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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原りんご
第1章 ヴォルフラム編

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16. 新時代の隊服と、銀のリボン

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用命で?」


店に一歩足を踏み入れると、老舗らしい落ち着いた雰囲気の店員さんが迎えてくれた。

そこは、王都でも指折りの品揃えを誇る高級布屋だった。

天井まで届く高い棚には、色とりどりの布が隙間なく並んでいる。

滑らかな光沢を放つシルク、重厚な質感を誇るベルベット、そしてルーナが目を輝かせた、辺境の過酷な環境にも耐えうる丈夫な厚手の綿や伸縮性に富んだ特殊な生地。それらが虹のようなグラデーションを描いて積み上げられ、店内には微かに新しい布特有の清潔な香りが漂っていた。

さらに、中央のガラスケースの中には、見ているだけで心が躍るような副資材が並んでいる。

金糸で縁取られた刺繍テープや、宝石のような輝きを放つボタン、そしてケースの中で大切に丸められた、色とりどりのシルクリボン。それらはまるで宝箱のように、訪れる者の視線を釘付けにしていた。

けれど、カウンターで顔を上げた店員さんは、私の後ろに立つ人物を認めた瞬間、「ヒッ……」と短く喉を鳴らして一瞬だけ肩を震わせた。

ギルバートは顔を隠すように深くフードを被っているが、その隙間から覗く冷徹な眼光や、纏っている空気までは隠しきれていない。死神の紋章を背負う公爵の圧倒的な威圧感に、店員さんは本能的な恐怖を感じたのだろう。

「死神」の悪名は、遠く離れた王都の店にまでしっかりと届いているようだった。


けれど、そこは王都のプロだった。わずか一秒後には完璧な営業スマイルへと戻り、何事もなかったかのように私に視線を向けた。

私は待ってましたとばかりに、鞄から数枚の紙を取り出してカウンターに広げた。


「本当はヒーロースーツ……あ、いえ、特別な衣装を作りたいところなんですけど。まずはこれをお願いします! 騎士団の皆さんの新しい隊服です!」


ずっと、ずーーーーっと変えたいと思っていたのだ。


「ここはこう、肩の可動域を広げるために、あえて斜めに切り返しを入れてほしいんです。腕を振り上げた時に生地が突っ張らないように。あと、ここは……肘と膝の部分ですね。丈夫なだけでなく伸縮性のある生地で補強して、機動性を上げてください」


私の指差す箇所を、店員さんは食い入るように見つめている。


「ここは裏地をメッシュにして通気性を良くして……あ、でも冬用は逆に魔法繊維で保温性を高めた二重構造にできますか?」


「……ほう、これは驚きました。非常に斬新なデザインですが、機能性に溢れていますね。それでいて、シルエットの美しさも計算されている。これなら防具の着脱もスムーズですし、実用的かつ美しい……」


店員さんが感心したように唸っていると、横からじっと覗き込んできたギルバート様が、眉間に深いしわを寄せた。


「なんだそれは」


「騎士団の皆さんの新しい隊服ですよ! 今の服って、重い防具を外すと急に締まりがなくなるし、逆に防具なしだと動きにくそうなんです。防具を外しても格好良く、なおかつ夏用と冬用で、しっかり使い分けられる設計にしました!」


私は鼻息荒く一気にまくしたて、最後に彼を指差した。


「もちろん、ギルバート様の分もありますからね!」


「……俺もか!?」


目を丸くして驚くギルバート様。あら珍しい。この『素』で驚いた顔は初めて見たわ。

しかし、彼はふと何かを思い出したように表情を険しくした。


「お前……自分のお金を、まさか全部これに使うつもりじゃないだろうな」


「そうですよ?」


「そうですよ!?」


私の即答に、ギルバート様のツッコミが重なる。

彼は軽く咳払いをして視線を泳がせると、少し声を低くして言った。


「……半分出そう。個人の買い物ではなく、隊のものだからな」


「え、いいんですか!?」


「あぁ。少しは自分のためにも使え。……ほら、これなんかお前に似合いそうだぞ」


彼が選んだのは、光沢の美しい銀色のリボンだった。彼は私の背後に回ると、大きな手で少しぎこちなく、けれど丁寧に私の髪にリボンを結んでくれた。


「……やはり、思った通りだ」


至近距離で見つめられ、私は思わず息を呑んだ。


「あ、ありがとうございます……」


「あ、ああ」


二人の間に甘酸っぱい沈黙が流れたその時。


「良い雰囲気のところ申し訳ないんだが、お話を進めてもいいかい?」


店員さんの冷静なツッコミが入った。


「あああああ! はいはいはい! 納期の話でしたよね! はい! 冬前、寒くなる前に! できたら嬉しいです!」


「冬前は注文が多くなる時期ですが……このデザインは作り甲斐があります。なんとか間に合わせましょう」


「ありがとうございます!」


「いい買い物したわー!」


目当てのものが用意できてホクホクの気分で店を出た、その瞬間。王都の空気が、わずかにざわついた。


不快な高笑いが耳をつんざく。


「あら、あなたは……大輪の氷の花! ルーナ・スカーレットじゃありませんこと!? って、あなた随分……雰囲気が変わりましたのね」


そこには、これでもかと着飾った派手なご令嬢、セシリアが立っていた。王都社交界で名を知らぬ者はいない、ローゼンバーグ侯爵家の令嬢。彼女は私を上から下まで、失礼極まりない目つきで値踏みするように眺めている。


「あー……ごめん、全然覚えてない……」


「なんですって! このセシリアを忘れただなんて言わせませんわよ!」


騒ぎを聞きつけ、道行く人々が足を止めた。(あの紋章…まさか噂の……)(公爵家の氷の令嬢までいるぞ)とザワザワ野次馬が集まってくる。


「わわわ、なんか人が集まってきた。だから忘れてごめんなさいってば! ギルバート様、行きましょう!」


私が逃げようとすると、セシリアは勝ち誇ったように声を張り上げた。


「あなた、辺境の地に飛ばされたんですって? 可哀想に。あーんな何にもない辺端なところ。どうせ実家に泣きついて、今日もおねだりに来たのでしょう?」


憐れむようなその言葉に、私は真っ直ぐ彼女を見据えて言い返した。


「セシリア様。私は今のあの領地を、とても気に入っています。私はもう“追放された令嬢”ではありません。あの地の領主として、皆と共に生きると決めたんです。何も分かっていないあなたに、辺鄙なんて呼ばせません!」


私の剣幕に、セシリアは顔を引きつらせて一歩退いた。


「なっ……! ルーナマリア様、あなた頭でもおかしくなりましたの!?あの泥臭い辺境から逃げ出さないなんて!」


そこへ、一歩踏み出したギルバート様が、私の肩を力強く抱き寄せた。その勢いで、深く被っていた彼のフードがはらりと肩に落ちる。


「……っ!!」


露わになった漆黒の髪と、射抜くような銀色の瞳。公爵の圧倒的な美貌に、セシリアは口を半開きにしたまま、赤く染まった顔で呆然と立ち尽くした。そして、その場を取り囲んでいた観衆もまた、一斉に息を呑み、静まり返る。彼らは皆、貴族社会の頂点に君臨する「死神公爵」の、隠されていた素顔の美しさに魅入られていた。セシリアは怒りも忘れ、ただただ「……かっこいい……」と言わんばかりにぽーっと彼を見上げている。

しかし、ギルバート様が放った言葉は氷のように冷たかった。


「ハッ! 俺の妻は――、着飾ることしか脳のないお前より、よほど領地と民のことを考えている。お前のような女に、こいつを蔑む資格はない」


「なっ……!」


一蹴され、セシリアは羞恥と恐怖が混ざったような顔で固まった。「じゃあな」と短く告げて、ギルバート様は彼女を置いて歩き出す。


(あぁ、師匠が私をお認め下さっている……!)


「あ、ありがとうございます……!」


「……気にするな」


そこへ、大量の荷物を抱えたカイルさんがひょっこりと現れた。


「おや、閣下。ずいぶんと……お二人でお熱いことで」


カイルさんの茶化すような視線に、ギルバート様は自分がまだ私の肩をがっしりと抱き寄せたままだったことに気づき、弾かれたように手を離した。

私から目を逸らし、耳まで真っ赤にしている。

カイルさんは私の髪に目を留めた。


「そのリボン、素敵ですね。どうされたんですか?」


「あ、これですか? ギルバート様がくださいました! 日頃の感謝みたいなものですよね!」


私が満面の笑みで答えると、カイルさんは「ほう……」と含みのある笑みを浮かべてギルバート様を振り返った。


「……感謝、ですか。閣下?」

「……あぁ、そうだ」


ギルバート様は不自然に視線を逸らして短く答えた。その姿を見ながら、カイルは密かに心の中で呟いた。


(銀色のリボン……閣下の目の色ですね。 無意識にお色直しをさせるなんて罪作りなお方だ。……もっとも、奥様は分かって……いなさそうですねぇ)


彼が選んでくれた銀色のリボンが、月光のように静かに揺れていた。


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