13. 小さな勇者への贈り物
市場が軌道に乗り始めてから1ヶ月が経とうとしていた頃、屋敷に衝撃が走った。
エルナが、高熱を出して倒れたのだ。
「う、うぅ……いやぁっ……!」
ベッドで激しくうなされるエルナ。彼女は、深い闇の中にいた。
夢の中、目の前で父と母が倒れている。幼いアルスはエルナを壊れ物を扱うように抱きしめ、ガタガタと震えていた。そのさらに前、『おとうさま』がたった一人で巨大な魔物に立ち向かっている――。
(怖い……誰か、誰か助けて……!)
絶望に飲み込まれそうになったその時。
ふっと、熱い手を握られた感覚があった。
「……ごめんね、エルナ。私が無理をさせたばかりに……本当にごめんね」
誰かの泣きそうな声が聞こえる。
暗闇が少しずつ晴れ、視界が白く開けていく。
「……ルーナ、マリア……さん?」
目を開けると、そこには寝食を忘れて付きっきりで看病していたのであろう、目の下に少しクマを作ったルーナマリアの顔があった。傍らではアルスも、今にも泣き出しそうな顔でこちらを覗き込んでいる。
「ルーナマリアさん……あやまらないで。わたし、すごくたのしかったの。お芋掘りも、お店屋さんも。だから、あやまらないで……」
「エルナ……っ」
健気な言葉に、視界がじわりと滲む。
隣でアルスが、自分に言い聞かせるように呟いた。
「……今まで少し外に出るだけでも体調を崩してたのに。最近は本当に元気そうだったから、俺も油断してた」
アルスは気まずそうに顔を背けると、所在なげに首筋をさすった。
「……乳母がいれば、交代してアンタを休ませられるんだがな。あいつ、お前が来る数週間前に腰をやって療養のために実家に帰ったんだ。代わりを呼ぼうにも、こんな辺境まで来る物好きはそうそういないだろ」
(なるほど。お屋敷の教育担当が不在だったのはそういう理由だったのね……)
「ごめんね、私の配慮が足りなかったわ。エルナが元気になったら、二人にとびっきりのプレゼントを用意してあげる!」
「……プレゼント?」
二人がきょとんとする中、私は心の中で「あの計画」の完遂を誓った。
翌朝。
エルナの熱が下がり、ようやく一息ついた私の元へ、嵐のような足音が近づいてきた。
「ルーナ〜〜〜〜!!!! 軍資金で作ったサンプルができあがったよ! 見てこれ見てこれ!!」
部屋に飛び込んできたのは、寝不足で目を血走らせ、けれど最高にハイテンションなマキナさんだ。その手には、夢にまで見た「それ」があった。
「マキナさ〜〜〜〜ん! 愛してる!! キャー! 天才! なにこれ、どうなってんのこれ!?」
まずはステッキ。
淡いピンクとゴールドの繊細な装飾が施された、魔法少女ミラクルステラのメイン武器だ。中央の魔石がスイッチになっていて、軽く押し込むと「キィィィィィィィン!」という高音と共に、石が七色に発光する。
そしてスターレンジャーのメダルと短剣。重厚な銀色のメダルを入れて裏側の小さなレバーを引くと「ガシャンッ!」という金属音が鳴り、正義のヒーローとしての重みをこれでもかと主張してくる。短剣の方は、振るたびに「シュバッ!」という鋭い風切り音が魔力回路を通じて響く仕組みだ。
「……ふふふ、聞いて驚け! 魔道具の核となる魔石の出力を、極小の回路でバイパスさせて、特定の振動数で音を鳴らすように調整したんだよ。光の拡散も、レンズ状に削り出したクリスタルを通すことでだね……(以下、十五分にわたる超専門的な長い解説)」
「……なんかよく分かんないけど!! 音まで鳴るなんて、この世界で『DX玩具』が見られるなんて、私もう人生に悔いは無いかも……っ!」
感激のあまり拝みだす私に、マキナさんが慌ててツッコミを入れる。
「召されないでルーナ! まだまだアイデアはあるんでしょ!? もっと、もっと私に刺激を頂戴……っ! ハァ、ハァ……次は何!? 何を作るの!? 早く教えてぇえ!!!」
「マ、マキナさん、顔! 顔が近いし、ちょっと怖い!! とりあえず休憩休憩! 自分の部屋に戻って寝て!!!!!」
「ええぇぇ~、冷たいよルーナぁ! もっとゾクゾクしたいのにぃ!」
文句を言うマキナさんを強引に部屋から追い出し、パタンと扉を閉める。ようやく訪れた静寂の中、私は一息つくと机に向かった。
プレゼントを木箱に入れ、仕上げに「包装」を施す。
……といっても、この世界には可愛い包装紙なんて気の利いた概念はない。せいぜい箱にリボンを結ぶくらいが関の山だ。
(この世界って、こういう細かいところが雑っていうか、なんていうか。ギフト文化の伸び代がすごいわ)
仕方ないので、私は手漉きの紙に自分で「ミラクルステラ」と「スターレンジャー」のイラストを描き、それを包装紙代わりにして箱を包んだ。
「よし、これで完璧!」
私はすっかり元気になったエルナとアルスの元へ、弾む足取りで向かった。
「お待たせ! 約束してたプレゼント、持ってきたよ!」
「わあ……! ルーナマリアさん、これ、なに?」
「プレゼント? ……開けてもいいのか」
目を輝かせる二人。私は自信満々に頷いた。
箱が開けられ、中からマキナさんと作り上げた至高の魔道具――銀色に輝くステッキと、重厚な装飾が施されたバッジが現れる。
「な、なにこれなにこれ……?」
「すごく……綺麗だけど……」
二人はそれをおそるおそる手に取るものの、反応はどこか「イマイチ」だ。
「これは『おもちゃ』って言ってね。こうやってスイッチを入れると光るし、このポーズで呪文を唱えると……」
懸命に遊び方を説明する私。だが、二人の頭の上には大きなハテナマークが浮かんでいる。
(……はっ!!!!!)
その時、私は雷に打たれたような衝撃を受けた。
(そうよ! 当たり前じゃん! この子たちは『物語』を知らない! 変身アイテムだけ渡されても、何になりきればいいか分からないよね!!??)
順番間違えター!!
ハイテンションで脳内で扇子を振って踊り狂っていたミニルーナが一斉に静止する。次の瞬間、全員がガバッと膝から崩れ落ち、そのまま真っ白に燃え尽きて灰になった。
ただの光る棒やバッジは、子供にとっては「なんだかよく分からない工芸品」でしかないのだ。
(大丈夫、大丈夫よルーナ。焦らないで。要は、このアイテムがどれほどカッコよくて、どれほど正義のために必要なものかを知ってもらえばいいのよ……)
私の目が、かつてないほど鋭く光る。
「……物語を作るのよ!」
この辺境の地に、今、空前の「ヒーローショー」の幕が上がろうとしていた。




