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辺境に追放された悪役令嬢、特撮オタク保育士の知識で領地を聖地化したら死神公爵に溺愛されました  作者: 栗原りんご
第1章 ヴォルフラム編

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17. ただいま、私の愛する辺境領!

「腹が減っただろう」


不意に頭上から降ってきたギルバート様の低い声に、私はようやく自分が猛烈な空腹の中にいることに気づいた。時計の針は、もう朝というよりはお昼に近い時間を指している。

連れて行かれたのは、石造りの壁に使い込まれた木の机が並ぶ、活気あふれる大衆酒場のような場所だった。昼時とあって、店内は市民たちの笑い声と、厨房から漂う香ばしい匂いで満ちている。

カイルさんが手慣れた様子で注文を済ませると、ほどなくして目の前に運ばれてきたのは、黄金色の肉汁を湛えた豪快な肉料理だった。


「わあ……!」


思わず感嘆の声が漏れる。記憶が戻ってから、王都で外食をするのはこれが初めて。新鮮な高揚感とともにフォークを突き立てた。やはりここでも、彩り程度の葉物野菜が申し訳なさそうに添えられているだけで、皿の主役は圧倒的な「肉」だ。


(んんー! お肉が柔らかくてジューシー! 塩味がガツンときて、噛むほどに旨味が口いっぱいに溢れてくる……! 辺境の干し肉もいいけど、やっぱり焼き立ての塊肉は最高ね!)


いつかは王都を巻き込んで、私の作った野菜で大儲けしてやる……! そんな野望を胸に秘めつつ、私は無我夢中で肉にかぶりついた。


「……ついてるぞ」


ふと、正面に座るギルバート様が、私の顔をじっと見つめて言った。


「へ?」


間抜けな声を出す私の顔に、彼の手がすうっと伸びてくる。大きな指先が私の口の端に触れようとしたその瞬間、ギルバート様は隣に座るカイルさんの視線に気づいたのか、ハッと弾かれたように手を引っ込めた。

一瞬の沈黙の後、彼は少し気まずそうに視線を逸らすと、自分の口角のあたりを指先でトントンと示した。


「……ここだ」


「あ、ありがとうございます!」


私は慌ててナプキンで口元を拭った。そんな私たちのやり取りを、カイルさんは何食わぬ顔をしながらも、口元に微かな笑みを浮かべて見守っていた。


いよいよ、王都からの帰還の時。馬車に乗り込み、出発しようとしたその時だった。


「ルーナマリアさーん!」


喧騒を割り込んで、遠くから私を呼ぶ必死な声が響いた。振り返れば、深緑の髪を振り乱し、大切な楽器のケースを抱えてこちらへ走ってくる人影――シオンさんだ! 彼は私の目の前で止まると、激しく肩で息をしながら、潤んだ瞳で真っ直ぐに私を見つめた。


「僕は……僕は、僕を必要としてくれる人の所へ行きたい。一緒に行かせてください!」


「来てくれて嬉しいです! 一緒に行きましょう!!」


私は馬車のステップを駆け下りる勢いで彼の手を取り、がしっと力強く握手を交わす。彼の手のひらからは、新しい一歩への緊張と熱い決意が伝わってきた。

こうして、魂の歌い手も仲間に加わり、私たちの馬車は一路、辺境へと向かって走り出した。

帰り道、再び慣れ親しんだ野営で一泊することになった。今夜の献立は『肉じゃがうどん』だ。


(ああ、甘辛いお汁が五臓六腑に染み渡る……。でも、やっぱりこの濃い味には白いご飯が欲しくなるわね! 炭水化物の重ね着がしたい!)


「奥様、もうこれから遠征に行く時は毎回ついてきてくださいよ~。こんな美味しいの食べちゃったら、もう以前の携帯食には戻れませんって……」


焚き火を囲む騎士さんたちが、湯気の向こうで本気で涙ぐみながら麺を啜っている。


「ははは……大丈夫よ! そのうち遠征なんて行かなくてもいいぐらい、辺境の地を豊かにしてみせるから!」


翌朝は、王都で仕入れたばかりのパンに新鮮な葉物野菜をこれでもかと挟んだ『ボリュームサンドイッチ』を振る舞った。

領地まであと数時間。懐かしい景色が見え始めたその時、空気を震わせる不気味な咆哮が響き渡った。魔物だ!

騎士たちの指先から魔法が閃光となって放たれるが、魔物の動きは風のように素早く、魔法を当てるのも至難の業だ。騎士たちが少し苦戦しているのが伝わってくる。


(剣で倒せたらいいのに……。魔物を見るのは2回目だけど、本当にここは異世界なんだ。アニメを見ているみたいだけど、これが現実……! 私も、私も早くあんな風に戦えるようになりたい!)


「そっちに行ったぞ!」


ギルバート様の鋭い制止の声が飛ぶ。隣では、シオンさんが見たこともない恐怖に顔を真っ青にして、ガタガタと膝を震わせていた。


「ヒッ……あ、あんなの無理です! 死んじゃいます!」


「大丈夫です、シオンさん! ギルバート様と、私たちの辺境騎士団なら絶対に大丈夫ですから!」


私が力強く肩を叩くと、彼はまだ震えながらも、自分たちを守るために死力を尽くして戦う騎士たちの背中を、必死に目に焼き付けていた。

やがて魔物は霧のように消え去り、そこには鈍く光る「魔核」だけが静かに転がっていた。


「よし、回収だ。急げ!」


カイルさんの指示で、騎士たちが慣れた手つきで大量の魔核を素早く回収していく。手に取られた魔核は丸く、赤や青、緑など、種類によって様々な色を放っている。


(これが、辺境の地を支えているんだ……)


今はまだコンロやオーブンの燃料として、人々の生活を支えるだけのこの光。ようやく形にすることができた、あのおもちゃ。けれど、私はもっとこの魔核でしたいことがたくさんある。いつかはこれをただの燃料ではなく、誰もが憧れる「戦隊」の力に変えて、この地を照らしたい。手のひらで転がる魔核を眺めながら、私は確信していた。この輝きは、辺境の希望なんだと。

治療の手伝いをしながら、傍にいた元盗賊のアレンとリオンに問いかける。


「あなた達は、森で魔物に遭遇したらどうするの?」


彼らは自分たちの無力さを噛み締めるように、苦々しく笑った。


「……平民や孤児上がりの俺達は魔法が使えない。だから、辺境の魔物が出るギリギリの場所で張ってたんだ。それでも遭遇した時は……全力で逃げるしかなかったよ」


「そっか……。みんな、生きるために必死だったのね」


魔法を使える者と使えない者。その圧倒的な格差を、私は改めて目の当たりにした。


領地に戻った私たちがまず向かったのは孤児院だった。


「まあ、ルーナ様! 閣下も! お帰りなさいませ」


シスターが迎えてくれたが、建物の影から顔を出した孤児たちは、騎士団の制服を見た瞬間、弾かれたように隠れてしまった。

激戦を終えたばかりの騎士たちの鎧には、魔物のどす黒い返り血がこびりついている。

差し伸べられた手を見る子供たちの目には、憧れも信頼も一切ない。騎士団の面々も、その拒絶を痛いほど感じながら、やり切れない表情で立ち尽くしていた。


(……なんとなく、予想はしてたけど。思っていたよりも事態は深刻だな。恐怖が信頼を上回ってしまっている。守る側と守られる側にこんなに壁があるなんて)


二泊三日の遠征を終え、ようやく城の重厚な門をくぐり、屋敷の玄関が見えた時だった。


「ルーナマリア様!!」


開かれた扉から飛び出してきたのは、エルナだった。彼女は転びそうな勢いで駆け寄ると、私の腰にしがみつき、顔を埋めて激しく震え出した。


「エルナちゃん? どうしたの、そんなに震えて……。私がいない間、また熱とか出さなかった?」


問いかけると、エルナは私の服をちぎれんばかりに握りしめたまま、消え入りそうな声で漏らした。


「……よかった。……ほんとうに、かえってきてくれた……」


その小さな手は、まるで私が幻で、今にも消えてしまうのではないかと怯えているかのようだった。

すると、柱の影からゆっくりと、アルスが姿を現した。


「……ふん。生きて帰ってきたのかよ。……ったく、遅いんだよ」


ぶっきらぼうな言い方は相変わらずだが、その顔はひどく青ざめ、目の下には濃い隈ができている。


(……もしかして、私が行っている間、ずっと眠れなかったの?)


「心配かけてごめんね、アルスくん。怪我一つしてないわ、ピンピンしてるわよ」


「……誰が心配なんてしたかよ。……ただ、あんたみたいな鈍臭いのがいないと、エルナがうるせーから……っ」


アルスはそう言って視線を逸らしたが、その拳は膝の上でぎゅっと握りしめられ、微かに震えている。


(……そんなに? たった二泊三日の不在だったのに、この子たちの怯え方は普通じゃない気がする……)


ふと視線を上げると、少し離れた場所に立つギルバート様と目が合った。

彼は、必死に私にしがみつく双子を、何か言いようのない複雑な眼差しで見つめていた。まるで、触れたいけれど触れてはいけないものを見るような、そんな寂しげな瞳。

そんな重苦しい空気を切り裂くように、厨房の方からエプロン姿の料理長が大きな体を揺らして飛んできた。


「奥様! お帰りなさいませ! 王都の肉も良いでしょうが、今夜は私が腕によりをかけて、辺境一の滋養強壮料理を用意しておりますぞ!」


さらに、その後ろから目を血走らせたマキナさんが、怪しげな工具を手に割り込んできた。


「ルーナ! 待ちかねたよ! ほらほら! 早く新しい開発の話を聞かせておくれ! 王都でまた面白いことをしてきたんだろ!? 早く部屋へ行こう、さあ!!」


「ちょ、ちょっと二人とも! まだ帰ったばかりなんだから……!」


頬を緩める私を、夕暮れの優しい風が包み込む。

あぁ、帰ってきたんだ。私の家に。


「ただいま、みんな!」

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