天文部に入る
私が入ったのは天文部だった。実は高校に入る前から、ずっと決めていた。
そのきっかけは、中学3年の冬頃だった。あの水泳部での日々の苦痛、学校全体を覆う陰湿な噂、孤独と絶望が日に日に募る中で、私は何もかもが嫌になっていた。この世界から消えてしまいたいと本気で思うこともあった。そしてある夜、衝動的に寮の屋上に忍び込んだのだ。普段は立ち入り禁止のはずだったが、古い鍵がかかったままだったのか、あっけなく扉が開いた。
そこには星があった。
街灯りの少ない山間の学校だったこともあり、遮るものもなく広がる夜空は息をのむほど壮麗だった。都会では見たこともない無数の星屑が瞬き、オリオン座のベルトや冬の大三角形がくっきりと浮かび上がっていた。北極星を中心にゆっくりと回転していく天球。宇宙の果てしない広がりを感じさせる暗闇の中に散りばめられた光の粒々。
あまりの美しさに、涙が自然と頬を伝った。自分がちっぽけな悩みに囚われていたことに気づいたのではない。ただただ、目の前に広がる光景に心を奪われたのだ。地球という惑星の上で生きていることの確かさと同時に、その小さな惑星ごと包み込む無限の闇の存在。相反する二つの感覚が混じり合い、私の心を圧倒した。
「きれい……」
呟いた声は夜風に溶けていく。その瞬間、少しだけだが、胸の奥に澱のように溜まっていた暗いものが洗い流された気がした。自暴自棄になりかけていた思考がピタリと止まり、ただ純粋に目の前の光景に見入っていた。多分これが、私が生まれて初めて見た本当の意味での夜空だった。
この体験が決め手となった。高校では絶対に天文部に入る。もちろん水泳はもう懲り懲りだったし、あの多香美女子校での悪夢を連想させるものはすべて遠ざけたかった。新しいことを始めたい、新しい世界が見たい。そして何より、あの夜の感動をもう一度味わいたかった。そのためなら部員が少なくてもいい。活動が地味でも構わない。ただ星を眺めることができればそれで良いと思った。
天文部の顧問は村野瀬先生。初老の理科の先生で、星の話をすると長くなる。部員も少なく、活動はマイペースに行われていた。観測会があれば参加するし、なければ個人で好きなように星を観察してもよい。そういう緩やかな雰囲気が私には合っていた。
「星って、きれいだよねえ」
初めての観測会の時、私はそう言った。
「うん、きれいだよ。宇宙にはまだまだ解明されていない謎がいっぱいあるからね」
部長の木島さんが言った。木島さんは、私が入る前からずっと天文部を引っ張ってきた人だ。
「解明されていない謎か。いいね」
私はそう言って、満天の星を眺めた。多香美女子中学の校舎の屋上で見た、あの星空と同じように。
この高校の数少ない、私が中学で水泳部だったことを知る人間である佐藤は、私が天文部に入ったと聞くと、
「中学までずっと水の中を見ているのも、飽きるもんな」
などと相変わらず暢気なことを言っていた。そういう佐藤は、中学はバスケットボール部、高校はゲーム研究部という変遷だ。相変わらず、脈絡がない。
「うるさい。余計なお世話よ」
思わず言い返すが、彼とのこういう軽口が、今の私には心地よかった。




