35. 妻の水着選びに夫が同行するらしい
海だ海だー!沢山のリアクション、
ブクマありがとうございます!
「くっそーーー! 今頃になって腹立ってきたーーー! あの魔物、私だって一発ぶん殴ってやりたかったーーー!!!」
工房の机に突っ伏し、ルーナは叫んだ。
あの時の恐怖はどこへやら、今の彼女を突き動かしているのは、大切な「舞台」を汚されたことへの純粋な怒りである。その怒りに任せて、設計図の裏に描き殴られているのは、重厚な装甲を持つ巨大な「合体ロボ」のイラストだった。
「おかあさま、それなーに?」
エルナが不思議そうに図面を覗き込む。
「これは『ロボット』っていうの。鋼の体を持つ正義の味方よ!」
「母上、これもスターレンジャーに関係する『おもちゃ』なんですか!?」
アルスが目を輝かせて詰め寄る。ギルバート様と訓練を始めてから、彼はルーナのことを「母上」と呼ぶようになった。その姿が微笑ましく、ルーナの頬が少し緩む。
(背伸びしちゃって……可愛いなぁ)
「そうよ! レンジャーたちがこれに乗って、巨大化した敵をなぎ倒すの!」
熱弁を振るうルーナの背後から、低く心地よい笑い声が聞こえた。
「マキナから聞いて心配していたが、そこまで不貞腐れてはいないようだな」
「ギ、ギルバート様!……ふ、不貞腐れてますー! 猛烈に機嫌が悪いんですから!」
頬を膨らませるルーナを見つめ、ギルバートは優しく目を細めた。
「ははっ。そんなことだろうと思った。よし、お前が行きたがっていた海に連れて行ってやろう」
「えっ!?」
「うみ!?」
「行きたい行きたい!」
エルナとアルスが飛び跳ねる。そこへ、ひょっこりと優雅な人影が現れた。
「わたくしも行きたいですわ」
「セレス!?」
いつの間にか背後にいたセレスティアが、扇を広げて微笑んでいた。
「わたくしだけ仲間外れなんて、許さないですわよ」
「そーだそーだ! 楽しそうだぞ!ボクも行くぞ!」
セレスの影からシェロンも同調する。
「ボクは徹夜続きで限界……。居眠りして海に沈みたくないから、城で寝るよ……」
マキナはふらふらと自室へ消えていき、乳母がにこやかに送り出してくれた。
「騎士団も控えております。お城のことは任せて、皆様で存分に気分転換をなさってください」
「頼んだ」
ギルバートの決断に、ルーナはパッと顔を輝かせた。
「あ、それならアレンたちも誘おうよ! みんなでワイワイ行ったほうが楽しいもん!」
そんなわけで、辺境領の面々は大所帯で海へと向かうことになった。
季節は初夏。私がこの地へ来て、もうすぐ一年が経とうとしている。今年の夏は、なんだか色んな意味で「暑く」なりそうだ。
出発は一週間後。
そうなれば、私のやることは一つしかない。
「海」という最高のステージにおいて、衣装は演出の要だ。つまり、何が何でも「水着」の準備が必要不可欠なのである。
とはいえ、この世界の貴族に水着なんて概念があるのだろうか?
ルーナはまず、領地の生活に詳しい乳母のマーサにこっそり相談を持ちかけた。
「マーサさん、海って入ったことあります?」
「私は何度かございますよ。貴族の方はあまり入られませんが、主に平民の方が暑い日に水浴びをして遊んでいる印象ですね」
(なるほど……。文化として『水遊び』自体はあるわけね。なら話は早い。水着! 水着がいるわ!あと、浮き輪とビーチボールに~あ、釣り!釣りもしたい!)
子供たちの水着、それにセレスティアにはとびきり可愛いものを準備しなきゃ。
シェロンは……まあ、毛皮があるし、いらないわよね?
男衆の分は、SからXLまで適当に既製品を見繕えばいいとして。
(さて、私はどうしよう。せっかくの海よ?)
脳内でミニルーナが天使と悪魔になって囁き始める。
天使:『海よ、海! 季節もバッチリ! はっちゃければいいじゃない! スタイルも以前よりずっと良くなったんだし、楽しまないなんてもったいないわ!』
悪魔:『貴族令嬢だってこと忘れてない? 水着なんてハレンチよ、はしたないわ! あなた、そもそも泳げな――』
テテーン! という効果音とともに、天使が悪魔をグイグイと押し込んだ。天使が誇らしげにVサインをしている。
「よーし! お買い物に行こう! そういえば最近、領地の方も全然見れてなかったし、ちょうどいい機会だわ!」
決まれば即行動。ルーナは意気揚々と執務室へ向かった。
「そんなわけで、お買い物に行ってきます!」
「水着……ですか? 海に入るおつもりで?」
報告を受けたカイルが、案の定「貴族令嬢が?」という心の声を顔に貼り付けている。
「私は普通の貴族令嬢じゃないって、いつも言ってるじゃない」
「……それもそうでしたね」
カイルが納得しかけたその時、デスクに座っていたギルバートが静かに立ち上がった。
「俺も行く」
「なんて?」
「俺も行くと言ったんだ」
耳を疑うルーナに、ギルバートは無表情ながらもどこか決然とした態度で告げる。
「妻の買い物に夫が付き合うのは、当然だろう」
「すぐそういうこと言う! ……はいはい、わかりました。荷物持ち、しっかりしてもらいますからね、旦那様!」
「旦那様」という呼びかけに、ギルバートが分かりやすくビクッと思わず肩を揺らした。
耳の先をみるみるうちに赤くして視線を逸らす主君の姿を、カイルはこれ以上ないほど冷めた目で見守る。
(……ご馳走様です。早く行けばいいのに。)
こうして、辺境領を統治する「死神」と、その妻である「敏腕プロデューサー」による、前代未聞のショッピングデートが幕を開けた。




