34. 真のヒロインは誰だ?怒りのルクシライザー
「セレスがシェロンを引き連れているだと……!?」
王都・王城の広間に、国王の驚愕した声が響き渡った。
普段は冷静な王妃も、手にした扇を震わせ、蒼白な顔で執事を見つめている。
「あれは王家の機密のはず。守護獣はセレスティアが生まれた時から寄り添う、いわば王家の象徴。……一体、辺境で何が起きているの?」
「セレスティア様からの手紙によりますと、昨日の魔獣襲撃の際、自らの意志で『守護獣』を顕現させ、上級魔獣を討ったとのこと。現在はルーナ殿と共に、領地の復興に尽力されているとか……」
その会話を、柱の陰で聞き耳を立てていたリリアは、苛立ちを隠せずに爪を噛んだ。
(……どういうこと? 第一王女にそんな隠し設定があるなんて知らないわよ! ゲームのシナリオに、そんな活躍シーンなんてなかったじゃない!)
彼女にとって、セレスティアはただの背景モブに近い存在だった。その不快感をかき消すように、リリアは袖の中に隠した「闇のブレスレット」に触れた。
これは、異世界転生してきた彼女だけが知る、ゲームの裏技(隠しコマンド)でしか手に入らない「トクベツ」なアイテムだ。
(ふふ……私にはこれがある。光の魔法を反転させ、魔物を操る闇の力。私こそがこの世界のルールを書き換えられる真のヒロインなのよ)
「リリア、何をしているんだ。今日の祈りは終わったのか?」
振り返ると、夫である第二王子が疲れ果てた表情で立っていた。
「もういい加減にしてくれ。君のせいで、私の立場まで危ういんだぞ。廃嫡の噂まで出ている。君が『聖女』としての務めを果たさず、遊び歩いてばかりいるから――」
「なによ! 私ばっかり働いてるじゃない!」
「働いてるって……。ちょっと祈りの間に閉じこもって、すぐに戻ってくるじゃないか。まともに祈ってさえいないだろう!」
「ちょっと! 王国に魔物が出ないのは、一体誰のおかげだと思っているの!?」
(この男……ゲーム画面ではもっとイケメンで、プレゼントもたくさんくれる気楽な第二王子様って設定だったくせに。現実になったら、ただの小言ばっかりの無能じゃない!)
「リリア? おい、リリア!」
夫の叫びを無視して、彼女は荒々しく踵を返した。
(そういえば、隠しキャラのギルバートって、ビジュアルが公開されてなかったわね)
バッドエンド確率が90%の死神キャラ。立ち絵すらなかったから、全く興味が持てなかった。
(あーあ、攻略しておけば良かったかなー。そうすれば、今頃あそこは私の別荘にでもなっていたのに)
リリアは不敵に笑い、闇のブレスレットを光らせた。
ゲームクリア後の幸せなんて、誰も教えてくれない。けれど、彼女には確信があった。
(『私こそが真のヒロイン』――。この力がある限り、王家だって私を蔑ろにはできない。辺境領なんて、この闇でいつでも潰せるんだから)
┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈
一方、辺境領の主城。
重厚な執務室の窓から、ギルバートは遠くの街並みを、そしてその先に広がる魔の森を険しい表情で見つめていた。
「劇場の再建、および壁の修繕を最優先で行え。今すぐ国内最高の建築士を呼び寄せ、必要な資材を確保しろ。金に糸目はつけん」
「はっ、直ちに手配いたします」
執事が退出すると、部屋にはギルバートと、護衛から戻ったカイルの二人だけが残された。
「……閣下。まさか! 昨日現れたあの個体……。数年前、閣下の姉君とその夫君を死に追いやった、あの中級の魔物だったというのですか!?」
カイルの悲痛な問いに、ギルバートは苦い表情で頷いた。
「……あぁ。それが今回、上級となって現れた。そしてソイツも取り巻きの小物も、あまりに迷いがなかった。魔の森から一直線に、まるで磁石に吸い寄せられるように、あの劇場を目指していたように見える」
ギルバートが重い口を開くと、カイルもまた深く頷いた。
「何者かが誘導したか、あるいは……。とにかく見回りを強化します。幸い、ヒーローショーを見て自警団への志願も増えました。備えは厚くしておきましょう」
不穏な沈黙が部屋を支配したその時、扉が勢いよく開いた。
「コンコン。失礼、ギルバート。緊迫した会議中かな?」
入ってきたのは、数枚の紙束を抱えたマキナだ。額に汗を浮かべたその表情は、どこか戦慄しつつも、新しい技術への興奮を隠しきれていない。
「マキナか。どうした」
「ルーナがね。大切にしていた舞台を壊されたことに相当お怒りで……。また、とんでもない『すごいもん』を作ろうとしてるんだよ。これを見てくれ」
マキナが、ギルバートのデスクに数枚のデザイン画を広げる。そこには、これまでの魔法体系にはない、異質で無機質な形状の「魔道具」が緻密に描かれていた。
「……これは、何だ?」
ギルバートが眉を寄せ、図面の内部構造を覗き込む。
「彼女はこれを『ルクシライザー』と呼んでいる。剣とは違って、遠距離攻撃に特化した形だね。この筒の中で魔法を極限まで圧縮し、一気に撃ち出す……いわば、個人用の超小型魔導砲だよ」
「本当に……この発想力はどこからくるんでしょう」
カイルが呆気にとられたように呟く。昨日、舞台を壊された瞬間のルーナの絶望と怒りが、そのまま殺傷能力の高い魔道具の形となって現れたかのようだった。
「ふっ……。よっぽど、自分のプロデュースした舞台を汚されたのが悔しかったんだろう」
書き殴られた図面の端々に、妻の凄まじい執念と反撃の意志を感じ取り、ギルバートの口元にわずかな笑みが浮かぶ。
「……あとで、ご機嫌を取りに行かないとな」
ギルバートは愛おしそうに図面を指先でなぞると、ルーナが籠もる工房の方角へと視線を向けた。




