第81話 裏切り
柏原城
「追い詰められたな。」
城主滝野十郎吉政は広間に諸将を集めて口を開いた。
伊賀の各地は焼き尽され、今最後の抵抗をしているのがここ柏原城である。
城には各地で戦い、なお膝を屈することを良しとしない男たちと、行き場がなく流れ着いた一般住民とが千六百人以上溢れかえっていた。
伊賀にこれ以上引くところはなく、数万の大軍に包囲されている中、伊賀の者達は夜討ち、朝駆けを駆使し断続的に抵抗を続けてきた。
小城ながら抵抗激しいということで、織田信雄は力攻めを止め、兵糧攻めとし持久戦とした。
抵抗すること十余日。
とうとう城の兵糧、矢玉が尽きかけていた。
「どうせ降伏しても許されまい。いっそ最後に全員で突き入れ、武士の本懐を遂げようではないか!」
勇ましく叫ぶ者がある。
多くがそれに賛同していた。
ゴエモンは不審に思っていた。
(おかしい…、信長様に念押ししていた書状が来ているはずだが...)
信長が以前言っていた言葉が脳裏をよぎる。
「歴史の修正力の前では、最終的に史書に記載された通りになる。だが、実行者や日時など、変わっても大局に問題がないところは変わることもある」
(天正伊賀の乱が終結するのは9月の下旬だ。もう終わってもいい頃だ。だが、肝心の物が来ない。このままでは城を枕に討ち死にという展開になりかねない。)
ゴエモンは最悪の展開を思い頭を振った。
その頃、望月三郎左衛門は、配下の甲賀者十数名を率い伊賀路を急いでいた。
織田信長から信雄に対する停戦命令の書状を携えている。
目指す織田信雄陣営の手前、突然行く手を塞ぐ一団があった。
「ほう、望月か。どこへ向かうのだ?」
覆面をしているが、望月にはその声がすぐ誰かわかった。
「鞆田兵馬か。上様の命で先を急ぐ。道を開けろ。」
「残念ながら、それができんのよ。」
鞆田が覆面越しに嗤うのがわかる。
「貴様、主名に背く気か?」
望月がねめつける。
「いやいや、こちらも主命でな。望月三郎左衛門らは伊賀の忍びに襲われ、上様の手紙は届かなかった、という事にしなくてはならんとな。」
「左近将監か...」
「様をつけろ。まぁお前はここで死ぬのだから聞かなかったことにしてやるわ。」
そう言うと望月配下の忍びが一斉に襲い掛かった。
望月三郎左衛門は、配下に叫んだ。
「柏原城に走れ!ゴエモンという伊賀者に伝えろ!」
そう言いながら望月は刀を振るい、樹間に飛び込み、樹木に身を隠しながら敵を一人一人斬り伏せていく。
柏原城に向かう望月配下の忍び5名は、追いすがる鞆田の忍びに手を焼いていた。
一人また一人と討ち取られ、最後に残ったのは、小太と呼ばれる小柄ですばしこい少年だった。
追いすがる敵は十人以上である。
小太の行く手にどこかの軍勢が駐留している。
小太は叫ぶ
「上様の主命により急ぎの伝令である、道を開けてくれ!」
だが、それにかぶせるように後ろから追いすがる鞆田の忍びも叫ぶ。
「その者、伊賀に内通している者ぞ。この先の柏原城に逃げ込もうという算段だ。捕まえてくれ!」
それを聞き、黒具足の大きな男が足を引きづりながら前に出る。
「おうおう、織田の忍び同士の仲間割れか?どっちが敵でどっちが味方なんだ?」
すると後ろの鞆田の忍びが叫んだ。
「そいつが敵に決まっておろう。なんせそいつは敵方の忍びゴエモンとやらに繋ぎをつけにいくのだからな!」
「ゴエモン!?」
男はピクリと片眉を上げ、小太という忍びに聞く?
「そいつは本当か?」
「はい。我が頭望月三郎左衛門は上様から大事な用事を仰せつかって来たにもかかわらず、この者どもが行く手を阻みました。その時、頭がゴエモンという伊賀者に伝えよと。」
「なるほどな…」
そう言うと男は痛めた足を引きずりながら、小太に対し
「行け!」
と叫び道を開けた。
小太は小さく一礼し、陣中を突っ切っていく。
「待て!貴様どういうつもりだ!滝川左近将監様に知れたらただでは済まんぞ!」
「また虎の威を借るキツネちゃんか。同じ忍びでも堂々と一騎打ちに及んだアイツとは月とすっぽんだな。」
そう言うと男はヌラりと腰の刀を引き抜いた。
「追いかけたければこの島左近を打ち倒してからいくのだな。俺はあの男に一つ借りがある。」
左近がそう言うと、左近の配下が鞆田の忍びをぐるりと囲んだ。
「くそ!いいか、戦後このこと大事になるからな!」
そう言うと忍びらは退散していった。
ゴエモンは丹波ら未来を知る者と密談していた。
「このままでは停戦の前に城が干上がるな」
「停戦なき場合の脱出方法も考えねばならんな。」
そんな時、弥太郎が注進にきた。
「ゴエモンさん。門番が不審な者を捕らえたのですが、その者しきりにゴエモンという伊賀者に会わせろと言っているとのことです。」
「俺に?」
ゴエモンは咄嗟に何かを悟った。
「案内してくれ!」
丹波、隼人、サイゾウも続く。
縄を掛けられ囚われていたのは小太だった。
「放してやれ。」
隼人が門番に縄を解くよう命じる。
「俺がゴエモンだ。お前は誰だ?」
「私は織田信長様配下望月三郎左衛門に使える下忍でございます。現在我が頭は、上様の命により伊勢守様の元へ行く途中、滝川配下の忍びの襲撃を受けております。このことをゴエモン様に伝えよと命を受け、ここまで馳せ参じた次第です。」
ゴエモンは直感した。
(これだ、停戦の指令は。それを喜ばない滝川が握りつぶそうとしている。)
「わかった。案内してくれ!丹波様は人数を集めて後からお越しください。柘植様とサイゾウさんは一緒に!」
そういうや否や小太を先頭に、ゴエモン、サイゾウ、隼人、玄十、弥太郎は走り出していた。
(望月様…間に合ってくれ!)
ゴエモンは心中祈っていた。




