第83話 終戦
柏原城は織田信長からの書状により、城主滝野十郎吉政ら主だった者の命と引き換えに、場内の者の命は救われた。
これをもって伊賀の組織だった抵抗は終わり、第二次天正伊賀の乱は終結したと言われているが、その後も残存勢力狩りは続き、伊賀の主だった土豪、地侍、忍びらは他国へ落ちていった。
柏原城開城前夜、百地丹波は藤林長門と談笑していた。
「城兵の命を助けると言っても、我ら忍びはそうはいくまい。今夜中に落ちねばな。」
「お主らはどうするのだ、丹波殿?他国へ行くか、伊賀でほとぼりが冷めるまで潜伏するか。」
「どうかな。我が一族郎党には百地の里を出る時以後の進退は自由と言ってある。俺は一族の長ではなく一人の男として気ままに生きることにする。」
そう言って吹っ切ったような曇りのない笑みを讃えている。
「お主らしいな。服部は過去に伊賀を出て行った分家が三河の徳川に取り立てられている縁を頼ると言って、比自山落城後伊賀を出た。我ら藤林は、この伊賀に潜伏し、密かに伊賀の忍びの術を伝えていこうと思う。」
「そうか。伊賀者の伝統はお主らが継いでいってくれるのだな。後を頼む。」
「お主も達者でな。」
こうして、伊賀三大上忍と言われた三家は各々別々の道歩んでいくことになった。
忍びの国伊賀はこの時滅んだのである。
ゴエモンとサイゾウは平成の里に戻った。
「終わったか…」
三太夫が呟く。
「はい。なんとか里の焼き討ちはまぬがれましたな。」
サイゾウが安堵の表情で返す。
「だが、今後のことはまだ油断ならんぞ。戦後の大和の支配はあの男だからな...」
安土城には織田信雄と滝川一益が戦後報告に赴いていた。
信雄は誇らし気に父へ報告する。
「此度の伊賀侵攻、父上のご指示の通り、伊賀一国平らかにしてまいりました。」
「ふむ。此度はようやってのけたな。まぁ、あれだけの兵力差があったのだから、問題がある方おかしいのだがな。」
親子が談笑している中、滝川一益は針の筵であった。
望月三郎左衛門から信長にどんな報告がされているのか、考えるだけで肌が粟立つ。
「さて、滝川...」
「ハ、ハハッ!」
滝川の額からは脂汗が浮きだしている。
「こたびの功により貴様に伊賀の半分をくれてやろう。」
滝川は驚き固まっている。
叱責が待っていると思ったのがまさかの加増である。
「あ、ありがたき幸せ...」
混乱する頭でなんとかそれだけ申し述べる。
(一体上様は何を考えられているのか...)
「滝川、思い当たる節があろう。俺は全てわかっている。だが敢えて言わん。おのれの能力が惜しいからな。」
信長の氷の様に冷たい視線が滝川を貫く。
「だが、伊賀の仕置きは簡単ではないぞ。お前が主導し撫で斬りにした土地に裸で入り込んでいくのだ。民の怨嗟の中、政をするのがどれほど大変か、とくと味わうがいい。万が一民の蜂起あらば、問われるのはお主の指導力だからな。」
滝川は理解した。
自分を恨む者の中に敢えて放り込むという、これ以上ない難しい舵取りをさせ、しかも民の心掴めなければ罰せられるのは自分。これは恩賞などではなく、懲罰なのだと。
滝川は恐怖で顔を上げることができない。
「どうだ、滝川。嬉しいだろ。お前がこだわりぬいた伊賀の仕置きを任せてやるのだ。心してかかれ。」
そう言うと信長は立ち上がり、部屋を出ようとしたが、急に立ち止まり振り返った。
額を畳に擦り付け、まだ顔を上げられない滝川に向かい言い放つ。
「伊賀の百地郷の山奥に神仙を祀る平成の里という小さな郷がある。この里に対し一切手出しすることを禁ずる。伊賀にあるが、ここに限り我が直轄領とする。よいな!」
「は、仰せのままに!」
滝川はそう言うしかなかった。
何故そんなちっぽけな里にこだわるのか、そんな疑問も思い浮かばぬほど、今後敵の真っただ中に放り込まれる我が身のことを考えるだけで精一杯だった。
風結庵の朝は早い。
皆で掃除をして、皆で朝餉の支度をする。
アヤカは玄関先にでて、入り口を掃き清めながら、屋根上の風車を見やる。
今日も元気に回っている。
風が遊んでる…
思わず笑みがこぼれる。
「もしもし、そこのお嬢さん。そんな上ばかり見てると攫われちゃいますよ」
と言われるや否や、たちまち抱き上げらた。
忘れるはずない愛しい声。
「ゴエモン!」
「ただいま、アヤカ!」
そういうと、人目もはばからず熱い抱擁をかわす。
「おかえり、おかえり…」
アヤカはゴエモンに抱きつき泣きじゃくる。
その様子を後ろから温かい目で見ていたサイゾウの元にも、向かいの家からオユキとひよりが駆け付け抱きついている。
風結庵の皆が出て来た。
「みんなやっと終わった!帰れるぞ、平成の里へ!」
ゴエモンがそう言うと皆大声で喜びの声をあげる。
伊賀の乱に翻弄された平成の里の戦いがようやく終結した。




