第82話 鞆田兵馬
望月三郎左衛門の配下は3人に減っていた。
(さすが鞆田。用意周到なやつ)
鞆田の戦法はあくまで危険を冒さない。
常に数的優位を作り、相手の戦力を一人一人と削いでいく。
同じ甲賀十三家であるが、甲賀者は仕える家と主従関係を結ぶ。
そのため、主家が違うと交流は全く無かった。
だが、織田軍の調略部隊を担う滝川一益は甲賀だけではなく、様々な忍びを使っていた。
中でも切れ者と言われているのが鞆田兵馬ということは噂に聞いていた。
(できるが、嫌な奴だな...)
望月は胸の内で呟き、自らほくそ笑んだ。
上空から飛び込んでくる黒い影があったが、望月は身をひるがえしかわすと同時に、目にも止まらぬ抜き打ちを放つ。
飛び込んで来た影は真っ二つになり地に落ちた。
望月三郎左衛門は忍びの頭領だが、忍び働きはしない。その代わり鹿島新当流を極めた剣客であった。
(今の一撃で刀の腰が延びたな...)
日本刀はさほど耐久力がない。
長時間の斬り合いでは、先ほどのように重いものを斬ると腰が延びる。他には人を斬ると刀身に脂が巻き、切れなくなる。また相手の刀を受けると刃こぼれする。
望月は愛刀を鞘に納め、目の前の死体の忍者刀を手に取った。
(安い刀だが、贅沢言ってられんか…)
そう思った瞬間、背後から斬り込んでこられた。
瞬時にかわすとその背を一刀に切り下げる。が、切れ味が悪く、刀が相手の頸椎に引っかかってしまった。
斬られた相手は、血を吹き出しながらのたうち回る地獄の苦痛である。
「これだからなまくらは…」
そういうと望月は脇差を抜き、苦しむ敵忍びにトドメを刺してやった。
そしてまたその忍びの持っていた刀を手にする。
忍者刀は反りがなく短い。
望月は使い難いながらも次々敵を倒していく。
弘法筆を選ばずという感じだ。
しかし、味方の忍びは次々討ち取られている。
(小太の奴無事に着いたかの。恐らくもってあと四半刻がいいところだが...)
どんな時も冷静沈着な望月であった。
自分の窮地も第三者の様に客観的に考えることができる男であった。
「望月!もうお前の味方は全て討ち取ったぞ。書状を持って投降しろ!」
鞆田が呼びかけているが、こんな主命に背く行いをやっているのだ。生かしておいては悪事が露呈する。なので、投降したところで斬られるに決まっている。
望月は返事をしない。
敵に居場所を気取られないためだ。
望月はジリジリと後ろに下がっていく。
その時、背後から物凄い風圧を感じ、前転してかわした。
振り返ると、七尺(2m)はあろうかという大男が、鋼を巻いた一間はある鉄棒をブンブン振り回している。
体のどこに当たっても即死は間違いないだろう。
鞆田が叫ぶ。
「ふふふ、牛鬼の前ではお主の剣術などまるで役にたたんぞ。どうする?」
望月は棒を振り回すことのできない木が密集している場所へおびき寄せるが、見かけによらず素早い動きで付いてくる。
そして牛鬼が鉄棒を振り下ろしたのを避けた瞬間、懐に飛び込み心臓めがけて刀を突き立てる。
ところが敵から奪った刀が弱いのか、牛鬼の体が強いのかわからないが、刺したはずの刀は根元からぽっきり折れた。
(これはいよいよもってマズいな)
望月は信長拝領の吉光の脇差しを抜き構える。
だが、牛鬼の振り回す鉄棒には全く役に立たない。下がり続ける望月は、後ろに大木を背負い行き詰った。
逃げ場なくなった望月は、仕方なく脇差で受けたが、そのまま体ごと吹っ飛ばされた。
(いよいよもって年貢の納め時か)
望月は覚悟を決めた。
(小太、後はうまくやれ...)
その時上空から牛鬼の首筋目掛け閃光が貫いた。
牛鬼の首はゆっくり胴から離れ、巨大な体は音を立てて地に落ちた。
「今度は甲賀者の仲間割れか?あの時俺に言った言葉そっくりそのまま返させてもらうぞ」
そう言って口の端に皮肉交じりの笑みをたたえているのは柘植隼人だった。
「どこにも馬鹿者はいるということだな。」
望月も同調する。
「柘植隼人…礼を言うぞ。」
望月は覚えていた。
「なあに、例には及ばんよ。伊賀の未来がかかった大事な手紙をもってきてくれたんだからな。望月三郎左衛門殿。」
隼人も覚えている。
鞆田は形勢逆転を感じていた。
何人来たかわからない程、山中が鳴動している。
そう思った瞬間、付近にいた甲賀忍びがバタバタと倒されていった。
百地三太夫と藤林長門の忍びが、これまでのうっ憤を晴らすように暴れ回っている。
「くそ、退散だ!」
そう言って振り返った先に、ゴエモンが立っていた。
「もう終わりだ、鞆田兵馬。伊賀の戦は信長様の書状が届いたことで終わりになる」
「馬鹿言うな。まだ望月を斬れば...」
そう言いかけた鞆田に、望月が近寄り告げる。
「残念だが、上様の書状を俺は持っていない。先ほど逃がした小太という者に持たせて走らせておいたのだ。この伊賀の者達を呼びに行ったその足で、伊勢守様の陣営に駆けこんでいることだろう。」
「く、伊賀者め。とことん殿と俺の邪魔だてをする。俺の配下も全滅だ。おめおめと帰るわけにいかん!」
そう言うや否や、鞆田はゴエモンに襲い掛かって来た。
素早く含み針を吹きかけ、ゴエモンが避けてバランスを崩したところ、飛び上がり一刀に切り下げてくる。
ゴエモンはそれを信長から新しく拝領した村正で受ける。
村正はびくともしないが相手の刀が折れた。
すぐさま短刀を抜こうとする鞆田にゴエモンは強烈な膝蹴りをぶち込み、相手の体がくの地になったところ裏投げで頭から地面にたたきつけた。
鞆田は口から泡を吹いて失神した。
望月三郎左衛門は、滝川一益の陣を訪れた。
「これはこれは望月殿。上様の御使者でございますかな?」
一益は内心の動揺をおくびにも出さず、うやうやしく望月を歓待する。
「こたびの伊賀攻め、伊勢守も左近将監もよう働いたと、上様は大層お褒めでございましたぞ。」
そういうと一益は満面の笑みを浮かべ
「我ら上様の天下布武の為に働くものとして、勿体ないお言葉でございまする」
「だが、この陣中に上様の意に反する行いがあると聞く。心当たりないか、左近将監殿」
「はて、そのような不埒者がこの陣中にいるなど考えられませんな。我ら一同、常に上様の御為粉骨しておりますれば...」
動揺の色をおくびにも出さず、一益は愛想笑いを続けている。
「そうか。ではこの者見覚えござらんかな?」
そう言うと、鞆田兵馬が縄手で縛られ引き出されてきた。
「これなるは滝川忍軍の鞆田兵馬ですな?」
一益は言葉に詰まった。
(バカが、何故捕まるなどの愚を...)
「…し、知らん」
一益は土壇場で鞆田を見放した。
「知らんとはどういうことですかな?私も同じ甲賀十三家の一員として、この者の顔くらい見知っておりますが。」
「そ、そやつにはこの戦前に暇を出したのだ。故に我が配下ではござらん...」
呆れた物言いだった。
滝川一益は最後の最後で保身に走り、これまで手足にしてこき使ってきた鞆田を売ったのだ。
それを聞いた鞆田は、俯き涙を流しているように肩を震わせていた。
だが次の瞬間、大声で笑いだした。
「こいつはいい!俺はこいつの命でこれまで何百人の配下を失ってきたことか…。今配下も家もすべて失い、最後に人としての尊厳まで失った。笑え、望月!笑え滝川!俺はとんだ道化だ!」
鞆田は泣き笑いで叫び続けた。
「ええい、早くこの者引っ立てろ!」
一益が配下に命じると、突然鞆田は笑い止み、
望月に告げる。
「こたび、上様書状を送り届ける道中、私は滝川左近将監よりそれを奪い、使者を亡き者にせよと命ぜられました。そのこと間違いございません。」
「鞆田!貴様、何を言うかー!」
一益が刀を抜き、鞆田に切りつけようとした刹那、望月が素早く刀を抜き、滝川の刀をからめとった。
「お見苦しいですぞ左近将監殿。今回の件は寸分漏らさず上様にご報告いたします。後の沙汰をお待ちなさい。」
望月が告げると、滝川一益はがっくりと肩を落とした。




