。王都の華やかな生活とは無縁の、実用性だけを追求したような冷たい空間。
(一人暮らししてた時のワンルームぐらいの広さかな。懐かしいなぁ~落ち着く~)
「……用があればお呼びください。では」
カイルはそれだけ言い残すと、一礼もせずに去っていこうとした。案内された部屋に荷物を置くやいなや、私はカイルに向き直った。
「カイルさん! さっそく、訓練場? みたいなところありますか!? 今すぐ見てみたいです!」
「は?」
カイルが、素で間の抜けた声を上げた。
「え、ダメなんですか!? 企業秘密みたいな……あ、軍事機密的なやつですか!?」
「きぎょ……? いや、ダメではないですが……普通、王都から来た令嬢は、移動の疲れで休みたがると相場が決まっておりまして。あ、侍女の手配は…」
「私は普通じゃないんで! 侍女も必要ないです!さあ、行きましょう行きましょう!」
呆気にとられるカイルを急かし、私は城の裏手にある広大な訓練場へと向かった。
視界が開けた瞬間、私の魂が震えた。
(……これが……本物の騎士たち……!)
画面越しでも、最後列からの観劇でもない。命のやり取りを前提とした、本物の「戦士」の肉動。心の中のペンライトが激しく振られる音がする。
(モブなんかじゃないわ……。一人一人が主役級。最高オブ最高。スマホがあったら一生録画してたし、100枚は撮ってる……!)
食い入るように見つめていると、ふと私の「特撮オタク」としてのこだわりが口を突いて出た。
「うーん。やっぱり、騎士服がなんか地味なんだよなぁ。私の特撮愛が、いまいち『カチッ』とハマらないっていうか。剣とか弓もいいけど、やっぱり魔道具でバズーカとか欲しいよね。……あ、ミラクルステラはスティックから光線出してたし……」
「……あの、ルーナマリア様? また何かブツブツと……」
「あ、ごめんなさい! なんでした?」
「……もういいですか。ここまで来たら城の内部も案内します。あと、私に敬語は不要です。」
「そう?じゃあ遠慮なく!」
カイルに促され、後ろ髪を引かれる思いで訓練場を後にする。
その後、食堂や膨大な蔵書を誇る図書室と案内された。
「ここは、多目的室として使われておりますが……」
カイルが扉を開くと、そこには意外な光景が広がっていた。
部屋の真ん中で、二人の小さな影がこちらをじっと見つめていたのだ。
透き通るような水色の髪。
ギルバート様と同じ、鋭くも美しい銀色の瞳。
まだ幼さの残る、双子の子供たち。
一人は、どこか警戒心を滲ませながらも、妹を守るように一歩前に出た少年、アルス。
もう一人は、その背中に隠れるようにして、不思議そうに首を傾げている可憐な少女、エルナ。
「わあ……! 可愛い……! 双子かな?」
思わず顔が綻ぶ。これまでの「殺伐とした辺境」のイメージを一気に塗り替えるような、天使たちの登場だ。
「……旦那様のお子様方、アルス様とエルナ様です。あなたが逃げ出さなければ、義理の子となりますが」
「(いちいち突っかかってくるなこの人……)」
「……あんたが、新しいお母様?」
アルスがツンとした態度で私を睨みつける。その横で、エルナが「お母様……?」と、ほわほわした声で繰り返した。
カイルが小声で説明してくれる。
「アルス様は少々気難しく、エルナ様は生まれつき体が弱いため、あまり外に出られないのですが……。何より、この地は魔獣の咆哮が絶えず、旦那様もあのような気性ですので。お二人とも、常に何かに怯えていらっしゃるのです」
(……なるほどね。外には恐ろしい魔獣、家の中には血生臭い『死神』。普通の令嬢なら、すぐに怖くなって王都に帰りたがるよね)
でも、私は違う。
私は膝をつき、二人の目線の高さに合わせて視線を落とした。
威圧感を与えないよう、優しく、けれど頼りがいのある笑顔を作る。
「初めまして、アルス君、エルナちゃん。私はルーナマリア。よろしくね」
「……勝手にしろよ! あんたもどうせ、すぐに泣き言を言って帰るんだ。父様だって怖いし、外には怪物がたくさんいるんだから」
アルスは妹を守るように一歩前に出て、私を突き放すように叫んだ。
「いいか、お母様だなんて絶対に絶対に呼ばないからな!」
その言葉には、諦めと「期待して傷つきたくない」という子供らしい防衛本能が混ざっていた。
自分だって怖いはずなのに、必死で虚勢を張っている。……素晴らしい、ヒーローの素養だわ。
私はアルスの言葉を、カラッとした笑いで受け止めた。
「あはは! 大丈夫大丈夫、私もお母様って柄じゃないし」
(……前世でも27歳、年齢イコール彼氏なしの喪女だったしね!)
「え……?」
拍子抜けしたような顔をするアルスの小さな肩に、私はそっと手を置いた。そして、二人を包み込むように真っ直ぐに見つめて、はっきりと声を出す。
「私がね、この辺境の地を、愛と勇気とワクワクするものに変えてあげる!」
「……え?」
「わくわく……?」
二人がポカンと口を開ける。その様子を背後で見ていたカイルは、眼鏡の奥の目を見開いて立ち尽くしていた。
(噂では、王都で聖女を虐げるほど傲慢で冷酷な令嬢だと聞いていたが……。噂とは随分違うな……)
目の前の赤髪の令嬢から放たれる、太陽のようなエネルギー。
それは、この凍てついた辺境の城には、およそ存在し得ないはずの熱量。
「まっかせなさい!」
親指をグッと立てて、私は満面の笑みを浮かべた。
私の辺境ライフは、戦隊モノの第1話のラストシーン並みに、希望に満ちたスタートを切ったのだった。




