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第6話 決意 前編

基地は、静かだった。

昨日までと同じ照明。同じモニター。同じ管制卓。

空調の音だけが、一定のリズムで流れている。

何も変わっていないように見える。

だが——

そこに集まった五人だけが、昨日までと同じではなかった。

いずみは、入ってすぐに口を開かなかった。周囲を見回すこともなく、ただ一度だけ息を吐く。

一護も、壁際で腕を組んだまま動かない。視線は正面にあるが、何を見ているのかは分からない。

リョクは椅子に座ることもなく、立ったままモニターを見ている。画面の光が、わずかに表情を照らしていた。

桜は静かに息を整え、胸の奥のざわつきを抑え込むように目を閉じる。

成実は視線を落としたまま、自分の指先を見ていた。無意識に動きかけた指が、途中で止まる。

誰も、昨日のことを先に言葉にしない。

言えば、形になってしまう。形になれば、それは“結果”として固定される。

それを、まだ受け入れきれていなかった。

それでも——

この部屋には、あの一撃の重さだけが残っていた。

空気に、沈んでいる。

消えないまま。

やがて、静の声が響く。

「皆さん、揃いましたね」

徳川指令は、いつも通り落ち着いていた。

声に揺れはない。急かすことも、責めることもない。

ただ、事実を進めるための声。

「昨日の戦闘記録は、すでに整理済みです」

「ノリミドロは撃破」

「浜名湖の侵食は停止を確認しました」

モニターの一部に、データが切り替わる。

グラフ。数値。変化の推移。

すべてが「収束」を示している。

そこまで言って、静はわずかに間を置く。

意図的な間だった。

「ですが」

五人の視線が、自然と集まる。

逃げ場のない言葉。

「皆さんも分かっている通り」「それで終わりではありませんでした」

誰も答えない。

否定できないからではない。言葉にするには、まだ整理が足りないからだ。

“終わっていない”

その感覚だけが、共通している。

静は続ける。

「私は、皆さんに一つだけ確認したいことがあります」

言い方が変わる。

命令でも、指示でもない。

“確認”。

一護が、わずかに顔を上げる。成実の指先が、無意識にブレスへ触れかけて止まる。

リョクは、何も言わずに静を見た。

桜は、ゆっくりと目を開く。

いずみは、視線だけをわずかに上げた。

静の声は、低く、まっすぐだった。

「あなたたちは——」

その問いは、まだ形になりきっていなかった。

だが、次に続く言葉は誰もが予感していた。

“何のために戦うのか”

“それでも戦うのか”

“どう向き合うのか”

そのどれか。

あるいは、全部。

その瞬間だった。

鋭い警告音が、基地に走る。

空気が、一気に切り替わる。

赤い表示が、モニターを染める。

『エマージェンシー。エマージェンシー。』

『西部エリア、異常反応を確認。』

『地点、牧之原市――』

音声と同時に、地図が展開される。

西部エリア。牧之原。

ポイントが、点滅する。

全員の視線が、同時に中央モニターへ向いた。

映し出されたのは、花畑だった。

整然と並ぶ花列。色とりどりの温室。管理された、静かな景色。

その中を——

黒い小さな影が、五つ。

速い。

一つが跳ねる。別の一つが止まる。次の瞬間には、全く違う位置にいる。

移動の“軌道”が見えない。

「……何、あれ」

桜が、息を呑む。

その声は小さかったが、画面から目を離せていなかった。

静が、即座に情報を読む。

「牧之原市、花卉栽培区域」

「複数の小型敵性反応を確認」

「農業施設内を高速移動中」

モニターの中で、花が散る。

花弁が舞う。

だが——

壊されたわけではない。

踏み荒らされた痕跡もない。

それなのに、

色が落ちる。張りが失われる。商品としての価値だけが、削られていく。

ゆっくりと、確実に。

成実が、低く言った。

「……止まってない」

いずみが、続ける。

「広がってる」

黒い影は、五つ。

だが、ばらばらには見えない。

離れているのに、同時に動き、同時に止まり、同時に“次”へ移る。

一護が、わずかに眉を寄せる。

「群れ……か?」

「違う」

リョクが、短く言った。

その声には、迷いがなかった。

視線は、画面から離れない。

「群れじゃない」「……一つだ」

五体で、一つの動き。

役割が分かれている。

リョクの拳が、わずかに握られる。

静は、問いの続きを言わなかった。

代わりに、五人を見た。

評価もしない。促しもしない。

ただ——

選択を、返す。

「出動判断をお願いします」

短い一言。

命令ではない。

“行け”でも、“止まれ”でもない。

判断。

昨日と違うのは、そこだった。

選ばなければならないものだけが、

目の前にはっきりと置かれていた。


一護が、画面を見たまま言った。


「……どうする」

問いに対する答えではない。目の前の現実に対する確認だった。

その声は、いつもより少し低かった。迷いを隠しているわけでも、強がっているわけでもない。ただ、判断を急がないようにしている声音だった。

モニターの中で、花がまた一つ沈む。

鮮やかな色を保ったまま、ゆっくりと、支えを失うように倒れていく。

その瞬間だけが、妙にスローモーションのように見えた。

迷っている時間は、削られていく。

いずみが、短く息を吐いた。

「行くしかないだろ」

言葉は簡単だった。だが、その中にある重さは、誰もが理解していた。

“理由”はまだ言えない。“答え”も出ていない。

それでも——

止めなければならない、という一点だけは共有されている。

成実が、ゆっくり頷く。

「……止めないと」

その声は、かすかに震えていた。昨日、目の前で“終わらなかった戦い”を見た記憶が、まだ消えていない。

桜が、小さく続ける。

「今なら、まだ」

“まだ”という言葉に、誰も反応しなかった。

それがどれくらい残されているのか、誰にも分からないからだ。

リョクは、視線を落とさないまま言った。

「行こう」

短い言葉。

だが、それは“流れ”ではなかった。

誰かに合わせたわけでもない。誰かに引っ張られたわけでもない。

自分で決めた、最小限の意思表示だった。

答えにはなっていない。

だが——

判断にはなっていた。

静が、即座に応じる。

「了解。シゾーカラインを使用します」

その声に、余計な感情はない。

肯定も、否定も、評価もない。

ただ、選ばれた行動をそのまま受け取り、次へ繋ぐだけ。

基地奥の円筒装置が起動する。

低い駆動音が、床を伝ってくる。淡い光が、内部に満ちていく。

——接続座標:牧之原。

その表示が、静かに確定する。

五人は、言葉を交わさずに歩き出した。

誰も急がない。だが、誰も止まらない。

足音だけが、一定のリズムで響く。

装置の中へ入る。

足元に、光のラインが走る。

一瞬だけ、重力の感覚が曖昧になる。

誰も、さっきの問いの続きを口にしない。

「あなたたちは——」

その言葉は、途中で止まったままだ。

答えは、まだ出ていない。

それでも——

進む。

それだけが、今できることだった。

一護が、小さく言う。

「……行くぞ」

光が、弾ける。


次の瞬間、空気が変わる。

湿った土の匂い。温室の中にこもる熱気。甘く、濃い花の香り。

一気に、現実へと引き戻される。

牧之原の地下拠点だった。

簡素な設備。最低限の人員。即応のためだけに用意された空間。

装飾も、余裕もない。

ただ、“次の行動に繋ぐための場所”。

「地上ルート、確保しています」

職員が、すぐに奥を示す。

状況説明も、雑談もない。

ここでは、全てが“短く”処理される。

遮蔽扉の向こうで、低い駆動音が響く。

S-5X。

無骨な車体。余計な装飾はない。

だが、その静かな存在感が、“現場に出る”という現実を強く意識させる。

リョクが、先に歩き出す。

ほんの一瞬だけ、足が止まりかける。

だが、それは誰にも気づかれない程度だった。

「この辺、俺が運転する」

短い一言。

理由は言わない。

だが、誰も疑問を挟まない。

地元であること。地形を知っていること。それ以上に——

ここで一歩引く理由がないことを、全員が理解していた。

一護は、一瞬だけリョクを見る。

何も言わない。

そのまま助手席へ回る。

いずみ、桜、成実が後部へ乗り込む。

ドアが閉まる。

閉じた瞬間、外の音が遮断される。

エンジンが、低く唸る。

振動が、シート越しに伝わる。

S-5Xは、滑るように走り出した。


地上に出る。

光が、一瞬だけ強く差し込む。

温室群が、視界に広がる。

整然と並ぶ施設。管理された通路。規則正しく配置された花。

一見すれば、何も起きていない。

だが——

「……いたな」

一護の声。

ガラス越しに、影が走る。

低い。速い。止まらない。

五つ。

同時に、別方向へ散る。

だが、無秩序ではない。

「止める」

リョクが、短く言った。

ブレーキ。

車体が静かに止まる。

ドアが開く。

五人が、ほぼ同時に地面へ降り立つ。

靴が土を踏む音。

一瞬の静寂。

「変身!」

光が弾ける。

五色の光が、重なり、散る。

——静特戦隊、シゾーカファイブ。

だが。

着地と同時に、影が動いた。

——ギュンッ!

低い軌道で、一直線。

「来る!」

グリーンが踏み込む。

だが、直前で消える。

「っ!?」

次の瞬間、背後。

ブラックが振り向く。

間一髪。

かわす。

風圧だけが、頬をかすめる。

「速い……!」

レッドが前へ出る。

「一体、捕まえる!」

踏み込む。

だが同時に——

二体が側面へ。三体目が背後へ回る。

「囲まれてる!」

オレンジが叫ぶ。

動きは読めている。

だが——

追いつかない。

「クロスでまとめる!」

レッドの声。

五人が位置を取ろうとする。

だが——

一体が距離を切る。二体が横へ散る。三体が背後を取る。

「位置が取れない!」

ピンクの声。

「待て、一回まとめる——」

リョクが言いかける。

その一瞬。

一体が踏み込む。

「っ!」

ブラックが弾かれる。

わずかに体勢を崩す。

「今、行けたのに……!」

オレンジが歯噛みする。

レッドは止まれない。グリーンは間合いを詰める。ピンクは距離を取る。

——ズレる。

ほんの一拍。

だが、それで十分だった。

五体が、同時に離脱する。

「待て!」

追おうとする。

「……ダメだ!」

リョクの声。

止める。

だが——

遅い。

影は、温室の奥へ消えていく。

残されたのは、

倒れた花。

削られた価値。

そして——

何もできなかった五人。

リョクは、動かない。

さっきまでハンドルを握っていた手が、わずかに力を失っている。

「……捕まえられない」

誰に言うでもなく、呟く。

その言葉だけが、

この場の現実を、はっきりと示していた。

温室の奥へ消えた影は、もう見えない。

足音も、気配も、残っていなかった。

あるのは——

倒れた花と、

削られた価値だけだった。

風が、わずかに通り抜ける。

揺れた花弁が、静かに地面へ落ちる。

誰も、すぐには動かなかった。

変身したまま、五人はその場に立っている。

「……速すぎる」

ピンクが、かすかに息を吐く。

言葉は、それだけだった。

レッドは、視線を奥に向けたまま動かない。

「追うか」

短い問い。

だが、その言葉に、力はなかった。

グリーンが、首を横に振る。

「無理だ」

「このまま追っても、同じことになる」

ブラックは、何も言わない。

ただ、さっきまで戦っていた空間を見ている。

「……クロス」

オレンジが、低く呟く。

「撃てたよな、あのタイミング」

誰に向けた言葉でもない。

事実だけを、拾い上げた言葉。

レッドが、答える。

「位置が揃ってなかった」

グリーンが、続ける。

「揃えきれなかった、だな」

一瞬、沈黙が落ちる。

否定する者はいない。

ピンクが、ゆっくりと周囲を見る。

「……守れてない」

その言葉に、全員の視線が、自然と足元へ落ちる。

倒れた花。

形は残っている。

だが、色が鈍い。

触れなくても分かる。

“売り物にならない”。

ブラックが、低く言った。

「間に合ってない」

それもまた、否定できない事実だった。

レッドが、一歩だけ前に出る。

だが、それ以上は進めない。

追うべき対象は、もういない。

グリーンが、静かに言った。

「……崩せなかった」

五体で一つ。

それは分かっていた。

だが——

“どう崩すか”までは、揃っていなかった。

オレンジが、地面を蹴る。

小さく、乾いた音。

「分かってたのに」

その言葉には、悔しさが混じっていた。

分かっていた。

強いことも。

速いことも。

連携していることも。

それでも——

止められなかった。

ピンクが、視線を落としたまま言う。

「……タイミング、全部ズレてた」

誰も反論しない。

レッドが動けば、グリーンが止まる。

グリーンが合わせようとすれば、オレンジが仕掛ける。

ブラックが受ければ、ピンクが距離を取る。

どれも間違いではない。

だが、お互いの行動が噛み合っていなかった。

ブラックが、ゆっくりと言った。

「誰も、間違ってない」

一瞬、全員が顔を上げる。

「でも——」

言葉が、そこで切れる。

続きを、誰も補えなかった。

リョクは、少し離れた場所に立っていた。

戦闘が終わってから、ほとんど動いていない。

視線は、温室の奥。

影が消えた方向。

「……捕まえられない」

小さく、呟く。

その言葉には、感情が乗っていなかった。

分析でも、反省でもない。

ただの事実。

「このままだと——」

続きは、言わない。

言わなくても、分かる。

止められない。

守れない。

同じことが、繰り返される。

風が、また吹く。

花弁が、ひとつ、転がる。

音が、やけに大きく感じられた。

五人は、その場に立ったまま動かない。

追うこともできない。

戻ることもできない。

答えも、出ていない。

それでも——

現実だけが、そこに残っていた。

静かなまま。

確実に、削られていく世界の中で。

グリーンはまだ迷いの中にいた。


中編につづく

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