38. お姫様が二人!? 舞い降りた青い奇跡
空から降ってきたシェロンの叫び声に、全員が顔を上げる。遠巻きにいた一般客たちもざわめき出した。
眩いばかりの美形揃いの一行、空飛ぶ巨大な龍、そして何より——。
「おい、あの方は領主様(ギルバート様)じゃないか……?」
「あの巨大なのは何だ、生き物か? あれも『魔道具』ってやつか?」
「舞台の出し物か何かかな……?」
ざわつく周囲の視線を感じながらも、ルーナたちはそれどころではなかった。
シェロンが運んできた少女を、カイルが広げていたレジャーシートにそっと寝かせる。
「……息はしてる。良かった」
ルーナは膝をつき、少女の顔を覗き込んだ。
見たところ、セレスと同い年か、少し下くらいだろうか。濡れた青い髪が頬に張り付いているが、その顔立ちは驚くほど整っている。
「……」
ふいに、少女の長い睫毛が震え、その瞳が開いた。
深い、深い、海の色をした瞳。
「起きた! 大丈夫!? 溺れたの? お父さんお母さんはどこにいるか分かる!?」
しかし、少女は戸惑ったように視線を彷徨わせ、ルーナの顔と、背後に立つギルバートの姿を交互に見つめ……。
「……?」
自分の喉をそっと触り、それからおずおずと口を開いた。
「わ、……わーーーーーーーー!!!!!????」
突然、少女がひっくり返ったような声を上げて飛び起きた。
「わ、わーーーーーーー!!!!!!????」
砂浜で交互に絶叫する二人。少女は自分の脚を震える指先でつつき、驚愕に目を見開いている。
「あ、足がある……! ヒレじゃない、二股に分かれた、ぷにぷにするやつが生えてる……!」
「えっ、あ、足!? そりゃ人間ならあるけど……え、あなた何?」
「アタシ……? アタシはマリーナよ! 海の王国アクア・ルミナスから来たの! この土地で面白いことが始まってるって聞いてね!」
「海の王国……? 海の……え、もしかして、人魚……?」
「うん! 魔女のおうちからちょちょいと秘薬をしっけいしてきた!」
「しっけいしてきた……って。盗んできたの!?」
「わー! だんだん息ができなくなってどうしよう!って思ったけど、これが陸かー! 思ったより砂が熱いね!」
「まってまって、お姉さんキャパオーバーなんだけど! 王国から来たお姫様……なんだよね? 国王様とか王妃様とか、勝手にいなくなって大丈夫なの?」
「大丈夫じゃない? 姉妹いっぱいいるし」
「そういうもん!?」
ルーナは思わずセレスティアを見た。「なんだか騒がしい子ですわね」とセレスは呆れているが、ルーナの脳内では今、久しぶりの「ミニルーナ」が激しくお祝いの舞を踊っていた。
(お姫様が、お姫様が目の前に二人……そして背後にはモチモチの守護龍…もうこれ、私に神の天啓が降りてきてる。えっ、何この完璧な初期メン設定。ミラクルマリンよ。マリンが舞い降りたのよ!やばい、こんなに出会いに恵まれるなんて。特撮の神様ありがとう、ありがとう……!!)
感涙に咽びながら心の中で十字を切ると、ルーナは一歩踏み出し、マリーナの肩をがっしりと掴んだ。
「……その『面白いこと』って、もしかしてヒーローショーだったりする?」
「ヒーローショー? よくわかんないけど、たぶんそれかも! あなたたち知ってるの?」
「知ってるも何も、私たちがそのプロデューサーだからね!」
「プロデューサー……?」
「舞台の全体責任者で、配役を決めたり演出をしたり、いわば物語の創造主みたいなものよ!」
「本当に!? すごい偶然じゃん! 見たら帰るからさ! お願い! 連れてって!」
キラキラとした瞳で詰め寄るマリーナに、アレンが少し申し訳なさそうに口を挟んだ。
「あー、今、劇場が壊れちゃって修繕中なんだよ」
「え!? いつ直るの!?」
「そうですね、秋頃には……」
カイルの答えに、「そんなに!?」とマリーナは一気にしょぼくれた。
「ねぇ、マリーナ。出来上がるまで、うちにこない?」
「え?」
「またお前は……。拾ってくるものが、日に日に規格外になっていないか?」
呆れるギルバートを余所に、ルーナの目はマリーナを「青の戦士」として採寸し始めていた。
(どうにかして、……どうにかして彼女に、セレスのように自分も舞台に立ちたい!と思わせる作戦を練らなきゃね……。フフフ……逃がさないわよ……マリーナ……)
口角を釣り上げ、怪しく独りごちるルーナ。その背後には、まるで悪の組織の首領か、はたまた敏腕芸能マネージャーのようなオーラが漂っていた。
「さて! びっくりしたけど、気を取り直してめいっぱい遊んで帰りましょー!マリーナも良かったら一緒に遊びましょ!」
ルーナの号令で、砂浜は再び活気を取り戻した。
まずは領地で獲れたスイカ割り。
「……簡単だな」
ギルバートは目隠しをされるものの、騎士の驚異的な探知能力を発動。寸分違わずスイカの元へ歩み寄り、一撃で粉砕してしまった。
「情緒がないーー!」
「おい、ボクのスイカー!!!!!」
スイカを楽しみにしていたシェロンから大顰蹙を買うギルバート。
「大丈夫、こんなこともあろうかともう一個あるから! シェロン、拗ねないの!」
一方、アレンとリオンはセレスティアを審判に迎え、ビーチフラッグで熱い戦いを繰り広げている。
「……本気で行きますよ、アレン」
「望むところだ、リオン!」
二人とも顔を真っ赤にしながらも、楽しそうだ。
それを見ていたマリーナの瞳がパァッと輝いた。
「わあ、人間っておもしろいなー! アタシも混ぜてー!」
まだ「二本足」という構造に慣れていないはずなのに、彼女は持ち前の好奇心だけで猛然と駆け出した。
「おっとっと……!? なにこれ、右と左を順番に出すの? むずかしいけど……たーのしーい!!」
生まれたての小鹿のように膝をガクつかせ、時に派手に砂浜へダイブしながらも、マリーナは満面の笑みでアレンたちの輪に飛び込んでいく。
波打ち際では、エルナが恐る恐る海に足をつけていた。
「おかあさま、浮いてます! 浮いてます!」
浮き輪でプカプカと浮かぶエルナの手を、ルーナはしっかりと握る。
ふと横を見れば、ギルバートがアルスに同じように付き添っていた。
「父上、もっと深いところに行きたい!」
「あまり急ぐな、アルス」
(あら、ちゃんと父親の顔をしてるわ……)
そんな光景に、ルーナの口元が自然と緩む。
すると、視線に気づいたのか、ギルバートがふいにこちらを向いた。
「——っ!」
ばっちりと、目が合ってしまった。
陽光の下、いつもより柔らかい眼差しで見つめられ、ルーナは昨夜のモヤモヤや指先へのキスの感触を一気に思い出してしまう。
「……ッ!!」
ルーナは思いっきり、それこそ弾かれたようにバッと目を逸らした。
(あ、今の感じ悪かったかな……。でもでも、なんかあのお買い物の日から変に意識しちゃうんだもんんんんん!!)
必死に砂浜の流木を数える勢いで視線を固定するルーナ。
一方、急に凄まじい勢いで顔を背けられたギルバートは、そんな乙女心(?)を知る由もない。
「……?」
(……今、そんなに露骨に避けるほど、俺は何かしたか……?)
何か気に障るようなことをしただろうか、と、ギルバートは無表情の裏でかなり複雑な、そして少し傷ついたような顔をするのだった。
「奥様! これ、確か食べられるって言ってましたよね!?」
見れば、海の端で釣りにハマったカイルが、タッコ(タコ)やイッカ(イカ)を次々と釣り上げていた。
「カイルさん、めっちゃ楽しんでんじゃん……」
カイルはルンルン気分で、魔道具の保冷バッグに獲物を詰め込んでいる。
こうして、嵐のような新メンバーの登場とともに、海での一日はあっという間に過ぎていった。




