15. 王都は宝の山
「着いたーーーーー!!!!! 久しぶりの王都!(ほとんど覚えちゃいないけど!)」
馬車が王都のメインストリートに差し掛かった瞬間、私は身を乗り出した。辺境領とは比べものにならない人の数、ひしめき合う露店。石造りの街並みに響く馬車の音に、胸が躍る。
王都の入口近くでは、捕まえた盗賊のアレンさんやリオンさんたちが、騎士団の交代の見張り付きで空き地に待機させられている。「逃げたら容赦しないからね!」と念を押しておいたが、彼らはどこか呆然とした様子で頷いていた。
「実家には寄らなくていいのか」
後ろから降りてきたギルバート様が、呆れたように声をかけてきた。
「辺境領に来てまだ数ヶ月ですし、今は行きたいところがたくさんあるので大丈夫です!」
元気よく答える私を横目に、ギルバートはふと、ここ数ヶ月の彼女の姿を思い出していた。
屋敷にやってきた当初の、何をしでかすかわからない奇行の数々。けれど彼女は、痩せた土地を這いずり回って畑を耕し、双子のために魔道具を考案し、常に領地の利益のために動いていた。
今回も、彼女は市場で稼いだお金のほとんどを辺境領の資金として預けてきた。手元に残したのは、わずか3分の1だ。
(……こんな変なやつでも一応は貴族令嬢だ。ドレスや宝石なんかを買うんだろうと思っていたが)
『だって自分で使ってもたいしたことないですし。それより、マキナさんの魔道具開発に回してもらいたいんです!』
その言葉と共に向けられた満面の笑みを思い出し、胸がドクンと大きく波打った。彼は不自然に視線を逸らす。
「ギルバート様?」
「……いやっ、なんでもない」
私の問いかけに、彼は少しぶっきらぼうに返した。
カイルさんが皆に告げる。
「ここからは、半日自由時間です。解散!」
騎士団の皆さんは「おぉー!」と声を上げる。皆、久しぶりの王都の空気に少し浮き足立っているようだ。
私たちはそのまま三人で、活気あふれる市場を歩く。私は早速、食材の並ぶ屋台に目を光らせた。
「……あっ、魚! お魚だ! お魚が食べたい!」
氷の上に並んだ銀色の鱗を見つけ、私は吸い寄せられるように駆け寄った。
「でも、ここから辺境まで一日かかるし……腐っちゃうなぁ」
私が肩を落とすと、ギルバート様が冷ややかに言い放った。
「魚なんて腹の足しにもならんだろ」
「何言ってるんですか! お魚はDHAがたっぷりなんですよ! 血液はサラサラになるし、脳の活性化にもいいんです!」
「へぇ~それは知らなかった。……奥様、辺境領にも海はあるんですよ」
カイルさんの言葉に、私の動きが止まる。
「……へ?」
「何も手をつけてはいないが」
ギルバート様が補足する。
「海がある!? 海があるんですね!?」
「お、おい! 近いぞ!」
詰め寄る私に、ギルバート様は思わずのけぞった。私の頭の中はもう、マキナさんに相談して魔道具で船が作れるかどうか、という計画でいっぱいだ。
ふと、並んでいる食材を見渡し、私はあることに気がついた。
(……魚以外、何もない?)
「あの、店員さん。タッコやイッカって置いてないんですか? ワーカメもないですね。なんでですか?」
「えぇ!? あんな気味の悪いもの、食べられるわけないじゃない! 魔物でしょ?」
店員さんは本気で嫌そうな顔をする。
(魔物だと思われてんの!? あぁ、見た目がアレだもんね……なるほどなるほど)
そんな会話をしていると、広場の方から力強く魂を揺さぶるような歌声が聞こえてきた。吟遊詩人のようだが、伴奏の音楽に対して歌声がやけにパワフルすぎて、通り過ぎる人々は戸惑ったように足を止めてくれない。
(……あれ? この歌声……)
広場を通り過ぎようとした私の足が、不自然に止まった。
吟遊詩人の青年が弾く弦楽器の音は、王都で好まれる優雅で穏やかな調べだ。けれど、そこに乗る彼の歌声だけが、どうしようもなく「浮いて」いた。
周囲の貴婦人たちは耳を震わせるその声の大きさに眉をひそめ、若者たちは「もっとしっとりした歌を歌えよ」と野次を飛ばして通り過ぎていく。
けれど、私の耳には違って聞こえた。
お上品なバラードを歌っているはずなのに、彼の声には魂を揺さぶるような爆発力と、突き抜けるような高音の伸びがある。それはまるで、爆破シーンを背景に熱く正義を叫ぶ、あの「アニソン」や「戦隊ソング」の歌手そのものだった。
(この声……この熱量……。バラードなんて歌ってる場合じゃない。この人、絶対に『主題歌』を歌うべき人だ……!)
「今日もダメか……」
力なく呟いた青年の姿を見た瞬間、私の中にまた強烈な天啓が降りた。
私はギルバート様の制止を振り切るように、その青年の元へ走り出した。
「あの!」
「はい……?」
振り返った彼は、深緑の肩まである整えられたサラサラの髪をしていた。
項垂れていた彼が顔を上げた拍子に、その美しい髪がはらりと肩から落ちる。
「戦隊ソング、歌ってみませんか?」
「え? ……せんた、……?」
困惑する彼に、私は居住まいを正して自己紹介をした。
「戦隊ソングです! 名乗るのが遅れました。私はルーナマリア・スカーレットと申します」
「は、はぁ。ご丁寧にどうも……シオンと申します」
「シオンさんはいつもここで歌を?」
私の勢いに押されたのか、シオンはポツリポツリと胸の内を語り始めた。
「僕は、昔から歌が好きで……。小さい頃からずっと歌ってきました。でも、王都の人たちが好むのは柔らかくてしっとりとした、穏やかな歌ばかりなんです。僕の歌い方はその正反対。どうしたらいいのか、もう分からなくて……。その、せんたいそんぐというものは、どんなものなのでしょう?」
「もちろんです! 戦隊ソングは、魂を揺さぶる勇気の歌です! あなたのその、爆発を背負ってでも正義を叫ぶようなパワフルな歌声にこそ、ふさわしいジャンルなんです! そんなわけで、ぜひ辺境の地で歌ってください!」
「爆発……? 正義……? ……すみません、言葉の意味はさっぱり分かりませんが、あなたがその戦隊ソングを愛していることは理解できました。でも、辺境まではさすがに行けません」
「なんでですか!?」
私が身を乗り出して食い下がると、シオンは困ったように視線を落とした。
「パトロンがいないと食べていけないからです。今は靴磨きと、酒場の皿洗いで働きながらなんとか食い繋いでいますが……そんな遠い場所へ行く余裕はありません。それに、辺境領ってあの恐ろし……」
そこまで言いかけたシオンの言葉が、凍りついたように止まった。
彼の背後に立つギルバート様とカイルさんの、射抜くような鋭い視線が突き刺さったからだ。
「……ッ、ヒィッ!!!」
シオンは情けない声を上げてのけぞった。
「ちょっと二人とも! 怖がらせないでください! でもシオンさん、大丈夫です。あちらにも仕事はありますし、私があなたのパトロンになります!」
「……っ! 貴女が、僕の……?」
シオンは驚きに目を見開いた。王都で否定され続けてきた自分の歌に、これほどまでの熱意で投資しようとする人物が現れるなんて思ってもみなかったのだろう。
「……分かりました。少し、考えさせてください」
私は出発の時間と自分の名を記したメモを彼の手のひらに押し付けた。「待ってますからね!」と念を押して、私たちはその場を後にする。
「……良かったのか?」
立ち去り際、ギルバート様がぼそりと尋ねた。
「はい! 自分から『来たい』、変わりたいと思わないと」
「ふん……お前のことだから、返事を聞く前に無理にでも連れて行くかと思ったがな」
ギルバート様は意外そうに鼻を鳴らした。
(相変わらず何を考えているのかさっぱり分からんが……。自分から変わりたいと思わないと、か。いいことを言うじゃないか)
真っ直ぐに前を見据えて答える彼女を、ギルバートは静かに見つめていた。こいつの目は、いつも眩しいほどに前しか見ていない。
そんな私の様子に彼は小さく鼻で笑うと、私たちは再び市場の波に乗り、賑やかな通りを抜けていく。
やがて広場の出口まで差し掛かったところで、カイルさんが足を止めた。
「では、私は魔核の換金と食料調達に行きますので、一旦ここで失礼します。ギルバート様はどうなさいますか?」
「……こいつの護衛をする。何かやらかしそうだからな」
ギルバート様のその言葉に、カイルさんは「おや」と意外そうに眉を上げ、それから合点がいったように口角を上げた。
「それは心強い。では、奥様をくれぐれもよろしくお願いしますね、閣下」
「なんだその目は」
「ふふ、なんでもありませんよ。では」
ヒラヒラと手を振って、カイルさんは人混みに消えていった。
カイルさんと別れ、二人きりになった瞬間、私は次の目的地を見つけて叫んだ。
「あ! 布屋さん!!! そういえば、作りたいものがあったんだ!」
私はギルバート様の腕をぐいと引き、吸い込まれるように店の中へと突入していった。




