第6話 決意 中編
仕事などが忙しすぎてなかなか書く時間がとれずに前編の投稿から時間が空いてしまいましたが、本日第6話の中編完成しました。
よろしくお願いいたします。
温室の外は、静かだった。
中のざわめきが嘘のように、風の音だけが残っている。
リョクは、少し離れた場所に立っていた。
視線の先には、花の色を失った温室がある。さっきまで五つの影が走り回っていた場所だ。
五体で一つ。
それは、最初にモニターを見た時から分かっていた。
だからこそ、余計に悔しかった。
(分かってたのに、何もできなかった)
いや、何もできなかったわけではない。
踏み込むことはできた。敵の動きを追うこともできた。仲間がどこにいるのかも、ある程度は見えていた。
だが、その先がなかった。
一護が前に出た時、止めるべきだと思った。
いずみが弾かれた時、ほかの二人に位置を変えてもらうべきだと思った。
成実が仕掛けようとした時、今なら一体を孤立させられるかもしれないと思った。
どれも、頭の中にはあった。
それなのに、言葉にするまでに時間がかかった。
(……俺が言って、いいのか)
その迷いが、いつも先に来る。
自分が一番年上だからといって、ほかの四人より正しい判断ができるわけではない。
一護には一護の判断がある。いずみにはいずみの見え方がある。桜も成実も、それぞれ自分で考えて動いている。
誰かがリーダーと決められているわけでもない。
だから、自分が前に出て「こうしよう」と言うことに、どこか引っかかりがあった。
間違っていたらどうする。
自分の判断で、誰かを危険な目に遭わせたら。
昨日のガルムの一撃が、脳裏をよぎる。
あの時は、何もできなかった。
反応する間もなく、五人まとめて倒された。
それまでの戦いでは、何となく前に出て、何となく力を合わせて、それでも勝てていた。
勝てていたから、深く考えずに済んでいたのかもしれない。
だが、今は違う。
自分たちより強い相手がいる。
判断を間違えれば、守ろうとした人たちまで危険に晒すかもしれない。
(……怖いんだな)
リョクは、自分の手を見た。
戦うことだけではない。
自分の判断を口にして、その結果を引き受けることが怖い。
それを認めると、胸の奥にあったものが少しだけはっきりした。
遠くで、車のドアが閉まる音がした。
振り向くと、一護がS-5Xのそばに立っていた。
「……リョク」
「ん?」
「戻るぞ。静さんから連絡だ」
「ああ」
リョクは、もう一度だけ温室を見た。
今度こそ止めたい。
だが、どうすればいいのか。
その答えは、まだ見つかっていなかった。
S-5Xの車内では、誰も積極的に話そうとしなかった。
リョクが運転席に座り、一護が助手席に乗る。後部座席には、いずみ、桜、成実が並んでいた。
窓の外を、牧之原の茶畑が流れていく。
普段なら見慣れた景色だった。
だが、今日は違って見えた。
温室で起きていることが、この先の茶畑でも起きるかもしれない。
自分の畑も、誰かの畑も、同じように狙われるかもしれない。
そう考えると、ハンドルを握る手に力が入った。
「……さっきさ」
後部座席から、成実の声がした。
「私、何もできなかった」
誰もすぐには答えなかった。
「動こうとはしたんだけど、どこに行けばいいのか分かんなくなって。みんなの邪魔になったらどうしようって思ってたら、もう敵がいなくなってた」
成実は、膝の上で手を握った。
「昨日も、そうだった」
ガルムの一撃。
あの瞬間、自分が何を考えていたのか、今でもはっきり思い出せない。
ただ、怖かった。
そして、何もできなかった。
「……私、守るために戦うって思ってたんだけどさ」
言葉が止まる。
「守るって、どうすればいいんだろうね」
桜が、隣で顔を上げた。
「……分かる」
成実が、桜を見る。
「私も、さっき同じこと考えてた」
桜は、窓の外へ視線を向けた。
「由比で働いてるとさ、朝からみんな忙しいんだよね。漁に出る人も、港で荷物を運ぶ人も、魚を売る人も。みんな、自分の仕事をしてる」
少しだけ、声が柔らかくなる。
「そういう普通の毎日が、ずっと続くと思ってた」
だが、アビスが現れてから、その当たり前が簡単に壊されることを知った。
清水港での戦いも、浜名湖での戦いも、今日の温室も。
自分たちが戦わなければ、誰かの日常が奪われる。
「だから、守りたいって思うんだけど……」
桜は、自分の手を見た。
「私、ちゃんと動けてたのかなって」
さっきの戦闘では、敵の動きを追うことに精一杯だった。
誰かを助けようと思っても、どこへ行けばいいのか分からない。
自分が動いたことで、ほかの誰かの邪魔になってしまうかもしれない。
そんなことを考えているうちに、敵は逃げてしまった。
「……怖くなかったわけじゃないんだよね」
桜が言う。
「でも、怖いからって、何もしないでいたくない」
成実は、黙って頷いた。
助手席の一護が、窓の外を見たまま口を開いた。
「俺は、逆だな」
「逆?」
いずみが聞く。
「考える前に動いてた」
一護は、腕を組んだ。
「さっきも、一体捕まえれば何とかなると思った。けど、周りが見えてなかった」
寿司屋の仕事なら、次に何をすればいいのか分かる。
魚の状態を見て、包丁を入れる位置を決める。客の注文を聞き、ほかの職人の動きを見ながら、自分の仕事を進める。
だが、戦闘では違った。
目の前の敵を追うことに集中しすぎて、仲間がどこにいるのかを見失った。
「……俺が前に出たせいで、崩れたところもある」
リョクが、わずかに視線を動かした。
「一護だけじゃないだろ」
「分かってる」
一護は、すぐに答えた。
「でも、自分の動きは自分で考えないとな」
その言葉に、リョクは何も返せなかった。
いずみが、窓に映る自分の顔を見ていた。
「俺は、見えてたつもりだった」
低い声だった。
「敵がどこにいるかも、みんながどう動いてるかも。けど、見えてるだけじゃ意味ないんだな」
浜名湖での戦いでは、自分の判断がうまく噛み合った。
フロストアンカーで敵を止め、五人の力を合わせてノリミドロを倒した。
あの時は、できた。
だから、今回もできると思っていた。
だが、敵が変われば、同じようにはいかない。
「……分かってたのに、言わなかった」
いずみは、膝の上で拳を握った。
「さっき、レッドが前に出た時、横から来るの見えてたんだよ。でも、止めるより先に自分が動いた」
「助かったけどな」
一護が言う。
「結果的にはな」
いずみは、少しだけ苦笑した。
「でも、あれじゃ次も同じだ」
車内に、再び静けさが戻る。
リョクは、四人の言葉を聞きながら、ハンドルを握っていた。
みんな、同じように考えていた。
自分だけが迷っているわけではない。
それでも、誰かが答えを出してくれるわけでもない。
(……言わないと、揃わない)
さっきの戦闘で、何度も思ったことだった。
自分が正しいかどうかではない。
見えていることを、伝える。
考えていることを、言葉にする。
そのうえで、みんなで決める。
(……それなら)
リョクは、前を見た。
まだ、怖さは消えていない。
だが、少しだけ、進む方向が見えた気がした。
基地に戻ると、静が五人を迎えた。
「お疲れさまでした」
いつも通りの声だった。
だが、モニターには、先ほどの戦闘記録が表示されている。
五つの敵性反応。
それぞれの移動軌跡。
五人の位置。
時間ごとの変化が、画面上に重ねられていた。
「今回の対象について、解析が進みました」
静が、画面を切り替える。
「フラワーゴブリン。五体で一組の群体型アビス獣です」
「やっぱり、一つなのか」
リョクが言う。
「はい。個体ごとに役割を分担し、互いの死角を補っています」
画面の中で、一体が前へ出る。
それを追ったレッドの側面へ、別の二体が回り込む。
さらに一体が、後方から進路を塞ぐ。
「一体を追うと、ほかの個体が攻撃に移る。逆に、複数を同時に追おうとすると、距離を取って再集結します」
いずみが、画面を見ながら言った。
「……追わせてるんだな」
「その通りです」
静は、別の映像を表示した。
五体が同時に離脱する場面。
「ただし、個体ごとの攻撃力は高くありません。連携を崩すことができれば、対処の可能性はあります」
一護が、腕を組む。
「一体ずつ倒せばいいってことか」
「それも一つの方法です。ただし、残りの個体が妨害するため、容易ではありません」
リョクは、画面を見つめた。
五体で一つ。
ならば、こちらも五人で一つにならなければならない。
だが、同じ動きをすることが、答えなのだろうか。
それぞれ違う人間なのに。
考え方も、得意なことも、違う。
無理に揃えようとすれば、かえって動きにくくなるのではないか。
静が、五人を見た。
「皆さんに、もう一度確認します」
その言葉に、リョクは顔を上げた。
基地を出る前に、途中で止まった問い。
静は、今度は最後まで言った。
「あなたたちは、何のために戦うのですか」
誰も、すぐには答えなかった。
だが、先ほどとは違った。
答えが分からないから黙っているのではない。
自分の中にあるものを、言葉にしようとしていた。
一護が、最初に口を開いた。
「……止めるためだ」
静が、一護を見る。
「アビスを?」
「ああ」
一護は、少し考えてから続けた。
「俺の仕事場も、ほかの人の仕事場も、あいつらに壊されるのは嫌だからな」
成実が、ゆっくりと言った。
「私は……守りたいから」
言ってから、少しだけ首を傾げる。
「でも、まだ、どうすればいいのか分かんない」
桜が、隣で頷いた。
「私も。普通に暮らしてる人たちが、普通に暮らせるようにしたい」
いずみは、少しだけ考えた。
「……俺は、見てるだけじゃ嫌だ」
四人の視線が、いずみに向く。
「何か起きてるのに、自分には関係ないって顔してるのは、嫌なんだよ」
静は、最後にリョクを見た。
「リョクさんは?」
リョクは、すぐには答えなかった。
牧之原の茶畑。
温室。
自分の畑。
そこで働く人たち。
今日、花を失った人たちのことを考える。
「……俺は」
言葉を探す。
「守りたいものがある」
それは、ほかの四人と同じだった。
だが、それだけではない。
「でも、守りたいって思ってるだけじゃ、足りないんだな」
静は、何も言わずに聞いていた。
「さっき、俺、何回も言おうとしたんだよ。こっちに来てくれとか、今は待ってくれとか」
リョクは、四人を見た。
「でも、間違ってたらどうしようって思って、言えなかった」
一護が、腕を下ろす。
いずみも、リョクを見る。
「俺が一番年上だからって、何でも決めていいわけじゃないしさ」
少しだけ、苦笑する。
「でも、だからって、何も言わなくていいわけでもないんだよな」
成実が、顔を上げた。
「……うん」
リョクは、続けた。
「俺が見えてることは、俺が言う。みんなが見えてることも、教えてほしい」
四人を順番に見る。
「それで、一緒に考えたい」
静が、静かに頷いた。
「答えは、一つである必要はありません」
モニターの光が、五人の顔を照らしている。
「皆さんが、それぞれの意思で戦うこと。そして、その意思を互いに伝えることが重要です」
リョクは、少しだけ息を吐いた。
まだ、答えが完成したわけではない。
だが、少なくとも、何も言わずに迷っているだけではいけない。
それだけは、はっきりした。
静が、管制卓を操作する。
基地の奥で、隔壁が開いた。
五人の視線が、そちらへ向く。
「皆さんに、新しい装備を支給します」
隔壁の向こうには、五つの銃と、それぞれ異なる意匠のメダルが並んでいた。
「対アビス機関用に開発された、シゾーカブラスターです」
一護が、並べられた銃へ近づく。
「銃……か」
「はい。これまでの戦闘記録をもとに、遠距離への対応力を補うために開発されました」
静は、続けて五枚のメダルを示した。
「そして、こちらが専用武器の武器メダルです。シゾーカブレスにセットすることで、それぞれの武器を召喚できます」
成実が、目を丸くした。
「私たちの武器?」
「はい」
静は、五人を見渡す。
「装備が増えれば、できることも増えます」
一護が、シゾーカブラスターを手に取った。
握りを確かめながら、銃身を見る。
「これなら、さっきよりは戦えるな」
「その可能性は高いです」
静は、そこで言葉を続けた。
「ですが、装備が増えたことと、戦い方が決まったことは別です」
リョクが、顔を上げる。
「どう使うか。どの場面で使うか。誰と合わせるか」
静の視線が、五人を順に移った。
「それは、皆さん自身で考えてください」
リョクは、自分の武器メダルへ目を落とした。
茶の意匠が刻まれている。
新しい力。
それだけで、今日の失敗が消えるわけではない。
できることが増えた分だけ、自分たちで選ばなければならないことも増える。
「まずは装備に慣れてもらいます」
静が、訓練スペースを示した。
「準備ができ次第、実戦を想定した訓練を開始します」
五人は、それぞれの装備を手に取り、訓練スペースへ向かった。
訓練スペース。
五人は、横一列に並んでいた。
静の声が、スピーカーから響く。
『まずは、変身してください』
「——変身!」
五色の光が訓練スペースを照らす。
シゾーカファイブへと姿を変えた五人は、それぞれシゾーカブラスターを手に取った。
『まずは、シゾーカブラスターの基本操作を確認します』
五人が前方を見る。
訓練スペースの奥から、標的がせり上がった。
『単射。狙いを定めて撃ってください』
レッドが、最初に銃口を向ける。
「こうか」
引き金を引く。
光弾が一直線に飛び、標的の中心からわずかに外れた場所へ命中した。
「……思ったより反動あるな」
レッドは銃を持ち直した。
続いて、グリーンが構える。
一発目。
標的の端を捉える。
二発目は、中央近くへ命中した。
「止まってる相手なら、何とか」
ブラックは、銃口の先をじっと見ながら構えた。
少し時間をかけて狙いを定め、引き金を引く。
光弾が、標的の中心を捉えた。
「撃つだけなら、いけるな」
「じゃあ私も」
オレンジがシゾーカブラスターを構える。
成実が引き金を引く。
光弾は標的の上を抜けていった。
「えっ」
もう一度。
今度は下へ外れる。
「難し……」
「腕だけで狙おうとするとズレるんじゃない?」
隣からピンクが言った。
桜も両手でシゾーカブラスターを構える。
引き金を引く。
光弾が標的へ命中した。
「ほら」
「ちょっと、桜うまくない?」
「たまたまだよ」
そう言いながら、桜が二発目を撃つ。
今度は大きく外れた。
「……ほらね」
成実が小さく笑った。
『次は、移動標的です』
静の声とともに、標的が左右へ動き始めた。
レッドがすぐに銃口を追わせる。
「動くと一気に難しいな」
一発。
標的の後ろを光弾が通り過ぎる。
ブラックが別の標的へ銃口を向けた。
「今度は先を狙って……」
標的の進行方向へ照準をずらす。
発射。
動いてきた標的が、光弾の軌道へ入った。
「お」
「いずみ、今のどうやった?」
成実が聞く。
「動いてるところじゃなくて、次に来そうなところ狙った」
「なるほど」
オレンジも、標的の少し先へ銃口を向ける。
引き金を引く。
光弾が移動してきた標的へ命中した。
「当たった!」
成実が思わず声を上げる。
レッドが、別の標的を狙いながら言った。
「これなら、逃げる相手にも手が出せるな」
グリーンは、移動する標的を追いながら周囲を見た。
五人が同じ銃を持っている。
誰かが接近できなくても、離れた場所から援護できる。
今日のフラワーゴブリンのような相手なら、それだけでも戦い方は大きく変わる。
だが、五人が好き勝手に撃てばいいわけではない。
レッドが次の標的へ銃口を向けた瞬間、その射線をオレンジが横切った。
「おっと」
レッドがすぐに銃口を下げる。
「ごめん!」
オレンジが足を止めた。
別方向では、ブラックが狙っていた標的へ、ピンクも同時に照準を合わせていた。
二人とも撃つのを止める。
「……被った」
ブラックが言う。
ピンクも銃を下ろした。
「誰がどこ狙ってるか、分かんないね」
グリーンは、それを見ていた。
武器が増えた。
攻撃できる距離も増えた。
だが、それだけでは駄目だ。
できることが増えたからこそ、今まで以上に周りを見る必要がある。
『シゾーカブラスターの基本操作は以上です』
静の声が響いた。
『続いて、専用武器の確認に移ります』
五人は、シゾーカブラスターを下ろす。
レッドが軽く肩を回した。
「こっちだけでも、覚えること多いな」
ブラックが頷く。
「撃てるからって、撃てばいいわけじゃないしな」
グリーンは、自分の武器メダルを取り出した。
茶の意匠を見る。
自分に与えられた、もう一つの力。
『武器メダルをセットしてください』
グリーンが、最初にメダルを差し込む。
『ティー・スティックランス』
光が伸び、細身の長槍が現れる。
茶杓を思わせる意匠を持つ長い柄。先端には、圧縮された茶のエネルギーが淡く集まっている。
グリーンは、両手で槍を構えた。
「……長いな」
続いて、レッド。
『スシブレード・マグロ』
二本の細身の長刀が、両手に現れる。
寿司包丁を思わせる鋭い刃。高周波の振動が、刃先に微かな光を走らせていた。
「二本か」
レッドは、左右の重さを確かめるように構える。
オレンジが、メダルをセットする。
『ミカンセパレーター』
左右に分かれた、双刃のブーメラン。
みかんの房を思わせる曲線を持つ刃が、手の中で光を帯びる。
「……投げるんだよね、これ」
ブラックもメダルをセットする。
『ウナギウィップ』
節のある鞭が伸びた。
柔軟な構造の内部を、微かな電流が走る。
ブラックが軽く振ると、鞭はしなやかに弧を描いた。
「……思ったより、動くな」
最後に、ピンク。
『サクラエビバスター』
細身で平たい、多連装の射撃武器。
五つの発射機構が、内部で小さく駆動する。
ピンクは、両手で構えた。
「……これ、全部同時に撃てるの?」
『はい。五系統の射撃を制御できます』
静が答える。
『まずは、それぞれの武器の特性を確認してください』
最初に動いたのは、レッドだった。
訓練用の標的が、前方に現れる。
レッドは、二本のスシブレード・マグロを構え、踏み込んだ。
「はっ!」
右の刃が、標的を捉える。
続けて左。
だが、二本目を振り抜いた瞬間、体勢がわずかに流れた。
「……っ」
足を踏み直す。
普段、包丁を握る時とは違う。
二本の刃を同時に扱いながら、全身を動かさなければならない。
片方に意識を向けると、もう片方が遅れる。
レッドは、もう一度構え直した。
「……簡単じゃねえな」
隣では、オレンジがミカンセパレーターを投げていた。
刃が弧を描き、標的へ向かう。
だが、戻ってくる軌道が予想より大きい。
「わっ!」
慌てて体を引く。
ブーメランは、オレンジの横を通り過ぎ、床に落ちた。
「……戻ってくるの、速っ」
成実は、落ちた武器を拾い上げた。
投げるだけではない。
戻ってくる位置まで考えなければならない。
ブラックは、ウナギウィップを伸ばしていた。
標的の腕を狙い、鞭を振る。
先端が巻きつく。
「よし」
だが、引こうとした瞬間、鞭の節が予想以上に伸びた。
「……っ!」
標的を引き寄せるつもりが、自分の体が前へ持っていかれる。
ブラックは、足を踏ん張った。
「……力加減、難しいな」
ピンクは、サクラエビバスターを構えていた。
五つの標的が、異なる位置に現れる。
『五系統、同時射撃』
静の指示。
ピンクは、狙いを定める。
「……よし」
引き金を引く。
五つの光弾が、同時に放たれた。
だが、二つは標的を外れ、残りも狙った位置からずれていた。
「……あれ?」
ピンクは、武器を下ろす。
五つの発射機構を、同時に制御する。
一つの標的を狙うのとは、まるで違った。
グリーンは、ティー・スティックランスを構えていた。
先端にエネルギーが集まる。
『圧縮エネルギーを放出してください』
静の声。
グリーンは、標的へ槍を向けた。
「……行くぞ」
先端から、細い光が放たれる。
標的に命中。
だが、エネルギーが広がり、想定より広い範囲を覆った。
「……っ」
グリーンは、慌てて出力を抑える。
標的の動きは止まった。
だが、隣の標的まで巻き込んでいた。
『出力制御が不安定です』
「……分かってる」
グリーンは、槍を下ろした。
強い。
だが、強いだけでは使えない。
どこまで届くのか。
どれくらいの力で止められるのか。
仲間が近くにいる時、どう使えばいいのか。
考えることが、増えていた。
訓練は、続いた。
今度は、五人での連携訓練だった。
複数の標的が、訓練スペース内を移動する。
フラワーゴブリンの動きを模した、高速移動型の訓練機。
『実戦想定。開始します』
標的が、一斉に動いた。
「行くぞ!」
レッドが踏み込む。
スシブレード・マグロを構え、正面の標的へ向かう。
だが、その横をオレンジのミカンセパレーターが通過した。
「うわっ!」
レッドが、足を止める。
「ごめん!」
オレンジが叫ぶ。
戻ってくるブーメランを追いながら、位置を変える。
その先に、ブラックがいた。
「……こっち来るぞ!」
ブラックが、ウナギウィップを振る。
標的を捕らえる。
だが、引き寄せた先に、ピンクが構えていた。
「ちょっと待って!」
ピンクが、サクラエビバスターを下ろす。
射線が塞がれた。
グリーンは、槍を構えたまま、全体を見ていた。
標的の動き。
仲間の位置。
それぞれの武器の軌道。
見えている。
だが、どう伝えればいいのか。
「……一回、止めよう」
グリーンが言う。
レッドが、振り向く。
「今、行けるだろ!」
「でも、オレンジの戻りが——」
言い終わる前に、標的が動いた。
グリーンの側面へ回り込む。
「っ!」
槍を振る。
だが、長い柄が、近距離では扱いにくい。
標的が、脇を抜けた。
『訓練終了』
静の声が響いた。
五人は、その場に立ち止まった。
標的が、動きを止める。
「……またか」
レッドが、息を吐く。
オレンジは、ミカンセパレーターを見た。
「私のせいで、止まっちゃった」
「いや、俺も前に出すぎた」
レッドが答える。
ブラックは、鞭を巻き戻しながら言った。
「俺も、引っ張る方向考えてなかった」
ピンクが、武器を下ろす。
「撃てる場所、なくなっちゃったね」
グリーンは、何も言わなかった。
また、同じだった。
それぞれが動いている。
それぞれが考えている。
だが、噛み合わない。
(……どうすればいい)
槍を握る手に、力が入る。
自分が全部決めればいいのか。
誰がどこへ行くか。
いつ攻撃するか。
どの武器を使うか。
全部、自分が指示すれば。
だが、それでは違う。
自分が間違えた時、全員が同じ間違いをすることになる。
それに、ほかの四人にも、それぞれ見えているものがある。
リョクは、顔を上げた。
「……なあ」
四人が、グリーンを見る。
「俺、さっきから、全部合わせようとしてた」
レッドが、首を傾げる。
「全部?」
「誰がどこに行くかとか、いつ攻撃するかとか。俺が決めないといけないのかなって」
ブラックが、黙って聞いている。
「でも、違うんだよな」
グリーンは、槍を見た。
「俺が全部決める必要はない。みんな、自分で考えて動けるんだから」
オレンジが、少しだけ笑った。
「……まあ、失敗もするけどね」
「俺もするよ」
グリーンが答える。
その言葉に、五人の表情が少しだけ緩んだ。
「だから、見えてることを言おう」
グリーンは、四人を見た。
「俺が見えてることも、みんなが見えてることも。黙ってたら、分かんないからさ」
レッドが、頷く。
「……そうだな」
ブラックが、鞭を持ち直した。
「じゃあ、次は俺も言う」
ピンクが、サクラエビバスターを構え直す。
「私も。撃てる場所、ちゃんと伝える」
オレンジが、ミカンセパレーターを握った。
「戻ってくる場所も、言うようにする」
グリーンは、少しだけ息を吐いた。
完璧な答えではない。
だが、さっきまでとは違う。
自分一人で、全部背負おうとしなくていい。
それでも、自分が見えていることから逃げてはいけない。
「……もう一回、やろう」
グリーンが言った。
四人が、頷く。
訓練が再開された。
標的が、再び動き出す。
「正面、二体!」
ブラックが、最初に声を上げた。
「右から回る!」
オレンジが、ミカンセパレーターを構える。
「戻り、左に来る!」
「了解!」
レッドが、位置を変える。
ブーメランが標的をかすめ、戻ってくる。
その軌道を避けるように、レッドが踏み込んだ。
「今、行く!」
スシブレード・マグロが、標的を捉える。
グリーンは、槍を構えた。
「一護、そこから一歩下がって!」
「分かった!」
レッドが、即座に下がる。
グリーンの槍先から、圧縮された茶のエネルギーが放たれた。
標的の足元を捉え、動きを鈍らせる。
「止めた!」
「こっち、撃てる!」
ピンクが、サクラエビバスターを構える。
「桜、頼む!」
五つの光弾が、標的へ向かう。
今度は、すべてが狙った範囲に収まった。
ブラックが、ウナギウィップを伸ばす。
「左、逃がさない!」
鞭が、標的の進路を塞ぐ。
オレンジが、戻ってきたミカンセパレーターを受け止めた。
「次、行ける!」
グリーンは、全体を見た。
みんなが、動いている。
自分の判断で。
そして、互いに伝えながら。
それぞれの武器が、違う役割を持っている。
だからこそ、合わせられる。
「……よし」
グリーンが、槍を構え直した。
「次、まとめよう!」
五人が、動いた。
今度は、誰かが一人で先に行くのではない。
互いの動きを見て、声を掛け合いながら。
標的の逃げ道が、少しずつ狭まっていく。
そして、五体が一か所に集まった。
『訓練終了』
静の声が響く。
五人は、武器を下ろした。
レッドが、息を吐く。
「……今のは、いけたな」
ブラックが、頷く。
「うん。さっきより、ずっと動きやすかった」
オレンジが、ミカンセパレーターを見た。
「戻ってくる場所、分かってるだけで全然違うね」
ピンクも、サクラエビバスターを下ろす。
「私も、撃つタイミングが分かりやすかった」
グリーンは、四人を見た。
まだ、完璧ではない。
武器の扱いも、連携も、これからもっと練習が必要だろう。
だが、今日の最初の戦闘とは違う。
自分たちで、考えて動けた。
その実感があった。
訓練を終えた五人は、基地の休憩スペースに戻った。
変身を解除し、それぞれ椅子に座る。
成実が、テーブルに肘をついた。
「……疲れた」
桜が、笑う。
「私も」
「でも、ちょっと楽しかったかも」
成実が言うと、いずみが顔を上げた。
「武器?」
「うん。難しいけどさ、できるようになったら、もっと戦えるんだなって」
一護が、頷いた。
「そうだな」
リョクは、少し離れた椅子に座っていた。
手の中には、ティー・スティックランスの武器メダルがある。
茶の意匠を、指先でなぞる。
自分の畑を思い出す。
朝の空気。
茶葉の匂い。
畑を歩く時の、土の感触。
あの場所を、守りたい。
それは、最初から変わっていない。
だが、今は少し違う。
自分の畑だけではない。
今日、花を失った人たちもいる。
浜名湖で、海苔を育てている人たちもいる。
清水港で、魚を扱う人たちもいる。
それぞれの場所で、普通に暮らしている人たちがいる。
自分たちが戦うことで、その日常を守れるのなら。
(……やるしかないよな)
リョクは、メダルを握った。
怖さが消えたわけではない。
また負けるかもしれない。
自分の判断が、間違うかもしれない。
それでも、何も言わずに後悔するのは嫌だった。
リョクは、顔を上げた。
「……みんな」
四人が、こちらを見る。
「さっきの話なんだけどさ」
一護が、腕を組む。
「ん?」
「俺、これからは、思ったことちゃんと言うようにする」
リョクは、少しだけ笑った。
「間違ってるかもしれないけど、その時は言ってくれ」
いずみが、すぐに答えた。
「言うよ」
成実が、頷く。
「私も」
桜が、笑う。
「じゃあ、私も遠慮しないで言うね」
一護が、リョクを見る。
「……頼むわ」
リョクは、少しだけ目を丸くした。
「何が?」
「お前、周り見えてるからな。さっきも、言ってくれた方が動きやすかった」
いずみが、頷く。
「俺もそう思う」
リョクは、四人を見た。
誰かが、自分に全部任せようとしているわけではない。
ただ、自分の見えていることを、必要としてくれている。
それが、少しだけ嬉しかった。
「……分かった」
リョクは、頷いた。
「じゃあ、次はちゃんと言う」
成実が、笑った。
「うん。私たちも言うからね」
「ああ」
リョクは、メダルを握り直した。
自分が前に出ることと、誰かの上に立つことは違う。
仲間を信じることと、判断を任せきりにすることも違う。
それぞれが、自分の意思で動く。
そのうえで、力を合わせる。
ようやく、その意味が少し分かった気がした。
その時、基地の警告音が鳴った。
五人が、同時に顔を上げる。
モニターに、牧之原市の地図が表示される。
『エマージェンシー。エマージェンシー。』
『牧之原市、花卉栽培区域に敵性反応を確認』
静の声が、管制卓から響いた。
「フラワーゴブリン、再出現です」
画面の中で、五つの影が動いている。
再び、花の色が失われていく。
リョクは、立ち上がった。
四人も、続く。
今度は、誰も急いで言葉を重ねなかった。
リョクが、画面を見たまま言う。
「……行こう」
一護が、頷く。
「おう」
いずみが、ブレスを確かめる。
「今度は、逃がさない」
桜が、武器メダルを握った。
「守ろう」
成実が、顔を上げる。
「うん。みんなで」
リョクは、四人を見た。
自分たちは、まだ完璧ではない。
だが、もう、何となく戦うだけではない。
それぞれが、自分の意思でここに立っている。
「……行くぞ」
五人は、シゾーカラインへ向かって歩き出した。
牧之原で、再び五つの影が動き始めていた。
今度こそ、止めるために。
後編につづく




