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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原りんご
第1章 ヴォルフラム編

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44/84

42. おかあさまを救い出そう

日間で83位までいきました。これも一重に

読んでくださる方、評価してくださる方の

おかげでございます。

これからアレが出てきたり、展開に驚くことも

あるかと思いますがお付き合いくださると嬉しいです!

王都へ向かう街道を、王家の紋章が入った重厚な馬車が、低い軋み音を立てて進んでいた。

車輪が舗装の甘い石を噛むたび、がたん、と鈍い振動が贅沢なクッションを透かして車内に伝わる。

閉ざされた空間。カーテンで遮光された薄暗い車内には、吐き気がするほど濃密な沈黙が淀んでいた。


その沈黙の中で、ルーナは祈るように身を縮めていた。あの日、ギルバートが贈ってくれたドレスに身を包んだ。黒の生地に銀糸の刺繍が施された、あの夜空のような色のドレス。


(……私の心は、ギルバート様と共に)


肌に触れる生地の感覚が、まるで彼がそばにいてくれるような勇気をくれる。だが、向かい合うルディウスは、ゆったりと足を組み、彫刻の施された肘掛けに頬杖をついたまま、品定めするように口角を吊り上げる。


「機嫌が悪そうだな、ルーナ」


その甘ったるく、粘りつくような声に、ルーナの背筋に冷たいものが走る。


「……それ以上近寄らないでください。私はヴォルフラム公爵、ギルバート様の妻ですので」


はっきりと突き放す拒絶の言葉。

だが、ルディウスはそれを楽しむように、喉の奥でくつくつと下卑た笑いを漏らした。


「妻? あんな死神と? ……どうせ、体裁だけの仮初の妻だろう?」


その瞬間、車内の空気が一段と冷え込んだ。

ルーナは射殺すような視線で、かつての婚約者を睨みつける。


(……最低。本当に、この男は……!)


胸の奥で、警鐘が乱打されるような嫌な予感がじわりと広がっていく。ルディウスは獲物を追い詰める爬虫類のような赤目で、身を乗り出してきた。


「そんな目をしても無駄だぞ。はははは! ばかめ! 辺境を救うために父上を説得する? そんな奇跡を本気で信じていたのか!」


「……っ、何が言いたいの」


ルディウスはわざとらしく肩をすくめ、残酷な真実を突きつけた。


「セレスが説得できなければ、お前を愛妾として迎えろと言われているんだよ。スカーレット公爵家の膨大な金と後ろ盾……それさえあれば、俺の廃嫡は帳消しになる」


楽しげに語られる、人ひとりの人生を塵のように扱う打算。


「今のお前なら、喜んで迎えてやろう。王都に着いたら、朝までたっぷり可愛がってやる」


――ぶつり、と。

ルーナの中で、理性の糸が断ち切られた。


「あなた……最初からそれが目的で、私を一人で来させたのね……!!!!!」


怒りで声が震える。だが、ルディウスはそれを「悦び」として受け取った。

彼はゆっくりと立ち上がり、狭い車内でその距離を一気に詰めにかかる。


「離婚なんて簡単だろう? 俺が命じた結婚だ、俺の一言で終わる。愛のない結婚など未練もあるまい……なあ、ちょっとぐらい味見してもいいよな?」


ルーナはとっさに後ずさったが、すぐに馬車の硬い壁に背中を打ちつけた。逃げ場はない。

ルディウスの白く、冷たい手がゆっくりと伸びてくる。ひやり、と肌が粟立つ。その指先が頬に触れようとした――その時だった。



――ドンッ!!




天地がひっくり返るような衝撃が馬車を襲った。


「なっ!?」


外から御者の悲鳴と、馬の荒い嘶きが響き渡る。

直後。



――バァンッ!!



施錠されていたはずの扉が、外側から強引に、紙細工のように引き剥がされた。

吹き込んできた激しい夜風と共に、車内を支配していた汚濁を切り裂くような、凍てついた声が落ちる。


「……俺の妻に、その汚い手で触れるな」


凍てついた声。馬車の外には、月光を背に漆黒の外套を翻したギルバートが立っていた。

ルディウスの顔から、余裕の色が瞬時に消え失せる。


その声を聞いた瞬間、ルーナの心臓が大きく跳ねた。


「ギルバート様……!」


馬車の外に立っていたのは、月光を背に受け、漆黒の外套を翼のように翻したギルバートだった。

その背後には、抜剣した黒装束の精鋭騎士団。

夜の街道の温度が、一瞬で氷点下まで下がったかのような錯覚に陥る。

ルディウスの顔から、余裕の色が瞬時に消え失せた。


「ちっ……なぜお前がここにいる……! さすが死神と呼ばれるだけの事はある。領地の民のことなどどうでもいいのか! 戦争になっても構わないのか!」


ギルバートは答えない。ただ、深淵のような瞳でルディウスを射抜く。その圧倒的な圧だけで、王子は一歩後退り、座席に崩れ落ちた。


「ルーナ!こっちへこい!」


差し出された、大きくて温かな手。

ルーナは迷わず、その手を掴んだ。

ギルバートの腕に抱き寄せられ、馬車を降りた――その瞬間。

遠く、街道を囲む森の深奥から、大気を震わせる地鳴りのような咆哮が轟いた。


「――――グルァアアアアアッ!!」


「旦那様! 魔物です! それも……四方から、この数……!」


部下の報告と同時に、闇の中から無数の赤い眼が灯り始める。

異常な密度。そして、統率された動き。明らかに自然の摂理を超えた「何か」を感じさせる光景。


(……まさか、誰かに操られてる?)


風が、不気味な血の匂いを孕んでうねる。


「……来るぞ。全員、円陣を組め! 」


ギルバートの低い号令が、夜の戦場に鋭く響いた。

血と硝煙に彩られる、本当の戦いが、今幕を開ける。





――遡ること数時間。辺境領にて。


「行くぞ」


主の短い号令に、カイルは不敵に微笑んだ。


「このままみすみす逃すなんてことはないと思っていましたよ」

カイルから差し出された書類を、ギルバートは無言で受け取った。ギルバートはその書類を懐に収めると、鋭い眼光で前方に広がる闇を睨みつけた。


マキナが、調整を終えたばかりの特製「魔道具」をギルバートに差し出す。


「ほら、これ持っていきな。ボクの大切なお姫様を頼んだよ」


「わたくしも行きますわ!お父様とお母様に一言言ってやらないと気がすみません!」とセレスティアが身を乗り出し、シェロンも鼻息荒く続く。


「ボクも絶対に行く! 野菜パラダイス、まだ叶えてもらってないんだからな!」


そこへ、青い髪を揺らしてマリーナが飛び込んできた。


「待ってよ、私も連れてって! 絶対役に立つからさ!」


さらに、小さな二つの決意が響いた。


「父上! お願いします、俺も行かせてください!」

「絶対に邪魔しないから!」


アルスとエルナの必死な瞳を受け、ギルバートはその肩に手を置いた。


「わかった。全てが片付くまで後ろの方からついてこい。一緒に『おかあさま』を救い出そう」


その背を見送る演者たちの顔にも、並々ならぬ覚悟があった。

バンダルが深く頭を下げる。


「私たちはここでお待ちしております。必ず、プロデューサーを連れ戻してください」


「ギルバート様、お願いします」


アレンの言葉に、ギルバートは短く応えた。


「ああ」


あの日、あの時。間に合わなかった自分に後悔した。

二度目の後悔は、もうしない。

彼は決然と馬を走らせた。


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