12. 変わり始めた辺境の地
それは、マキナが私の部屋へ突撃してくる少し前のこと。
領主執務室では、マキナが机を叩いて予算の交渉を繰り広げていた。
「だから! 新しい魔道具の開発予算を増額してくれないと、領内の防衛線が維持できないよ、ギル!」
「何度も言っているが現状……」
2人の言い争いが始まろうとしていたその時、控えめなノックの音が響いた。
入ってきたのは、苦笑いを浮かべたカイルさんだ。その手には、見慣れない菓子が載った皿がある。
「なんだそれは」
「お菓子だそうです。奥様が作られました。自ら土を掘り、泥だらけになって収穫した作物を使って。味は保証します」
「……あの女が?」
不審げに目を細めつつ、一切れを口に運ぶ。
咀嚼した瞬間、その瞳が大きく見開かれた。
(!!!!!!)
「……ギル? 何その顔、おいしいの!?」
マキナが横から一切れ奪って口に放り込んだ。
「んーーー!!! なにこれ、脳の細胞が活性化していく……! ねえカイル、この奥様、ただの『氷の令嬢』じゃないでしょ? 既存の価値観を破壊する香りがするよ!」
ギルバートは無言で、空になった皿を見つめた。
(王都から来たばかりの令嬢だ。すぐに根を上げて逃げ出すかと思ったが、なかなか……面白いことをする)
マキナはそんな彼の様子を見てニヤリと笑うと、立ち上がってウィンクを飛ばした。
「ちょっと奥様のところ行ってくるね! どんな面白い子か、この目で確かめなきゃ!」
「おい、マキナ!」という声を背に、彼女は光の速さで部屋を飛び出していった。
―――3ヶ月後
私は鏡の前で、くるりと回ってポーズをとった。
「……よし、だいぶスッキリした!」
王都にいた頃から毎朝欠かさず続けた特撮流トレーニング、そして連日の畑仕事と厨房通い。試作を兼ねた「健康スイーツ」生活の結果、私の体型は見違えるほどに引き締まっていた。
「……うん、我ながら完璧な仕上がり!」
鏡に映る私は、以前の少し丸みを帯びた印象から一変していた。
胸は、以前より一段と高い位置で上向きに。豊かなボリューム感はそのままに、ハリが出て美しい。
ウエストは、無駄な脂肪が落ちて驚くほど薄く、キュッと引き締まった。コルセットを使わずとも、綺麗な「くびれ」ができている。
おしりは、日々のスクワットと屈伸運動の成果で上向きにツンと持ち上がり、戦うヒロインのような健康的な曲線美を手に入れていた。
これならドレスを着ても余裕で着こなせるし、何より動きやすい!
あまりの体の軽さに、私はつい鏡の前で変身後のポーズをとってみる。
「煌めく紅き流星、ミラクルフレア!」
ビシッと指先まで決めた、渾身の決めポーズ。キマった…。
……その時だった。
「何をやっている」
背後から響いたのは、奈落の底まで冷え切ったような低音。
「ぎゃー! でたーっ!!!」
叫び声を上げながら、私は文字通り跳び上がった。振り返ると、そこにはいつもの鉄仮面――ギルバート様が、幽霊のように音もなく立っていた。
(まったく、乙女の部屋に入るのにノックをしなさいよノックを!!! 見られた! 完全に今、紅き流星を見られた……!)
穴があったら入りたい私を余所に、旦那様は眉ひとつ動かさずに告げる。
「市場に行くのだろう。早く支度をしろ」
「は、はい……!」
返事をしつつ、私は改めて彼をまじまじと見つめる。
(ぐっ……立ってるだけでこのオーラ。世の中不公平だわ。その脚の長さを少しでいいから私に分けてもらいたい。まぁでも、異世界の特撮英雄役を張る俳優なら、これくらいのオーラはないと務まらないよね……)
「またお前は何をブツブツ言っているんだ」
「すみません。つい心の声が」
「……行くぞ」
呆れたように背を向けたギルバート様の後に続き、私は急いで荷物をまとめた。
市場へ向かう道中、私の隣にはアルスとエルナもいた。だが、彼らの様子が明らかにおかしい。
二人は私の服の裾を、白くなるほど強く握りしめている。背後に立つギルバート様がわずかに動くたび、アルスはびくんと肩を揺らし、エルナに至っては、恐怖のあまり青ざめた顔で私の背中に隠れるようにして歩いていた。
(……これは、ただの「苦手の延長」じゃない。本気の怯えだわ)
ギルバート様が発するマイナス十度の威圧感は、子供たちにとって、逃げ場のない檻のように感じられているのかもしれない。
(なんでこんなに怯えているの……? いつか、聞ける日がくるかな……)
ふと振り返ると、ギルバート様はそんな双子の様子をじっと見つめていた。その氷のような瞳に、一瞬だけ、張り裂けそうなほど「辛そうな色」が滲む。彼は耐えきれないというように、わずかに顔を歪めて静かに目を逸らした。
そして今。私は双子と市場の中にいる。背後には護衛としてギルバート様が立っているけれど……正直、彼の放つ威圧感のせいで、そこだけ空気がマイナス十度くらいになっている気がする。
並べたのは、クッキー、パウンドケーキ、タルトケーキ、そして野菜チップスの4種類。エプロンを締め直し、看板を掲げた。
「お待たせしました! 辺境特製、幸せの野菜スイーツ&チップス……販売開始です!」
いざ市場に出てみると、そこは決して活気に満ちているとは言えなかった。
魔物や盗賊の被害で物資の輸送が困難なこの地では、一ヶ月に数回、騎士団が総出で物資を運んでくるのがやっと。並んでいる品物もどこか寂しげだ。
それでも。最初は「氷の令嬢が何かしている」と敬遠されていた野菜スイーツも、今や口コミが口コミを呼び、どれも大人気ですぐに売り切れるようになった。
特に、子供を持つ母親たちからの支持は絶大だ。
「うちの子、あんなに野菜嫌いだったのに、これなら喜んで食べるんです!」
「おかげで風邪を引かなくなって、病気になりにくくなった気がします!」
などなど、やはり野菜のパワーは異世界でも健在のようだ。
荒れた土地でも簡単に育てられるとあって、最近では根菜を自ら育てる家庭も増えてきた。
(よしよし、いい流れ……!)
さらに、お菓子を売るついでに「野菜の美味しい食べ方レシピ本」を売り出してみたら、これもまた大ヒット。
少しずつ、しかし確実に辺境の地が変わってきている。そんな手応えを感じていた。
最初は接客に不慣れだった2人も、今となっては楽しそうにお手伝いしてくれる。
「は? 社会勉強?」
アルスが眉を寄せた時、私はこう誘ったのだ。
「そうそう。2人ともずっと城の中にいるでしょう? 芋掘りよりもっと面白いことしてみない?」
「やりたいやりたい!」
「……まぁ、エルナがやりたいなら……」
「そうと決まれば!」と2人を市場へ連れ出してみたら。背後に立つギルバート様の視線を気にしながらも、自分たちの手でお菓子が売れたことが嬉しかったのか、今ではベテランの看板息子と看板娘だ。
アルスはぶっきらぼうながらもテキパキと袋詰めをこなし、エルナは満面の笑みでお客さんを呼び込む。その愛らしさに、領民たちの顔も自然とほころんでいく。
そして私はこの3ヶ月間、市場との合間を縫って屋敷の人たちと荒れ放題だった庭を整え、探索を続けていた。その甲斐あって、自生していた「キュイ(キウイ)」も発見した。
「……これで美容方面でも攻められる。ふふふ、ふふふふふ!」
私の怪しい笑い声が庭に響く。
プランターにはミニトマト、ピーマン、ラディッシュに似た野菜の種を植えた。季節の不安はあったけれど、こちらの世界の植物の生命力は凄まじい。ラズリやブルリのように、成長スピードが異常に速いものもあり、王都で勉強していた知識が役に立った。
「もうすぐ秋だから、小松菜やほうれん草も育ててみよう。これらが育てば、あの伝説の健康飲料『青汁』も作れそう……!」
どんどん稼ぐ! 全ては……最高にクールで可愛い、「変身アイテム」を完成させるため!!
そうやって私は、着実に、そして情熱的に「軍資金」を貯めていった。




